とある休日の昼御飯の支度をしている時、なーんでこんなに憂鬱なんだろう?と考えた。
台所のカウンター越しの食卓に視線を移して、その原因にはたと気がついた。
テーブルについている家族の中に一人、憂鬱そうな顔の次女がいたから。
これだ、これ。ここ数日次女の機嫌が悪いから自分もいらいらしているんだ。娘の感情がすぐに転移してしまう。悪いものも良いものもじわじわ広がって、何時の間にか自分を支配されてしまう。
次女の憂鬱の原因はわからない。ぴんと来ない場合って言うのは、大抵それは外の世界から持ち込まれた憂鬱だ。
それがわかっているのに私はいつも自分の中に原因を探してしまう。
小さな不安から始まって、『ほらほら、やっぱり駄目なんだ。』ってもう一人の自分が囁き始める。
いつもへとへとに疲れていて、学校の行事がある日に限って勤務が詰まっていて行けていないとか、はたまた自分の家庭的でないところを責め始める。
この子たちが大きくなった時、きっと言われるんだろうな。「あんたには何にもして貰わなかった。あんたは何にもしてくれなかった。」
その遠い未来。まだ起ってもいない未来の言葉を想像しては心臓がばくばく言い始める。
そして勝手に「何だよ、何もわかってないくせに。」と、これも勝手に想像上の未来の娘に腹を立て始める。一人で悲しくなって『ほらほらほら。やっぱり生んでないから。本当のお母さんじゃないから。』と囁きが大きくなって来る。
脅迫神経症は一部健在。
しかし、伊達や酔狂でこいつとも付き合って来たわけじゃない。今じゃ見付けたらすぐ退治だ。
退治と言うと、さも立ち向かって戦うと言う雰囲気があるが、とんでもない。ただ寝るだけだ。
後片付けをしたあとで即行眠った。疲れているんだよな。自分も疲れているから視野が狭くなってしまう。自分おばけの頭でっかちになってしまう。寝よ、寝よ。眠ってしまえ。
何と、目を覚ますともう夕飯の買い物に行かなければならない時間だった。休日なんてこんなもんだと一瞬虚しく思うものの、心身が軽くなっていることに気がついた。やっぱ疲れていた。
晩御飯が出来たから家族を集めると、またしても次女は寝ていたので叩き起こす。何だか無気力そうにぐうたらしていて、あいかわらず不機嫌だ。
でも、今度は私が元気なので大丈夫。
夕飯の後で、何気なく次女の部屋のドアを開けて声をかける。窪塚君の映画やってるよ。お母さんもこっちで見ていい?
「ああ、いいよ。」と言って散らかった部屋のスペースを空けてくれた。思えば部屋がこんなふうに散らかっているときってのは調子が悪い時だ。
しばらく一緒に見ていると、「お母さんはいいよね。」と言われた。
どうして?
「友達がいっぱいいるじゃん。あたしは、本当の友達がいない。」
本人は気がついていないかも知れないけど、今までに10回以上は話したテーマだった。
「好かれるんだけどさ、それはあたしが皆に合わせているからなんだよね。あたし、一人の人と長時間一緒にいられないんだ。気を使って疲れちゃうんだ。」
家では傍若無人な次女だが、外ではほとんど万人からの受けがいい。友達にも学校の先生にも好かれている。まず嫌われない。だけど、それはいつでも自分が相手に合わせているからだと言っている。
それで私は、自分の好きな話をすればいいじゃんと言う。ありのままでいれば自分も楽だし、周りもこんな人だと納得してくれるよ。
「色んな人が順番にいじめられているのを見ていると怖くてそんなこと出来ない。誰か、周り中敵になってしまっても、それでもあたしの味方でいてくれる人がいないかな?っていつも思う。」
お母さんがいるよ。お姉ちゃんだってそうだよ。お婆ちゃんだってお父さんだってお爺ちゃんだってみんなそうだよ。うちでのあなたは凄く凄く我侭で毒舌だけど誰も嫌いになったりしないでしょ?
