テレビで監視されているのか
今日から、完全に地デジ移行しました。
デジタルになって、画像は鮮明になったけれど、テレビの買い替えのために、予定外の出費をする事になりました。
たまたま、これまで使ってきたテレビが、昨年に故障したため、それを機会に、買い換えしました。
地デジが見られない人も全国にはいるわけで、そういう人たちは、これからは、テレビを見ないで過ごすのだろうか。
地デジは見られても、見られるテレビのチャンネルが減ってしまった地方もある。
何のための、地デジなのか説明してほしい。
地デジにするには、公にはできない理由が何かあるのではないかと思う。
テレビを通じて、国民を監視しているのではないかと思ってみたりする。
テレビ画面の前に座ると、画面が監視カメラになって、自分の姿がどこかで、誰かに見られている気がする。
明日から完全に地デジになる
明日から、テレビは完全に地デジに移行する。
テレビはあまり見ないので、もし、テレビが見れなくなっても、たいして不便だとは思わない。
しかし、パソコンか使えなくなって、インターネットができなくなると、ずいぶんと不便を感じるだろう。
パソコンは、大切な情報源。
パソコンがなくなったら、日常生活はつまらなくなるだろう。
パソコンがなくなったら、たぶん、読書をするだろうから、それはそれでいいのかもしれない。
基本が大切
何事もそうだけど、基本がしっかりしていると、応用がきく。
基本ができていないと、オリジナリティのあるものを生み出す事ができない。
基本がしっかりできていると後が楽になる。
イラストを描きだしてから、物の形を知っているようで知らなかった事に気がつく。
目を描こうと思って、目の色がどんな色だったのか、黒眼の部分と、白眼の部分は、割合としてどれほどなのか、ふだんは全く気にはしていなっかたのだが、イラストを描くと、そういう事が気になる。
ピクセル等倍、あるいは、200パーセントに拡大して描くと、細かい部分がやたらと気になる。
どこまで細かく描けばいいのか分からない。
気になれば、さらに、気になる。
それの繰り返し。
自分のスタイル
こういうものなら売れるという事が分かっていても、自分にはそういうものは作る事ができないとしたら、自分のできるもので勝負するしかない。
しかし、そこにも、こだわりがある。
自分には、自分のスタイルがある。
そのスタイルを崩す事はしたくはない。
自分のスタイルで作ったもので評価してほしい。
こだわりを捨てる事ができたら、その先には新しい何かがあるだろう。
ほんとは分かっていない
手を抜くと、いい事は起こらない。
早く作業を終わらせようとして、注意を怠り、手を抜くと、結局は、うまくいかなくなって、よけいに時間がかかってしまう。
こういう事は何度も起こった。
それにもかかわらず、今度はうまくいくかもしれないと思って、手を抜こうとしてしまう。
こういう事の繰り返し。
分かっているのにやってしまう。
いや、違う。
分かっていないから同じ間違いを繰り返しているのだ。