自立って言葉、人により定義が異なる

 

 

と思うのですが、
僕が感じていることを、言語化してみたくなったことがありました。

 

 

ココロの自立 他者承認を一切不要として自己意識の確立ができること

 

カラダの自立 生命維持に必要なエネルギーの全てを自発できること

 

 

ココロとカラダが自立して完全に自立した存在であり、カラダも自立するとそれはもはや人間ではなく、ソウルとか魂とか呼ばれている存在形態だと思ってます。

 

で、カラダの自立は今すぐほいっというわけにはいかないです。

搾取食をやめたり、マカバを起動したりとか、いろいろ手続きがある。

 

 

で、三次元社会でよく言われる経済的自立というのは、最終的にはカラダの自立にいきつくのだろうけど、それは自分で稼いでいるのか? が切り口なのではなく、生命維持に必要な経済や環境がどのような手段であれ、自分の采配や愛され能力で確保できいること。

 

そして、そこに負い目や申し訳なさや罪悪感等、自己否定感を微塵も感じていないのであれば、それは「三次元的カラダの自立」とみなしていいと捉えてます。

 

要は、自己肯定のエネルギーが主体となって、生命維持の状態を確保できているのであれば、自立です。

 

 

カラダの自立は得意分野ではないので、一旦置いておいて、

 

 

 

 

どなたでも、いますぐ取り組めるのは

ココロの自立です

 

 

親子の共依存関係からの自立がテーマのクライアントさんが、最近急増しているなぁというのもあって、自立を定義してみたくなったのですが、令和時代は、これが出来て居ないと、自己存在がどんどん溶解して維持できなくなってくるのでは? と感じています。

 

 

 

で、今日ご紹介するクライアントさんのテーマもまさにこの自立だったのですが、最近見事に自立していかれました。

 

コンサルティングの終盤、自分で自立に取り組んだその様子を、長い長い、そりゃもう本当に長いメールにしたためて送ってこられたのですが、その内容が素晴らしくて、途中からこちらも感動で泣きながら読んでいました。

 

 

いま、親子の共依存関係で悩まれている方の参考になると思い、ご本人の了承を頂きご紹介します。

 

 

 

 

以下、メールほぼ全文

(個人特定されそうな情報は伏せています)

 

 

 

前回コンサルのあと、母に何を伝えていなかったのか?をもう1度知るために、ゆっくり時間をとりました。

 

最初はどうしても出てこなかったので、現在、職場で苦手な女性が1人居て、その人との関係や思考から、深く探りました。

 

出てきた関係性や気持ちを元に、昔の職場などじっくり遡ってみると、学校、幼稚園まで繋がっていて、最後は幼い時の母との関係に、辿り着きました。

 

 

そして色んなことを思い、気付き、たくさん書き出して。途中でようやく、強い感情も出てきました。

 

今まで、色々な出来事や思考や外部の意見、全部が頭の中でごちゃごちゃだっだのが、ようやくスッキリして、自分を知ることにも繋がりました。

 

 

 

私は、子供の頃、お母さんがニコニコ笑っていたら、私も同じような感じがしていた。

 

だから、お母さんが笑っていて、私も一緒に笑って、遊んだり、喋ったりしたいと、思っていた。

 

でもお母さんは、泣いてたり、寝込んでいたり、怒っていたりで、幸せそうに見える時が殆ど無かった。

 

私は、お母さんが喜んでくれるように、たくさん頑張るようになっていた。

 

 

でも母は、いつまでも幸せそうではなくて、いつからか私の言動を責めたり、叱ったりするようにも、なった。

 

私は、母の機嫌が悪かったり怒ったりする時は、私が悪いからだと自分を責めるようになり、母が悲しんでいる時は、私が頑張って喜ばせようと、するようになっていた。

 

だから、いつも母の顔色をみて過ごし、母の言う通りにした。

 

母が病気の時は、心配で仕方がなかったし、少しでも楽になれたらと、お手伝いも頑張った。

 

それでも。母は泣き言ばかり言っていた。私のこと、褒めてもくれなかった。 私が母を心配する気持ちにも、気付いてくれなかった。だから私のことを、冷たい子だと言っていた。 

