とある休日の昼御飯の支度をしている時、なーんでこんなに憂鬱なんだろう?と考えた。



台所のカウンター越しの食卓に視線を移して、その原因にはたと気がついた。



テーブルについている家族の中に一人、憂鬱そうな顔の次女がいたから。



これだ、これ。ここ数日次女の機嫌が悪いから自分もいらいらしているんだ。娘の感情がすぐに転移してしまう。悪いものも良いものもじわじわ広がって、何時の間にか自分を支配されてしまう。



次女の憂鬱の原因はわからない。ぴんと来ない場合って言うのは、大抵それは外の世界から持ち込まれた憂鬱だ。



それがわかっているのに私はいつも自分の中に原因を探してしまう。



小さな不安から始まって、『ほらほら、やっぱり駄目なんだ。』ってもう一人の自分が囁き始める。



いつもへとへとに疲れていて、学校の行事がある日に限って勤務が詰まっていて行けていないとか、はたまた自分の家庭的でないところを責め始める。



この子たちが大きくなった時、きっと言われるんだろうな。「あんたには何にもして貰わなかった。あんたは何にもしてくれなかった。」



その遠い未来。まだ起ってもいない未来の言葉を想像しては心臓がばくばく言い始める。



そして勝手に「何だよ、何もわかってないくせに。」と、これも勝手に想像上の未来の娘に腹を立て始める。一人で悲しくなって『ほらほらほら。やっぱり生んでないから。本当のお母さんじゃないから。』と囁きが大きくなって来る。



脅迫神経症は一部健在。



しかし、伊達や酔狂でこいつとも付き合って来たわけじゃない。今じゃ見付けたらすぐ退治だ。



退治と言うと、さも立ち向かって戦うと言う雰囲気があるが、とんでもない。ただ寝るだけだ。



後片付けをしたあとで即行眠った。疲れているんだよな。自分も疲れているから視野が狭くなってしまう。自分おばけの頭でっかちになってしまう。寝よ、寝よ。眠ってしまえ。



何と、目を覚ますともう夕飯の買い物に行かなければならない時間だった。休日なんてこんなもんだと一瞬虚しく思うものの、心身が軽くなっていることに気がついた。やっぱ疲れていた。



晩御飯が出来たから家族を集めると、またしても次女は寝ていたので叩き起こす。何だか無気力そうにぐうたらしていて、あいかわらず不機嫌だ。



でも、今度は私が元気なので大丈夫。



夕飯の後で、何気なく次女の部屋のドアを開けて声をかける。窪塚君の映画やってるよ。お母さんもこっちで見ていい?



「ああ、いいよ。」と言って散らかった部屋のスペースを空けてくれた。思えば部屋がこんなふうに散らかっているときってのは調子が悪い時だ。



しばらく一緒に見ていると、「お母さんはいいよね。」と言われた。



どうして?



「友達がいっぱいいるじゃん。あたしは、本当の友達がいない。」



本人は気がついていないかも知れないけど、今までに10回以上は話したテーマだった。



「好かれるんだけどさ、それはあたしが皆に合わせているからなんだよね。あたし、一人の人と長時間一緒にいられないんだ。気を使って疲れちゃうんだ。」



家では傍若無人な次女だが、外ではほとんど万人からの受けがいい。友達にも学校の先生にも好かれている。まず嫌われない。だけど、それはいつでも自分が相手に合わせているからだと言っている。



それで私は、自分の好きな話をすればいいじゃんと言う。ありのままでいれば自分も楽だし、周りもこんな人だと納得してくれるよ。



「色んな人が順番にいじめられているのを見ていると怖くてそんなこと出来ない。誰か、周り中敵になってしまっても、それでもあたしの味方でいてくれる人がいないかな?っていつも思う。」



お母さんがいるよ。お姉ちゃんだってそうだよ。お婆ちゃんだってお父さんだってお爺ちゃんだってみんなそうだよ。うちでのあなたは凄く凄く我侭で毒舌だけど誰も嫌いになったりしないでしょ?



