歴史から、国民性を知る
他国の歴史などあまり興味はなかったけれど、韓国の非礼な態度を見て、韓国の歴史について少し学んでみようと思う。
情報は、ネット上で収集する。
韓国の行動は、理解に苦しむところがある。
北朝鮮も韓国も、結局は同じ国民性なのではないかと思う。
民主主義の世界観では、到底理解できない。
だから、韓国の歴史を知れば、その国民性を理解できるのではないかと思う。
天文学的確率
夏の甲子園の決勝は、春の選抜の決勝と同じ組み合わせになった。
これは、大会史上、初めてのことらしい。
こういう組み合わせは、いったい、どれくらいの確率で起こるのだろう。
おそらく、天文学的、確率なのではないか。
そして、さらに、決勝戦の勝者が、春の選抜と同じことになったら、これは、どう考えるべきか。
何かいいことが起きる前兆ととらえるべきか、それとも、悪いことが起きる前兆ととらえるべきか。
天文学的な、確率で、いい事が起こる前兆と、とらえたい。
『嵐が丘』を2/3くらいまで読んだ
『嵐が丘』を、自分としては、比較的、速いペースで読んでいる。
ほんとに、読み終わるまで、2年くらいかかるのではないかと思っていたけど、すでにも2/3くらい読んでしまっている。
ずっと、以前に読んだ記憶では、ストーリーがわからなくて、登場人物の名前が、同じだったりして、混乱していた。
今回は、ストーリーも理解できている。
語り部が話すという設定だから、話し言葉の語彙だから、比較的わかりやすい。
翻訳者の訳仕方がうまいのかもしれない。
何が正しいのか
テレビなどの報道によって知らされる情報は、どこまで、真実なのだろうか。
報道の情報の出し方には、意志がある。
報道によって、国民をある方向に導こうとする。
どこに導こうとしているのか。
情報の真偽の判断を間違わないようにするためには、判断する側が正しい知識を身につける必要がある。
そこで、正しい知識とは何だろうという疑問が出てくる。
正しいと思っていた知識が間違いだったら、何が正しいのかすらわからなくなる。