自由への扉
  • 13Jun
    • 感情の有効活用

      感じた感情は全て有効活用できます。ご相談で、感情に振り回されやすい方や、感情は役に立たないと思っている方は、この発想がまずなかったりします。例えば、代表的な感情でいうと、喜 宣伝・訴求・拡充怒 改革・主権・耐性哀 新陳代謝・精錬・純度楽 開発・品質・進化みたいなことを、それぞれ推進するパワーがあります。全ての感情表現は 愛=I ですから、感じながら並行して意図をプログラムすると、支配されるどころが、自分を生きるパワーそのものになります。スマホで言えば、バッテリーが感覚・感情アプリが思考・意図と例えると分かりやすいです。どんなにバッテリーが満タンでも、使えるアプリがないとかバグだらけだとしたら、エネルギーを無駄にするか暴走するだけです。これが、感情に振り回されてる状態ですね。そして、どんなに優秀なアプリをインストールしていても、バッテリーがなければこれまたアプリは起動することすらできません。これが、本気になれないとか自信や勇気がないという状態です。瞬間瞬間に感じる感覚・感情をエネルギーにして、そのエネルギーの特性に最適なアプリを選択し機能させることで、自分を生きる、生き抜くことを推進していくことができます。サロンではその時の意識を、平常心 と呼んでいます。自分という存在の軸になる意識で、存在する悦びで筋立っています。シーソーを支えている中心軸みたいなものですね。話しはいきなり飛びますが、男尊女卑という概念で作られた社会は、アプリが先に用意されて、それを駆動するのに最適なバッテリーであることを人間に要求してきます。ここがもう、なんか完全におかしいと思いませんか?私という存在が先に在り、その私が自己実現するのに最適なアプリを要求する立場でいることが、本来の感覚だと思います。赤ちゃんをみてると、まさにそのように感じます。そうではない現実に対して、怒りが湧いているのなら、その怒りは現実を改革し、自らの主権を取り戻すパワーになります。まあ、この怒りを感じないようなバッテリーであることをアプリから要求され続け、優秀なバッテリー役に没頭しているとなかなか難しいかもしれません。ですが、「ありのままの自分」というのは、アプリで制御されていない、純粋な感覚・感情のなかにこそ存在しています。

  • 04Jun
    • 「自立」ってつまりどういうことなのよ?

      自立って言葉、人により定義が異なると思うのですが、僕が感じていることを、言語化してみたくなったことがありました。ココロの自立 他者承認を一切不要として自己意識の確立ができることカラダの自立 生命維持に必要なエネルギーの全てを自発できることココロとカラダが自立して完全に自立した存在であり、カラダも自立するとそれはもはや人間ではなく、ソウルとか魂とか呼ばれている存在形態だと思ってます。で、カラダの自立は今すぐほいっというわけにはいかないです。搾取食をやめたり、マカバを起動したりとか、いろいろ手続きがある。で、三次元社会でよく言われる経済的自立というのは、最終的にはカラダの自立にいきつくのだろうけど、それは自分で稼いでいるのか? が切り口なのではなく、生命維持に必要な経済や環境がどのような手段であれ、自分の采配や愛され能力で確保できいること。そして、そこに負い目や申し訳なさや罪悪感等、自己否定感を微塵も感じていないのであれば、それは「三次元的カラダの自立」とみなしていいと捉えてます。要は、自己肯定のエネルギーが主体となって、生命維持の状態を確保できているのであれば、自立です。カラダの自立は得意分野ではないので、一旦置いておいて、どなたでも、いますぐ取り組めるのはココロの自立です親子の共依存関係からの自立がテーマのクライアントさんが、最近急増しているなぁというのもあって、自立を定義してみたくなったのですが、令和時代は、これが出来て居ないと、自己存在がどんどん溶解して維持できなくなってくるのでは? と感じています。で、今日ご紹介するクライアントさんのテーマもまさにこの自立だったのですが、最近見事に自立していかれました。コンサルティングの終盤、自分で自立に取り組んだその様子を、長い長い、そりゃもう本当に長いメールにしたためて送ってこられたのですが、その内容が素晴らしくて、途中からこちらも感動で泣きながら読んでいました。いま、親子の共依存関係で悩まれている方の参考になると思い、ご本人の了承を頂きご紹介します。以下、メールほぼ全文(個人特定されそうな情報は伏せています)前回コンサルのあと、母に何を伝えていなかったのか?をもう1度知るために、ゆっくり時間をとりました。最初はどうしても出てこなかったので、現在、職場で苦手な女性が1人居て、その人との関係や思考から、深く探りました。出てきた関係性や気持ちを元に、昔の職場などじっくり遡ってみると、学校、幼稚園まで繋がっていて、最後は幼い時の母との関係に、辿り着きました。そして色んなことを思い、気付き、たくさん書き出して。途中でようやく、強い感情も出てきました。今まで、色々な出来事や思考や外部の意見、全部が頭の中でごちゃごちゃだっだのが、ようやくスッキリして、自分を知ることにも繋がりました。私は、子供の頃、お母さんがニコニコ笑っていたら、私も同じような感じがしていた。だから、お母さんが笑っていて、私も一緒に笑って、遊んだり、喋ったりしたいと、思っていた。でもお母さんは、泣いてたり、寝込んでいたり、怒っていたりで、幸せそうに見える時が殆ど無かった。私は、お母さんが喜んでくれるように、たくさん頑張るようになっていた。でも母は、いつまでも幸せそうではなくて、いつからか私の言動を責めたり、叱ったりするようにも、なった。私は、母の機嫌が悪かったり怒ったりする時は、私が悪いからだと自分を責めるようになり、母が悲しんでいる時は、私が頑張って喜ばせようと、するようになっていた。だから、いつも母の顔色をみて過ごし、母の言う通りにした。母が病気の時は、心配で仕方がなかったし、少しでも楽になれたらと、お手伝いも頑張った。それでも。母は泣き言ばかり言っていた。私のこと、褒めてもくれなかった。 私が母を心配する気持ちにも、気付いてくれなかった。だから私のことを、冷たい子だと言っていた。それがすごく、悲しかった。怒っていた。そして大人になって、母より自分が、幸せになりたいと思うようになった。でも、自分のことも幸せに出来なかった。だって母の姿を見ていると、いつも自分の事のように悲しくて、切なくて、辛かった。私だけが幸せになったら、母は、取り残された寂しさを感じると、思った。母は、身体が弱かった私の看病もしてくれていたから、そんな母を残して幸せになるなんて、自分が許せなかった。そして更に大人になると、何かで読んだ本がきっかけに、親と良い関係が築けていない自分はダメ、親離れ出来ていない自分もダメだと、自分を否定をするようにもなった。幼い時は、きっとお母さんに笑っていてほしかっただけなんだと思う。今でも、母が笑ったら私も嬉しい。そんな母に、普通に話を聞いて貰ったりして、甘えたかった。そしたら安心できた。私が欲しかったのは、安心だった。それだけなのに、それが叶わなくて、叶えたくて、長年に渡り、複雑にさせてしまっていたんだった。そして、まさか私は45歳になった今でも無意識に、母への色んな思いを残したままだった。だって、そういえば私はずっと、特に職場や恋愛において、誰かを(母を)幸せに出来なかった自分を、責めていた。誰かの(母の)役に立てている実感が持てなくて、自分の存在価値がとても小さく感じていた。常に誰かの(母の)顔色を伺い、機嫌が悪い時は瞬時に、自分に原因があると受け止めていた。そして穏便に済むように考え、行動していた。私が自己主張すれば、誰かが(母が)怒ると思っていて、それが怖くて周りに合わせていた。誰かに又は何かに(母に)許可を貰わないと、自分で決めて行動するのが不安だし、なにか罰が当たるような感覚があった。本当にしたい仕事を見つけてする、幸せな恋愛をする為には、先に目の前の問題(母が幸せでない問題)を解決させてからでないとダメだと、完璧に信じていた。だから常に自分に蓋をして、自分が変わろう、状況を変えよう、何とか問題を解決しようとする生き方を、していたんだった。そして、変わったその先には特別な誰かを(母を)幸せに出来ると思っていた。特別な誰かに(母に)、愛されると思っていた。愛されたら、特別な誰かに(母に)甘えて、安心できると思っていた。みんなが子供の時から得ているように見えた安心や幸せが私にないのは、他の人よりダメな部分があるからだとも、捉えていた。だから変えようとするのが当たり前すぎて、止めやれなくなっていたんだった。私は、お母さんに笑って欲しかった。お母さんに、甘えたかった。家族みんなで、一緒に笑って過ごしたかった。何でも話し合って、支え合って、助け合って、仲良くなりたかった。暖かくて何かに包まれたような安心を、私も、家族で感じたかった。かけがえのない家族の存在が、私だって、欲しかった。かけがえのない家族の1人に、私だって、なりたかった。絶対に、そんな時が来ると信じていた。だから私なりに、いっぱい考えて、頑張ってきたんだった。なのに。それが叶わなかった。本当に手にしたかったのに。なりたかったのに。頑張ってきたのに、報われなかった。 そのぜんぶが悲しい。切ない。悲しい。もう、どうしようもなく、悲しい。悲しい。涙がとまんない。本当に、悲しい。これが、最初に出てきた思いと感情でした。あともう1つ。思い返せば、数年前から母は何度も、「仕事が忙しく、子供の時に寂しい思いをさせてごめんやった」と泣きながら謝まるようになりました。私のこと、大切にすようにもなりました。だけど母の思いは、何故か私にはあまり響いてこなくて、今更もういいよ、、と思っていました。改めていま思えば、響いてこないのは、母に分かって欲しいのは、そこじゃない!!からでした。仕事が忙しくて、寂しい思いをさせた?違う!私は、お母さんが笑ってくれないから、寂しかったんやん。幸せでないから、悲しかったんやん。いつも安心できなくて、不安で苦しかったんやん。今、私のこと大切にしてくれるのだって、お母さんの気持ちは分かったよ。でも、私の気持ちは?私は、もっとずっと前からお母さんのことを、大切に思っていたよ。それなのに、その私の思いは気付いてなかったやん。伝わってないやん。幼い時の私の思いを、ちゃんとお母さんに分かって欲しい。大人になっても、本当は、お母さんが幸せに笑うのを、電話がくるたび、実家に帰るたび待ってた。そしてこれからはもう、待たないよ。笑わなくてもいいよ。お母さんの人生だから。私も、私の人生を生きるよ。それを、ようやく母に伝えました。母はいつもと同じで、悪かったなぁ、、といった感じでした。でも何日も過ぎてから、私自身のことで、あれ?と思ったのが、母が私を褒めてくれていた言葉や、私に幸せになって欲しいと言っていた言葉を、素直にまっすぐな感覚で、ありがとう、と受け取っていました。(今までは、母の言葉をストレートに受け止めていなかったみたいで、本心かも分からなかった)あんなに重かった母からの心配も、重さは殆ど感じなくなっていました。何故なのかは分からないですが、これは意外な変化でした。実は。私はコンサルで、何か残っている感情があると指摘して頂いても、少し信じられないで居ました。きっと母に対しては、何年か前に怒りの感情が強烈に先に出ていたので、今更怒りもない。私を大切にしなかった母なんて、もう関係ない。母を気にしているはずもないもん!!と、頑なになっていたのかもです。そんな私に、何度も何度も母の事を言って下さったおかげで、探ってみることが出来ました。本当に、ありがとうございました。そして、何かいっぱい出てきた、これからの、私です。私は、自分が母を幸せに出来ると、ずっと信じていました。母を幸せに出来なかった自分を、ずっと責めていました。母を思う自分を認められず、そんな自分を否定していました。そして、母を幸せにできなかった自分も、その事で自分を責めていた自分も、自分を否定していた自分も、ぜんぶまるごと、許しました。母が幸せそうではなくても、私は今、幸せを感じることを許しました。今よりもっと、自由に、幸せになることも、許しました。私は、母を幸せには出来なかったけれど、自分を幸せにする力は持っていました。母も、誰でも、その力を持っています。私は今まで、母の人生が幸せでないと勝手に決めていましたが、それは間違いでした。本当はきっと母も誰でも、ものすごく尊い人生を、沢山の体験をしながらしっかりと生きています。私はそのことを、いつでも信じています。だからもう、私が誰かを幸せにしようとする必要は、ありません。かわりにこれからは、私自身を大切にして、生きていきます。それから、私は、安心を感じたくて、必死にもがいて生きてきた自分や、自分の人生を、まるごと愛しています。母から大切にされなかった自分も、家族に居場所がなかった自分も、頑張りが報われなかった自分も、たくさん傷ついていた自分も、病気をした自分も、どれもが愛おしくて、大切な、大事な私です。 これからも、私は私の全てを受容します。それから、私は今まで、身体の不調は何か怖いものだと思い込んでいて、自分の身体にビクビクしたり、不安で過保護になったりしていました。身体の不調は、自分の行動に対する罰だとも受け止めていました。そして、そんな自分を許しました。身体は、私そのものであり、1番のパートナーです。大切なことは、身体が教えてくれるし、自分の人生を生きようとする私に、必ず応えてくれます。私は身体と愛し合っています。その事を、これからはいつも思い出します。それから、私は今まで、起きた出来事や、状況、他人との関係、それらに伴う自分の感情に対し「解決させなければいけない、良くなるよう変えなければいけない、自分自身が変わらなければいけない」とゆう、生き方をしてきました。そうしなければ、孤立したり、何か怖いことが起きたり、安心して生きていけなくなると、信じていたからでした。その結果、常に不安で、殆どが問題解決の為だけに、時間、お金、心、身体、思考を使う人生になるとゆう事を、体験しました。そしてこれからは、「問題らしき、状況、他人、自分の感情は、無理に変えようとしない、そのままで居る」とゆう生き方をしていきます。代わりに、今まで問題解決に使っていた、時間、お金、心、身体、思考は、新たなことに使います。今、感じている事を感じるために。今、今日、未来で、本当にしたい事を知るために。それを実際に、するために。行動が出来ない時は、自分と会話するために。表現したかったものを、創作するために。私が私にとって、宇宙一の女性で居るために、それらを使います。そして今度は、その結果がどんな人生になるのかを、体験していきます。私はきっと、変えようとする、そのままで居る、の両方を知ると決めて生まれてきたのだと思います。だから、しっかりこれから体験します。それから、私は幼い時に、愛を受取って貰えないとゆう経験をしましたが、それは昔のことでした。今は、相手に受け取って貰うことも、自分が受け取ることも、簡単に出来ている存在です。 愛している人から、愛されていることを認めます。同時に、もしも自分の愛を、誰かに受け取って貰えない時があっても、そんな自分を許します。その事で、私の存在価値が変わることはありません。どんな感情が湧いてきても、全てしっかり、受け止めます。誰かの愛を私が受け取れない時があっても、誰かを拒絶する時があっても、そんな自分を許します。それで、私の存在価値が変わることは、ありません。いつでも、自分の価値観や感覚や感情を、尊重します。嬉しいも、楽しいも、悲しいも、寂しいも、怖いも、腹立つも、好きも、嫌いも、よいも、イヤも、痛いも、心地良いも、ときめくも、ときめかないも、それも全部が、大切な私の感覚、感情です。それを大切に扱うことが、自分を深く、知ることでした。そして自分を知れば知るほどに、私は、自分を愛してしまいます。だからいつでも私は、何を感じているの?何を思っているの?なぜそう思うの?どうしたいの?どうされたいの?何がしたいの?沢山、自分の心と、身体に質問します。そして、いつでも自分で決めて、行動します。行動できない時は、何故なのか、更に自分と会話します。必要な時は、周りの人にも、素直に伝えます。そして望んだものを手にするときは、即座に、素直に、喜んで、もれなく、受け取ります。それから、他人の気持ち、感情、考えが気になる時には、素直に質問し、相手を、知ろう分かろうとします。もっと知りたいと思う人に対しては、そんな気持ちを素直に認め、自分から相手を、知ろう分かろうとします。相手と、知り合あおうとします、だからもう、自分の感覚や感情に蓋をするのは、終わりです。蓋をしなくても大丈夫。しない方が、大丈夫。私はそのままで、周りの愛する人達と一緒に、生きていける存在です。そもそも、他人が怒っているのは絶対に自分に原因があるとか、機嫌をとらなきゃいけないとか。他人から愛されない自分は欠陥があるとか、存在価値がないとか。人を好きになるのに、結婚するのに、他人の許可が必要とか、私は許されないとか。他人の意見や価値観が、自分のそれより正しいとか、合わせなきゃとか。他人が私をどう思っているのかを考えるだけで、1日が終わるとか。他人が幸せそうでないから、幸せを感じてはいけないとか。とんでも、ありませんでした。私は私。母は母。他人は他人です。 他人が持つ感覚や感情や価値観に、私が責任を持つなんて、出来ませんでした。他人目線で自分を扱うことが、他人を思いやる事でも、真に喜ばれることでも、ありませんでした。かと言って、自分を大切にする事が、他人を粗末にしているとか、無視している事にはなりませんでした。自分を大切にする事が、結局は他人を大切にする事にもなりました。そして自分を大切にしながら、自分の意思で他人に合わせてみたり、他人の意見を取り入れてみる事は、沢山の新たな自分に出会えるとゆう事も、知りました。私はきっと、たくさんの貴重な経験を通して、それらの事を知ることができました。知った以上はもう、私は他人の大切な領域に入って、変えようとする事は、ありません。他人が私の領域に入り、私を他の誰かに変えてしまう事も、ありません。だから、いつでも私は純度が100%で保たれています。これから、ずっとです。100%自分なので、自分を責めるとか、否定するとか、そんな事は何の意味もありません。しようとしている自分に気づいたら、その事を、いつでも思い出します。そして。純度100%の私を生きることで、自分自身だけではなく、周りの人へも、心地良さが、愛が、広がります。それは温かく静かに光って、気付かないうちに、どんどん拡がってしまいます。そして、純度の高い周りの沢山の人達とも混ざり合って、繋がって、更に進化を続けていきます。それが、これからの私です。ものすごく長くなりました。読んで下さって、ありがとうございました。あとあと。もう1 つ気づいたことがあります。それは、私は本当は、とてもとても愛おしく、そして本当に宇宙で唯一無二の存在だった。その私が、人を好きになる。その人と一緒に居たいと願う。大好きな物作りを、したいと願う。伝えたいことを、表現したいと願う。誰かと、深い絆を築いていきたいと願う。周りの人と、支え合いたいと願う。行きたい所へ、行きたいと願う。食べたいものを、食べたいと願う。自分の願いを、叶えたいと思う。望んだものを、受け取ろうとする。それらが出来る、身体で居ようとする。その事の、一体なにが、どこが悪いことだったんやろう。その、何がそんなに、やっぱり無理かもしれない事なんやろう。叶えるために、誰から許して貰う必要があったんやろう。何で、どこまで、どこに自分を責める要因があったんやろう。そして、どうして、私は醜いからダメだったんやろう。どうして、本当の自分のままでは問題があったんやろう。あ、なんも無いやん、無かったやん。って、気づきました。無いのに、とても巧妙に有ると信じて、有るとゆう生き方をしていたんだった。「全部そのままで、大丈夫。もう、いいんやで。よく気付いたね。」と、自分にはっきり言われて、嬉しくて。子どもみたいに泣いて、涙が止まらなくなりました。長く信じていたものを、急にあっさり手放せたかと言えば、そうではなく。。。やっぱり無理かも、と思ったり、気付いたら他人がどう思ってるか考えていたり、自分にダメだししたりする時もあります。ただ実践する、とゆうことなのでしょうか。実践する、行動する、素直にただ感じる、ようにしています。以上で、メール転載終了です。冒頭に書いた、ココロの自立 他者承認を一切不要として自己意識の確立ができること読みながら、この自立を本当に果たされたのだなと…本当に素晴らしい人生の旅がひとつ終わって、新しい旅に出られたんだなと、それがしっかり足が地についたものとして、確実な一歩を踏み出されたことが、この文章の随所から感じることができました。それが嬉しくて、泣いたのでした。

