午前9時~午後3時…災害ボランティアは”作業できる時間”というものが決まっているらしい。それが我々の参加したボラバスの規定なのか、ボランティア協会(?)で元々決まっている規律なのかはわからないが、
その時間内でやれる作業
というのは限られている。そんなことも知らずに現地へ入ったんだ。撤去作業をする公園へ向かうバスの車中はあるところを境に驚くほど静かになった。
窓から見える光景が一変したのだ
でも知らない風景ではなかった。連日報道される番組…テレビという画面を通して東京にいた俺はこの景色を知っていた。
でも全然違う
なんだろう、空気感といったら簡単過ぎるし…見てはいけないものを見てしまったような…でも目が離せなくて、呼吸をするのが精一杯…て言ったら言い過ぎだが…あながち間違ってもいない。言葉にならないとはきっとこーゆーことなんだ。
瓦礫…瓦礫…瓦礫…
道路の車が通る部分だけスペースは確保されており、道端に無造作に積まれた家や車や木々たち。崩れたブロック塀、車が突っ込んで割れたガラス、全国どこにでもある見慣れたコンビニや飲食店、どの建物も一階部分はぐちゃぐちゃで…
「この辺りだからまだ一階部分で済んでいるんですよ」
俺たちがいる場所…立ち入れる区域は”入口”でしかないらしい。砂ぼこりをあげてバスは進んでいった。着いた公園は野球場一面くらいの広さ。遊具はあまりなく、公園というより広場といった感じかな。目立った瓦礫は…
ロングトラックの荷台部分
くらい…でも細々したものが多々。。集まったボランティンアは俺らのボラバス組+2団体くらいあり、ざっと60人くらいいたと思う。公園に入って思ったのが、フェンスというフェンスに【藻】が絡み付いていることと、
フェンスの土台部分と地面の高さがあっていない
ということ。ヘドロが10~15cmくらい堆積してしまっているのだ。燃えるもの、燃えないもの、個人が特定できそうなもの↓↓
(写真やアルバムとか)
の三種類に仕分けして片していくことになった。みんな静かに動き始めた。とはいったものの、畳や屋根、電信柱、何かの液体が入ったタンク、机、レンタカー屋の書類、傘、人形、ノート、診察券…区別がわからん…。そしてこれらは決して燃えるゴミでも燃えないゴミでもない。ましてや【瓦礫の山】と一言でくくれるものでもない。間違いなく
生活の一部なのだ
作業していて…拾っていく【モノ】の奥に、所有者であっただろう方の人生が見え隠れするんだ。でも…みんな黙々と作業に取り組んでいた。
続く。