「・・・・・・。そか。」



ここで大抵落ち付く。



少しずつでいいよ。自分を出して行こうよ。周囲のために生きているわけじゃない。と話すと大抵は落ち付いて来る。



そこで始めて「あ、前にも話したことあったよね。」と彼女が気がつく。



だよね、と笑う。



力が抜ける。世界に色が戻って来る。



一しきり笑ったあとで



「いつもありがとう。」と言うその顔があまりにも大人びて見えるとき、とんでもなく悲しくなって来る。何故だろう。まだ中学生じゃないかって思うからかな。





自室に戻ってから思うんだ。



やっぱり思うんだ。



あの子は信用して話してくれる。いつでも本当のところを話してくれる。



それなのに、私は勝手に背負い込んでいる自分の都合を押しつけて我が娘を疑う。



それは自分が作り上げた不安に負けてしまうからだ。



その昔、この家に来た頃は、実際には自分が原因じゃないのに、今日のように疑ってかかってやつ当たりをして傷つけたことさえあった。



自分の弱さが罪もない相手を疑惑に陥れる。



弱さが相手を緊張させる。



弱さが相手を傷つける。



だから、強くなろう。タフになろうと思うんだ。無闇に力むこととも違う。そうそう。遥か昔、自分の我を通すことだけのために強くなりたいと願った日々とはまた違う。



タフになろう。



タフになりたいって思うとき。それはやっぱり、もっと愛したいって思うときだ。
結婚して大分経ってからだった。



夫の姉が言う。



「かおるちゃん、後妻になって大変でしょ?おまけに姑たちと同居じゃねえ。何か悩みがあったら何でも言ってね。」と心底同情しきったような顔で言う。



は?五歳?私、もうすぐ30代ですが?と当時の私は本気でボケた。義姉も本気でずっこけた。



が、すぐさま立ち直って、どうしてもシリアスモードに持って行きたがる義姉。

「あの娘たちも年頃で色々と難しいでしょう?」



え?何が難しいんですか?うまく行ってますよ。



「特にお姉ちゃんは部屋に閉じこもって出て来ないけど、やっぱり思春期なのかねえ。難しいねえ。いつもああなの?」



いえいえ。あなたがこうして休日の度に子供連れて押し寄せるから部屋に引っ込んでいるんです。私もほんとは篭りたいです。とは、さすがに言えなかったが。



義姉は、弟である夫がかわいくてしょうがない。そして、幼い頃に実母を失ったその娘姉妹に関しては一際かわいい。私がこの家に入るまでの日々、不憫でしょうがないと思って、自分の子供以上に可愛がって来たようだ。



涙が出るほど優しい義姉ではあるのだが、当時の私には脅威以外の何でもなかった。



第一、盆暮れ正月はもちろんのこと、しょっちゅう家にやって来る。自分たち夫婦が商売している店が休日になる度に、うちの娘と同じ年頃の二人の子供を連れてやって来る。従兄弟が来て楽しいのはいいんだが、家は毎回ひっ散らかる。子供たちの叫び声が響き渡っている。



夜勤明けでやっとこさ家に帰って来た私は「ひー、また来てる!」と玄関で真っ二つに膝が折れると言う事が何度もあった。



初めは「心配だから。」という名目で押し寄せていたのだが、そのうち「店が休みだと暇だから。」とか「親子でごろごろしててもつまんないから。旦那はゴルフばかりしてかまってくれないし。」と本音を言うようになった。



自分が暇だからって理由で来られてもこっちは暇じゃないのよ、止めて下さいよと喉元まで出かかってもニコニコ接待していた。仲良く、仲良く、仲良くね・・・。はあ、はあ、ぜいぜい・・。



しかし、最も我慢ならなかったのは、彼女の”口出し”である。

「後妻」と言う言葉を無神経に使うのもぴくぴく来たが、何と長女に向かって「ママ母にいじめられたりしてない?もし、そんなことがあったらおばちゃんちの子になりなさいね!」と言い、山ほどモノを買い与える。



長女は「おばちゃん、最近、変。」と言って部屋に引っ込んでしまったのだが、それを見て「反抗期なのねえ。難しいでしょう?かおるさん?」と言う。いやいや、あんたが難しいんだってば。

