創作ラボ2 -587ページ目

テレビで監視されているのか

今日から、完全に地デジ移行しました。


デジタルになって、画像は鮮明になったけれど、テレビの買い替えのために、予定外の出費をする事になりました。


たまたま、これまで使ってきたテレビが、昨年に故障したため、それを機会に、買い換えしました。


地デジが見られない人も全国にはいるわけで、そういう人たちは、これからは、テレビを見ないで過ごすのだろうか。


地デジは見られても、見られるテレビのチャンネルが減ってしまった地方もある。


何のための、地デジなのか説明してほしい。


地デジにするには、公にはできない理由が何かあるのではないかと思う。


テレビを通じて、国民を監視しているのではないかと思ってみたりする。


テレビ画面の前に座ると、画面が監視カメラになって、自分の姿がどこかで、誰かに見られている気がする。

明日から完全に地デジになる

明日から、テレビは完全に地デジに移行する。


テレビはあまり見ないので、もし、テレビが見れなくなっても、たいして不便だとは思わない。


しかし、パソコンか使えなくなって、インターネットができなくなると、ずいぶんと不便を感じるだろう。


パソコンは、大切な情報源。


パソコンがなくなったら、日常生活はつまらなくなるだろう。


パソコンがなくなったら、たぶん、読書をするだろうから、それはそれでいいのかもしれない。

基本が大切

何事もそうだけど、基本がしっかりしていると、応用がきく。


基本ができていないと、オリジナリティのあるものを生み出す事ができない。


基本がしっかりできていると後が楽になる。


イラストを描きだしてから、物の形を知っているようで知らなかった事に気がつく。


目を描こうと思って、目の色がどんな色だったのか、黒眼の部分と、白眼の部分は、割合としてどれほどなのか、ふだんは全く気にはしていなっかたのだが、イラストを描くと、そういう事が気になる。


ピクセル等倍、あるいは、200パーセントに拡大して描くと、細かい部分がやたらと気になる。


どこまで細かく描けばいいのか分からない。


気になれば、さらに、気になる。


それの繰り返し。




自分のスタイル

こういうものなら売れるという事が分かっていても、自分にはそういうものは作る事ができないとしたら、自分のできるもので勝負するしかない。


しかし、そこにも、こだわりがある。


自分には、自分のスタイルがある。


そのスタイルを崩す事はしたくはない。


自分のスタイルで作ったもので評価してほしい。


こだわりを捨てる事ができたら、その先には新しい何かがあるだろう。

ほんとは分かっていない

手を抜くと、いい事は起こらない。


早く作業を終わらせようとして、注意を怠り、手を抜くと、結局は、うまくいかなくなって、よけいに時間がかかってしまう。


こういう事は何度も起こった。


それにもかかわらず、今度はうまくいくかもしれないと思って、手を抜こうとしてしまう。


こういう事の繰り返し。


分かっているのにやってしまう。


いや、違う。


分かっていないから同じ間違いを繰り返しているのだ。