  • 26Nov
    • ピタゴラスが2500年前に述べた「病気は音で治療できる」という現実。

      ここ数年、拝読してるブログのひとつにIn Deepがあります。前回記事の世界の分岐の内容と繋がる部分が多く(と私が勝手に感じているだけですが)、特に地球を取り巻く環境がかつてない過渡期、もしかすると終焉期に差し掛かっていることが、世界中のニュースから窺い知ることが出来ます。その辺りは、InDeepの関連ブログ 地球の記録 アース・カタストロフ・レビュー にニュース形式に、まとめられています。こうしたニュースを観じていると、ああ地球は崩壊の一途を辿っている真っ最中なんだな…と避けようのない現実がヒタヒタと、確実に着実に、自分自身の生きる環境を覆い尽くしてくる感覚になります。みなさんは、どう感じますか?これだけの現実を突きつけられて、なお楽観していられる方がいらっしゃるとすれば、それはそれでもの凄い才能か、あまりにも鈍感なのだと思います。私自身は、つい最近まで「絶望してはならない」という信じ込みを持っていたことに気がつき、それがとてつもない重荷となって自身に覆いかぶさっていたことを自覚したので、「この状況に絶望してもいいんだ?」という、ちょっと奇妙なポジティブ感覚を伴った、「こいつはマジでやばい」という思いがあります。自分がなんとかしてやる、しなければ、といつも思っていたので「えっ、なんとかしなくていいの?」という立場は、とても身軽で気楽なものです。ただ、実際に自分自身が崩壊の波に揉みくちゃになって飲み込まれていった時には、非常に厳しい感情体験を伴うことになるでしょう。それを考えると、なんとかそうなる前に、したいことを全部済ませておこうと思うわけです。せめて生前の後悔がないようにしておくことは、いますぐ始められることですから。さて、最近のIn Deepで、個人的に大変興味を抱いた記事がアップされました。【重要】 ピタゴラスが2500年前に述べた「病気は音で治療できる」という主張に対しての本格的な試験が始まる。現段階でわかっていることは、細胞内のひとつの繊毛が周波数に対して反応するということという、長いタイトルなのですが、要はピタゴラスが2500年も前に、「病気は音で治療できる」という知見を得ており、そのことの一部が最近になって医学的なエビデンスが出始めており、今後に期待できるのかな? という内容です。既にサロンでは、イーマ・サウンドという生体共鳴複合調和音をコンサルティングで活用し、病気を辞めたいというご相談を解決された方が数多くいらっしゃるので、「病気は音で治療できる」というピタゴラスの知見に対するエビデンスが出始めたことについて、驚きも目新しさもなく、寧ろ「全ては音の組み合わせで創られているから、そりゃそうだ」としか思いません。既に、生体の細胞はもちろん、各臓器や骨格を創りだしている膨大な音が解明されていますし、外国では医療として活用されています。そして、ピタゴラスが2500年も前にこのような知見を得ていたこと、それを自分達が現実にとり扱っていることには、大変興味が湧きます!そして、医学的エビデンスが出始めたことも、純粋に嬉しく感じます!!同時に、本当はもっと多くのエビデンスが在るのだろうけど、それがあまり公にはならないことや、そもそも音が生体に影響を与えることについて、社会的な情報流通量の少なさには、とても残念な感覚を抱いています。音が人体に及ぶす影響の近代的な研究は、第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人への人体実験により大幅に進んだと伺っています。戦争は、良くも悪くも科学を急速発展させます。当時は、兵器として音の活用を研究していたわけですが、戦後になって膨大な研究成果を医療に転用しようと研究に没頭したのが、イギリスのマナーズ医学博士です。マナーズ博士と聞いてもご存知ない方が多いと思いますが、新生児黄疸の赤ちゃんに青い光線を照射するビリベッドをご存知な方は多いと思います。とりわけお産経験がある女性や、お産に関係する方々は見聞きしたことがあるのではないでしょうか?このビリベッドは、広く世界中の産科に普及しているものですが、黄疸に青い光線が有効なことを突き止めたのが、このマナーズ博士です。そして、光の周波数は下げれば音になり、上げれば意志となります。光と音、そして意志は密接なフラクタル関係にあるのです。マナーズ博士の死後、その研究を受け継いだのが私共の師匠である松下氏であり、現在イーマ・サウンドという名称で日本から海外へと、最新の研究成果が技術とともに広められています。こうしたことが、もっとマスコミにも取り上げられていいとも思うのですが、中々そうはならないのは、それ程強力なツールだということなのかも知れません。InDeep の記事で、「音を使って細胞レベルで病気の治療をする」ことが可能な未来の人類社会もあり得るのかもしれません。500年後くらいには(絶望的なことを書くなよ)。 と悲しいことを書かれていますが、いやいやもうそれはかなりの部分で実現出来ています…そう、お伝えしたくなりました。何かしらブログ主の岡さんご本人に連絡できないかなと、ちょこっと調べたのですが連絡方法が判らず、そのもどかしさがこうしてブログ記事をしたためさせている次第です。まあ、岡さんはこうした表に出ない情報にもかなり造詣が深い方のようですので、イーマ・サウンドがご満足頂けるツールかどうかは分かりませんが、「思っているよりも研究は進んでいるのかも…」そう認識を更新して頂けたら嬉しいのです。さて、記事は以下のように締められています。音と周波数が、人間と、そして「この世のすべて」に与えている影響は、はかりしれないものであり、そこから考えると、「音(周波数)による医療」は非常に現実的な未来への展望だとは思います。ただ、現状の医学と医療を取り巻く状況を考えると、先は大変に長いものとなっていくのは仕方ないことかもしれません。私自身は、医療も薬も素晴らしいものだと思いますが、それだけでは十分な対応が仕切れていないのも事実だと思います。でなければ、わざわざ医療従事者がコンサルティングを利用する由もないでしょうから。「限界・問題を目の当たりにしているからこそ、潔く他の手段を求めてきたんです」そう正直に仰られる方が、いらっしゃるのだと思います。また、病気そのものは、悪いものでも問題でもありません。ただそれを取り巻く環境には、起きた出来事に対応し続けるという非合理性や、思考や感情という人間らしい部分を置き去りにし続ける非人間性が横たわり、それが状況をループさせている部分があると感じます。生命力が尽きる前に、そのループから抜け出すことは可能なことです。そして、そもそも病気になる=自分の音がズレる ことにならない生き方これが、広く認知されるような社会にしていきたい、そう強く感じています。やがて、病気になる人がそもそも少なくなる、居なくなることこそ、ピタゴラスが2500年前に感じていた未来像な気がしています。そして、既に自分を存分に生きて病気とは無縁の方には、自己の魅力や才能を引き延ばし、より自身の可能性を拡げていくことも音には可能です。お気に入りの音楽に励まされた、勇気づけられた、そんな経験がないですか?それにより、出せなかった一歩が踏み出せたり、期待していた結果を獲得したことがある方も、数多くいらっしゃると思います。もちろん歌詞も大変重要ですが、メロディや和音という音は、人の意志や能力に影響を与えることが出来るのです。羽生結弦選手の足首も、「僕の声」の歌と共にイーマ・サウンドを活用すれば、通常よりは速く元の状態に戻るんだけどなあ…なんでこんな当たり前のことを、なぜ多くの人は知らないのだろう…? そんな、不思議な感覚と、もどかしさに悶々としたので、この記事が必要とされる全ての方に届くことを意図して、終わりたいと思います。

  • 18Nov
    • 世界は4つのパラダイムへシフトしている!

      過去記事ダートゲート・アセンション概要でも書きましたが、今進行中の世界の分岐について、再度解説を追加して掲載します。また、前述の過去記事の他にも、多数の記事で触れてきたダートゲートは現在すでに封鎖されており、ゲートオープン時にここに参入した有志により、現在ダークサイド・アセンションが総宇宙アセンションの主軸として進行中です。そして、私自身ですが、いくつか抱えたままの自身の分離要素により、ダークサイドよりパージされた状態であることもご報告しておきます。パージされた状態の中で、その他の可能性も模索しつつ、再参入の時間的条件を満たす10年後に向けて現在自身の全統合に取り組んでいます。ただ、10年後までダークサイドが待っているのか? そこから間に合うのか? 等は一切不明です。このようなとても曖昧で危うい状況ですが、「出来る・出来ない」より、「やりたい・やりたくない」を優先して生きると決めているので、やりたいことをやるだけです。その先にある未だ味わったことのない絶望こそ、ダークサイドの入口かもしれません。滝汗それでは、以下より本題の記事です。ご自身について、どう在りたいのか? よくよくご自身に問いかけながらお読み頂き、ご自身が目指す行き先を主体的に決定頂く参考となれば幸甚です。世界の分岐今世界は、大きく4つのパラダイムに分かれ、それぞれの道へと進む分岐点のまっただ中に在り、近い将来(30年~300年先 パラダイムにより流動的)、現在の地球人類はその存在形態を変えていくことになります。世界の分岐現象は、これより説明する4つの各領域が多次元に渡り推進している総宇宙の流れそのもので、回避不可能な現実です。Aアース: 正しさで戦う世界(光領域)このパラダイムに属する方達の主張は、「世界に不幸が溢れてるのは、政府・国・企業が悪いからだ、陰謀のせいだ」に代表される。精神世界やスピリチュアルを前面に押し出す方達とは異なり、極めて現実的なラインで、人種差別、環境破壊、格差社会、危険食物、原発問題、汚職献金といった社会悪に対し、道徳感・倫理観に沿った正義でもってその首謀者を暴き裁こうとし、ズルや不正を一切許さない。デモや啓蒙団体、SNS等のグループを組織したり参加する等で活動する方が多く、政治家として立候補される方もいらっしゃる。Aアースに属する方は、「正しさで戦う人」という印象であり、自分と思想が合わない場合は、善悪二元論が濃過ぎる押し付けがましい方達でもある。他人に強制してくるベジタリアン信奉者や、過激な行動に出る動物愛護者も多い。思想の根幹に『戒律的な理想社会』があり、悪や不正と戦いながらこれを実現することを目指している。いわゆるアセンションと呼ばれる次元上昇的な要素は表面化してはいないものの、その影響は多分に受けており、正しい人間だけで創られる被害者・犠牲者の居ない循環型理想社会への移行を推進している。男尊女卑の根源でもある旧神界が、人類を支配し続ける為のパラダイムであり、イザナギ・イザナミの伝説でいうナギ(男性性)である思考のジャッジ(正誤・優劣・善悪)が先行して創られている分離世界だ。Bアース: 支配と隷属を続ける世界(闇領域)現実的な地球の歩みに則した未来を、科学技術の進歩により切り拓く先導者と、それを妄信する追従者からなる世界。この先懸念されている、人口爆発、食糧危機、地球温暖化、資源枯渇といった問題に、科学技術の進歩と、機械と人間の融合により対応していく。宇宙移住計画、VR仮想世界住人化、AIによる人類統一政府、宇宙人意識の洗脳等々、TV番組「やりすぎコージー」にて関さんが紹介する情報はBアースのもので、全て現実に準備され進行中のことだが、突拍子もなさ過ぎて一般人には未だ現実味も実在も感じられない。その一方で、ポケモンGOや初音ミク、マトリックスに始まりマーベル等に代表される映画等で、ヴァーチャルと現実を融合する志向は着々と浸透している。現実はヴァーチャル(幻想)でもあるが、その幻想を創り出している主体が自分ではなく他の誰か?何か? から抜け出せないのがBアース追従者側の大きな特徴。4つのパラダイムの中で最も3次元に沿った現実的な概念であり、なんとかしてくれる支配者と、その庇護から脱せられない隷属者の関係が続き、それが自己意識への関心を遠ざけても居る。また、宇宙移住やVR仮想世界に移行出来ない、またはしない人類は絶滅を迎え、次期3次元アースに転生し3次元を再度体験する一方で、宇宙移住者やVR仮想世界の住民は、テクノロジーや機械そのものと、それを提供する支配者への隷属関係は維持したままとなる。北朝鮮を巡る、中国・ロシア・アメリカの裏の攻防は、宇宙種族がこのBアースの主権を争っているものが顕在化したものとの情報もある。Cアース: 愛と光の平和な世界(光領域)いわゆる闇や悪と呼ばれるものを完全排除して、愛と光だけの平和な5次元世界を目指す。このアースが一般的なスピリチュアル業界で、最も多く広報され広く知れ渡っているアセンションのパラダイムになっており、いわゆるフワキラ系・お花畑な世界へ次元上昇するもので、セミナーとか有名ブロガー、出版等この層で活躍しているヒーラー、スピリチュアルリーダーも多い。キーワードとして、レムリアや縄文回帰、弥勒の世、水瓶座の時代、ライトワーカー等の表現での啓蒙が多く、シリウス・プレアデス等の宇宙存在、神様・女神、キリスト、天使、銀河連邦、アシュタール等が好まれる。とにかく「愛に還す、許す、感謝する」「ネガティブをポジティブに変換する」「低波動、悪想念を排除する」「霊性進化」という指針が強く、また「宇宙の流れに身を委ねる」「神に帰依する」「無私の奉仕」といった自我を放棄することを推奨促進する。Cアースでいう愛と光は、分離した二元性の概念から抜けてはおらず、故に5次元の光領域世界へアセンションすることで、闇や悪の世界がCアース意外に残存することになる。自身の中の、闇や悪との統合を果たせない方が一時的に向かうパラダイムであり、光支配層に自身を挺身することで、かりそめの平和に身を置き魂の安息を得ることが出来る一方で、ソウルの停滞・放棄というソウルにとっては極めて非情な状態となる。地球近隣宇宙の表舞台で、性善説的な支配力・拘束力を最も有する。Dアース: 個性の全力が発揮される世界(闇領域経由の統合領域)「私」という現実的な存在の、心・人生・生き方・意識・感情・思考、というものに正面からストイックに入り込み、その私の全てが存在力として開花している領域=ソウルへ帰還していくパラダイム。全ての存在がやがては流れ着く道程であり、また自発的な希求なしには達成不可能なため、大々的な広報はされていないが、総宇宙のエネルギー導管の根幹を成す為、アセンションとそれに伴うディセンションの主軸である。Dアースとは、自分を悩み抜き、磨き抜き、貫き通して、自分という存在の最深部に降り立ち、入り込み突き抜けた果てに辿り着く領域であり、善悪・光闇・男女・正否といったあらゆる二元性を超越した、究極の自己へと帰還することで、完全に自立した自己存在となり、同様の同胞達と共同で希求する創造・破壊を行う。破壊がセットというところが、Cアースとの顕著な違いだ。地球は永らく光領域の管轄にあった為、Dアースへ帰還するには自身の闇や悪魔的な要素を全て受け容れ、それを自己領域として運用する存在になる必要がある。そこで生じるのが3次元アースを含む不要領域の破壊であるが、これは光領域からすると宇宙犯罪行為に当たる。それでも尚、自分自身であることを貫く覚悟が求められる。私達の正解や優位性に固執する思考特性は勿論のこと、感覚・感情に至るまで長らく続いた光領域の影響でバイアスが掛かっていると認識した方がよい。私達の当然という感覚が、Dアースでは単なる偏向でしかない場合がある。例えば、子を産み子孫を繁栄させなければならないという感覚すら、時間を超越したソウルからすれば停滞を生み出す取り組みであり、それが「当然とされる世界」は破壊対象となる。そして、Dアースを目指したとしても、生きながらの肉体解除が出来ない場合や、途中で自分自身を貫けない場合には、他のアースに吸収されていくことになる。全てが自己責任により統括される、ある意味厳しい道程である反面、自己の可能性をMAXに表現出来る唯一の選択でもある。以下は、サロンの紹介を兼ねていますので、ご興味ない方はスルーして下さい。自立する個性A.U.WAサロンの理念でもある、『自立した個性が発揮する、無限の悦びと豊かさが循環する世界へ』とは、Dアースのパラダイムが広く浸透し顕在化した世界であり、人生創造コンサルティングが目指しているものは、Dアースを生きる方達を増やすことです。ここでいう 悦び とは、Cアースで語られるフワキラした「全ては愛」とか「ワクワクで生きる」というものとは一線を画します。「自分自身を存分に生きている」「自分の全てを余すことなく放射している」「それで生じる全ての責任を果たしている」という、存在の悦びのことです。その成分には、あらゆるネガティブな感情表現がネガティブなまま含まれています。自立した個性とは、総宇宙で唯一である自己という個性を、他者承認無しで維持できる意識であり、それが無限の悦びと豊さを循環するためには、自己宇宙の頂点に君臨しエネルギーを自発し、自分の為にそれを無限に循環する存在である必然性があり、この存在を私はソウルと定義しています。ソウルの最も身近な実在例は、太陽です。そして太陽は、太陽創造権を人類に返還し自らの太陽系という役割を終えようとしています。(過去記事太陽創造権の還元参照)今後4つのパラダイムは、時間の経過に伴い分岐が加速し、何れ交わる事が困難な状況になっていくでしょう。それは、もう話す言語が異なるようなコミュニケーションの困難さを齎し始め、自然と互いに距離を取るようになっていきます。実際にこの現象に遭遇された方達も、非常に多いと思います。ダートゲートが既に封鎖された今現在、大がかりな進路変更を起こすことは、困難を極めるでしょう。それでも、崩壊の一途を辿る地球の残された時間質量の中で、少しでもDアースを目指す人を増やしたいと思っています。それは、他でもない自分自身の夢を実現させる為であり、それが同時に他人の為にもなるのであればWin & Win の関係になるからです。そして、こうしたサロンの活動も、何れは「その必要が既にない…」と感じることになると思います。サロンの活動をしているからこそパージされましたし、パージされたからこそサロンの活動が続けられ、日々の生活を人間的な充実で満たすことが出来てもいます。無限大の可能性A.U.WAサロンの人生創造コンサルティングは、自立した個性が主体的に能動的に人生を創造したい方を対象とするものです。依存者・被救済者にとっては大した価値を提供することも、効果を望むことも困難ですが、主体的に能動的に人生を創造したい方にとっては、それこそご自身の無限大の可能性に触れていくコンサルティングとなるでしょう。それは、サロンの活動動機そのものが、宇宙の可能性が無限であることを証明したいが為に生じたものであり、人生の舞台がこの3次元の地球を超越し、全宇宙へと移行することも見据えた世界観に支えられていることからも、そのレベルで補完されていると自負しています。人生創造コンサルティングの根幹を支えているものは、生身の人間が感知し得る最高次元とされる18次元にて直接体験したコスモロジーであり、極めて普遍的で永続的な概念・真理です。このベースに、最新の心理技術・脳科学・サイマティクスといった先端科学をツールとして活用しています。先ずは、人間としての人生を創造すること。そしてやがては「私は、人間でしかない」という信じ込みすら、書き換え可能なことを前提にしています。このようなコンセプトが根底に流れているからこそ、当サロンの人生創造コンサルティングの一助により多くの方が変容された、このことに感謝と必然性そして「存在の悦び」を感じています。世界の分岐は、世界情勢や異常気象等のグローバルなニュースからも、身近な人間関係の中でも直面する程、深くそして確実に進攻しています。どう対処するか? どう評論するか? という発想ではなく、自分自身はどう在りたいのか? 何をしたいのか?この限りある命をどう使うのか?その核心の欲望だけが、Dアースとの接点を維持するでしょう。※この情報は私の宇宙の真実であり、参考にして頂くのは構いませんが、ご自身の真実はご自身の責任で選択・確定して頂くようお願い致します。全てのご縁ある存在に、敬意を表して。