「・・・・・・。そか。」
ここで大抵落ち付く。
少しずつでいいよ。自分を出して行こうよ。周囲のために生きているわけじゃない。と話すと大抵は落ち付いて来る。
そこで始めて「あ、前にも話したことあったよね。」と彼女が気がつく。
だよね、と笑う。
力が抜ける。世界に色が戻って来る。
一しきり笑ったあとで
「いつもありがとう。」と言うその顔があまりにも大人びて見えるとき、とんでもなく悲しくなって来る。何故だろう。まだ中学生じゃないかって思うからかな。
自室に戻ってから思うんだ。
やっぱり思うんだ。
あの子は信用して話してくれる。いつでも本当のところを話してくれる。
それなのに、私は勝手に背負い込んでいる自分の都合を押しつけて我が娘を疑う。
それは自分が作り上げた不安に負けてしまうからだ。
その昔、この家に来た頃は、実際には自分が原因じゃないのに、今日のように疑ってかかってやつ当たりをして傷つけたことさえあった。
自分の弱さが罪もない相手を疑惑に陥れる。
弱さが相手を緊張させる。
弱さが相手を傷つける。
だから、強くなろう。タフになろうと思うんだ。無闇に力むこととも違う。そうそう。遥か昔、自分の我を通すことだけのために強くなりたいと願った日々とはまた違う。
タフになろう。
タフになりたいって思うとき。それはやっぱり、もっと愛したいって思うときだ。
台所のカウンター越しの食卓に視線を移して、その原因にはたと気がついた。
テーブルについている家族の中に一人、憂鬱そうな顔の次女がいたから。
これだ、これ。ここ数日次女の機嫌が悪いから自分もいらいらしているんだ。娘の感情がすぐに転移してしまう。悪いものも良いものもじわじわ広がって、何時の間にか自分を支配されてしまう。
次女の憂鬱の原因はわからない。ぴんと来ない場合って言うのは、大抵それは外の世界から持ち込まれた憂鬱だ。
それがわかっているのに私はいつも自分の中に原因を探してしまう。
小さな不安から始まって、『ほらほら、やっぱり駄目なんだ。』ってもう一人の自分が囁き始める。
いつもへとへとに疲れていて、学校の行事がある日に限って勤務が詰まっていて行けていないとか、はたまた自分の家庭的でないところを責め始める。
この子たちが大きくなった時、きっと言われるんだろうな。「あんたには何にもして貰わなかった。あんたは何にもしてくれなかった。」
その遠い未来。まだ起ってもいない未来の言葉を想像しては心臓がばくばく言い始める。
そして勝手に「何だよ、何もわかってないくせに。」と、これも勝手に想像上の未来の娘に腹を立て始める。一人で悲しくなって『ほらほらほら。やっぱり生んでないから。本当のお母さんじゃないから。』と囁きが大きくなって来る。
脅迫神経症は一部健在。
しかし、伊達や酔狂でこいつとも付き合って来たわけじゃない。今じゃ見付けたらすぐ退治だ。
退治と言うと、さも立ち向かって戦うと言う雰囲気があるが、とんでもない。ただ寝るだけだ。
後片付けをしたあとで即行眠った。疲れているんだよな。自分も疲れているから視野が狭くなってしまう。自分おばけの頭でっかちになってしまう。寝よ、寝よ。眠ってしまえ。
何と、目を覚ますともう夕飯の買い物に行かなければならない時間だった。休日なんてこんなもんだと一瞬虚しく思うものの、心身が軽くなっていることに気がついた。やっぱ疲れていた。
晩御飯が出来たから家族を集めると、またしても次女は寝ていたので叩き起こす。何だか無気力そうにぐうたらしていて、あいかわらず不機嫌だ。
でも、今度は私が元気なので大丈夫。
夕飯の後で、何気なく次女の部屋のドアを開けて声をかける。窪塚君の映画やってるよ。お母さんもこっちで見ていい?
「ああ、いいよ。」と言って散らかった部屋のスペースを空けてくれた。思えば部屋がこんなふうに散らかっているときってのは調子が悪い時だ。
しばらく一緒に見ていると、「お母さんはいいよね。」と言われた。
どうして?
「友達がいっぱいいるじゃん。あたしは、本当の友達がいない。」
本人は気がついていないかも知れないけど、今までに10回以上は話したテーマだった。
「好かれるんだけどさ、それはあたしが皆に合わせているからなんだよね。あたし、一人の人と長時間一緒にいられないんだ。気を使って疲れちゃうんだ。」
家では傍若無人な次女だが、外ではほとんど万人からの受けがいい。友達にも学校の先生にも好かれている。まず嫌われない。だけど、それはいつでも自分が相手に合わせているからだと言っている。
それで私は、自分の好きな話をすればいいじゃんと言う。ありのままでいれば自分も楽だし、周りもこんな人だと納得してくれるよ。
「色んな人が順番にいじめられているのを見ていると怖くてそんなこと出来ない。誰か、周り中敵になってしまっても、それでもあたしの味方でいてくれる人がいないかな?っていつも思う。」
お母さんがいるよ。お姉ちゃんだってそうだよ。お婆ちゃんだってお父さんだってお爺ちゃんだってみんなそうだよ。うちでのあなたは凄く凄く我侭で毒舌だけど誰も嫌いになったりしないでしょ?
「・・・・・・。そか。」
ここで大抵落ち付く。
少しずつでいいよ。自分を出して行こうよ。周囲のために生きているわけじゃない。と話すと大抵は落ち付いて来る。
そこで始めて「あ、前にも話したことあったよね。」と彼女が気がつく。
だよね、と笑う。
力が抜ける。世界に色が戻って来る。
一しきり笑ったあとで
「いつもありがとう。」と言うその顔があまりにも大人びて見えるとき、とんでもなく悲しくなって来る。何故だろう。まだ中学生じゃないかって思うからかな。
自室に戻ってから思うんだ。
やっぱり思うんだ。
あの子は信用して話してくれる。いつでも本当のところを話してくれる。
それなのに、私は勝手に背負い込んでいる自分の都合を押しつけて我が娘を疑う。
それは自分が作り上げた不安に負けてしまうからだ。
その昔、この家に来た頃は、実際には自分が原因じゃないのに、今日のように疑ってかかってやつ当たりをして傷つけたことさえあった。
自分の弱さが罪もない相手を疑惑に陥れる。
弱さが相手を緊張させる。
弱さが相手を傷つける。
だから、強くなろう。タフになろうと思うんだ。無闇に力むこととも違う。そうそう。遥か昔、自分の我を通すことだけのために強くなりたいと願った日々とはまた違う。
タフになろう。
タフになりたいって思うとき。それはやっぱり、もっと愛したいって思うときだ。