入学式直後からの地獄の応援歌練習が終わりを遂げ、やっと訪れた安堵の日。新学年・新学期と言えば何かと


委員決め


が行われる。佐々木は中学の頃、学級委員やら生徒会やらを率先してやっていたが、高校ではそんなことはせず一般生徒を満喫したいと思っていた。生徒会は生徒会で面白いんだけどね、中学とは規模(生徒数)も違うしそんなそんな俺なんかがやらなくても


誰かやりたい奴がやればいいだろう


くらいに思っていた。そんなんだから俺の知らないとこで決まったうちのクラスの学級委員とか覚えてないなぁ。そんな学級委員の仕切りで学校の美化委員とかそれぞれの委員会に何人かをクラスから選出しなければならなかった。そんなものに興味はなく、ただ


何故は俺はフラれたんだろう?


と地獄の一週間を経ても紛れない心のわだかまりを抱えていた。幸いなのかクラスが違ったので顔を合わせる機会は少なかった。けど、たまに廊下ですれ違うんだよね。。同じ高校だからな


こんなはずじゃなかったんだよ、こんなはずじゃ。。


バラ色を描いていた高校生活はあっという間にセピア色になってしまった。高校は4号線からちょっと入ったところにあったが、396号線沿いの我が家近辺と同じく「市街化調整区域」となっており、全くと言っていいほど何もない。


いや何もない(笑)


ウチの高校のためだけにある》裏店】と呼ばれる名もない商店くらいだったかな?!田んぼ田んぼ田んぼの向こうに東北新幹線が走っていてその後ろに優雅に南昌山が佇んでいた。まだ、秋田新幹線も青森新幹線も開通しておらず、本数はそんなに多くなかった。終点盛岡駅を前にちょうど速度を落とし始めるあたりそんなのを教室の窓から眺めていた。


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委員選出は一向に進まない


そりゃそーだ。誰もやりたがらないし、応援歌練習のせいでクラスの雰囲気すらまともに出来上がっていない。でもそんなこと俺にはどうでもよかった。難航する委員決めに痺れを切らしたのか担任が


「最後の応援委員は、ここまでの生活態度や中学の頃の内申書を元に俺が決める!」


何を言ってるんだコイツは。今時は絶対にいない高圧的な担任だった。


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応援委員とはいわゆる応援団…あの鬼の先輩達の配下になろうとは誰も思わないだろう。


「応援委員は他の委員会とは違って三年間やってもらう!」


クラス内が騒めく。他の委員は半期で交代なのに、応援委員は二学年・三学年となってクラスが変わってもその個人が継続するらしい。


「他のクラスではジャケンで決めているらしいが、俺はそういうの好きじゃない。」


んー、ジャンケンの方が公平だと思うんだけどなぁ。まぁいいさ、俺が選ばれることはない。入学してから約一週間、目立った行動はしてない。むしろ


少し透けてたんじゃないか?!


それくらい覇気がなかったし存在感もなかったはずだ。失恋というものを経験したことはあったが両想いだったコにフラれることは初めてで


「テツ周りの空気が重い」

「カラ元気でもいいから笑え」


事情を知ってるオナ中の連中には毎日言われてた気がする。そうやってみんな大人の階段を一歩ずつ進んでいくんだなー。他のクラスではやはりジャンケンで負けた奴が応援委員になったらしい。後々わかったことだが、応委員には不思議なシステムがあった。


体育科と野球部はそのうち応援委員をやらなくてもよい。


なんのこっちゃ?という話だが体育科の連中は各部のいわゆるレギュラー面子だからして免除。野球部に関しては、全校応援がある唯一の部活だから免除なんだと。なので、年々応援委員は減っていくもう委員会じゃないよねそれ?!次の日、担任より応援委員の発表があった。


「えー、全員の内申書を見せてもらった。決定したら文句なしでお願いしたい。」


内申書でどーやって応援委員決めるんだよ?


「〇〇と哲平!この二人に決定する」


えーと俺の名前呼ばれたのか今?!待て待て待て〜い!!入学して一ヶ月も経ってないのに、何故俺は担任に下の名前で呼ばれているのだ?!そうなんだよ、岩手にはやたら【佐々木】が多いんだよ。


佐々木・高橋馬のクソ


という文句があるくらい多い。確か県内苗字ランキング第1位が高橋で第2位が佐々木だったはず。あーだから俺は下の名前で呼ばれてるのか


いや、そこじゃない!!


入学して間もなく半透明になった俺が何故選ばれる?!


「哲平、お前は中学の頃応援団だったんだろ?」


そうだった俺中学三年間応援団やってたんだった。。


続く。



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