 

 

それがすごく、悲しかった。怒っていた。

 

 

 

そして大人になって、母より自分が、幸せになりたいと思うようになった。

 

でも、自分のことも幸せに出来なかった。だって母の姿を見ていると、いつも自分の事のように悲しくて、切なくて、辛かった。

 

私だけが幸せになったら、母は、取り残された寂しさを感じると、思った。

 

 

母は、身体が弱かった私の看病もしてくれていたから、そんな母を残して幸せになるなんて、自分が許せなかった。

 

そして更に大人になると、何かで読んだ本がきっかけに、親と良い関係が築けていない自分はダメ、親離れ出来ていない自分もダメだと、自分を否定をするようにもなった。

 

 

幼い時は、きっとお母さんに笑っていてほしかっただけなんだと思う。

 

今でも、母が笑ったら私も嬉しい。そんな母に、普通に話を聞いて貰ったりして、甘えたかった。そしたら安心できた。

 

私が欲しかったのは、安心だった。

 

 

それだけなのに、それが叶わなくて、叶えたくて、長年に渡り、複雑にさせてしまっていたんだった。

 

 

そして、まさか私は45歳になった今でも無意識に、母への色んな思いを残したままだった。

 

だって、そういえば私はずっと、特に職場や恋愛において、誰かを(母を)幸せに出来なかった自分を、責めていた。

 

誰かの(母の)役に立てている実感が持てなくて、自分の存在価値がとても小さく感じていた。

 

常に誰かの(母の)顔色を伺い、機嫌が悪い時は瞬時に、自分に原因があると受け止めていた。そして穏便に済むように考え、行動していた。

 

私が自己主張すれば、誰かが(母が)怒ると思っていて、それが怖くて周りに合わせていた。

 

誰かに又は何かに(母に)許可を貰わないと、自分で決めて行動するのが不安だし、なにか罰が当たるような感覚があった。

 

本当にしたい仕事を見つけてする、幸せな恋愛をする為には、先に目の前の問題(母が幸せでない問題)を解決させてからでないとダメだと、完璧に信じていた。

 

だから常に自分に蓋をして、自分が変わろう、状況を変えよう、何とか問題を解決しようとする生き方を、していたんだった。

 

 

そして、変わったその先には特別な誰かを(母を)幸せに出来ると思っていた。

 

特別な誰かに(母に)、愛されると思っていた。

 

愛されたら、特別な誰かに(母に)甘えて、安心できると思っていた。

 

 

みんなが子供の時から得ているように見えた安心や幸せが私にないのは、他の人よりダメな部分があるからだとも、捉えていた。

 

だから変えようとするのが当たり前すぎて、止めやれなくなっていたんだった。

 

 

 

私は、お母さんに笑って欲しかった。

 

お母さんに、甘えたかった。

 

家族みんなで、一緒に笑って過ごしたかった。

 

何でも話し合って、支え合って、助け合って、仲良くなりたかった。

 

暖かくて何かに包まれたような安心を、私も、家族で感じたかった。

 

かけがえのない家族の存在が、私だって、欲しかった。

 

かけがえのない家族の1人に、私だって、なりたかった。

 

絶対に、そんな時が来ると信じていた。

 

だから私なりに、いっぱい考えて、頑張ってきたんだった。

 

 

なのに。それが叶わなかった。本当に手にしたかったのに。なりたかったのに。頑張ってきたのに、報われなかった。  

 

 

そのぜんぶが悲しい。切ない。悲しい。

 

もう、どうしようもなく、悲しい。悲しい。涙がとまんない。本当に、悲しい。

 

 

 

 

 

これが、最初に出てきた思いと感情でした。

あともう1つ。

 

 

思い返せば、数年前から母は何度も、「仕事が忙しく、子供の時に寂しい思いをさせてごめんやった」と泣きながら謝まるようになりました。

 

私のこと、大切にすようにもなりました。だけど母の思いは、何故か私にはあまり響いてこなくて、今更もういいよ、、と思っていました。 

 

改めていま思えば、響いてこないのは、母に分かって欲しいのは、そこじゃない!!からでした。

 

 

仕事が忙しくて、寂しい思いをさせた?