この時わかった。概ね大人と言うのは、自分の型にはまらない子供を思春期だとか反抗期だとか難しいって言葉の枠にあてはめるのだと。



玄関でも叫ぶ義姉。「あら、かおるさん!高そうな靴!」

いえ、高くないですよ、これはどこそこでいくらいくらでしたって何でいい訳しなきゃならんのっ。



「ちょっと、ちょっと、かおるちゃんの同僚って、当然、皆看護婦さんでしょ?うちでアルバイトしているK君に紹介してくれない?いいでしょ?一人くらい。だって、K君、30歳なのにまだ独身なのよ!」



・・・・・・・・・・・。一人くらいって何やねん。何でうちの同僚をあてがわなきゃならんの。第一、そのK君だって、ずっと独身でいたいかも知れないじゃん。訊いたのか?頼まれたのか?多分どっちでもないだろう。



とにかく、こうした調子でうるさい。



おまけにこの義姉のお子さんたちがひどい悪戯魔で困った困った。一度この義姉の家に泊まりに行っている我が子を迎えに行ったら、物凄く汚かった。うちもいつも汚いが、あれは半端じゃなかった。よくTVでやっている「ゴミを捨てられない女たち」の特集に出て来る部屋そのものだった。



ああ、商売やっていて忙しいからなあ・・・と必死で仲良くしようモードが働く私。

ああ・・優しい人だからうちの娘たちや夫のことが心配なんだよねえ、見るからに悪妻である私がやって来たからねえ・・・と、ますます頑張る仲良くしようモード。



が、このモード、そろそろ煙が出て来た。オーバーヒート寸前だった。



そんな時、またしてもこの一家がやって来たので「今日は全員外食です!」と叫んだ。近くのレストランに行こう!皆あたしの奢りです!



「ええ?やだ。あたしが作るわよ、かおるちゃん。」



いやいやいや、もううるさくて叶わんのです。12人分の支度と後片付けも夜勤明けの私には無理なんです。外に食べに行きましょう!さあっ!と目が据わっていた。この頃煙は黒色だったような。



店に着くと、子供たちが食べている傍らで、ワインを飲みましょう!と言ってデカンタを注文した。



「よし!じゃあ飲むわよ!」と義姉は今までで一番楽しそうだった。



よし、いい感じだ。飲め、飲め。私も飲むぞ。



そして酔っ払った。上機嫌な義姉。いつにも増して舌が回っている。あれだけのことを普段から言っておいて、まだ言い足りないらしい。



私は夫に子供達を連れて帰るように頼んでお義姉さんとサシで飲むことにした。



やがて、べろんべろんに酔った彼女は「心配だ、あの子たちが心配だ。ママ母は喫煙するし酒も飲むし、厚化粧で派手だし、心配だーー!」と繰り返していたが、私は「うまく行ってるっちゅーねん!いったい何が心配なんじゃ!おせっかい婆!」と食って掛かった。



人の家庭の心配する前に自分ちを綺麗にせいっ!自分の子どものしつけから優先せいっ!と怒鳴ると「わーん、やっぱり本性が出た。この女が母親だなんて、そんなの無理!」と。



誰がこの女じゃ、何が無理なんじゃ。あんたの範疇に当てはまらないからって人を悪妻呼ばわりするな!とこれも怒鳴りつつワインをお酌した。



やっと互いに好きなことを言い合ったわけである。



私も精一杯言いたいことを言えて、やっとこそさ、この義姉がやっぱり心根が優しいということを心底感じることが出来たのである。今度は無理な装置を使ってないので煙が出ることもなかった。



それで、「お義姉さん?大丈夫ですから、安心して下さい。いいですね?大丈夫ですから、自分の娘のことくらい私に任せて下さい。わかったか?聞いてんのか?任せろよ。あんたは自分のことを頑張ればいいから!わかったか!えー、こら!」と繰り返し言った。もうほとんど悪魔払いの心境で呪文のように何度も義姉の耳元でつぶやいた数時間。どっちが悪魔だったんだか。ワインも飲む飲む。



