みなさまこんにちは。

SAYAKAです。御無沙汰しております。

 

看護師として働き始めてはや半年がたとうとしています。

正直、ブログを書くのを迷っていました。

看護師だし、個人情報を扱う職業だから、

どこかでボロがでたらいやだなって。

でも、やっぱり、

みてくださる人が1人でもいるなら、

わたしは言の葉を伝えたい。

というわけで

今日からまたブログを再開しようと思います。

 

近況報告から参りましょうか。

 

わたしはいま、ICUという集中治療室で働いています。

簡単に言えば、死にそうな人を助ける場所。

 

さまざまな疾患で運ばれてくる患者さん。

 

全力で治療を行っても亡くなる人がいる。

 

ご家族の

「どうか、どうか助けてください!!」

 

緊迫した状況。懸命の治療。

 

間もなく、死亡宣告。

 

「まだ死ぬのははやいよ!ねぇ、目ぇあけて!!」

 

もう亡くなるってわかっていても、

まだ生きることを望むご家族。死ぬのを受け入れたくない気持ち。

 

この人の人生って、どんなものだったんだろう。

 

でも、ひとつだけ確かなのは

 

この人は、愛されていたんだなあ、ってこと。

 

 

人が亡くなる瞬間の空気と、

 

ご家族の泣き声と

 

そんな中でたつ鳥肌。

 

 

でも、わたしたちは

案外泣けないんですね、これが。

 

 

 

わたしすごく涙もろいから、絶対泣くと思ってた。

 

でも、泣くというより、

その空気にのまれて

 

何も考えられなくなる感じ。

 

 

 

「人」じゃなくて、わたし「看護師」なんだな

 

そう思う瞬間。

 

 

それでも、泣けなくても、

 

負の感情はつきまとう。

 

そんなことが半年の間に何回かあって。

 

人が死ぬってなんなんだろうって

考える機会が増えました。

 

まだ答えはでていないんですけど、

 

ひとつ思うのは

 

 

「死にたい」と思う人ほど死ねなくて

 

「死んでほしくない」と思われる人ほどあっけなく死んでしまう

 

ということ。

 

私あんまり神様の存在を信じていないんですが、

 

やっぱり、こうして生きているってことは

 

神様が何かしらこの世で果たす目的を授けてるのではないかなと。

 

働いてると、すごく思うんですよ。

 

 

だから、自殺ってしたくないなって。

 

自殺考えてる人も、やめてほしいなって。

 

案外死ねないから、ね。 笑

 

 

まぁでも、亡くなる人もいる一方で、

 

助かる患者さんも、

元気になって一般病棟にうつる患者さんも

いっぱいいます。

(どっちかというとそういう人がほとんど)

 

 

仕事だけで言えば、とにかくつらい。

 

社会人ってこんなに大変なのか…と働いてすごく実感しています。

 

 

毎日が勉強の連続、

 

本当にそうだと思います。

 

 

とにかくねむたくて、からだがつかれて、

ご飯が食べれない時期もありました。

 

それでもこうして働き続けているのは

 

後戻りできないからか、

 

この仕事がなんだかんだ好きなのか。

 

 

まだまだ模索中。

 

自分のめざす看護はなんなのか。

 

とりあえずは

 

ゆるりゆるりと一歩ずつ

 

前に進んでいけたらいいかな。

 

 

 

 

 

 

だらだらとすみません。

なにが言いたいかよくわからなくなってきた。笑

 

スロー更新ですが、

これからまたよろしくお願いします。

 

あとで時間あったらもうひとつ記事書きますね。

 

SAYAKA

 

 

 


こんにちは。
SAYAKAです。

国家試験が終わって、
毎日のように遊んでいましたが、
今日は久々の休養日。

というわけで、久々のブログ更新。


更新すると、
ブックマークやお気に入りから見てくださってるかたが多くて、
個人的にはすごくうれしいです。いつもありがとう(^^)


今回は、組体操廃止の賛否について。

最後まで目を通していただけたら幸いです。


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最近は、「危ないからダメ」「比べるのはよくない」
という理由から、
昔は当たり前のように行われていたものが、
廃止になるということが多くなりました。



例えば、かけっこの順位。
わたしたちの時代では、一番もビリもあって、
一番をとるために一生懸命走る練習をしたものです。

しかし、今では、
子どもの身体能力に優劣をつけるものではない、と
かけっこの順位がないところがあります。

そう。ただ走るだけ。

子どもが頑張って走る姿は
親にとってはうれしいことですし、
成長を見る場面でもあるので、感慨深いかもしれません。


でも、順位をつけたらダメな理由がわたしにはいまいち分からない。

「悔しい」という気持ちは、
集団で競い合う中で生まれるもので。

集団生活の意義って、そういうところにあると思うのです。

「ビリの子が可哀想」ではなく、ビリはビリでいいのでは?

大事なのは、「ビリから這い上がるための手助け」を
周りがしてやれるかどうかではないかと思います。



そして本題。

最近テレビでニュースにも取り上げられていた、組体操廃止の賛否。
読者様は、どちらの意見が多いのでしょうか?