 

違う!

 

私は、お母さんが笑ってくれないから、寂しかったんやん。幸せでないから、悲しかったんやん。いつも安心できなくて、不安で苦しかったんやん。

 

今、私のこと大切にしてくれるのだって、お母さんの気持ちは分かったよ。

 

でも、私の気持ちは?

 

私は、もっとずっと前からお母さんのことを、大切に思っていたよ。それなのに、その私の思いは気付いてなかったやん。伝わってないやん。

 

幼い時の私の思いを、ちゃんとお母さんに分かって欲しい。 

 

 

大人になっても、本当は、お母さんが幸せに笑うのを、電話がくるたび、実家に帰るたび待ってた。

 

そしてこれからはもう、待たないよ。笑わなくてもいいよ。お母さんの人生だから。私も、私の人生を生きるよ。

 

 

 

それを、ようやく母に伝えました。

 

母はいつもと同じで、悪かったなぁ、、といった感じでした。

 

 

でも何日も過ぎてから、私自身のことで、あれ?と思ったのが、母が私を褒めてくれていた言葉や、私に幸せになって欲しいと言っていた言葉を、素直にまっすぐな感覚で、ありがとう、と受け取っていました。(今までは、母の言葉をストレートに受け止めていなかったみたいで、本心かも分からなかった)

 

あんなに重かった母からの心配も、重さは殆ど感じなくなっていました。

 

何故なのかは分からないですが、これは意外な変化でした。

 

 

 

 

実は。私はコンサルで、何か残っている感情があると指摘して頂いても、少し信じられないで居ました。

 

きっと母に対しては、何年か前に怒りの感情が強烈に先に出ていたので、今更怒りもない。私を大切にしなかった母なんて、もう関係ない。

 

母を気にしているはずもないもん!!と、頑なになっていたのかもです。

 

そんな私に、何度も何度も母の事を言って下さったおかげで、探ってみることが出来ました。本当に、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

そして、

 

何かいっぱい出てきた、これからの、私です。

 

 

 

私は、自分が母を幸せに出来ると、ずっと信じていました。

 

母を幸せに出来なかった自分を、ずっと責めていました。

 

母を思う自分を認められず、そんな自分を否定していました。

 

そして、母を幸せにできなかった自分も、その事で自分を責めていた自分も、自分を否定していた自分も、ぜんぶまるごと、許しました。

 

母が幸せそうではなくても、私は今、幸せを感じることを許しました。

今よりもっと、自由に、幸せになることも、許しました。

 

私は、母を幸せには出来なかったけれど、自分を幸せにする力は持っていました。

 

母も、誰でも、その力を持っています。

 

私は今まで、母の人生が幸せでないと勝手に決めていましたが、それは間違いでした。

本当はきっと母も誰でも、ものすごく尊い人生を、沢山の体験をしながらしっかりと生きています。

 

私はそのことを、いつでも信じています。

 

だからもう、私が誰かを幸せにしようとする必要は、ありません。

 

かわりにこれからは、私自身を大切にして、生きていきます。

 

 

 

それから、

 

私は、安心を感じたくて、必死にもがいて生きてきた自分や、自分の人生を、まるごと愛しています。

 

母から大切にされなかった自分も、家族に居場所がなかった自分も、頑張りが報われなかった自分も、たくさん傷ついていた自分も、病気をした自分も、どれもが愛おしくて、大切な、大事な私です。  

 

これからも、私は私の全てを受容します。

 

 

 

それから、

 

私は今まで、身体の不調は何か怖いものだと思い込んでいて、自分の身体にビクビクしたり、不安で過保護になったりしていました。

 

身体の不調は、自分の行動に対する罰だとも受け止めていました。

そして、そんな自分を許しました。

 

身体は、私そのものであり、1番のパートナーです。

大切なことは、身体が教えてくれるし、自分の人生を生きようとする私に、必ず応えてくれます。

私は身体と愛し合っています。

 