その後、私たちは帰宅し、私はおもちゃの散らかった家を片付けて寝たのだが、義姉は玄関をくぐった途端倒れた。「ママーーっ!どうしたのーー!?ママーーっ!」と彼女の子供たちが揺り動かしても動けなかった。



その時のワインが、鶏の形をした陶器のデカンタに入って出されていたのだが、私たちが飲み干した鶏デカンタは分かっているだけで20本。店の人もしまいにはあきれて下げなくなったのでテーブルの上に20羽の鶏が整列していたわけである。素晴らしく異様な光景のテーブルだったと思う。



「ママー!」と子供が叫ぶ度に義姉はぶつぶつと呟いていた。



「鶏はいい。鶏はもういらない。助けて。また嫁が鶏を注文した。鶏が来る、鶏がまた来る。・・・。鶏が・・・。」と一晩中うなされていた。



熱が出るほどの二日酔いで向こう三日ばかし商売にならなかったと聞いた。



「鶏と嫁は恐ろしい。ただもんじゃない。」と自分の旦那に言って「おまえ何を言ってるんだ?」と本気で心配されたらしい。



でも、私はお義姉さんと同じ量の酒飲んでも、ほら、あの通り、きちんと家を片付けて寝ましたから。これからは安心してお任せ下さい。わかりましたね?



義姉は「よくわかりました。でも、かおるちゃん、お酒強いんだねえ。」と言うので、「いいえ。同僚たちの中では、私が一番弱いんですよ。」と言うと、



「K君の紹介の件もなかったことにして下さい。」と慌てふためいて言っておられた。



私は深々と頷いた。



御意。



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盆暮れ正月ともなると、全国のお嫁さんたちから嘆きのメールが来る、来る、来る。それで思い出したので、こんな話を。



これは悪い例で何の参考にもならんのですけど、私、やっとこさ思ったことがある。



酒など入らなくても、とにかくありのままで言いたいことを言ってお付き合いするのが一番ですな。ねえ、お義姉さん!



と言うと、今では逃げられてしまう。
オペ続きの朝。



疲れも取れぬまま出勤しようとしていると、鳴り響く電話は不穏な響き。



数日前には楽しくやり取り出来た相手。それは母。



なのにその日の着信のメロディーが鳴るだけで。



そう、ただ鳴るだけで、相手の不穏さを感じてしまう。



そんなマイナスのエネルギーを送って来る相手。それも母。



またしてもお金の無心。



「今回の借金を返したら今度こそ楽になれるんだ。お願いだから助けてよ。来月か再来月には返せるからさ。」



あほ!何言ってんだ!と切れない時点でその時の私はやばいんだ。気がついているんだけど、ついつい耳を傾けてしまう。そう、これがやばい状態の私だ。



「夫には言えないんだよ。明日までに振り込んでね。頼むよ。」



無い。そういう金は一銭も無い。私には私の生活がある。



「無いの?じゃあ、旦那に相談して見てよ。」



おかしいだろ、そりゃ。

何言ってるのか分かってるのか?自分は自分の夫に言えないのに何で私の夫を巻き込もうとする?



「じゃあ、どっか金融から借りて来てよ!」



がっくし。



自分の借金をチャラにするために娘に借金しろってか。本気で言ってんの?本気なんだよなあ、これが。



今更私も何をビックリしてんの。昔からこうだったじゃんか。何がっかりしてんの?