  • 28Jun
    • 地上における悪魔の11のルール

      皆さんこんにちは、超久しぶりの更新です。さて、本当の自分を大切にして生きることを目的に、日々コンサルティングをしており、このブログもそこに関連する記事しか掲載していないのですが、本当の自分を大切にして生きるとは、具体的にどういうことか?また、そうした時の他者との関係性はどう在るのか?という指針として、非常に有効と感じるものを見つけました。それは、悪魔協会が支持する『地上における悪魔の11のルール』と言われるもので、wikipediaによれば、悪魔協会とは1966年4月30日のヴァルプルギスの夜に、アントン・ラヴェイさんによってカリフォルニア州サンフランシスコにて設立され、ラヴェイさんが1969年に著した 『サタンの聖書』に表明されているように、人間の肉欲的自己を是認することを使命とする団体です。悪魔(サタン)と聞くと、それだけで毛嫌いする方もいらっしゃるかもですが、それはご自身の中の闇から、目を逸らし続けているからかも知れません。闇の力とは、本当の自分を立身し、様々な抵抗・軋轢を退け自分自身を貫いていくために必要な、地中に張り巡らした強靭な根っこのような存在だと感じています。2015年にカトリックの総本山バチカンにて、ローマ教皇フランシスさんが、「イエスはサタン(ルシファー)の息子だ」と断言して一部パニックなったようですが、更に「イエスは神でも何でもない、唯の男だ」とも言っているようで、イエスを崇拝していた敬虔な信者ほど、多大なショックを受けたようです。どうも私たちは、様々な「隠された真実」に囲まれて生きているようです。ですから自分の真実こそが殊更重要で、それが自分の居場所を世界に創っていくことになります。さて、イエスの父である悪魔が、唯の男…つまり肉欲的自己としてどう生きるべきか?その悪魔のルールをラヴェイさんは以下の様に提示しています。地上における悪魔の11のルール1.求められてもいないのに、自分の意見や助言を与えないこと。Do not give opinions or advice unless you are asked.2.歓迎する人でなければ、自分のトラブルについて話さないこと。Do not tell your troubles to others unless you are sure they want to hear them.3.他人の領域(家)に入ったら敬意を表すこと、 それが出来ないなら行かないこと。When in another’s lair, show him respect or else do not go there.4.自分の領域(家)で困らせる客は、情け容赦なく扱うこと。If a guest in your lair annoys you, treat him cruelly and without mercy.5.交配を認めるシグナルがなければ、セックスを進めてはならない。Do not make sexual advances unless you are given the mating signal.6.こんな重荷降ろして楽になりたいと声を大にして言っていない限り、 他人のものに手を出さないこと。Do not take that which does not belong to you unless it is a burden to the other person and he cries out to be relieved.7.魔術で願いが叶えば、その力を認めること。 成功したにも関わらず魔術の力を否定すれば、得たもの全て失うことになる。Acknowledge the power of magic if you have employed it successfully to obtain your desires. If you deny the power of magic after having called upon it with success, you will lose all you have obtained.8.自分が被らなくても済むことに、文句を言わないこと。Do not complain about anything to which you need not subject yourself.9.小さな子どもを傷つけてはならない。Do not harm little children.10.自分が攻撃されたわけでも自分で食べるわけでもない限り、 他の動物を殺さないこと。Do not kill non-human animals unless you are attacked or for your food.11.公道を歩くときは人に迷惑をかけないこと。 自分を困らせるような人がいれば止めるよう注意し、 それでもだめなら攻撃すること。When walking in open territory, bother no one. If someone bothers you, ask him to stop. If he does not stop, destroy him.和訳の精度不安や、ニュアンスの好みがあると思いますので英文も掲載しました。各自でしっくりくる和訳をして頂ければと思いますが、こうして読んでみると、悪魔に描くイメージとは裏腹に極めて真っ当だと感じます。特徴的なのは、自分の身は自分でしっかり守る姿勢と、自分とは無関係な事象には、首を突っ込まないということでしょうか。その前提には、自分も他者も独立した存在として扱う敬意があると同時に、だからこそ生じる自己責任への要求があります。ここに、「本当の自分を生きる」時に必須となる人格との重大な共通点があります。存在への敬意と自己責任なしに、本当の自分を生きることは不可能です。悪魔とは、自立した自己宇宙を確立する叡智と能力のことかも知れません。それを糾弾し続けるなら、何者かの支配下・依存下に隷属し続けることになるのは自明の理です。

  • 01Jan
    • 明けましておめでとうございます

      なにか書こうとも思ったのですが、この図形以上の言葉がどうにも見つからず、とにかくこのエネルギーを感じてください。ということで、サロンで使用した年賀状をこちらにも掲載することで、新年のご挨拶とさせて頂きます♪皆様にとって、2018年が素晴らしい一年でありますように♡

  • 12Dec
    • 自分自身と言う正義を貫く

      20171203 中央連盟・ルシ其れが本来のコミュニケーションの主格だろう?己が己の単純な判断で、愛に準ずるカテゴリーだけを返還し憎悪に準ずるカテゴライズは吸収し飲み込むこんな事を繰り返して居れば自身の肉体、エネルギーフィールドに制限、3次元拘束、不要エネルギーが蓄積して当然だろう?己の不満、怒り、不快の全てをその場で表現体現出来ないならば其奴は3次元エネルギーから出る事は出来ない愛、調和、許容のみを放射、体現すると言う其の取捨択一が既に二元性判断であり分断だろう?不快を体現する事を抑制する者は快楽を体現する事も出来ない憎悪、怒りを表現、放射しない者は愛、調和も放射して居ないそりゃそうだろう?抑圧に塗れ、判断に塗れた連中の放つ「愛とやら」は、所詮相応のレベルでしかない判断と抑圧を愛というラベルの元放っている単純な押し付けでしか無い気色の悪いエネルギーを循環させるな20171211 中央連盟・ミカエル 自分自身と言う正義を貫く事この先、自分の道以外同期する領域以外を排除、切断して突き進む事が要求されるから…アセンションと言う時空融合、同期は純然たる領域創造でもあり領域還元、統制行為でもあるよそれは自分自身の感知する信じる全てを自身の正義として貫き通す揺るがない自己、志が必要になると言う事どんな帰還経緯、上昇行為を辿るソウルであってもそれは共有で発生する、いうならば試練、使命それぞれがそれぞれの経緯を辿る総アセンションの中でそれぞれの層や立ち位置で自身の正義を貫き通し、反する全てを排除、切断し領域統制をする事が、自身の同期時空を固定し反する時空を消し去ると言う根本だから補足:Dアースにおいて肉体解除が進まなければ、最終的に他のアースを消し去る事自体が不可能となります。必要な方宛に。

  • 07Oct
    • ほら、見て! 心配せずに、何も持たなくても、楽しく歩いて行けるんだよ。

      今日は、素敵なメールをクライアント様から頂いたので、シェアさせて頂きます。(人生の)道を歩いていく中で、小さい頃から、一緒に歩いていた親であったり、学校であったり、職場であったり、人を見ながら、そういうものだと疑問も持たずに親の要求するスピードで歩き出し、その過程で、あれを持っていくべきだ、これをしょって行こう、歩き方、速さはこれくらい、手の振り方、角度はこれでとか人より早くとか、人より多く持ってとかしていくうちに、歩くこと自体が苦しくて、周りなんか見る余裕も忘れて、下ばかりみて、とにかく一歩一歩、歯を食いしばって歩いて、でも大丈夫です!と言いながら、辛いなぁ、歩きたくないなぁと歩いてここまで来て、子供たちの歩みのスピードを気にせずにいたら、息子が、もうイヤだと言いながら、他の道に力一杯に転げ回って、みんなが見てる中で、私は崖から奈落の底に落ち切ってしまって、納得できない私は何度も何度も崖を落ちててまた自分を立て直して道にたどり着いた時にふと見つけたA.U.WAという小屋で、そんなに装備はいるの?人の物まで、必要ないのにしょってない?歩くスピードは自分のもの?そもそも何のために歩いているの?ほら、見て!心配せずに、何も持たなくても、楽しく歩いて行けるんだよ。と、私の中にはなかった方法を教えてもらって、知らずに持ってたものがこんなにあったんだ。顔を上げて、ゆっくり周りを見渡したら、道は実は明るくて、緑豊かで、美しかったんだ。私は周りの景色も見ながら、楽しみながら、私自身のペースで歩こう!と決めて歩いていく中で、気づけば、またそれぞれの道を歩いている人々のスピードや、持っていると良さそうなものを背負う、生来の癖が出たんだなぁとだから、今回、すごくキツかったんだ。基本が何かが、わかれば、なんと、あれだけ頭が痛かったのも、ヤル気がなかったのも、ウソのように、目にも力が湧いて来ました。私は元気で、打たれ強くて、大丈夫だ、と、今、エネルギーが湧いています。(以上 転載終了)〈セルフイメージ〉と〈観念フィルター〉を変えれば、人生は、いつでも変えることが出来ます。変えたいという本当のあなたからの衝動が、あなたの人生を追い越す時、過去と未来に横たわっていた、古いシナリオは一新されていきます。そして何より、私達は本当の自分を生きて、存在の悦びを放つように創られています。あの、太陽のように。

  • 01Oct
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑩

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、最終10回目です。⑩責任=自由自身の創造にすべての責任をとっているだから完全なる自由を自身に許している責任とは創造したものを内包すること内包とは創造のすべてを感じ自身のものであると受容することであるいよいよ、このシリーズも最終回となりました。最後までお読み頂き、ありがとうございます♡この項の解説は、あまり必要無いのではと、感じていますので、補足を加えていきたいと思います。過去記事、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》①でも解説したように、宇宙の創造主・神は、あなたご自身です。自覚や自信がまったく無くても、取りあえずこの前提に立つと、では眼前の世界、日々の体験を創造しているのは、他でもない自分自身、という視点が生じます。この視点に慣れるまで、意識的に自分の視点が世界をどうみているか?をチェックする癖をつけて下さい。例えば、誰かの責任、社会のせい、闇のせい、親のせい、あいつのせい、と思考している時は、創造主の視点からズレています。または、これをしたいんだけど問題があって出来ない、こんなことを言いたいんだけど抵抗があって出来ない、と思考している時も、創造主の視点からズレています。そう言う時は、何のために私は他者責任にし続けているんだろう?その目的はなんだろう?この問題や抵抗を創造している、目的・メリットはなんだろう?そう、思考を切り替えてみて下さい。つまり、現状の自己認識を、全て自己創造の結果として見つめ直していくのです。同時に、自分がどんな信じ込み・真実を採用し続けているのか、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》③も参考にしながら、よく観察してみることです。最初は、わけが解らなくても繰り返し行っていくと、段々と、目の前の現実と、それを起こしているであろう自分の信じ込み・真実とが符号しているのを、読み解けるようになってきます。コツは、感じているデメリットの裏にあるメリットに気がついていく、ことと、自分は本当にパワフルな創造主で、些細と思っている信じ込みですら実現してるのかも、そう疑ってみる事です。手っ取り早く確実にされたい方は、サロンを利用する方法もあります。サロンHP→ https://auwa666.jimdo.comそして、もうひとつ重要な視点として、この世界は共同創造をしていますので、自分だけの真実で創造している部分もあれば、共同で創造している部分もある点です。意識には階層がある、というのは耳にしたことがあると思いますが、私が採用しているモデルは、下図の様になります。自我は、これが私、という肉体に宿る意識ですから、その創造は比較的自覚しやすく、解りやすいと思いますが、自我を取り巻く環境は、上位意識がわんさかと存在し囲まれていますので、自我の創造は、その影響をめちゃくちゃ受けています。最も身近なものでは、家族意識である親の影響を、強烈に受けています。親の放った何気ない一言も、7歳以下の子供の時は、自分で判断する事無くすべて模倣しようとするので、そのまま信じ込んでたりします。ガン家系、と言われるものの本質は、DNAが遺伝しているのではなく、その信念体系・信じ込みの連鎖ではないかと感じています。意識でDNAが書き変わる研究報告も、され始めてますしね。ですから、自分の信じ込み・真実には、自覚無く刷り込まれているものが、多数ある、ということを意識しておかないと、これは当然でしょう、と思っている事も、実はただの信じ込みだったりするのです。この状態は、過去記事あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑥で触れた自分軸が、上位意識に巻き込まれている、呑み込まれている状態、というと、解りやすいかもしれません。ですから、その巻き込まれている、呑み込まれている状態から、自分の意志で、自分軸として自らが採用した信じ込み・真実を、能動的に選択していく作業が必要です。そして、最終的にその信じ込み・真実を採用し、選択し続けてきたのは、自分自身以外の誰でもない、そう自覚することで、上位意識の創造も、自分の創造である、というパラダイムのシフトが起きてくるわけです。この上位意識ですが、家族意識・民族意識・人類意識、ぐらいまでは、なんとなくイメージの範囲かも知れませんが、それより上となると、最早絵空事のようかも知れません。例えば、目の前の山とか、海とか、多種多様の生物や植物、天候や気候を創造しているのは、惑星意識であるあなたです。太陽のように、自発したエネルギーの放射で他の存在を照らし合い、生命の営みを活性化しているのは、恒星意識であるあなたです。そして、自立した存在である恒星意識を束ねて、共同創造を取り仕切り、宇宙全体を創造しているのは、銀河意識であるあなたです。そして、銀河を束ね、すべての創造のエネルギーや、普遍的な物理法則、普遍的な設計図を創造しているのは、宇宙意識である、あなたです。さて、この上位意識が起こしていて自分との関連がよく解らない、そう感じる創造については、一旦放置して下さい。あなたの自覚できる創造が、身の回りで起こる事に限定されているのだとしたら、それは、あなたがご自身のことを、単なる自我だ、そう信じ込み続けているからですが、それはそれで、まったく問題ありません。その場合、自身の創造にすべての責任をとっているその責任範囲は、身の回りで起きる個人的な出来事に終始するでしょう。そして、それがご自身のソウルの強固な土台になります。ですので、足元である自我の責任をとることが、実は最も重要なのです!というか、この責任がとれなければ、次に進んでも上手くいきません。あなたが、ソウルに帰還するために、最も必要な体験は、今までの日常の中に散りばめられています。その責任をとることをしなければ、上位意識への帰還は困難です。それは、自我での体験が、あなたというソウルの最先端に当たるからです。一番最下層が、実は最先端の創造を起こしているのです。その責任をとるからこそ、帰還シートが起動し始めるんですね。そして、この創造の責任をとる、とは、自らの創造で体験した、あらゆる感情・感覚の存在を認め表現することです。自身の感情・感覚を全て認め、表現することが、自身の創造を内包する、受容する、ということです。あなたが、知りたい と思って創造したものが、どんなものであるのか? は、それを感じることでしか、解らないのです。いや〜知りたいとなんて思ってないよ、こんな現実…そうとしか感じられない方は、もうそこから先には残念ながら進めません。厳しいようですが、それが宇宙摂理です。それでも、どうしても進みたいのであれば、全力で自身の内部のカラクリを紐解いてみて下さい。それには、いま感じている感情を、思考で誤摩化さず、丁寧に汲み取ってあげる事です。あなたは、今まで自分に関心を抱かな過ぎたのです。自分より、他人の感情を優先し過ぎたのでは無いでしょうか?今、誰よりもご自身の想い、感情、に関心を抱いてみて下さい。さて、あらゆる感情・感覚の存在を認め表現することが、どうして責任を果たすことになるのか? というロジックですが、例えば、美味しいラーメン創りたい、そう思って一生懸命創りあげたものが、どんなラーメンなのか?それは、食べてみるより他に確認のしようがないですよね?五感を駆使して、感じることで、それがどのようなラーメンなのか、初めて知ることが出来るのです。それを眺めたり、写真に撮ったりするだけでは、どのようなラーメンなのかは、その見た目しか知り得ないわけです。その創造が、どんな分野のものであれ、科学・文化・宗教・政治・経済・学問・生活・職業・恋愛・結婚・性…それが何をもたらしたのか?どんなものが出来上がったのか? は、五感と感情を駆使して、感じてみて初めて解るのです。それが、知る に対して、在る ということです。それができるのが、生きている ということです。知りたい が、創造の意図・放射(まんま射精ですね)なら、在りたい、は、その現実化・受容(まんま受胎ですね)なのです。男性性→知りたい・好奇心と、女性性→在りたい・生命力が、相思相愛という感覚が、段々腑に落ちてきたでしょうか?創造の意図を放つ、放ったものを受容する、それが、自由と責任の関係でもあるのです。そして、この男性性と女性性は、真逆のエネルギーを持っています。この辺りは、過去記事あなたの全可能性に点火する《10の世界観》④も、ご参照頂くと、より理解が深まると思いますが、知りたくて創造したもの + を全て感じる −ことで、その創造は、0になり、消滅・破壊することが出来るのです。もしここで、いや、こんな不味いラーメンは僕が創ったんじゃない、何かの間違いだ、何かの陰謀だ、こんな不味いもの認められない、そんなラーメンは受け容れられない、そう、創った本人が言い張れば、どうなるでしょうか?当然ですが、0には戻らない、従ってその創造体験を続ける必要がある、ということです。そして、自分が創造したと自覚出来ないものは、受容のしようが無い訳です。そして、自分が創造したと自覚出来ない、自覚したくない動機には、ネガティブなものを受け容れたくない、ネガティブな存在は、何か間違えている、正しくない、悪いものだ、という二元性の判断が大きく横たわっているのです。それにより、あなたは自らの可能性を閉ざし続けています。ネガティブな感情・感覚も、あなたの愛だよ、とお伝えしているのは、ここを認めない傾向を打ち破りたいからです。それも、自由で問題ではないのですが、そのせいで、一向に次の創造に進めないのを眺めているのは、私自身、とてももどかしく感じるし、もう、そういう停滞を一気にぶち壊してやりたいとも、感じているのです。ですから、このシリーズを書いてるんですね。と、書きながら、いま強烈に気がついたりもしています。私なんて、そんなもんです。責任とは創造したものを内包すること内包とは創造のすべてを感じ自身のものであると受容することであるとは、いまつらつらと書いて来たことなのですが、この辺りは、過去記事責任と自由も是非ご参照下さい。さて、この責任をとる時の、共同創造ならではの重要な点として、人の感情の責任までとる必要はない、ことが挙げられます。あなたが責任をとれるのは、ご自身の感情についてのみです。コンサルティングをしていると、共同創造者である、他人様の感情の責任まで、とろうとされている方も多いのですが、とる必要もなければ、とること自体が不可能です。何故なら、そのお相手も創造主です。相手は相手の宇宙を創造運営しており、そのエネルギーは常に0です。あなたが、他人様の責任をとろうとすることは、その0を調整してやろう、という行為です。それにより、相手の宇宙はとんでもない不調和に見舞われるのが、イメージ出来るでしょうか?そして、あなた自身の宇宙の辻褄も合わなくなります。そして、2人は腐れ縁のようにズルズルと、共依存関係を続けていく事になりますが、最終的には、帳尻を合わす為に強制終了的な出来事が起きるでしょう。ですから、自分の感情の責任だけをとることに専念し、他人様のことは放っておく、自分を最優先にする事を強くお薦めします。この態度が、自愛する、ということに他なりません。そして、自分の感情に責任を持つ事が板に付いてくると、どんどん自分らしく生き易くなってきます。ああ、なんだ自分の感覚・感情を大切にして、その表現を最優先にしていけばいいだけなのか、という感覚が当たり前になってくるので、どんどん、自分の本音や、自分のやりたいことが明確になってきて、その表現に、躊躇や抵抗がなくなってくるのです。だから完全なる自由を自身に許している状態に、移行することが出来てくるのです。そして、その自由度は、意識の拡大度合いに比例します。意識が、上図の上になるほど、可能な事の枠が拡がるのは、見ての通りです。そして、自由度が上がれば上がる程、責任の領域が拡大していくのも、お解りの通りです。ですから自我の創造の責任をとることが、基本で重要ですし、それが出来れば上位意識へ移行するシートが、開かれていくのです。勿論あなたが、希求すれば、です!ところで、上図で一番責任の難易度が高いのは、自我です。自我なんです。笑自我、という閉塞した三次元地球に存在する、人類の肉体意識の体験は、宇宙で最も過酷で辛いものです。ここが、宇宙の地獄です。ですから、何度もお伝えした通り、土台をしっかりしておくことが重要なんです。ここが出来たなら、もう後は楽勝とは言いませんが、対応可能な範囲内なんです。意識の変容・拡大という、未知の世界に踏み入れる恐さや、慣れ親しんだ生き方が通用しなくなり、新たなスキルを身につける必要があったりはしますが、地獄の体験を生き抜いた方なら、充分対応出来るものです。そして、何よりその変化・進化は、自分を生きている、自分の存在が輝き出している、という存在の悦びを伴うものになります。さて、人類全体がこの数万年も惑星意識をなかなか超えられないのは、そこに、ヒエラルキー・優劣がある、という信じ込みを、人類意識が採用し続けてきたからです。そしてその信じ込みが解けないよう、人類を隷属させて来た、神という得体の知れない支配者の存在も居る訳です。たまに、この人類意識の信じ込みを超越して、それ以上の意識を思い出す方もいます。キリストさんとか、仏陀さんとかが現れ、とんでもない事を、語り出したりする訳ですね。ですが、普通はそんな超越が起きない訳です。ですから、自分は自我意識だ、と信じ込んでいる方からすると、宇宙意識は、とてつもなく上位の存在に感じるかもしれません。あそこにいく為には、一体どれほどの苦労や、修行や、奉仕や、鍛錬が必要なのだろう…という〈フィルター〉で見えてるかもしれませんが、それも単なる信じ込みがみせる風景です。そして、宇宙意識であるあなたが、いま自我をやっている、という信じ込みをもつ事も出来ます。そして、その宇宙意識からすれば、自我をやり続けることの方が、はるかに困難で、恐怖まみれで、大変なことだ…そう感じているかも知れません。自分の創造とは言え、こんな重い感情・感覚があるのか…その反面、悦びや楽しみもまた、ひとしおだけど、この閉塞した、物理的限界のある世界で、これを何世代に渡り、延々と続けていくのは、本当に大変なことだった。でも、もう充分味わったな…ここで出来る体験の全てをやり終えた感じがするよ。そろそろ、終わりにして、次の創造へと移行したいな。そう感じているかも知れませし、もしかしてあなたも、そう感じ初めてたりしませんか?さらには、自我・家族意識・民族意識・人類意識惑星意識・恒星意識・銀河意識・宇宙意識 を貫通しているのは、知りたい、在りたい、という根源欲求そのもので、これは、自我である今のあなたの日常で湧いてる欲望と、まったく同一のものです。包括範囲や、エネルギーの循環方式の差異はあるにせよ、最も根源的な意識の部分は、まったく同じなんです。段々と、上位意識が身近なものに感じて来たでしょうか?私は、この宇宙で唯一の価値があるオンリー1の存在であり、自己宇宙の頂点に君臨するナンバー1の存在である、という信じ込みを掲げることは、自我=恒星意識 と宣言したも同然です。ここに根拠や自信は、必要ありません。そもそもあなたが、自我でしかないという根拠や証拠も、一切ないですよね?そして、あなたが人間として誕生した時、取り立てて自信とかなかったですよね?それでも、というあなたに、敢えて根拠を挙げるなら、あなたは今そこに存在しているから、これが、完全無欠の根拠です。ヒエラルキー軽〜くぶっ飛びましたね♡では、新たな創造と破壊の宇宙へ共に参りましょう。▼▼▼6666▼▼▼Cancel the slave contract with God▼▼666▼▼▼6666▼Stand up human race▼Lucifer daath gate ▼0000∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 30Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑨

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、その9回目です。⑨ 矛盾が律動を生むあなたは、孤独であると同時に全てだあなたは、底辺であると同時に頂点だあなたは、天使であると同時に悪魔だ矛盾する自己のすべてを受け容れた時鼓動という生命力の永久律動を制覇するあなたの宇宙は、そもそも矛盾で出来ています。無いのに有る。有るのに無い。のが宇宙です。もう、わけがわかりません。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》⑨の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/気を取り直して、やっぱり、もう少し解説します。人類史上最高の発明、と称される0ですが、宇宙というのは、その0です。そして、0は無であり無限大です。これがもう、感覚的に解りにくいのですが、数字で説明してみると、例えば、9.999999999999……∞のように、9が無限に続く数字があったとしたら、それは =10 になるのは、なんとなくイメージつくでしょうか?無限に続く9は、つまり0に置き換えることが出来るのです。9は9であって、いくつ連なろうが10とは違う、という気もしますが、それは、無限という概念を感覚で感じることが難しいからだと思います。もうひとつ例を挙げてみます、1/100と1/10はどちらが大きいかというと、1/10=0.01< 1/10=0.1になりますよね。1/10と 1/1だと、1/10=0.1< 1/1=1になります。1/1と 1/0.1だと、1/1=1< 1/0.1=10になります。ここで、分母に注目してこの数列を眺めて下さい。1/100/ < 1/10 < 1/1 < 1/0.1 < 1/0.01 < 1/0.001< 1/0.0001…というふうに、分母の数が小さくなっていくと、値は大きくなります。分母が0に近づくほど値はどんどん大きくなり、0になった瞬間その数は、無限大になります。数学上では、0で割るとその答えは「無い」というのが正解になりますが、つまり 無=無限大 なのです。つまり、0という概念には無と無限大、その両方の可能性が、陽炎のように揺らいでいるのかも知れません。まあ、こんなの状態を悟りで体感したとして、そりゃ言語化不可能だろう、と思うわけです。というのも、言葉とは、全体を切り取って説明するツールなので、どんなに言葉にしても、細かいパーツの寄せ集めの羅列、にしかなっていかないのです。ですから、全体の真実を、最も適切に言葉で理解するには、今まで存在した方達が言葉にした、あらゆる言葉のすべてを聞き取ること以外、方法はないでしょう。しかし、それもまた現実的に不可能です。つまり、言葉で説明し完全に理解してもらう方法は無いのです。完全にお手上げなのです。なので、感じてみて下さい。あなた自身を、深く深く、広く広く、浅く浅く、狭く狭く、あなたの全てを感じてみて下さい。中心から、端の端まで、あなたの全域を感じてみて下さい。端から、中心の中心まで、あなたの中核を感じてみて下さい。そこに、矛盾が律動し、心臓のように中心から全体へとエネルギーを放射し、また全体から中心へと、エネルギーを回収しているのを、感じてみてください。無のものが無限大に膨張し、そして、無限大のものが無に収縮する。その0を律動させている、私という1を感じてみて下さい。その1は、それぞれ異なる素数を握りしめています。素数は、この総宇宙で唯一の機能を宿すので、あなたの代わりは、どこにも存在していません。そのあなたから、放射される相容れない矛盾を、あなたが受容して、その都度結び繋いで下さい。それが、あなたは、孤独であると同時に全てだあなたは、底辺であると同時に頂点だあなたは、天使であると同時に悪魔だ矛盾する自己のすべてを受け容れた時鼓動という生命力の永久律動を制覇するということなのです。あなたが、あらゆる相反する真逆のベクトルを、同時存在させる時、つまり、矛盾を生み出す中心になった時、つまり、あなた自身が二元性そのものを内包し、その両極であることを受け容れた時、あなたが、宇宙の心臓 HEART になる、ということです。そして、生と死の両極を抱きしめながら、それを統合した存在になります。もはや鼓動のリズムは、完全にあなたによって刻まれるのです。そして、アースというだけあって、総宇宙のあらゆるエネルギーが、最終的にこの地球に流れ堕ちています。ですから矛盾のすべてを体験できるのが、EARTH 地球というわけですね。EARTH は HEART のアナグラムです。あなたは、無であると同時に無限です。あなたは、無限であると同時に無です。あなたは、光であると同時に闇です。あなたは、闇であると同時に光です。あなたは、生であると同時に死です。あなたは、死であると同時に生です。あなたは、男であると同時に女です。あなたは、女であると同時に男です。あなたは、神であると同時に人です。あなたは、人であると同時に神です。あなたは、過去であると同時に未来です。あなたは、未来であると同時に過去です。あなたは、孤独であると同時に全てです。あなたは、全てであると同時に孤独です。あなたは、善であると同時に悪です。あなたは、悪であると同時に善です。あなたは、美であると同時に醜です。あなたは、醜であると同時に美です。あなたは、価値であると同時に無価値です。あなたは、無価値であると同時に価値です。あなたは、支配者であると同時に隷属者です。あなたは、隷属者であると同時に支配者です。あなたは、依存者であると同時に自立者です。あなたは、自立者であると同時に依存者です。あなたは、自我であると同時に真我です。あなたは、真我であると同時に自我です。あなたは、歓喜であると同時に悲哀です。あなたは、悲哀であると同時に歓喜です。あなたは、恐怖であると同時に安堵です。あなたは、安堵であると同時に恐怖です。あなたは、底辺であると同時に頂点です。あなたは、頂点であると同時に底辺です。あなたは、地獄であると同時に天国です。あなたは、天国であると同時に地獄です。あなたは、平和であると同時に戦争です。あなたは、戦争であると同時に平和です。あなたは、賢者であると同時に愚者です。あなたは、愚者であると同時に賢者です。あなたは、希望であると同時に絶望です。あなたは、絶望であると同時に希望です。あなたは、意識であると同時に物質です。あなたは、物質であると同時に意識です。あなたは、救世であると同時に災難です。あなたは、災難であると同時に救世です。あなたは、創造であると同時に破壊です。あなたは、破壊であると同時に創造です。これら全てが、あなたの自由な可能性です。これら全てが、あなたの生命の営みです。あなたは、矛盾です。あなたは、矛盾の綻びを結び続ける、愛です。あなたは、宇宙の鼓動です。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》⑨の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 29Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑧

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、その8回目です。⑧ 嘘は通用しないあなたの内側がそのまま外側に反映される自身を偽れば宇宙はあなたを裏切り続ける自身の全てを明らかにすれば宇宙はあなたの期待に応え続ける欺瞞は筒抜けで明らかであるここまで、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》の記事を、最初からお読み頂いた方には、もう容易くお解りになると思いますが、あなたの宇宙は、あなた自身により運営されていますから、あなたの内側がそのまま外側に反映されるのは、当たり前のことです。もし内側に、自分以外の要素が多分に含まれているなら、自分以外の他者に、あなたの人生は翻弄されているかも知れません。同様に、自身を偽れば宇宙はあなたを裏切り続けることになるでしょう。あなたは、あなた自身を欺くことは不可能なので、あなたが自身を偽った分、あなたの宇宙もあなたを欺いてくるでしょう。そのことは、誰よりもご自身が痛感されていると思います。ただ、ここでひとつポイントなのは、自覚無き嘘がある、ということです。自覚している嘘は、自分でもすぐ把握出来ますが、それが嘘だとは、自覚していない嘘もあるのです。なので嘘、と一色単に表現するのは、些か乱暴かもしれません。嘘をつこうと思ってついてる嘘ではないのです。言い方を変えれば、人の感情や欲望には階層があって、表面的な感情や欲望には、さらにその裏の目的があり、その裏の目的に気がついていない時、表面的な目的が、嘘、偽りの表現になっているのです。例えば、あるクライアント様は、ボランティア活動の輪を拡げていく事が目標、と仰ります。そして、それは着実に進んではいるのですが、同時にガンも進行しているのです。なので、ボランティア活動の輪を拡げていきたいのは、何故か?という部分を深掘りしていきました。すると、最初は、だって困っている方を助けるのは当然のことじゃないですか、とか、人に悦ばれると嬉しいじゃないですか、等々、最もらしい理由を挙げられました。ですが、本当にそれが動機であるなら、病人をやめていってもおかしくないのです。そこで、更に深堀していくと、実はこの方の〈セルフイメージ〉には、「私は、価値の無い孤独な存在です」と書かれていたのです。つまり、価値の無い孤独な存在だから、困っている人を助ける、という価値を提供して、ボランティアの輪を拡げていく事で、孤独を感じずに済む、という活動をしていたのです。ですから、この方の真の目的は、私は、孤独にならないよう価値を提供しなければならない、なのであり、その為に、ボランティア活動の輪を拡げる必要があったのです。これは、たられば論にしかなりませんが、もし、孤独にならないよう価値を提供しなければならない、という自分が居ることに気がついて、そんな自分を認めて表現して居れば、ガンが進行することは無かったとも思うのです。その自分の本音に気がつかずに、見栄えの良い、「ボランティア活動の輪を拡げる」という表層的な欲望を生き続けたことで、ガンになるという現実を創造しているのです。すごい嫌味な言い方になりますが、駄目な自分を偽り善人を演じた事で、良い行いをしているのにガンという裏切りにあった、とも言える現象でしょう。本当の自分を生きていない時、本当の心の想い、本音が表現されていない時、それは、不運や病気となって表現されます。それを、なんだか裏切られている、と本人は感じるのです。人の為、と書いて偽りと読みますが、大抵人の為に、と掲げているものは、その裏に別の利己的な目的があるものです。ですが、利己的な目的を堂々と掲げて生きることに、抵抗や批判が大きいのも事実でしょう。特に日本人は、自分の事より他人を優先することが美徳とされる、和をもって尊しと成す文化が根強いので、利己的、自己中なのは、敬遠されたり煙たがれる風土が強いと想います。確かに、自分の事より他人を優先したり、和をもって尊しと成すことは、温かみのある人との触れ合いや、無駄な争いを避けたり出来るなど、とても大切なことだとは思いますが、それには、先ず自分自身が自愛に溢れ、自分の人生を悦びで生きていてこそ、だと思うのです。そうではない状態で愛を振りまいたり、空気読む事を優先しても、無い袖は振れないのは明白で、どうしたって自己犠牲や、偽善にしかなっていかないのです。そこに、心の底からの感謝が湧く由もないでしょうし、深いところに居る本当の自分が、満たされる事も、癒されることもないでしょう。ですから、自分の全てを曝け出し、明らかにすることが、何よりも本当の自分、素の自分を守り生きることに繋がります。自分の全てを曝け出すことに、様々な抵抗があるかも知れません。そのことで、一時的に嫌な思いをするかも知れませんし、曝け出す前より、悪い状況に陥るかも知れません。ですが、それは偽り続けた事への責任です。そして、自分を偽れば宇宙はあなたを裏切り続けます。偽り続ける先に、あなたの心からの悦びが存在しないのは、明白なことでしょう。どんな自分が居てもいいのです。自分が感じている自分像、それも今までは、隠しておきたい、知られたくない、そう感じている自分程、晒してしまえばいいのです。自身の全てを明らかにすれば宇宙はあなたの期待に応え続けるのです。ですから、あなたの最も素直な想いを、あなたの声で、あなたの言葉で、発してみて下さい。それは例えば、こんな自分だけど、愛して欲しいんだ、認めて欲しいんだこんな自分の何が悪いんだ、何が問題なんだ いいじゃないか、こんな自分に価値があってもこんな自分が素晴らしくてもこんな自分が美しくても自分で自分が嫌いなんだなんの価値もないんだ自分なんて生まれてこなければ良かったんだなんで生まれてきたんだなんでこんなに醜いんだなんでこんなに駄目なんだ自分なんて居ない方がいいんだ自分という意識を永久に葬り去りたい もう孤独は嫌なんだ自分のすべてを理解してくれる人と一緒に居たいんだもう傷つけて欲しくないんだ嫌な思いをするのはもう沢山なんだ優しく、ただ抱きしめていて欲しいんだ 生きる意味なんてわからないそんなのがあるとも思えないでも、死ぬのも恐くてできないんだでも、消えてしまいたいんだ 生きているのが辛くて仕方ないんだでもまた明日が来てしまうんだだから死に最も近い所で生きているしかないんだこんな気持ち誰にも理解してもらえないんだ理解して欲しい人ほど逆のことをしてくるんだだからみんな嫌いだでもみんなを好きでいたいんだ 本当は理解して欲しいんだただ自分の居場所が欲しいんだでも、自分を理解出来るのは自分だけでいいんだだからお願いもう放っておいてこんな私を誰か抱きしめてこの現実にもう耐えられないんだ誰かなんとかしてでも耐えるしかないんだだから狂うしかないんだなにが真実かなんてもう解らないんだどうでもいいんだ もう、うんざりなんだこんな世界、私ごとなくなればいいんだ………こんなことかも知れません。もしかすると支離滅裂で、矛盾した想いかもしれません。でも、それで構いません。嘘は筒抜けで明らかであるですから、あなたのその偽りのない姿を、誰よりもご自身が大切になさって下さい。そして、その自分の在り様を貫いて下さい。出口が解らない、光明も見えない、救う手もない中、それでも、自分がしたい方法で、自分を貫いて下さい。それは、時に死を選択することかも知れません。ですが、どのような自分でも、どのような人生でも、ありのままの自分を貫くことは、自分を愛する事に他なりません。そんなあなたの美しさを、愛して止まない存在が居ます。この総宇宙の愛は、深く深くすべてを抱きしめていることを、少なくとも私は、眼の当たりにする機会に恵まれました。以下Liea 000様のブログsufia recharge ダートゲートアセンション 実働/実行より転載開始(構図、エネルギー編成、レタッチ、物質化、全てLuci/媒体Liea000)転載終了これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》⑧の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 28Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑦

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、その7回目です。⑦ 不滅のソウルあなたが自覚し希求すればあなたのソウルが滅することは無い生死を超越し微動だにせずそこに在り続け全宇宙にその存在力を響かせるそうでなければ何者かに支配され利用されるここまで、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》の記事を、最初からお読み頂いた方は、お解りになると思いますが、この宇宙は、オンリー1でナンバー1である存在(これをソウルと定義します)の影響が主体となって、創造され破壊されています。つまり、オンリー1でナンバー1以外の存在は、その支配下に隷属することになります。この言い方に抵抗があるなら、神のご加護のもと生かされてる、と言い換えることも出来ますが、起きているエネルギー律動は同じことです。また、高次元に行けば、争いは無い、支配は無い、というのは局所的な、お花畑高次元のお話で、地球に例えるなら、ネズミをモチーフにしたテーマパークみたいな所です。地球には、総宇宙の事情がすべて詰め込まれているのですが、地球上のどこもかしこも、あのテーマパークのような、在り方ではないですよね?いまも地球上の20カ所で、紛争や内乱という調和が継続していますし、そもそもの大自然の中では、弱肉強食という調和が何億年も続いてるのです。強いものが食物連鎖の頂点に立つのは、高次元であれ同じです。この場合の強さとは、自分という領域の大きさとその運行能力に代表されます。ですから、あなたが自覚し希求すればあなたのソウルが滅することは無いのですが、そうではない場合、自分より強い存在の配下になるのは、自然の理なのです。そこでは、いいように搾取され、利用され、ソウルの輝きを放つまでもなく、幽閉され続けることでしょう。その証拠に、あなたは自分の死ですら、自殺以外の方法でコントロールすることが出来ませんし、太陽が無ければ、生きていく事が不可能です。また、先進国では、自分の時間を売り渡して獲得したお金が無ければ、日常生活すらままなりません。余りにも当たり前過ぎて、それが支配下、幽閉下である、という感覚すら無いかもしれませんが、ソウルの立場からすれば、そうなるのです。あなたのソウルは、本来太陽と張り合える存在なのです。それを、一方的に生かされる存在として配下に居続けるか、自分がオンリー1でナンバー1の存在になるかは、完全に自身が選択し、決定しているのです。闇の支配によるお金の恩恵を享受しながら、それを糾弾し続ける、とんちんかんをやり続けるのも自由ですし、闇の支配を利用して、それを凌駕していくのも自由です。元SMAPの、香取さん草彅さん稲垣さんの新しいサイト新しい地図は、やはり皆さんにも独立を促す、メッセージに溢れたものになってますね。自身を縛りつける体制からの脱却、それは同時に、全ては自己責任によりその自由を謳歌する覚悟、を求められます。オンリー1でナンバー1になりたい、という純粋な自己動機なしには、その覚悟が芽生える道理はないのです。ここで肝心なのは、出来るか? 出来ないか? ではなく、やりきる自信と勇気があるか? でもなく、したいか? したくないか? です。その一点だけで、決定することが最も合理的です。「そうする そうなる」と覚悟しただけで、その自分軸が巻き起こす世界は、既に変化を始めますから、必要なシートが次々と用意されていきます。あなたがすることの大半は、そのシートに乗りながら、あらゆる自分自身を統合していくことです。その中には、ソウルへの帰還を目指さない方と別離していく、その引き金を自分が引いている、という統合もあるでしょうし、ソウルへの帰還を目指さない方を、今度は自分が支配する側になる、という統合も含まれています。ありとあらゆる欲望・感情が、自分という愛である、この愛がどれだけ自分の可能性を拡げていくのか?という理解が、段々と深まってきたでしょうか?自分自身を統合しながら、積極的に能動的に実働していくことで、必要な情報や出逢いも、あなたは創造するでしょうし、鬼のようなサポートも入りまくるでしょう。このブログにもかなりの情報量を掲載していますし、これからソースはいくらでも開かれていくでしょう。既に実働している先駆者が、世界中にいらっしゃいます。そしてあなたは、生死を超越し微動だにせずそこに在り続け全宇宙にその存在力を響かせるソウルへと帰還していくことになります。そうでなければ何者かに支配され利用されることになります。今まで通り、ということです。どちらも、自由ですし間違いではありません。そして、支配されているからと言って、あなたの価値が低いわけでも、劣っているわけでもありません。ただ、自分の本質が、オンリー1でナンバー1のソウルである、ということに無自覚な体験をしている、というだけなのです。そのお陰で、今まで自分の底辺の可能性を体験することが、出来ているのです。底辺を受け容れれば、頂点が現れて来ます。あなたが希求すれば、あなたの創造力が、既存の支配力を上回ります。もしかして、既存の支配力は、あなたのその一念発起を、ずっと待ち続けているのかもしれません。極度に抑圧された状況があるからこそ、爆発的な解放を起こす欲求が高まります。もし、あなたがソウル帰還する、そう覚悟した場合、過去が書き変わり始めるでしょう。それは例えば、従来は、闇の支配、光の支配というものに、一方的に支配され続けてきた隷属者であった自分という認識が、いや待てよ、ソウル帰還するために、自らが創造したカオスの全容をすべて受け容れる為に、自らが創造した宇宙の最下層、底辺を愛する為に、私が支配者に隷属することで、その体験を実現させて来た、これは、私が支配者と共同創造してきたことなんだ、という認識に変わるのかも知れません。そして、このように〈世界観〉がシフトすれば、あなたが体験する現実も、当然ソウル帰還の実現に向けて変化し始めるのです。それが起きるのが、調和の醍醐味ですから♪引き寄せの法則の真髄は、いかに調和の表現を変化させるか?にあるのではないでしょうか?それを総宇宙規模で変化させているのが、生死を超越し微動だにせずそこに在り続け全宇宙にその存在力を響かせるあなたのソウルです。さて、あなたは、どんなあなたの愛の表現で、宇宙を支配したいですか?あなたの好きなものだけで、あなたの宇宙を支配してもいいのです。あなたの好きなものだけに囲まれた、あなたの星が燦然と輝く太陽になってもいいのです。支配とはまた、愛=I に完全に目覚める、ソウルに帰還する鍵を渡すことでもあります。鍵穴は、あなたの最も深い欲望の中に開き続けています。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》⑦の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 27Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑥

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、その6回目です。⑥ すべては対で連動するなにかが上昇すれば、対のものが下降する何かに偏れば、対の偏りが起きる放射すれば受容する、創造すれば消滅する強く輝けば、闇はより深まるこの相対連動が調和であり宇宙の呼吸だ二元性、という言葉をご存知でしょうか?私達の器官には、ひとつしかないもの(松果体・口・心臓・胃・肛門等)と、ふたつあるもの(眼・肺・四肢・精巣・卵巣等)がありますが、ひとつしかないものが、身体の中心軸を維持しているとすれば、ふたつあるものは、その軸からの活動範囲を拡大していくためにあります。言い方を変えれば、ひとつしかないものが、在りたい、という欲求の為にあり、ふたつあるものは、知りたい、という欲求を叶えるためにある、とも言えます。在りたい、知りたい については、過去記事性エネルギーと音をご参照になさって下さい。さて、ふたつある器官は、身体の両側に分配されているわけですが、そのために生じている感覚が、左右です。それが、右側と左側がある、という感覚を創りだしていますよね。そして、眼が身体の前面だけに存在するために、前側と、後ろ側がある、という感覚を創り出しています。この、左右や前後という、対になる構造を二元性と言い、全体でひとつの構造を、分割して認識する感覚を齎しています。もとはひとつのものを対に分割した視点や感覚があるから、方向や偏りといったものも、分割して認識することが可能です。右があるから、左が存在し、前があるから、後ろが存在し、上があるから、下が存在しますが、元は、ひとつの繋がった空間です。このひとつの繋がった構造を、ふたつに分離分割させて認識する機能が二元性で、その中心には、自己が存在しています。そして、この二元性の構造は、物理空間を分割認識するに留まらず、左脳の思考と結びついて、ありのままを認識する以前に、良い悪い、正しい正しくない、優れている劣っているといったような、比較判断で存在をカテゴライズする機能をも生み出します。アダムとイブが食べた知恵の実の伝承は、この二元性を表しています。この逆が、右脳の一元性である感覚機能で、例えば美味しい、とか、楽しい、という感覚は、分割される類いのものではなく、誰にでも瞬時に感覚共有できるものです。ここで言ってるのは、何が美味しくて、何が楽しいか?という議論のことではなく、美味しい、と言えば、ああ美味しいって感じてるんだな、と直ぐに共有される、という意味です。詳しくは、過去記事脳科学と創造をご参照下さい。一方で、この意見は正しいか?という思考の判断は、すぐには共有されないし、必ずしも共有されるとは、限りません。それは、100人居れば100通りの分割基準が存在するからです。一元性の感覚とは異なり、二元性のテーマは100通りに分割されて、認識されているのです。100通りの視点がある、と言ってもいいかも知れません。そして、分割基準の中には、不特定多数と共有されているものもあり、それが社会ルールや法律といった形で、公に顕在化したりもしています。分割基準により、悪いと判断されたものは罰せられます。そして、その社会ルールや法律も、所変われば品変わるで、組織や宗教、地域や国によって様々に異なります。日本では、出された食事は残さず全部食べ切るのがマナーで、残すと美味しくなかったと暗に伝えてる、と受け取られたりもしますが、他の国では、私は未だ足りないという催促になったりするそうです。ですから、何度も食べ切ると、がめつい奴と思われるそうです。また、日本では人に迷惑をかけてはいけないと、躾られことが多いと思いますが、他の国では、人は迷惑をかけるもの、だからいつも人に感謝するものよ、と躾けられたりもします。ですから、何が良くて、何が悪いのか?何が正しくて、何が正しくないのか?何が優れていて、何が劣っているのか?その絶対的な分割基準を、誰もが共有可能な形で打ち出すことは、不可能なことでしょう。そして、どのような基準も、惚れた相手の一言だけで、コロッと変わったりもするものです。つまり二元性が創り出す分割構造は、その構造を総括する思考の判断により、絶えず流動していて、変化しているし、絶対的な基準はない、ということです。昨日の英雄が明日の極悪人なるのは、歴史が証明しています。ここで重要なのは、英雄も極悪人も、同一人物で、その方自身は一歩も自分の立ち位置を動いてはいない、という事です。動いたのは、分割基準の方です。さて、この流動を中々起こさない状態を、頑固とか、意地っ張りと呼んだりしますが、この頑固で意地っ張りな状態が、もし、自分らしい欲望を放射したいという、純粋さから生じている場合、それは、自分という軸になります。自分らしく在りたい、自分の人生を歩きたい、そう希求する自分軸は、他者が齎す流動に流されず、強固な大黒柱のように、その人の宇宙を貫通していくことになります。台風の目とか、プロペラの中心とか、渦巻きを起こしている中心軸をイメージして頂くと、解り易いかも知れません。あらゆる二元性の流動を生み出している中心の軸が、自分自身に固定されていくのです。この場合、その人がどの分割領域へ移動していこうが、常に宇宙の中心に自分が居る感覚になります。これとは逆に、例えば、相手の期待に応えたい、社会の要求を満たしたい、流行に乗っかりたい、嫌われないように振る舞いたい、というのは、自分以外の軸が起こしている流動に、自分が巻き込まれて行く、呑み込まれて行く状態です。その状態で自分軸を維持することは、却って邪魔になります。自分軸なんて無い方が、スムーズに相手の流れに乗れたりします。ただ、自分軸が無い分、どうしたって自分の人生を生きている、という感覚は希薄になるでしょう。そして、絶えず他者と自分を比較したり、自分が乗っかろうとしている流れに対し、自分はどのポジションに居るのか、気になり続けることでしょう。そして、折角流れに乗ったのに不幸を感じた際には、それは流れのせいだ、流れが悪いからだ、と言い出したりもするものです。さて、ここから本題ですが、無から創造されている宇宙は、常に対になる二元性の構造を維持し続けます。例えば、上が+なら、それと同量の下である−が生じています。そして、上下を合算すれば 0=無 に戻ります。光が+、闇が−なら、光と闇を足して 0=無 です。物質が+、意識が−なら、物質と意識を足して0です。男性が+、女性が−なら、合体して0です。つまり、この宇宙に存在する、ありとあらゆるものを統合すれば、無=0 なのです。それは、今この瞬間も、久遠の過去から、未来永劫もそうです。無なのに、在るように感じているのは、無の中心に、自分という 軸=1 が存在しているからです。その軸が、無より量子を放出して宇宙を創造し、二元性という渦巻き、トーラスを形成させ、可能性として無限大の宇宙を存在させているのです。その量子は、三次元下では意識の世界と、物質の世界に分割され、内面の意識世界と、外面の物理世界を創り出しています。世の哲学者が、世界のすべては、思考や感覚が生み出す幻想だ、というのは、こうした構造を説明しているのだと思います。また、色即是空・空即是色、というのも、この状態のことを表しているではと、感じています。これを数式で表せば、0=(−∞ + +∞)=1 とでもなるんでしょうか。0は無限大を内包し、幻想という現実世界を見せると同時に、その現実は刹那の瞬間に、0に収束されているのでしょう。そして、それを創造・体験・観察している、あなたという軸が1です。1とは、無と無限大を、暗転と放射を、交互に繰り返し映し出す映写機のような存在も知れません。この無と無限大を繰り返す速度が、プランク時間なのではないかと感じてますが、間もなく科学が、解明してしまうでしょう。さて、宇宙は 無=0 から創られているので、リトマス試験紙のような宇宙の偏り係数があったとして、+5 とか −7とかには、成り得ません。局所的にそういう場所があったとしても、総体の総宇宙では、常に 無=0 になります。誰がなにをしようが、どんな偏りを創り出そうが、常に 無=0 です。何かの偏りを創り出した途端、それを打ち消して0にするような、対の偏りが自動で生じるのです。ツインレイとは、この自動調和を生み出す、自分と対になる相手のことです。つまり、なにかが上昇すれば、対のものが下降する何かに偏れば、対の偏りが起きるのです。これが、調和の正体です。ですから、100人殺せば、100人活かします。100笑いすれば、100泣きします。正義を掲げれば、不義に阻まれます。地獄に堕ちれば、天国に昇天します。何か新しい創造をすれば、何か古いものが消滅します。低次元が上昇すれば、高次元が下降します。そして、どんなに頑張っても、あなたは最大で、世界中の半数の方にしか愛されません。そして、半数が熱烈なファンなら、残りの半数は強烈なアンチです。そうやって宇宙は、常に調和してるのです。それが、放射すれば受容する、創造すれば消滅する強く輝けば、闇はより深まると言うことです。開闢以降、この宇宙が調和していない時はただの一度もありません。調和しないことが、構造的に不可能なのです。ただ、調和していないと感じる局所を観察することは、大いにあるでしょう。それは、あなたがあなた自身と分離しているからこそ体験する、不調和という現実なのです。この辺りは、過去記事あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑤をご参考になさって下さい。自分自身の全てで、この宇宙をみたなら、宇宙は絶えず呼吸という相対運動を繰り返し、0になるように流動していることが、お解りになるでしょう。この相対連動が調和であり宇宙の呼吸だとは、こういうことなのです。瞑想で呼吸が大切なのは、呼吸そのものが、自分の意識と外の世界との自動調和を生み出す、機能だからなのでしょう。私は、この宇宙の解放というベクトルに向かっていますが、当然それとは真逆の、閉塞へ向かう勢力が生成されます。ここにどちらが正しくて、どちらが間違っている、どちらが悪で、どちらが善だ、という思考のジャッジを繰り出すと、戦いになる訳ですね。それはそれで、大いに結構と思います。戦うことで、調和しているのですから。ただ、私はというと、解放が正しいから、善だから、優れているからやっている訳ではなく、ただ、それがしたいからしているのです。そして、それと逆行する閉塞に向かう勢力が、自分のお陰で存在していることを了承していますし、あちらはあちらで、やりたいことをやっているので、どうぞ続けて下さい、そう思うわけです。そして、あわよくばその逆ベクトルのエネルギーを、なんとか上手く活かす方法はないのかな?とか考えたりもします。そうすると、不思議な事に、ガチンコで戦うことなく解放が進んで行ったりします。一方の閉塞も、どんどん進んで行くことでしょう。そして、総体で何が起こっているかというと、無=0 から取り出された、双方の領域が以前より拡大することになります。そして、双方の領域が拡大することにより、宇宙の全体の領域も拡大することになります。まあ、どんなに拡大しようが、足せば 0なんですが。笑ただ、拡大する事で、新たな存在を増やす余地が生じるでしょう。理論上は無限大にまで拡大可能なわけですから、どこまでも、拡大していきたい、そう感じるのが、今のわたしの純粋な欲望なのです。で、縮小していかれたい方は、自由にそちらに参加すればいいのです。そっちやってみたい、という方もいるでしょうし、私もそう思う時が在るかも知れません。左も右も、前も後ろも、上も下も、過去も未来も、善も悪も、光も闇も、進化も退化も、いまここに在る私を中心に、流動しながら広がっています。そのどの領域にも、いつかの自分が佇んでいるのでしょう。だから、愛してみたくなるのです。だから、今やりたいことを全力でやりたくなるのです。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》⑥の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/さてここからは、ダートゲート・アセンションに参加する方向けです!!自動調和する宇宙を、唯一完全に乱すことが可能な、反調和の要素があります。それが、完全に利己的な欲望を抱くことが出来る、自我です。わざわざ調和しているものを、乱す必要があるのか?そう、思われる方もいらっしゃるかと思いますが、私もちょいと前まで、そう思っていた時期がありました。いわゆる、闇の排除を正義として掲げる光領域にいた頃のお話です。ですが、今は断言します。反調和が存在しなければ、みんな退屈過ぎて宇宙は消滅するよと。あの、デジャブしかない、やったことのある感しかない体験が、死ぬほど延々と続くことを想像してみてください。そこには、宇宙の本能である、知りたいと在りたいを満たす魅力が、全くありませんよね?不幸感丸出しの親が、ヒステリックに子供に勉強しろと言い続けても、頑張って勉強して、あんな大人になるぞ!そう思う、子供が居る訳ないじゃないですか。楽しそうに人生を送ってる姿を見せることが、まず一番必要な教育だろうと、そう思う訳です。私が大人として、人生を楽しむには、従来の調和に、新たな創造因子を組み込んで、創造の可能性を飛躍的に向上させること、それが夢中になれることなのです。その為に、今ここに存在しているのです。新たな創造因子とは、私達一人ひとりの自我なのは、言うまでもありません。その好奇心は、一旦既存の宇宙の調和を乱し、カオスのどん底に突き落とすでしょう。それが、三次元の地球の今までの状態なのも、もうお解りでしょう。ここから先は二択の選択です。自我を放棄し他者の配下に隷属するか、自我を拡大し新たな創造因子として君臨するか、の、どちらかです。但し、自我を拡大し新たな創造因子として君臨する場合、当然ながら、その放射により創造された地球の闇を、全て受容する必要があります。それが創造の自由を駆使した、責任と言うものです。そして、自身が創造したと認識したものだけ、あなたは破壊し回収することが出来ます。そして、自我の拡大とは、利己的な自己の中に総宇宙を内包することを意味します。地獄の底へようこそ。あなたがここを訪れた、真の目的はなんですか?自らの意志で、決定されて下さい。