その事を、これからはいつも思い出します。

 

 

 

それから、

 

私は今まで、起きた出来事や、状況、他人との関係、それらに伴う自分の感情に対し

「解決させなければいけない、良くなるよう変えなければいけない、自分自身が変わらなければいけない」とゆう、生き方をしてきました。

 

そうしなければ、孤立したり、何か怖いことが起きたり、安心して生きていけなくなると、信じていたからでした。

 

その結果、常に不安で、殆どが問題解決の為だけに、時間、お金、心、身体、思考を使う人生になるとゆう事を、体験しました。

 

そしてこれからは、「問題らしき、状況、他人、自分の感情は、無理に変えようとしない、そのままで居る」とゆう生き方をしていきます。

 

代わりに、今まで問題解決に使っていた、時間、お金、心、身体、思考は、新たなことに使います。

 

今、感じている事を感じるために。

今、今日、未来で、本当にしたい事を知るために。

 

それを実際に、するために。

 

行動が出来ない時は、自分と会話するために。

表現したかったものを、創作するために。

 

私が私にとって、宇宙一の女性で居るために、それらを使います。

 

そして今度は、その結果がどんな人生になるのかを、体験していきます。

 

 

私はきっと、変えようとする、そのままで居る、の両方を知ると決めて生まれてきたのだと思います。 

 

だから、しっかりこれから体験します。

 

 

 

それから、

 

私は幼い時に、愛を受取って貰えないとゆう経験をしましたが、それは昔のことでした。

 

今は、相手に受け取って貰うことも、自分が受け取ることも、簡単に出来ている存在です。   

 

愛している人から、愛されていることを認めます。

 

 

同時に、

もしも自分の愛を、誰かに受け取って貰えない時があっても、そんな自分を許します。

 

その事で、私の存在価値が変わることはありません。

 

どんな感情が湧いてきても、全てしっかり、受け止めます。

 

 

誰かの愛を私が受け取れない時があっても、誰かを拒絶する時があっても、そんな自分を許します。

 

それで、私の存在価値が変わることは、ありません。

 

いつでも、自分の価値観や感覚や感情を、尊重します。

 

 

嬉しいも、楽しいも、悲しいも、寂しいも、怖いも、腹立つも、好きも、嫌いも、よいも、イヤも、痛いも、心地良いも、ときめくも、ときめかないも、それも全部が、大切な私の感覚、感情です。

 

それを大切に扱うことが、自分を深く、知ることでした。

 

そして自分を知れば知るほどに、私は、自分を愛してしまいます。

 

 

だからいつでも私は、

 

何を感じているの?何を思っているの?なぜそう思うの?どうしたいの?どうされたいの?何がしたいの?

沢山、自分の心と、身体に質問します。

 

そして、いつでも自分で決めて、行動します。

 

行動できない時は、何故なのか、更に自分と会話します。

 

必要な時は、周りの人にも、素直に伝えます。

 

そして望んだものを手にするときは、即座に、素直に、喜んで、もれなく、受け取ります。

 

 

 

それから、

 

他人の気持ち、感情、考えが気になる時には、素直に質問し、相手を、知ろう分かろうとします。

 

もっと知りたいと思う人に対しては、そんな気持ちを素直に認め、自分から相手を、知ろう分かろうとします。

 

相手と、知り合あおうとします、

 

 

だからもう、自分の感覚や感情に蓋をするのは、終わりです。蓋をしなくても大丈夫。しない方が、大丈夫。

 

私はそのままで、周りの愛する人達と一緒に、生きていける存在です。

 

 

 

そもそも、他人が怒っているのは絶対に自分に原因があるとか、機嫌をとらなきゃいけないとか。

 

他人から愛されない自分は欠陥があるとか、存在価値がないとか。

 

人を好きになるのに、結婚するのに、他人の許可が必要とか、私は許されないとか。

 

他人の意見や価値観が、自分のそれより正しいとか、合わせなきゃとか。

 

他人が私をどう思っているのかを考えるだけで、1日が終わるとか。

 