憐れな声を出されて悲しくなって、懇願された末に保証人になった過去は、まだ学生で収入もろくになかった頃だった。



今なら当然と言えば当然だけど、やはり母は返済しなかった。

何百万にも膨れ上がってこちらに回って来たのが現実で。



それから頑張って頑張って頑張って返して返して返しまくり。



お母さん、あんたはいいやつだ。ただちょっと運が悪かっただけ。大好きだよ。だから、だから、今度こそ幸せになってくれと返して。長い月日をかけて返して。



やっと立ち直った。うん、そう。私だけがね。



そして、向こうはあの年齢になってもまだこうして同じことをしている。何も変わっちゃいない。これが現実だ。



こういうことを今更くどくど考える日の私はやばいのだ。



何故なら、こういう日は完全に向こうのゲームに乗っかっているのだから。



遠いあの日々の”振り回されるしか能の無い、自己満足の優しさを振り翳す私”に逆戻りしているのだから。



そんなことしてたって何にも変わりはしないのだ。本人も状況も。





そんな一日で始まって、やっと仕事が終わった帰り道では「調子が悪いから来てくれ。」と友からの電話。



「眩暈がする。吐き気がする。死にたい。」



慌てて行く。



「私が調子が悪いのに夫が仕事に行ってしまった。私が調子が悪いのに離婚するとかまだほざいてる。」



離婚の話を嫌がる夫に執拗に切り出したのは彼女の方なのだが、相手が承諾すると途端に拒んでいる。これも調子が悪いせいだろうと納得することにしたが。



ただ、テーブルの上の薬のシートが全然減っていない。



先週同じ状況で連絡が来て一緒に病院に行って帰って来て・・・。それからその後カウンセリングにも付き合って。



あの日もどっぷり疲れた仕事帰りだった。



だが、薬は飲んでいない。カウンセリングでのアドバイスも実行していない。そして先週と同じことを言っている。



てな状況を一つ一つ頭の中で反芻する私もやばいのだ。



ほんとに今日はやばい。



気にしないようにしても気にしてしまう。もう分かっていることだから気にしなければいいのに、気になって気になって仕方がなくなって確かめてしまう。わざと落っこちたいのか。まったく。



そしてとうとう、”もしかして、治りたくない?”と素朴な疑問をぼそりと訊いてしまった。



彼女はしばらくきょとんとして「そうかも知れない。」と言った。



やっぱり。



やばい、やばい。がっかりしている。私はがっかりしている。



確かに治って現実を見つめることは怖いかも知れない。



だから治りたくないという気持ちもわかる。ああ、わかるさ、そりゃ。



だけども、治りたくないんだったら、「何かアドバイス頂戴。助けて。」って言うのは、それまたゲームだろう。



病院のからの処方もカウンセリングの療法も無視していたが、私のアドバイスも「治るため」って主旨でのことはぜーーんぶ無視されていた。



ただ自分の都合の良いところだけをはしょって覚えているだけだった。そして、ほんとに自分の好きなことだけを喋り捲っていた。



「どうにかして。何かアドバイス頂戴。」とそれでもまた同じことを言う顔を、呆然と見つめる自分の顔が、どっか違う場所から自分に見えるようだった。ああ、まぬけな顔してビックリしているんだろうなあー、笑えるよなーって。



テーブルの上。白い錠剤のシート。



前にもこんなことがあった。そのずっと前にもあったな。私もまた同じことを繰り返している。何にも変わっちゃいない。



治りたくも無いのなら、どうせ斬り捨てる言葉なのだとしたら、求めないで欲しい。



何も変わっちゃいない。ゲームに乗っかっているだけじゃ、何も変わらない。しかけて来る方も乗っかる方も変わらない。10年もこれやって。



今日はどうもいかん。私が。

だから、帰る。帰るのが今日としては一番の得策だと席を立つ目に飛び込んだ。またしても白い手つかずのシート。



その銀色の鈍い輝きが、今日、私につき付けられた現実だった。



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一杯やりながら思った。



弱っている時、疲れている時ってのはやっぱりゲームに乗っかりやすい。それでは、かえって相手に悪い結果を招いてしまう。



そもそも、相手を変えようなんて微塵でも思った時点で駄目なのだ。



母は母でいいじゃないか。それなりに幸せに暮らして行けば。



友は友でいいじゃないか。受け入れたくないことがあってもそれでいいじゃないか。



私はあきっぽい性質も手伝って、前に進まずにはいられなく、出来ることならより良くなりたいと思う。本気で、どんどん幸せになろうと思う。



だけど、世の中にはそうでない人もいるのだ。本気で良くなりたいのなら、「こうしようよ、ああ、しようよ。いつまでもそれやっているとこれこれしかじかな状態になるよ。」てなことを真剣に受けとめる。



