5月とはいえ盛岡の朝の風は肌寒く、高速バスを降りると一瞬身震いした。ミッチー(←父親)が車で迎えに来ていてくれた。相方を連れ行くことを話していなかったので
多少動揺したのか
真っ直ぐ家には向かわず…何故か盛岡の名所【石割り桜】脇を通り…
「これが有明な石割り桜です…」
ん…どした?
「ほぉ…」
相方の返事もいかがかと思うが…父ちゃんどうした?なんかいきなり東南アジアの現地ガイドみたいになっちゃったよ…。家で待っていた母親も驚いてはいたが温かく迎え入れてくれた。今回は相方のお披露目がメインではないから…まぁこんなもんだろう。
と言ったら怒られるか?
ボランティアに参加するまで時間(日にち)があったので、久々に実家の倉庫をひっくり返し必要アイテムを探した。
スコップ×2
長靴
は発見した。カッパは【釣り師ミッチー】の釣り用の丈夫な雨具を拝借。長靴も一足はあったが相方の分がないので…
売場面積が東北最大を誇る
というホームセンターへ行き足りない分は買い揃えた。土地だけはあるからな~。ウチの近所には何かと【~最大!】が多い
さすが北海道に次ぎ占有面積第二位の岩手県
出身中学の近くにはいつの間にか県内最大の100円ショップができてるし。。まぁそれはよしとして…これで準備万端か?ボランティアへ参加する前の日、久々に中学の仲間たちと会い震災時の話やその後の沿岸地域の様子を聞いた。さっきも触れたが
岩手県はデカイ
南北に189Km、東西に122kmある。県北と県南だと言葉が違う。よくニュースで取り上げられてる【沿岸部】と内陸部の間には北上高地という山々が連なるため、気候がまるで違う。ウチの実家は【内陸部】のど真ん中に位置するので
海までは100Km、車で2時間
これは仲間たちが後々言っていたことなんだが、仕事関係やらなにやらの繋がりで【救援物資】を岩手県…の盛岡(←内陸ね)に送って頂いたらしい。だが、本当に届けて欲しいのは同じ岩手県でも【沿岸部】であり…
「俺たちのところはいいから沿岸地域へ…」
でも壊滅的な状況だった沿岸地域はその住所が存外するかどうかも不明だったし…運送にも規制がかかっていたから、宅配便やらで送付する手だてがない。結局は内陸の人間たちで食すなり自力で配るなりして
処分するしかなかった
↑ちょっと言い方は悪いかもしれないが…現実はそうだったんだって。気持ちは十二分にありがたいのだが…物資が届いて逆に混乱してしまったと言うヤツもいた。本当に届けなければならない場所に届いていなかった…。もちろん【内陸部】でも停電や断水が続き、後々の食料品不足やガソリン不足へと繋がるのだ。岩手県【内陸部】の人間たちは板挟みだったんだ…そんな状況は
リアルタイムでは報道されなかった
震災直後のニュースは同じ岩手県でも【内陸部】は皆無だったんじゃないか?一口に「岩手県」とはくくれないんだな。でも県外…特に東京より西の人たちには岩手の地域差なんて知るよしもないだろうし、ましてや世界からすれば、一口に
被災国 「日本」
なのだ。
続く。