他人が幸せそうでないから、幸せを感じてはいけないとか。

 

とんでも、ありませんでした。

 

私は私。母は母。他人は他人です。  

 

他人が持つ感覚や感情や価値観に、私が責任を持つなんて、出来ませんでした。

 

他人目線で自分を扱うことが、他人を思いやる事でも、真に喜ばれることでも、ありませんでした。

 

 

かと言って、自分を大切にする事が、他人を粗末にしているとか、無視している事にはなりませんでした。

 

自分を大切にする事が、結局は他人を大切にする事にもなりました。

 

そして自分を大切にしながら、自分の意思で他人に合わせてみたり、他人の意見を取り入れてみる事は、沢山の新たな自分に出会えるとゆう事も、知りました。

 

 

 

私はきっと、たくさんの貴重な経験を通して、それらの事を知ることができました。

 

知った以上はもう、私は他人の大切な領域に入って、変えようとする事は、ありません。

 

他人が私の領域に入り、私を他の誰かに変えてしまう事も、ありません。

 

だから、いつでも私は純度が100%で保たれています。

 

これから、ずっとです。

 

100%自分なので、自分を責めるとか、否定するとか、そんな事は何の意味もありません。

 

しようとしている自分に気づいたら、その事を、いつでも思い出します。

 

そして。純度100%の私を生きることで、自分自身だけではなく、周りの人へも、心地良さが、愛が、広がります。

 

それは温かく静かに光って、気付かないうちに、どんどん拡がってしまいます。

 

そして、純度の高い周りの沢山の人達とも混ざり合って、繋がって、更に進化を続けていきます。

 

それが、これからの私です。

 

 

 

 

ものすごく長くなりました。読んで下さって、ありがとうございました。

 

 

 

あとあと。もう1 つ気づいたことがあります。

 

それは、私は本当は、とてもとても愛おしく、そして本当に宇宙で唯一無二の存在だった。

 

その私が、人を好きになる。その人と一緒に居たいと願う。

 

大好きな物作りを、したいと願う。

 

伝えたいことを、表現したいと願う。

 

誰かと、深い絆を築いていきたいと願う。

 

周りの人と、支え合いたいと願う。

 

行きたい所へ、行きたいと願う。

 

食べたいものを、食べたいと願う。

 

自分の願いを、叶えたいと思う。

 

望んだものを、受け取ろうとする。

 

それらが出来る、身体で居ようとする。

 

 

その事の、一体なにが、どこが悪いことだったんやろう。

 

その、何がそんなに、やっぱり無理かもしれない事なんやろう。

 

叶えるために、誰から許して貰う必要があったんやろう。

 

何で、どこまで、どこに自分を責める要因があったんやろう。

 

そして、どうして、私は醜いからダメだったんやろう。

 

どうして、本当の自分のままでは問題があったんやろう。

 

 

あ、なんも無いやん、無かったやん。って、気づきました。 

 

無いのに、とても巧妙に有ると信じて、有るとゆう生き方をしていたんだった。

 

「全部そのままで、大丈夫。もう、いいんやで。よく気付いたね。」と、自分にはっきり言われて、嬉しくて。

 

子どもみたいに泣いて、涙が止まらなくなりました。

 

 

 

長く信じていたものを、急にあっさり手放せたかと言えば、そうではなく。。。

 

やっぱり無理かも、と思ったり、気付いたら他人がどう思ってるか考えていたり、自分にダメだししたりする時もあります。

 

 

ただ実践する、とゆうことなのでしょうか。

実践する、行動する、素直にただ感じる、ようにしています。

 

 

 

以上で、メール転載終了です。

 

 

 

 

 

冒頭に書いた、

 

ココロの自立 他者承認を一切不要として自己意識の確立ができること

 

読みながら、

この自立を本当に果たされたのだなと…

本当に素晴らしい人生の旅がひとつ終わって、新しい旅に出られたんだなと、

それがしっかり足が地についたものとして、確実な一歩を踏み出されたことが、

この文章の随所から感じることができました。

 

それが嬉しくて、泣いたのでした。