だけど、本人も気づかないレベルでずっとゲームだけを選び取っている人もいるのだろう。それもまたありなんだろう。



そこまで考えたとき、初めて現状とか相手のことをありのままに受け入れられるような気がした。



ただ、その前に自分がこのことに怒っているという現状を受け入れるべきだとも思う。怒っている。がっかりしている。ありのままに。



私は怒りも悲しみも笑いも抑えない。全部あって然るべき。ありのままに。
長女 高校二年生。



次女 中学三年生。



終わり無き道。



まだまだ続く。



でも、ここまで来るには色んな事があって、それは、ずいぶん長い道のりだった。



そんな事を思ったのは、昨日が母の日だったから。



長女が焼く甘いケーキの匂いがする。



彼女は私に白い花の鉢植えをくれた。それは、どこまでもどこまでも透き通るような白い花で、どこか儚げだ。



名前は知らない。名前や肩書きなんて重要じゃないと彼女は言った。



「そんな事より、これ、花屋さんを通る度に見つめていたんだ。葉っぱだけ見ると、まるでサボテンとかアロエみたいで、まさかこんなにかわいい花が咲くなんて思いもしなかったんだ。」



咲き誇る白い小さな花々は、まだまだ沢山の蕾をつけていて、これからも咲き続けそうな気配だった。







次女は何故だか、ちょっとふてくされていて、それは、母の日に何をあげたらいいか考えに考えて、とうとう決めかねたまま今日になったからだと言う。笑えた。何にもいらないよ、ありがとうと告げる。



でも、夜更けになって、手紙を1通持って来た。



「はいっ。」と手渡すと、耳まで赤くなって急いで自分の部屋に帰って行った。



お母さんへ



今日は5月11日の母の日だよぉ(はあと)



お母さんにあげられるものが見つからなかったけど、あたしの書いた詩を送ります。



今のあたしの事を知って貰いたくて。



あたし、お母さん、大好きで。



いつも脳天気で馬鹿みたいな事ばかり言って笑顔の君。人の話聞いてんのかって、私は毎日怒鳴らなければならなかった。



でも、今日は実感した。前から分かっていた事だけど、今日はますます実感した。



私なんかよりも、君たちの方がずっと頑張って来たって事を。



それを思うと壊れた。



壊れて涙が止まらなくなったので、鍵をかけて、いつまでも泣いていた。



だけど、それは暖かい涙で。



その温度のある涙は、自分が幼い頃には、ずっと知り得なかった事を実感させてくれた。



私は一人ぼっちじゃない。
神父様が私に「一日も早く、お二人の本当のお子さんを産んで下さい。」と言うのを聞いていた娘たちは、幼心にもノイローゼ気味になった。



その頃の幼子たちは、自分たちのことを、前の母親に捨てられた不要な存在だと誤解していたのだ。



必死だった。



いつも自分たちは価値の無い子供だという思い込みに怯えていた。



「お母さん!お願い!本当の赤ちゃんを産まないで!でないと、私たち、ますます嘘の子供になっちゃう!」



ショックだった。



「嘘の子供」という我が子の言葉にショックを受けた。



あなた達は嘘の子供なんかじゃない!と私は必死で訴えた。抱きしめた。お母さんの本当の子供だよ、と。その思いは今でも変らない。



世の人々は良く「子供が欲しい。」と言う。ある時は「子供が邪魔だ。」と言う人もいる。



また育児がひとしきりつくと、「子供がいると自分の人生が豊かになるから、子供を産みなさい。」と人に言う。



私はずっとそれに違和感を感じていた。



子供は「欲しい」とか「いらない」とか言っていいモノじゃない。モノじゃないんだよ。



子供は自分の人生を豊かにするツールなんかじゃない。道具じゃないんだよ。



他人様に向かって軽軽しく「産んだら良かったから、おまえも産めよ。」と言うものじゃないんだよ。



命を授かって産まれて来た命で、一つの人格なんだよ。



だからこそ、「本当の子供」などという言葉に深く傷つく心を持っている。叩かれれば痛いし、酷いことを言われると悲しい。



私は、周りで度々心無い一言を言っては娘たちを傷つける大人たちを恨めしく思った。言う人は、本当にそんなつもりはないのだけど、その人たちの「自分は正しい」と信じて疑わない態度と心の鈍感さに腹が立った。



