ご先祖さまに思いを馳せる時に、
もしも戦争体験のあるご先祖さまがおられた場合、ぜひ慮ってあげてほしいとことがあります。
以前にも書きましたが、
親やご先祖さまの戦争体験による心の傷が、
その後の親子や家族関係に影響を及ぼしていたかもしれないからです。
・戦争PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは
戦争や戦闘、空襲などの極限的な生死の脅威を体験・目撃したことで、脳や心に深い傷(トラウマ)を負い、長期間にわたりフラッシュバックや強い不安、不眠、感情の麻痺などに苦しむ精神疾患です。
トラウマ(心的外傷)は、大きなショックや恐怖を受けた「体験そのものや心に残った傷」を指します。一方、PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、そのトラウマが原因で脳や神経のバランスが崩れ、日常生活に支障をきたす「医学的な病気・診断名」です。
戦争トラウマは、PTSDのほか、アルコール依存や家族への暴力などの形で表れ、復員兵の家族グループが2018年ごろから活動を始め、グループは家庭内暴力を受け、親子関係をうまく築けなかった体験を語り合い、国に対して実態調査を求めてきました。
敗戦国である日本だけではありません。オランダ人の友人の戦争PTSDについても書いています。
2018年初頭に急逝した魂友が、
一度だけ私のSNS投稿のコメント欄で、彼女の亡き父親が、戦時中にまだ学徒出陣の年齢にも満たないのに満州からシベリアへ連行され、シベリアで抑留された、と教えてくれたことがあります。
生前、父親の口からは一切、戦争の話は出なかったらしいです。
・ シベリア抑留とは
第二次世界大戦の終戦後、武装解除されて降伏した約60万人の日本人(主に日本兵や一部の民間人)が、ソビエト連邦(ソ連)によってシベリアや中央アジアなどの各地へ強制連行され、
マイナス30〜40度にもなる極寒の環境の中、森林の伐採、炭鉱の採掘、鉄道や道路の建設などの過酷な強制労働を強いられた事件です。
十分な食料や医療が与えられず、栄養失調や伝染病(赤痢など)が蔓延しました。
多くの人が命を落とし、その数は5万人とも6万人とも言われています。
魂友のお父様が戦争PTSDを抱えていたのかはわからないけど、
コメントをもらった当時、私は自分の周りで"シベリア抑留"という体験をした人のことを初めて知って、
とてもびっくりしたのを覚えていて、
そして本当に、彼女が自分の父親の存在を明かしたのは、そのコメントだけでした。
当時まだ10代の男の子だった父親の、
あまりに辛かったであろう戦争の記憶…
仙台在住の精神科医・有塚亮二氏は、
東日本大震災の被災者治療を行う傍ら、20年以上にわたり沖縄に通い、沖縄戦を原因とする戦争PTSDを診断・治療してきました。
ある時、沖縄出身のある患者さんを診察中に、明らかに今まで自分が見てきた不民症とは違う。あ、これはおかしいと思ったそうです。それでもしかして、あなたは沖縄戦の時に どこにいましたかと聞いたら、当時自分は子供だったけども、親に手引っ張られて 死体を踏んで逃げたとか、その当時の場面 が今でもフラッシュバックしてくるという話が出てきたそうです。
第二次世界大戦中、日本が本土決戦を避けるために沖縄の戦争が起きて、犠牲になった沖縄に対する贖罪のような気持ちで齢80代の今も毎月仙台から沖縄に通い、戦後80年以上経った今も戦争PTSDを患う患者さんの診察を続けておられます。
戦争が原因の精神疾患に苦しむ人が今も…『戦争PTSD』とは一体何か
(以下は動画から)
戦争が原因で精神が蝕まれる兵士がいたことは、戦時中の陸軍も把握していました。旧陸軍病院では戦事中戦争で精神を病む兵士を密かに収容し研究していました。
しかし…
(有塚医師の言葉)
「PTSDは皇軍兵士には出ないんだ。
なぜかって、大和魂があるからっていう風に言った。治療研究をやったわけだけど外に対しては必死に隠した。」
「戦争に行けば、言い方悪いですけども頭狂うぞって言ったら誰も兵隊に行く人いなくなるでしょう。
だから戦争によって精神障害にな るっていうことは、国家機密であって、
原発と同じで安全神話がまかり通った。
戦争 に行って精神病になりません。安全ですっていう安全神話。」
現在、厚労省の戦災伝承施設 では、戦病兵士の資料を展示しています。
しかし展示には精神疾患はほとんど含まれていません。
国は戦後80年経った昨年、
やっと、
戦争 PTSDについて調査に着手したばかりです…
帰還兵の戦争体験による精神疾患を隠蔽してきたのもあって、
この件に関する調査はまだ始められたばかり。
なので、まだまだ私たちに公表されていないことや、語り継がれて来なかったことがたくさんあると思われます。
どうか、
もしも戦争体験のある親御さまやご先祖さまがおられたら、
もしかしたらずっと苦しんでおられて、
もしかしたらそれが、
極端な場合、
虐待などの親子関係、
家族関係にも影響を及ぼしていたのかもしれない。
そしてその原因は、ずっと公には隠され続けてきた、戦争によるPTSDであった…
もしそうだとしたら、
戦いはまだ終わっておらず、
家庭内でも連綿と続いていたのです。
そしてもしもそのことにも思いを寄せられたら、
それも親御さま、ご先祖さまへの御供養になるかと思います🙏
『【終戦の日】帰還兵のトラウマが家庭内虐待の連鎖を生んでいる「凄まじい虐待を受けていたアダルト・チルドレンたちの父親が、ほぼ全員復員兵で…」』
星一徹も復員兵だった
1970年前後に流行したマンガ『巨人の星』の主人公の父親は、子どもを殴ったりちゃぶ台をひっくり返したりと、今でいう虐待をしています。その星一徹も、実は復員兵という設定だったらしいですね。あの時代、社会全体に、そういう背景を持った父親がたくさんいました。
後編:
記事から…
(元復員兵であった父親の、戦争PTSDからくる虐待に苦しんだ経験のある)
「今回のみなさんも、それまで混乱のなかで自分自身を否定的に見ていました。でも父親の軍歴証明書を取り寄せたり、家系図づくりを始めたりするうちに、親や家を少し引いた視点で外側から眺めることができた。それで心が楽になったというようなことをおっしゃっていた方もいました。
私たちは知識がないと楽になれないんです。あるものをなかったことにして、生きていくことはできない。人間は歴史的な文脈に生きていますから。
そうですね。人のせいにすることでも、人を許すことでも、人を責めることでもない。むしろ歴史のなかに自分自身を位置づけることが、トラウマを乗り越えるためには重要だと。そういう意味では、日本の学校教育が現代史を全然教えていないのは問題だと思います。戦争トラウマを見ればわかるように、個人の歴史と国の歴史は対応しているから。
いつも前向きでポジティブなだけでは、私たちは生きていけない。ちゃんと過去を見ながらしか、前に進むことはできません。国の歴史と個人の生育歴は2本の柱で、両方とも必要です。自分がどんな暴力を受けて育ってきたかということを知らないと、自分が作った家族に対する暴力抑止にはならないですから。
映画『父と家族とわたしのこと』
戦争がどうやって人間を壊し、それがどのように次世代まで引き継がれていくか
『父と家族とわたしのこと』は、親に虐待された経験のある3人の生きづらさや苦しみを追うドキュメント
BSスペシャル
『戦争トラウマ実態調査
〜苦しみの連鎖を断てるのか〜』