私は、ある意味での「反対」です。

自論なので、違ったら違うと言ってくださいね。


廃止にする理由は、すごく分かります。

骨折する子がいる。
やりたくないのにやらされてる。
身体能力の差があるのに、同じことを強要させるべきではない。


確かに、
組体操について、高さを低くするような配慮はあったものの、
それでも骨折や怪我をする子がいたのは事実で。

親からすれば、大切な子どもを危険な目に合わせたくない
と思うのは当たり前だろうと思います。


個人的には、
団結力を高めるのに、組体操じゃなくてもいいのではないかと思っています。

私が小学生の頃は、組体操ではなく、
鳴子踊りという踊りを学年全体で行っていました。

踊りでは、見た目の綺麗さ、パフォーマンスのために、
何度も何度も練習して、皆の団結力を高めていました。

組体操じゃなくても、踊りで団結力は生まれるんですよね。

実際、

別に、わざわざ組体操にしなくても、
踊りでも何でもいいんじゃない?

っていうのが、最初にニュースを見たときのわたしの気持ちでした。


あれ?それって廃止に賛成なんじゃない?
って思ったかたもいると思います。

いいえ、反対なのです。


では、なぜ、反対なのか。


それは、
条例で決めるほどの規制が必要なのか?
ということです。


組体操は危険だからやめた方がいい。
それは分かる。
でも、すべての小学校で、
組体操を廃止にする必要があるのでしょうか?


例えば、そのクラス全員が組体操をやりたいと思っていたら?
そのクラスの身体能力に差がなく、組体操ができる身体能力を持っていたら?


その子たちの気持ちを上から「ダメだ」と押し付けることに、
何の意味があるのでしょうか。


大人の意見と、子どもの意見は違う。
大人が、子どもはこうするべきと決めるものではないと思うのです。


これはあくまで私の提案ですが、

組体操を演目に入れるのではなく、
自由競技のひとつとして組体操を入れるのはどうでしょう。

学校の先生が、子どもの意見を聞き、そのうえで
このクラスはできると判断した場合に、組体操を行う。

もしできなければ、
(ダンスでも踊りでもなんでもいいのですが、)他の演目にする。


そういう柔軟な考えはダメなのでしょうか。



もちろん一定のルールは必要で、
最低限子どもの安全は守られるべきだと思います。
そのための条例であれば、私は賛成です。

でも、その最低限のルールの中であれば、組体操をやるかどうかは、
現場の先生の意見にゆだねてもいいのではないでしょうか。


私は、上の意見よりも、現場の意見だと思うので、
条例で廃止と押し付けるには、少々疑問が残ります。

そういう意味で、「ある意味での反対」です。


みなさまはどうでしょうか?
賛成、反対、きっと答えはなくて、

この廃止の件も、今後、
多数決で決まるのだと思っています。




でも最近、多数決で決まるたびに思うのです。

少数派の意見の方が、よっぽど価値があるのではないかと。






この記事が、皆様が考えるきっかけになりますように。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



SAYAKA


みなさま、お久しぶりです。
SAYAKAです。


ずっと更新しないといけないと思いながら、

卒業論文や国家試験のための勉強に追われ、
なかなか更新することができませんでした。
ごめんなさい。

今回は久しぶりに、自分の話をしようと思います。



さて、今日は
第105回看護師国家試験の日でした。

いや~難しかった。

わたしも今日受けてきて、
もうなんというか、疲れ切って、脱力。


いま自己採点の速報待ちです。(笑)


なので、今日はひとつ、
私がいいなぁと思った言葉を紹介します。


「後悔してるって言いながらも、
 今をやめないってことは、
 なんだかんだで今を気に入ってるんでしょう?」


これは、今テレビでやっている
フラジャイルというドラマで出てきた言葉なのですが、
(わかりやすいようにちょっと文章はいじってます)




この言葉、自分の人生にすごくあてはまって。


というのも、

「看護」という世界は、
自分が思っていた以上に大変なものでした。


まず、大学に入って、
みんなは遊んでるのに、看護科は遊べないという現実に驚きました。

二年生になり、
記録の多さに精神を病みかけたこともあるし、
実習では指導者さんや教員の言葉に泣き、
つらい思いを何度も経験し、何度も挫折しました。

本気で大学をやめようと思ったこともありました。


でもそのたびに救ってくれたのは、
同じ看護の仲間たちでした。

つらいね。もういっそ死にたいね。
そんな愚痴を言いながらみんなで泣いて。

今思えば、そんなときもあったね、って笑い話になるのですが、
あのときは本当に自分の心が折れそうでした。


それから、約一年間の実習を終え、
気付けばもう卒業間近。

そして、今日は看護師の資格を得るための国家試験。


つらいつらいと言いながら、
看護師という道をあきらめずに
ここまでやってこれたのは、

きっと心のどこかで

「看護師になるんだ」

という強い気持ちがあったからなのだろうなと思います。



ついに春から看護師。


国家試験のための勉強をしながら、

本当にこのまま看護師になっていいのかな
と思ったりしました。



でも、そのフラジャイルの言葉を聞いて、


「今の人生を楽しんでる」

って、そう思えました。



みなさんは、
後悔していることはありますか?


でも、失敗は成功のもと
というように、

後悔から学ぶことはたくさんあるし、

後悔した分、
一度しかない人生を
もっと有意義にすることができます。


自分の人生楽しくないな、と思っても
生きてるってことは、
なんだかんだで楽しんでいるってこと。

そこから何かを変えられる可能性をもっているし
変える力が自分にはあるということ。

どうせ生きるならポジティブに生きていこう!





よし、自己採点してこよーっと!



今日から
春休みになるので、
また近々更新しますね。


最後まで読んでいただきありがとうございました。



SAYAKA