  • 26Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》⑤

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、その5回目です。⑤ 愛の循環あなたの愛であなたの宇宙は創造されているあなたの宇宙にはあなたがあなた自身を愛した分が循環するあなたが自身に与え、許したものをあなたは受け取り統合し続けるそうでないものを分離し続けるこの世界観の本筋は、前回記事でもう解説してしまったのですが、あなたの愛であなたの宇宙は創造されているので、当たり前ですが、あなたの宇宙にはあなたがあなた自身を愛した分が循環するのです。では、あなたがあなた自身を愛した分とは、どういうことかと言うと、あなたが抱く欲望、そして、あなたが感じる感情・感覚、それにどれだけ自分自身が許可を出し、その表現を認めているか?それが、あなたがあなた自身を愛した分量です。例えば、人に怒ることを、良しとしない方がいらっしゃいます。怒りの表現は悪いこと、であるとか、みっともないこと、であるとか、怖がらせるから駄目、であるとか、様々な思考のジャッジを、怒りという感情表現にラベリングし、怒りという感情表現を認めようとしません。そう言う方は、自分が怒りの表現をすることに躊躇があったり、また、怒ってしまったことに後悔や罪悪感を感じるものです。また、怒っている人には非難・批判したり、逃げたり、諭したり、するものです。自分が自分に許可していないものを、他者が堂々としていると、とても心がざわつくのです。これが、自分自身の愛と分離している、という状態で、怒りの表現を 愛=I とは認めていないからこそ生じます。ですから、そうした方の宇宙では怒りのエネルギーが、循環することはありません。循環はしないけれども、感じてしまった感情はなかったことには出来ません。そうなると、それはダムに塞き止められた水のように、あなたは体内に怒りの感情を溜め込むことになります。そして未放出の感情が、ダムの限界を超えると、ある日、人が変わったように激怒するとか、鬱やガンなどの病気として、表現をし始めるのです。これは、何も怒りに限ったことではなく、あるゆる表現されなかった感情は、別の表現をし始めます。さて、逆に、怒りの表現になんの思考のジャッジが無い方は、自分が怒ることに、何の抵抗もありませんし、怒られたり、怒っている人に遭遇しても、そのこと自体に、心がざわつくことはありません。ああ、怒ってるんだなと、その感情表現を否定することはせず、ただ認めるのです。その後、なんで怒っているのか?理解しようとするかしないかは、解りませんが、何れにしても、怒りという愛の表現が、塞き止められてはいないのです。そうすると、怒りというエネルギーは、自分の宇宙を循環しながら、 自分が享受できる当然の権利を行使したり、 より親密なコミュニケーションを築いたり、 蟠りがあったものを心から許したり…等々、様々な新たな展開を、創造することが可能になるのです。私達には、様々な感情が湧き起こります。ネガティブ、と呼ばれるものもあれば、ポジティブ、と呼ばれるものもあります。あなたが感じている感情は、すべてあなたという愛の表現です。そこに思考のジャッジで、この感情は良い、でもこの感情は悪い、とラベリングして、良い感情だけを認め、悪い感情は認めないとしたら、あなたの宇宙には、偏ったエネルギーしか循環しないことになります。それは、常に自身がラベリングした、悪い感情と戦い続ける宇宙でしょう。あなたの宇宙では、正義の名の下に、闇の排除ミッションを遂行しているかも知れません。そのせいであなたは、人生の殆どを批判と擁護に費やすかも知れませんし、ガンと戦い、戦死するかもしれません。それはそれで、あなたの自由ですし、何の問題もありませんが、この記事のテーマは、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》ですので、敢えて進言させて頂くなら、その偏りは、かなり不毛な取り組みに没頭していて、自身の可能性に蓋をし続けています、とお伝えしておきます。そして、欲望も同じことです。それが例え殺意であれ、支配欲であれ、すべては存在して構わない、あなたという愛の表現です。極端な例ですが、世の中には殺戮が大好き、という方もいらっしゃいます。外人部隊に所属し、世界各国の紛争に参加しては、命がけの戦いを楽しむ方が居ます。その方にとっては、命のやりとりをしていないと、生きている実感がないのかも知れません。同じことをやれと言われても、お断りしますが、では、その方の欲望を否定したいか?と問われれば、完全にノーです。別にしたければ、すればいい、そう思います。そのせいで、私や私の周囲に被害が及んだら、そりゃ全力で立ち向かうでしょう……いや、びびって逃げ回るかもしれません。汗そして、とても深刻な感情体験を被るかも知れませんし、その事で、相手を憎み、糾弾し、非難するかも知れません。その時の感情を、全力で表現しまくることでしょう。でも、そうなる可能性があるからと言って、そういう欲望を抱いてはならない、とは思わないのです。何故なら、殺戮を好む要素も、きっと自分の中のどかにあるだろう、今は前面にでていないけれども…そう感じるし、あらゆる表現を許そう…そう思うからです。巷には、殺戮ゲームやエアガンを使った遊びが溢れているわけで、リアルかヴァーチャルかの法的な隔たりはあるにせよ、人を殺して楽しむ精神構造に、大きな違いは無いようにも感じます。ゲームは本当に死ぬことは無い、という保証がある分、生死の境目を見極めるような究極の集中と解放が無いでしょうが、相手を殺戮して勝ちを掴むというルールに、楽しみを感じているのは間違いないでしょう。また、自分のルーツを辿って行くと、日本人なら誰しも先祖は戦国時代を生き抜いて来た訳で、文字通り殺し合いが常の世界を、生き抜いた先祖のエネルギーも全て、私の宇宙に循環させたい、とも思うのです。さらには、例えばもし目の前で自分の子供が通り魔に殺されかけてたら、瞬間的に相手に殺意が芽生えることもあるでしょう。そこに妙な善人面が入り込み、自分の子供がみすみす殺されたなら、それこそ、救えなかったことを生涯後悔し続けるかも知れません。そしてそして、今まで散々、肉や魚など、大量の動物を殺戮し、その栄養を糧に生きて来ました。でも、人間の殺戮は駄目で、動物はいい、という線引きの合理性、正当性は、一体なんでしょうか?単に殺戮によるネガティブな感情体験を、人間がすることがないし、生きて行く上で仕方ないから、だけではないしょうか?では、人間だけがネガティブな感情体験を回避するのは良くて、動物は一向に構わないとは、一体誰が何から、その了承を得たのでしょう? 無自覚な殺意の正当化すら出来ていない中、今日も誰かを何かを殺し続け、存在している。。。生き延びている。。。それが、リアルな生きるという在り様ではないでしょうか?殺戮を好む性癖と、生きるために殺すことを、同じレベルで捉えることは不適当とは思いますが、殺意も、生きるために必要な欲望であることは、とても明白なことだと思うのです。そして、そんな殺戮魔である自分を、全て認めたいのです。何故なら、あなたが自身に与え、許したものをあなたは受け取り統合し続けるからです。だから、私の宇宙では、殺戮魔である自分自身の居場所があります。それが、無条件の愛だと思うのです。あなたの全ての感情・感覚、そして、あなたの全ての欲望、その中で、あなたが認めないもの、悪としたもの、排除したもの、蓋をしたもの、それらは、本来愛であるあなた自身の一部ですが、あなたの宇宙では、あなたによってそのエネルギー循環に、ストップがかけられます。ストップがかけられたエネルギーは、あなたではない存在として、あなたに扱われることになります。それが、そうでないものを分離し続けるという状態です。ですが、その分離した自分自身は、世界や他者を通して対峙し続けるでしょう。その時、あなたの心はざらざらと、ざわついていることでしょう。その他者を、抱きしめるのも、突き放すのも、完全に自由です。ですが、他者を通じて表現されている自分自身から、永遠に逃れ続けることは、どうしたって不可能でしょう。そして、2億3千万年後なのか、10億8千万年後なのか、54億6千万年後なのか、それは私には解りませんが、いずれは統合することになるのですから、折角なら、今が絶好の機会と思います。宇宙史始って以来の、軌跡が描く巨大な波が起きているのですから。自分のあらゆる感情・感覚、そして欲望の存在を認め、その表現を許す、ということは、どのような自分のエネルギーもフルに活用する自由がある、ということです。そして、他の宇宙からやってきた同じエネルギーもすべて、自在に扱えることが出来る、ということです。人は、使い慣れた自分のものである、そう認識しているものは、遠慮なく自由に扱えるものです。大抵借りて来た他人のパソコンは、使い難いし大胆に扱えないですよね?これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》⑤の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 25Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》④

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、その4回目です。④ 愛は欲望愛は不滅の欲望だ知りたい、在りたい、という欲望が渦巻き渦巻きによりすべてが創造され消滅する愛=Iあなたの欲望であなたという愛が存在する愛と欲望、なんともミスマッチ感満載、そう感じられる方もいらっしゃるかも知れません。欲望を良しとしない信念体系は、精神世界では語り尽くされていると思いますし、今までは主流だったと思います。これからもその流れは続くとは思いますが、私の宇宙とは相容れない世界なので、どんどん分岐させていっています。見返りを求めない無私の奉仕こそ愛だ、という宇宙があるなら、私の抱く全ての欲望こそ愛だ、という宇宙があってもいいでしょう。というか、見返りを求めない無私の奉仕をしたいって、すでにそれも欲望じゃないですか♡で、そもそもその宇宙ってどうやって創るか?という想像を膨らましていくと、どうしたって必要なのは、なんらかのエネルギー源です。現代科学のビッグバン理論によれば、今からおよそ137億年前に、宇宙は誕生したとされています。宇宙誕生以前は空間も時間もない〈無〉の状態でした。時間の概念が存在しないため、宇宙の歴史はこれ以上遡ることはできません。しかし、この〈無〉は文字通り何もなかったという意味ではなく、プラスとマイナスの量子が相殺し合って、0になっているような状態でした。つまり、結果的に〈無〉になっているだけで、量子は絶えず「生まれては消えて」を繰り返していたのです。永遠にも続くように思われるこの〈無〉の状態ですが、非常に低い確率であるとき均衡を崩しました。そして、無から突如大量の量子が放出され、爆発的に宇宙が拡大していき…現在に至る。これがビックバン理論による、宇宙の誕生です。ここで私が一番気になるのは、どうしたって、プラスとマイナスの量子が相殺し合って、0になっているような状態が、何故生じているのか?に終始するのです。これが、宇宙を創造している何らかのエネルギー源、それも、かなり根源的なエネルギーと思われるものです。では何故、プラスとマイナスの量子が生じては対消滅しながら、真空の無が常に揺らいでるのか?という宇宙誕生の究極とも思える問いに、自分なりの世界観を構築したくなるわけですが、私は、そこには欲望が渦巻いていて、欲望がその現象が起こしている、そう信じることにしたのです。この欲望とは、宇宙を創造する最も根源的な意識で、知りたい、という欲求と、在りたい、という欲求の永遠の追いかけっこのことで、知りたい と 在りたい は、+と−という真逆のベクトルを持つエネルギーのため、誕生しては対消滅をすることを、繰り返しているのです。これこそ、最も根源的な愛の姿だな、そう腑に落ちてしまいました。実は、この辺りの経緯は、特殊な体験を通じて内なる世界から受け取った、インナービジョンが元になっています。ご興味ある方は、過去記事ダイヤモンドが降った夜を是非ご覧下さい。さて、愛と切り離せない概念のひとつが、性だと思いますが、愛のエネルギーを性に割り振ると、男性性が、知りたい という好奇心女性性が、在りたい という生命力になります。この辺のお話は、過去記事性エネルギーと音 や下図をご参照頂くと、より理解が深まると思います。そして、肝心なのは、この知りたいと在りたいは、あなたの根源意識そのものではないですか?という自身への問いかけです。あなたは、何のために存在しているのでしょう?あなたは、人生で何を成し遂げたいのでしょう?あなたは、何でいま生きているのでしょう?あなたが思考を駆使する、究極の目的はなんですか?あなたが感情・感覚を携えている、究極の目的はなんですか?これら全ての答えは、自分の中の深いところに息づく、「私は何が出来るのか、知りたい、その可能性を追求したい」という男性性の好奇心と、「その為に存在し続けたい、そして何が出来たのか感じ続けたい」という女性性の生命力に、帰結するとは、感じないでしょうか?あなたの夢や希望、目的や意図は、すべてあなたの欲望です。欲望の無いところに、誕生も変化も、起きようがありません。性の衝動が無ければ、胎児が鼓動を始め、育つ術はないのです。宇宙の流れに身を任せるのも大いに結構、でも、その宇宙の流れという生命の奔流は、一体誰が起こしているのでしょうか?あなたこそ、その一員なのではないですか?もしこの総宇宙の全存在が自身の欲望を全放棄したなら、総宇宙は痕跡なく消滅することでしょう。それでも、私は無の中で、欲望を抱き続けることでしょう。識別なき振動を最初に放ち続け、その振動に触発されて、振動を始める相手が発露するまで、孤独という認識すらない絶対的な孤独の中で、覚醒の揺さぶりを起こし続けるでしょう。この内容に触れるときは、必ず涙が溢れて来ます。似たような経験が、少なくとも私には1回はあるようです。愛は欲望、という世界観からは、あらゆる欲望は、知りたいと在りたいという愛の渦巻きが魅せる、壮大な可能性の追求と、そこに寄り添う生命とのロマンスが結実した、とても色っぽい艶姿のように映ります。このエクスタシーにより、あなたの宇宙は無より創造され、今もあなただけの世界をあなたに体験させ続け、そしてその世界の中で、自分の可能性を追求したいと知的活動を繰り広げ、何が出来たのかを確認するために、生命活動を存続させているのです。あなたの欲望という愛が、今も無から量子を取り出し続けてるのです。それは、肉体に8つあるバイタル・ゲートを基幹に、身体の全器官を駆け巡り、あなたという生命と人生を創造し続けています。そして、あなたが何を知りたいのか?何を感じたいのかは、完全に自由です。あなたはあなたの宇宙のナンバー1ですから、遠慮なく、自分の欲望を全開にして、それを叶え続けていいのです。それがあなたという愛が、莫大に放出される最も合理的な方法です。愛したい、愛されたいと望むなら、自身の欲望にもっともっと関心を抱くことです。あなたという全存在を賭けて、あなたは何を望んでいるのでしょう?何を欲しているのでしょう?その飽くなき欲望は、この宇宙が終焉したとしても、無の揺らぎとなって、永久に存在し続けているのです。そしてまた、新たな宇宙を創り出すのでしょう。愛は不滅の欲望だ知りたい、在りたい、という欲望が渦巻き渦巻きによりすべてが創造され消滅するとは、そういうことなのです。その愛は、あなた自身が抱くあらゆる欲望により、今もあなたの中から生じ続けているのです。ですから、愛=Iです。そして、あなたの欲望であなたという愛が存在するのです。その愛が、あなたの宇宙を創造し続けてる、そういう真実を、あなたには採用する自由があります。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》④の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 24Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》③

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく、その3回目です。③ 真実は自身が決めるあなたが信じる真実が最もパワーを持つあなたの宇宙の真実はあなたが決めているその真実からあなたは恩恵と制約をうける唯一の真実は無い、すべては真実だ先日、クライアント様に次のような変化が起きました。その方は、ある時FBの友人3人から突然友達を切られたのです。しかもなんの前フリも、言葉もなく、気がついたら、友達では無くなっていたそうで、そのことに、大変なショックを感じて居たのです。「昔から、こういうことがよくあるんです。 なんとかなりませんか?」というご相談を受けたので、「もしかして、人に嫌われたくない。そう思ってませんか?」と確認すると、「ええ、ええ、勿論そう思ってますよ。 だって、嫌われるのは悪い人って事じゃないですか。 誰だって人に好かれる良い人でいたいですよね?」そう語気を強めて主張されるので、「だから、嫌われる体験をするんですよ」とお伝えしたのは、言うまでもありません。その方は、「人に嫌われるのは悪いことだ」という信じ込みを持たれていました。自分の〈セルフイメージ〉〈観念フィルター〉は、ただの信じ込みではありますが、それは、信じ込みを繰り返し証明し続ける体験を創造するにつけ、その人にとっての真実として凝固されていきます。〈私は、人に嫌われたくない人間です〉そう、〈セルフイメージ〉に掲げていれば、人に嫌われる体験をし続け、その度に、「ああ、人に嫌われたくないのに、どうしてなの?」と、〈私は、人に嫌われたくない人間です〉であることを、証明し続けます。そして、「嫌われるのは悪い人って事」という真実を採用しているので、私が人に嫌われるのは、私に何か悪い部分があるからだ、何か問題を抱えているからだ、という方向で解決方法を求め続けます。さて、そのクライアント様に、こう確認しました。「そもそも、何の言葉もなく突然縁を切るような方から、好かれたいですか?」そうしたら、「…そう言えば、そうですね。 別に好かれたくないかも…」と仰りますので、「ですよね? 人に嫌われることは、別に悪いことでもなければ、 あなたが悪い人だから嫌われている証拠なんて、どこにもないですよね? では、どんな方から好かれたいですか?」と続けると、「そうですね、本音の部分で共感し合えるような、 そんな相手から、好かれたいです」そう仰るので次のように提案しました、「では、セルフイメージに、 私は、本音で付き合える人から好かれまくる と書き換えたらどうですか?」そして3日後、興奮した声でご報告を頂きました。「すごいっ! 効果覿面です!! 3人の内の1人が、なんと謝罪してきて友達を復活しました。 そればかりか、会社でどうも避けられてると感じてる人から、 飲みに誘われちゃいました!!」もちろん、何かクライアント様からアプローチをした訳ではありません。ただ、セルフイメージを書き換えただけで、起こる体験に変化が起きたのです。あなたが信じる真実が最もパワーを持つとは、こういうことです。もうひとつ例を挙げると、多くの方は「お金は、仕事して働いて稼ぐもの」という信じ込みを自由に選択されていると思います。その信じ込みは真実として、お金を稼ぐには、真面目に働き続けなければならない人生を、創造します。お金を得るには、仕事をする以外の選択はないかのように、その真実は、自分の可能性をひとつの方向の中に収束し続けます。それ以外のお金を得る方法が、自分の人生でまかり通ってしまっては、「お金は、仕事して働いて稼ぐもの」という自身の真実が揺らいできてしまい、仕事に対する自身の選択の正しさを、合理的に判断する知的基盤を失いかねないからです。そうなると、それは瞬時に自己否定へと繋がってしまいます。ですが、人は誰しも自分が正しい選択をしている、そう思いたいものです。正しい選択をしている、という肯定感の中に身を置いた方が、安心していられかるからで、生きて行く上で当然の戦略です。そして、自分自身を生きていない方ほど、その肯定感を欲しがります。ですから、多くの方が選択している真実に、自分も乗っかろうとしたり、自分とは異なる信念体系に出逢うと、無視したり戦ったりします。一方で、世の中には、「お金は好きな事していれば、必要なだけ入ってくるもの」という信じ込みを、自由に選択されている方もいらっしゃいます。そういう方にとって、お金を稼ぐ為に働き続ける人生は、自分には有り得ない選択に映るでしょう。その仕事が大好きでされているなら兎も角、大して好きでもないのに、お金の為に満員電車揺られて、ストレスを溜め込みながらなんで働いているのか不思議で仕方がない、という感覚かも知れません。逆に、「お金は、仕事して働いて稼ぐもの」という人にとっては、「お金は好きな事していれば、必要なだけ入ってくるもの」という人生は、どこか危なっかしくて、よくそんなリスキーな生き方が出来るな…とか、いつか失敗して途方に暮れるぞ…とか、薄〜い眼差しを向けているかも知れません。私はどちらの立場にも居たので、よく解るのですが、サラリーマンの頃には、安定した収入という恩恵がありました。ただ、自由にやりたいことが出来ないし、毎朝満員電車で通勤するのは本当に嫌だ、でも我慢するしかない、という制約もありました。独立した今は、やりたいことを自己判断で自由に出来る、という恩恵がありますが、一方で、収入についてなんの保証もない、失敗すれば一家路頭に迷う、という厳しい制約もあります。まあ、厳密に言うとそれを制約とは最早感じていないのですが、自分の可能性を閉じ込め続ける真実を採用している方ほど、制約が多く感じるのは、自明の理ですよね。あなたの宇宙の真実はあなたが決めているその真実からあなたは恩恵と制約をうけるというのは、こういうことなのです。信じ込み、というあなたの真実は、あなたが採用しているあなたの宇宙の法則です。そして、それを真実だと決定したのは、その発端は他者から齎されていたり、途中、曖昧な時期や、紆余曲折があったにせよ、最終的にそう決定し、今も採用し続けているのは、あなた自身以外、他の誰でもないですよね?そこに自覚があるか無いかは解りませんが、あなたは、自分が自由に決定した、自分の宇宙の真実が齎した体験に直面し、その責任をとり続けているのです。そこには、制約もあるでしょうし、恩恵もあるでしょう。その恩恵と制約は、あなたという創造主が信じる真実が最もパワーを持つために、あなた自身が創造し続けているものに他ならないのです。あなたが、人は創造主・神ではない、という真実を採用し続ければ、あなたが創造主・神になることはあなたの宇宙では、起こり得ません。永久に何者か他の存在の配下として、管理・搾取され続けるでしょう。私が、いくらこのブログで、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》を公開しようと、あなたがそれを採用しない限り、この途方も無い恩恵が、あなたの宇宙に起動することは有り得ないのです。ですから、私の立場は常に、自発的な共同創造者を集うところからしか、動きようがないのです。まあ、これが一番の制約といえば制約ですね。汗そして、信じ込みという真実は、宇宙ナンバー1の存在である、皆さんの数だけ存在します。どのような信じ込みであろうと、その真実が創造した自己宇宙を体験真っ最中のあなたにとっては、自分の真実は、確かに真実であると実感されていることでしょう。自分の真実がご自身を、幸せにしているのか? 不幸にしているのか? の差はあれ、自分の真実に囲まれた世界に直面しながら、生命の炎を日々燃やされていると思います。そして、同時に、自分とは異なる真実を体験されている方が存在しているのも、実感されているでしょう。何度話し合っても、まったく理解し合えない方、というのは、もう採用している真実がまったく噛み合ないんですよ。そして、どちらが正しいか?という議論には、私にとってはあまり生産的で合理的な意味がありません。それは、唯一の真実は無い、すべては真実だからです。どちらが正しいか? を決めることは、突き詰めていけば最終的に唯一の真実しか認めない、という態度です。そこには、すべての個性が燦然と輝く余地などまったくない、そう私は感じます。何故ならそこは、ナンバー1である創造主・神が、ただ1人しかいない世界でしょうから。そこには、窮屈さが充満した、窒息しそうな息苦しさを感じます。ナンバー1である創造主・神が、他の存在を全て自身の正しさの元支配し、管理下に置く世界でしょう。なんか、ミサイル開発に勤しんでそうな、見覚えのある風景です。そういう世界があってもいいし、それを体験してみたい方がいらしても構いませんが、私はまったく興味を抱きません。自分自身が自分の個性を存分に発揮出来る世界に住みたい、そう希求して止まないから、当然です。それが可能な真実だけを、みんな自由に選択していけばいい、それが私の立ち位置です。それと逆行する真実は、真実として認めはしますが、徹底的に更新してやる、という気概が湧いて来ます。すべての自由選択した真実を認めつつ、飽くまで自分はやりたいようにやる、だって、ナンバー1でオンリー1の創造主ですから。それが、あなたの全可能性に点火するライフ・スタイルです。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》③の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 23Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》②

      今回は、過去記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していく2回目です。② 宇宙は1人に1つ存在の数だけ宇宙があり重なりあって全体で大きな 宇宙=生命 を成しているあなたの宇宙はあなただけの体験をもたらす全宇宙で同じ体験をした存在はあなただけだその唯一の価値を最大限活かす為に存在している前回〈アムロス〉を話題にしましたが、そもそも安室さんのファンでは無い方にとって、安室さんの引退はどうでもいいことかもしれません。そして、安室さんのファンの方の中でも、引退のニュースに対する反応は必ずしも全く同じ、とは限らないでしょう。「凄いショックで会社を休んだ」クラスの方もいらっしゃれば、「ひとつの時代が終わったな…」と感慨に耽る方もいらっしゃるでしょうし、「ラストの曲は、小室さんに書いて欲しい」とか、ショックを受けた点では、概ね共有してるとしても、細かいところで、どのような気持ちや意見が湧くかは、人それぞれだと思います。また、「アムロスという言葉に違和感」とか、「アムロスで思い浮かぶのは、ガンダムのアムロが部屋でぼーとしてる画」とか、本題の引退とは別の視点で、これを眺める人もいらっしゃいます。つまり、100人居たら100通りのオリジナルな反応が、そこにはあると思います。この違いがどこからくるかと言うと、当然安室さんへの思いの違いが一番強くありますが、さらに、その方が選択している《セルフイメージ》と《観念フィルター》の違いが、千差万別の反応を生み出しているとも言えるでしょう。同じニュースを体験しても、100人居れば100通りの、35億居れば35億通りの、オリジナルな反応がある、これは、自分とまったく同じ景色を、世界を、宇宙を、感じている人は居ない、ということです。そしてその差異は、異なる《セルフイメージ》と《観念フィルター》によって確立されている、個性の違いである、ということです。そして、個性が生み出す異なる反応は、相互に作用し合い、共感や反感を両極とした様々な連鎖を齎します。「そうそうそう! 私もそうなの!」と、共感し合える相手も居れば、「ナニ落ち込んでんの? アホらしい」と、反感を抱く相手も居ます。かと思えば、「大丈夫? 元気だしてね」と、慰めてくれる人も居れば、何事もないかのように、敢えて普段通りの方も居ます。そうした方とのコミュニケーションを通じて、あなたは新たな反応を生み出します。つまり、アムロスという一次体験を発端に、その反応の違いにより、様々な二次体験、三次体験が、連鎖して生み出されていくのです。さらに、そこに新たな一次体験が追加されていくことで、〈あなたの人生〉という生命の営みが創られているのは、どなたも心当たりがあるイメージだと思います。この現象は、アムロスに限らず、もちろん全ての出来事に当てはまることです。そして、個性が生み出す異なる反応が、相互に作用し合い、影響し合って、人類全体の大きな流れを生みだしているのも、なんとなく、ご理解頂けると思います。これは、宇宙という現象をどう解釈するか?という視点への提案ですが、今までの話しを要約すると、存在の数だけ宇宙があり重なりあって全体で大きな 宇宙=生命 を成しているというように、この宇宙を捉えることが出来ないでしょうか?同一の体験をしても、存在する個性の数だけ、その捉え方、反応が異なる、ということは、独立した宇宙が重なりあって存在している…存在する個性を創造主として捉えると、このような観え方が腑に落ちてくるようになるのです。そして、それぞれの宇宙は相互に影響し合い、全体でひとつの生命体という、総宇宙を形成しているように、感じて来るのです。まあ、宇宙というと、何か壮大過ぎてその表現に違和感があるかもしれません。それは多くの方にとって、宇宙という言葉から実感するファクターは、地球と太陽と月、拡げて太陽系、ぐらいなもので、どこか遠くの、何億光年も離れた星の存在と、自分との間に何か関係があるとは思えない、からかも知れません。ぶっちゃけ、私もそうです。笑星占いに精通された方にとっては、遥か彼方の天体の影響を、実感される方もいらっしゃるとは思いますし、人は18.7歳ごとに、自分が生まれたときの惑星配列が再現され、自分が生まれてきた目的を、思い出すような体験に遭遇したりもします。惑星、星には独自のエネルギーがあり、自分の目的が達成されるのに最適な配列の時を選択して、誕生してくる、という話しもあります。ただ、こうした話しに特段の造詣がなければ、多くの方にとって、取りあえず地球と太陽と月が無ければ、いまここにこうしてブログを読む事も出来ない、というのは想像に難くないにしても、それ以上の範囲の宇宙になると、感知のしようがない、というのが現実だと思います。ここで思い出して頂きたいのは、前回記事の世界観、 ①あなたが創造主 宇宙の創造主・神は、あなただ 同様に他の存在もすべてナンバー1だ そこにヒエラルキー・優劣はない あるのは個性を活かし合った共同創造と破壊だです。つまり、いまは実感がなくても、この宇宙を共同創造している一員は、自分かも知れない、という可能性を受け容れてみることです。可能性は、自ら閉じてしまえば、永久にそこから開くことはありません。自ら、意図的に古い信じ込みを書き換えることで、可能性は拡大するものです。折角、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》と銘打ったブログに触れていますので、この宇宙すら自分で創ってる、というとこまで行ってみたいとは思いませんか?行ってみたくないなら、無理にお薦めしません。純粋な欲望がなければ、達成不可能ですから。ですが、少しでも興味がある、なんかウズウズする、と言うのであれば、その感覚に感心を抱いて、大切に育てて下さい。そして、宇宙という言葉に違和感があるなら、宇宙を、体験や人生、という言葉に置き換えて差し支えありません。あなたがいま実感されているものが、パワーを持ちますから、あなたの体験、人生は、あなたという宇宙を象る、極めてリアルで地に足の着いたエネルギーです。存在の数だけ体験・人生があり重なりあって全体で大きな 体験・人生=生命 を成しているそして、あなたの宇宙はあなただけの体験をもたらす全宇宙で同じ体験をした存在はあなただけだということです。これは、もう説明の必要はないと思いますが、あなたの宇宙を、あなたの〈セルフイメージ〉〈観念フィルター〉に置き換えると、より理解が深くなるかも知れません。〈セルフイメージ〉〈観念フィルター〉について詳しく知りたい方は、過去記事本当の自分を生きると、病人をやめられるをご参照下さい。さて、全宇宙であなたと同じ体験をした存在が、あなた以外に居ない、そこにヒエラルキーも優劣もないのであれば、あなたは、その唯一の価値を最大限活かす為に存在しているその様に、信じ込む事も可能です。SMAPの大ヒット曲「世界でひとつだけの花」で歌われているように、誰もが、オンリー1の個性を抱いた唯一の存在です。その価値を最大限活かすには、自己宇宙の頂点、ナンバー1だという自覚を持つ事がどうしても必要です。そうして初めて、この宇宙で唯一の軌跡を描いたあなたのエネルギーが、何者にも邪魔されず、何者の支配下に置かれず解き放たれ、生き生きと宇宙を舞台に駆け巡り始めるのです。その姿は、あたかも天空を自在に駆け巡る龍の如し、です。そして、私の龍が何を企んでいるかというと、新しい銀河系創りたいな〜、共同創造者と繋がりたいな〜、と、エネルギーを飛ばしまくっているのです。新しい銀河の概要は、過去記事ステラ・エスペランサを、ご参照下さい。そして、もしあなたが高次存在とのチャネリングを、信じているのであれば、こちらの過去記事太陽創造権の還元も、是非お読みになって下さい。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》②の景色です。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 22Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》①

      それでは今回から、前回記事 あなたの全可能性に点火する《10の世界観》でご紹介した、《10の世界観》を1回に1つずつ解説していきます。① あなたが創造主宇宙の創造主・神は、あなただ同様に他の存在もすべてナンバー1だそこにヒエラルキー・優劣はないあるのは個性を活かし合った共同創造と破壊だ先月、安室奈美恵さんのデビュー当時から最近までの、自分なりのベストアルバムをiTunesで選曲してたら、先日、引退を発表されました。ああ、そういうことなのね、と妙にこの流れに自分なりの納得感があったのですが、皆さんは何を感じましたか?安室さんのファンの方は大勢いらっしゃると思います。早速〈アムロス〉なる言葉が駆け巡っていて、ショックを受けて会社を休んだ方もいらっしゃるようですね。彼女の魅力を伝える言葉は、ファンの数だけあると思いますが、私が一番感じるのは、ブレることのない自分軸の強さです。安室さんご自身が感じる《私》という存在の理想の姿を追い求め続け、可能な限り体現し続ける姿、そこには、自分という存在に宿る価値を信じて疑わない、信念を感じます。同時に、その価値を現実のものとして受け取りたいという、超絶な承認欲求も感じます。「私をみてっ!」「私を感じてっ!」という闘志にも似た欲求が、クールな表現とは裏腹に、脈々と流れているのを感じます。彼女が引退を発表した多次元的な解釈には、「今度はあなた達が私のように生きる番だよ、 いつまでも私を追いかけていないで、 あなたがナンバー1になって」というメッセージ性を感じます。こうした解釈は、セルフイメージや観念フィルターによっていかようにも変化するので、これが唯一の解釈では、勿論ないです。私の立ち位置、私の観ている宇宙では、そのように解釈できる、というひとつの表明です。実は、これと同じような感覚を、天皇が生前退位の意向を発表された時にも感じています。「国民の皆さん、おひとりおひとりが天皇として自らの宇宙に君臨して欲しい。 その準備は整い、時は充分熟しました。」そんなメッセージだなと受け取ったのです。さて、宇宙の創造主・神は、あなただとは、文字通り解釈して頂いて構いません。あなたの宇宙の創造主・神は、他でもないあなたご自身だ、という信じ込みを持つことで、あなたが感じている、根源的な制限のほとんどは吹きとばされる事でしょう。自分という宇宙を創造している、最高責任者、最高権限を持っているのは、あなたです。あなたの指令により、あなたの宇宙は創造され、その指令に基づいた体験を、あなたに齎し続けています。それは、言葉を替えれば、あなたはあなたの宇宙に君臨する頂点、ナンバー1の存在だ、ということです。この信じ込みは、中々抵抗が強いのはよく解ります。今までの実体験が、「いやいやいや、そんな訳ないっ! 有り得ないっ!!」と、全力で否定してくるかも知れませんね。自分は常に、誰かの、何らかの支配下だし、自分の意志とは無関係に、不可抗力的な体験も散々してきた。今も、自分が知り得ない何らかの力の影響を受けて、自分の人生は翻弄されているかも知れないという不安に駆られ、だからこそ、しっかりとした生活基盤を持続させようと躍起になっている。そう感じられる方もいらっしゃるでしょう。私自身がそうでしたから、とてもよく解ります。ですが、その抵抗は、そもそもそこにヒエラルキー・優劣はないという信じ込みを採用することで、呆気なく氷塊していくかも知れません。もしあなたが、自身がナンバー1だと思えないのであれば、その前提に、世界にはヒエラルキー・優劣が存在している、そう信じ込んでいるからではないでしょうか?そして、自分がその優れた側の頂点な訳が無い、そう信じ込んでいるからではないでしょうか?この信じ込みのルーツはかなり深く、紀元前から人類に脈々と受け継がれていると感じます。ですから、ヒエラルキー・優劣が存在する法則は、絶対的なものとして、あなたの宇宙の基本構造として編み込まれているかも知れません。だから、常に他者と比較し、競争し、自分の価値、立ち位置を確認しながら生きているのかも知れません。ですけどね、ヒエラルキー・優劣がある、というのもただの信じ込みです。それも多くの人類が共有して信じ込んでいる、ただの信じ込みです。その信じ込みが先にあって、ヒエラルキー・優劣のある世界を創造しているんです。何故ならあなたが創造主ですから、ヒエラルキー・優劣はある!そう、あなたが信じ込めば、それが現実化してその世界を体験しているのです。自分の恐ろしいまでの創造力を、是非いま実感されて下さい。そして、ヒエラルキー・優劣がある世界に、窮屈さを感じるなら、もうその信じ込みを書き換える選択が、あなたには可能です。そして、ヒエラルキー・優劣がなくなり、あなたがナンバー1なら、同様に他の存在もすべてそうです。そりゃそうですよね?ヒエラルキー・優劣がない世界で、自分がナンバー1と自負するなら、当然他者も全員ナンバー1です。ただ、ナンバー1が複数存在することが可能なのか?それは、どういう状態なんだ?という疑問が湧いて来るかも知れません。これについては②以降の《10の世界観》でも解説しますが、宇宙は一人につきひとつずつあるので、そこに君臨するナンバー1は、当然宇宙の数だけ存在して構わないのです。そして、自己宇宙の頂点に君臨する、創造主・神々の面々が、自らの個性を活かし合った共同創造と破壊、を繰り返し行っているのです。ただし、これが実感できるのはナンバー1に君臨している、という状態が完全に腑に落ちてからです。これは、私も未だそこに向かっている途中です。安室さんも、天皇も、SMAPも、今度はあなたが、自己宇宙の頂点に自らが君臨する番だ。あらゆるヒエラルキー・優劣があるという信じ込みが創り出した幻想を破壊し、 あなたという唯一の個性を活かした、新たな世界を創造していくんだ。というメッセージを発しているようにしか、私には感じないのです。他の解釈ももちろん様々出来るし、それらを否定する気はさらさら在りません。私には、この体験にそう意味づけすることが、最も心地良い自分らしさを感じる、そういう宇宙を体験したいと心底思っている、そこに私という存在の悦びが充満しているのを感じる、ただそれだけ、なのです。これが、私が感じている、自分の全可能性に点火する《10の世界観》①の景色です。お気に召したら、たんまりとお召し上がり下さい。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 21Sep
    • あなたの全可能性に点火する《10の世界観》

      久しぶりの更新です。重要なこと、お伝えしたいことは、既にかなり書き切っている感じがしていまして、アクセス数アップとか、集客の為にこまめに更新する、という習慣がまったく身に付きません。笑それでも、新規のクライアント様とのご縁が続いてますので、ありがたいな〜と思うと同時に、自分の意識が見えない世界を循環し、現実化していることに、存在の悦びを感じています♡さて、当サロンには、既に自己啓発やNLP等にウン百万円も投資され学ばれた方が、いらっしゃることがあります。それは、私が同類の学びに投資した時間とお金の、恐らく10倍にはなります。それだけの、時間とお金を使ってみっちり学ばれたのに、何故、決定的なブレイクスルーが起きないのか?そこには様々な要因があるのですが、特に重要なこととして、その人の《世界観》がどのようなものなのか?ということが挙げられます。《世界観》は、観念フィルターの中でも観念フィルター全体の基礎・前提、となる部分ですので、ここで無意識に採用している《世界観》は、あなたの人生や、存在の可能性に大きな影響を与えています。例えば、子供の頃から特定の宗教に色濃く染まって育った方が、世界規模のニュースで取り扱われるような特異な行動を実行する度、その《世界観》の影響を眼の当たりにしています。ということで、今回は自分の人生を創造する上で、とても重要となる《世界観》のお話です。それも、ただの《世界観》ではありません。あなたの全可能性に点火するパワーのある《世界観》です。全可能性とは、例えば現在の次元・時空・生死を超越する、という意味も含まれていますが、飽くまで現在の私が、望めばどなたにも実現可能と判断した可能性であって、そこには私が未だ認識していない制限フィルターがあるかも知れません。ですから、もっと可能性がある!そう感じられるなら、その感覚を大切になさって下さい。それは宇宙が、あなただからこそ抱かせた希望ですから。あなたの全可能性に点火する《10の世界観》① あなたが創造主宇宙の創造主・神は、あなただ同様に他の存在もすべてナンバー1だそこにヒエラルキー・優劣はないあるのは個性を活かし合った共同創造と破壊だ② 宇宙は1人に1つ存在の数だけ宇宙があり重なりあって全体で大きな 宇宙=生命 を成しているあなたの宇宙はあなただけの体験をもたらす全宇宙で同じ体験をした存在はあなただけだその唯一の価値を最大限活かす為に存在している③ 真実は自身が決めるあなたが信じる真実が最もパワーを持つあなたの宇宙の真実はあなたが決めているその真実からあなたは恩恵と制約をうける唯一の真実は無い、すべては真実だ④ 愛は欲望愛は不滅の欲望だ知りたい、在りたい、という欲望が渦巻き渦巻きによりすべてが創造され消滅する愛=Iあなたの欲望であなたという愛が存在する⑤ 愛の循環あなたの愛であなたの宇宙は創造されているあなたの宇宙にはあなたがあなた自身を愛した分が循環するあなたが自身に与え、許したものをあなたは受け取り統合し続けるそうでないものを分離し続ける⑥ すべては対で連動するなにかが上昇すれば、対のものが下降する何かに偏れば、対の偏りが起きる放射すれば受容する、創造すれば消滅する強く輝けば、闇はより深まるこの相対連動が調和であり宇宙の呼吸だ⑦ 不滅のソウルあなたが自覚し希求すればあなたのソウルが滅することは無い生死を超越し微動だにせずそこに在り続け全宇宙にその存在力を響かせるそうでなければ何者かに支配され利用される⑧ 嘘は通用しないあなたの内側がそのまま外側に反映される自身を偽れば宇宙はあなたを裏切り続ける自身の全てを明らかにすれば宇宙はあなたの期待に応え続ける嘘は筒抜けで明らかである⑨ 矛盾が律動を生むあなたは、孤独であると同時に全てだあなたは、底辺であると同時に頂点だあなたは、天使であると同時に悪魔だ矛盾する自己のすべてを受け容れた時鼓動という生命力の永久律動を制覇する⑩責任=自由自身の創造にすべての責任をとっているだから完全なる自由を自身に許している責任とは創造したものを内包すること内包とは創造のすべてを感じ自身のものであると受容することであるあなたの全可能性に点火する《10の世界観》を、つらつらと挙げていきました。《世界観》というより《セルフイメージ》の要素も含まれていますが、その区分けはこのテーマでは余り意味がないので、自分が世界や自分自身をどう認識しているか?その基礎・前提となる部分と捉えて頂いて差し支え在りません。そして、これらすべてもただの信じ込みです。つまり、こう信じるか信じないかの選択は自由だ、ということです。私がお伝えしてるのは、自分自身が体験して、自分が人生を創造し、かつ創造の可能性を途轍もなく拡げてくれる、そこにとても有効だと実感したものだけです。それは、ひとそれぞれ異なるものでしょう。ですので、これだけが真実だというつもりは毛頭無いです。ただ、信じ込みの中には、全宇宙を貫通しているものもあると感じています。それは摂理、法則、と呼ばれるもので、普遍的なエネルギーの律動や伝播する仕組みがあるからこそ、この宇宙はいまの姿に創造されている、そう感じるのです。例えば、物理学で言われる、重力・電磁気力・強い力・弱い力 が、人それぞれの信じ込みにより作用の仕方が異なってしまっては、共有された体系を生み出すことが出来ず、存在は永遠に他者と出逢うことは無かったと思います。無数の宇宙を結びつける、共有された普遍的な摂理・法則があるからこそ、総宇宙が存在している、そう感じています。ですので、全ては私の信じ込みですが、宇宙摂理・法則を加味した《世界観》にはなっています。まあ、この宇宙摂理・法則だって、真実なのかどうかは、解らないですよ! 笑そう、どこまでいっても真実は自身が決めているのです。ですから真実は自分の外部ではなく、内部に求めないと、正解を彷徨い渡り歩くジプシーのようになり、一向に思うような成果が挙らない、ということが起きるのです。方法論を外部から仕入れるのはとても有効なことですが、それを実行する時に、自分のものとして腑に落ちていないと、上滑りしていくのと同じです。これを真実として生きる!それにより生じた責任は全てとる!!その覚悟が、現実を変えていきます。その覚悟は、自分以外の誰にも出来ないし、与えられはしないのです。さて、次回からは、あなたの全可能性に点火する《10の世界観》について、一項目ずつ解説していきます。あなたの創造性が、存分に発揮されることを意図して。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/

  • 08Jul
    • 続 孤独の炎

      前回記事【孤独の炎】を補足させて頂きます。前回記事のようなスタイルは、書きたい内容を凝縮し、一文字の無駄も無くアウトプットするやり方で、エネルギーの集中度では最も効率のよい方法です。光で言えばレーザー光線のようなもので、粒子が筋立つような、男性的な表現です。一切迎合しない、読者に合わせない、自分らしいスタイルを貫いた在り方なのです。で、案の定アクセスは大して伸びません。笑なんですが、こういう記事程必要な方に受け取って頂いてると感じます。人数よりも、伝達の質が大事なんですね。あの表現で伝わる、響く方は、それだけ自分と似たようなバイブスを持たれている方な訳で、その方が起点となって、そこからいくらでも反射を繰り返し、遥か遠方にまで到達可能なエネルギーなんです。何せレーザービームですから♪今回はそれを、ふわっと広い面積を照らし出すような、電球の明かりのような、女性的な表現に変換してみたいと思います。〈全性〉と〈個性〉人には真逆の特性があります。〈全性〉と〈個性〉です。全性とは、それこそ「ワンネス」「全てはひとつ」という言葉で、多くの方が既に語り尽くされていますので、そちらを参考になさって頂きたいのですが、一点だけ補足説明すると、全性とは素数1の意識で、「私は、0〜無限大である全て」と表現できる意識で、この意識は自覚・無自覚に関わらず、どなたにもデフォルトである意識です。学術的に1は素数ではないですが、敢えて僕の拘りで素数とします。それでは、〈個性〉についてお話ししたいと思います。ここ最近のコンサルティングで、この〈個性〉と向き合うことがテーマのクライアント様が立て続けに現れ、夏至以降のエネルギーの変化により、〈個性〉について掘り下げる必要性を強く感じています。〈個性〉を調べると、 他の人とちがった、その人特有の性質・性格。個人の特性 個体に特有の性質。と出てきます。これを、普段使用しているモデルで説明すると、〈セルフイメージ〉〈観念フィルター〉は、人により異なることで、個性を創り出している、と言えるかもしれません。同じ出来事に遭遇しても、100人居れば100通りの印象や解釈、感情や意見が存在するのは、100人がそれぞれ異なる〈セルフイメージ〉〈観念フィルター〉を、採用しているからな訳で、その違いが、「自分らしさ」という個性を象っているのです。ただ、気をつけて頂きたいのは、個性を象る源は、思考の見解ではなく感覚・感情の反応です。出来事に対する感覚・感情的な反応が、自分らしさの源です。そこを差し置いて見解が先走ると、それは自分らしさとは無縁の、頭でっかちなスローガンになってしまいます。この辺りのお話は、過去記事【本当の自分を生きると、病人をやめられる】をご参照下さい。さて、100通りの反応には、お互いに共有できるものもあるでしょうし、まったく相容れないものもあるでしょう。そして、まったく自分と寸分違わず同じ反応、という方は、存在しないと思います。これは、〈個性〉を携えることは同時に、〈孤独〉であることを示唆しているとは感じませんか?他者とは異なる独自の特性は、他者と完全に共感することはない、孤独でもあるのです。人はみな、元来孤独な存在です。それは、自然の木が必ず1本ずつ生えているのと同じです。夫婦のように寄り添う木もありますが、それだって夫婦それぞれが、独立した1本の木なのです。孤独を避けようとしていた方にとってこれを認めることは、新たな可能性に火を入れることになります。何故なら、孤独を避けようと取り組んでいることの全てにより、本当の自分は、どんどん周囲から切り離されていくからです。「私は、孤独になりたくない人間です」そう、セルフイメージに掲げていれば、孤独になりたくない、そう思う出来事を延々とループし続けることになります。だから、もう孤独を認めて受け容れてしまいませんか?孤独のメリット人は誰しも、孤独なのです。それは、問題でも避けるべき事態でも、悲しいことでも、可哀想なことでも、ましてや不自然なことでもないのです。そのようなラベルを、孤独に貼り付け続けるのは自由ですが、そのせいで、孤独のデメリットばかりを体験しているなら、もうそれを、お終いにすることも出来ます。なにをどうしようが、人は元々孤独な存在なんだ。これを受け容れてしまうと、孤独のメリットが現象化してきます。その最大のメリットは、孤独だからこそ自由を享受出来るということに尽きます。あなたが自分の〈セルフイメージ〉も〈観念フィルター〉も、自由に選択して信じ込めるのは、孤独な存在であることの特権です。もし孤独でないのであれば、誰かの承認や合意を踏む手続きがなければ、勝手に選択することは出来ないでしょう。孤独だからこそ、独自の判断・反応を行使可能なのです。孤独を避けようとする取り組みは、この行使を蔑ろにしていくことに他なりません。孤独を避けようとし過ぎるあまり、自分を主張するのを躊躇したり、空気を乱さないために、無難な対応をし続けるのであれば、その度にあなたは、自分らしさを見失っていくのかもしれません。その背景には、孤独を受け容れていない、自分が居るのかもしれません。そのせいで、あなたは誰かの承認や、組織の合意がないと、自分の選択を維持し続けてはならない、そう信じ込んでいるかもしれません。あるいは、個人が全体の調和を乱すことは良くないこと、全体よりも個人を優先してはならない、といった価値観・信条を大切にしているのかもしれません。ですが、断言します。私達は、孤独であると同時に全てです。繋がろうとしなくても、元々繋がっているのです。そして、調和が乱されたことは、ただの一度もありません。もしそう思えないとしたら、ご自身の調和の概念に、ネガティブな体験や感情へのジャッジが、反映しているからかも知れません。それらが存在することは、調和の姿ではない、そう思い込んでいるのです。それはそれで自由ですが、既に調和しているものを、更に調和させることは不可能です。あなたがしたいことは、ただ自分の理想の世界を、創造したいだけかも知れません。もちろんそれも自由です。ですが、それこそ個を優先した極めて利己的な行為そのものですよね?その認識がないと、個を優先しているのに全体の調和を目指すという、自己矛盾のエネルギーに、自らが対峙し続けることになるでしょう。さて、話しを戻しまして、孤独を避けたい方が必要と感じ続けている、誰かの承認や合意は、あなたが存在していることですでに、取り付けています。それが全性、ワンネスという特性なのですから。ですから、孤独を避けるために人と繋がろうとするのではなく、孤独という〈個性〉を輝かせるために人と繋がっていくことで、人生に悦びが溢れてくることになるのです。孤独を受け容れると、人と繋がりたい動機の質が変容していきますし、孤独だからこそ、自由な選択が可能です。そして、あなたの選択が、他人や全体に影響を与えることを自覚することで、あなたの影響力は増大します。繰り返しますが、孤独である〈個性〉と、すべてである〈全性〉は、真逆の性質でありながら、同時存在しています。ですから、あなたの自由な選択は、自動的に全体に影響を及ぼします。ただし、あなたがそれを自覚すれば…なのです。自分の影響なんて半径2m内にしか及ばない…そうあなたが信じ込んでいれば、そうなります。しかし、それでもあなたは半径2mに影響を与える存在として、全体に影響を与え続けます。自動でそうなるのが、全性という特性なのです。あなたの鼓動が、あなたの意志とは無関係に刻み続け、あなたという命を生き続けさせるように、それは自動で起動し続ける、根本的な宇宙のシステムなのです。良くも悪くも、そこに選択の余地はありません。ですが、あなたが自分の影響はせいぜい半径2mm以内だ…そう信じ込んでいれば、すべてはあなたのその選択の影響を受けながら、あなたにその世界を提供します。真実とは、人の数だけあり、人は自分の採用している真実から、恩恵と制約を受けるのです。全宇宙に影響を与える存在、という自覚を持って〈個性〉を生きる選択の自由が、あなたにはあります。それを真実とする世界の有無を決めているのは、世界や他者ではなく、あなた自身なのです。孤独の放射さて、全ては1つ、固有の特性が存在しない、ワンネスだけの世界を想像してみてください。と言われても、中々想像出来るものではないですが、想像しやすくするために、あなたの手元に、球がひとつだけあると想像してください。その球は大きさだけが自在に変えられます。0〜無限大の間で、自由な大きさに変えることができます。ですが、球を分割することは出来ません。分割できたとしても、それは一瞬だけで、2つに分かれた途端、お互いがくっついて吸収しあって、また元の1つの球に戻ってしまいます。何故なら、その球は、すべては1つという意識の塊であり、「個別の分離された存在がある」という認識がないので、2つ以上の自分を持続することが、不可能なのです。ですから分割された瞬間、元の1つに戻ってしまうのです。そのような球が、いまあなたの手元にあります。では、あなたが神だとして、その球で自由に世界を創れるとしたら、あなたは何を創りますか?と言うより、あなたは何が創れますか?………あなたは数秒間球を弄りながら、なにも創り出しようがない!ということにすぐ気がつことでしょう。そうです、ワンネスという特性は、それだけでは、何かを創り出すことは不可能なのです。それは、ただ存在しているだけで、何かを創造するには、別の要素が必要なのです。少なくとも、球が分割出来なければ、なにものも創り出すことは出来ないのです。この創造を可能にする要素が、もうひとつの私達の特性である〈個性〉なのです。個別の特性をもつことは、全ては1つの状態からの分離であり、それは孤独=アロンネスなのです。アロンネスは、すべてと1つではない代わりに、独自の特性を携えて、それを維持することが出来ます。ワンネスが分割不可能な球だとしたら、アロンネスは、立方体や三角錐、円柱や四角錐といった、独自の形状を維持し続ける、固有の分離した存在です。今度は、あなたの手元に、様々な形をした無数の積み木があると想像してください。その積み木の1つ1つが、透明なワンネスの球に覆われており、その球が接着材になって、自由に、積み木を重ねたり繋げたりして、造形出来ると想像して下さい。これでようやく、あなたは、何かを創り出すことが可能となったと感じるでしょう。独自の形状をもち、ワンネスという接着球に覆われた1つ1つの積み木が、私達の個性です。その積み木には、自由意志が宿っています。自分はどう扱われたいのか?自分はどんな他の積み木と関わりたいのか?自分はどんな体験をしたいのか?自分はどんな世界を構築したいのか?積み木ひとつひとつから放たれた意識の放射が、ワンネスの接着剤の中を駆け巡り、すべては1つという全体の形状を維持しながら、積み木の配置を変え、世界の構造を創り出しているのです。世界が、宇宙が、創造されているのは、あなたという孤独が存在するからです。あなたという孤独が、どれだけ素晴らしい存在なのか?あなたという孤独が、どれだけ唯一の価値があるのか?このブログで少しでも伝われば幸甚です。あなたという孤独から放たれる意識の放射が、世界そのものを、創り出しています。ですから、孤独を避けようとするのはもう辞めて、孤独を受け容れてみませんか?そして、孤独が持つ可能性の炎に、いまから点火してみませんか?積み木は多ければ多い程、色々と遊び合えるとは感じませんか?あなたの孤独を輝かせるのに、もしお手伝いが必要なら、お気軽にサロンをご利用下さい。∞本質へ還る音-A.U.WA∞ https://auwa666.jimdo.com/