習慣とか慣わしとか、風潮と言う名の元に、娘たちの心を傷つける言葉を吐く大人たちを恨めしく思った。



そして、「子供が欲しい」などと言う言葉を超えて、こう思っていた。



あなた達を 産みたかった。

片腕に乗せて沐浴してあげるくらいちっちゃな頃から一緒にいたかった。

初めっから一緒にやりたかった。

どんだけ苦しんだら、どんだけ痛い思いをしたら

産むことの痛みに釣り合いますか?

他の誰でもない。

目の前にいるあなた達を産みたかった。



そしたら、心ない大人の一言でこんなに心を切られることもなかったんじゃないか。



そう思った。



私は神父さまが何と言っても、本物の神が現れて何と言っても、誰を敵にまわしてでも、この子たちを守ろうと決心した。



一度決意を固めてしまった女と言うものは、相手が神だろうがサタンだろうが怖くないもので、それからと言うもの、誰が何と言っても、堂々としていられるようになった。



私が強くなれたら娘たちのノイローゼも治った。





そう言えば、先日、送別会でS先生が歌っていたSMAPの「世界に一つだけの花」と言う曲。



この曲、発売当時、娘が「買って来てくれー!買って来てくれー!早く買って来てくれー!」と毎日うるさかった。どこ行っても売り切れだったので探すのに苦労したが、内心”うるさいなー、たかがCD一枚で。もう!”と思っていたのだ。



ところが、S先生がカラオケで歌っているその画面を観ていて初めて知った。



はっはあ~、こんなにいい歌だったのか。



多分、私だけが知らなかったであろう、歌詞。↓



花屋の店先に並んだ

いろんな花を見ていた

ひとそれぞれ好みはあるけど

どれもみんなきれいだね

この中で誰が一番だなんて

争うこともしないで

バケツの中誇らしげに

しゃんと胸を張っている



それなのに僕ら人間は

どうしてこうも比べたがる?

一人一人違うのにその中で

一番になりたがる?



そうさ 僕らは

世界に一つだけの花

一人一人違う種を持つ

その花を咲かせることだけに

一生懸命になればいい



小さい花や大きな花

一つとして同じものはないから

NO.1にならなくてもいい

もともと特別なOnly one




うーん、あれって、いい歌だねえーと娘たちに言うと、もちろん「今ごろかいっ?!」と怒られたが、



「そうそう、お母さんがちっちゃい頃から言ってくれてたことに似てる。」と言われた。覚えているもんなんだね。



みんながみんなオンリーワンで世界に一つだけの花。



人それぞれいいんだ。



自分の目標という太陽に向かってこそ伸びる花だから、



横の花にあれこれ言っていると捻じ曲がるかも。
人が疲れて帰って来たというのに、深夜まで私の部屋に集合してわーわー喋くるうちの娘たちを何とかして下さい。眠いんです。



娘たちはかわいいです。しかし、最近オペの件数が多くて毎日ぐったり。飲みに行く元気もない。(←別に飲みに行かんでも。)頼むから一人でぼ~っとさせてくれ。何と悪い親でしょうか。



******************************



最近、高2の長女は、ことあるごとに「趣」という言葉を使う。多分覚えたてなのだろう。



「マミーって趣があるね!」



何じゃ、それは。趣があるってどういうことだよ。昨日から趣、趣言いやがって。趣なんて無くていいから私を寝かせてくれ!



その時、TVから「鎌倉はそんな趣のある町です。」などと言う言葉が聞こえたのでさあ大変。



「鎌倉は趣があるんだって!マミー、鎌倉に連れて行ってくれ!」



いつ?



「明日!今日はもう遅いからね!」



ひーー、明日はほんとに久しぶりの休みなのにーー。びえーん!



「休みだってーーーっ!やったーー!」と叫び姉妹。かくして皆で鎌倉に行くことになった日曜日だった。遠いっちゅうねん。たまの休みくらい家でぐうたらしていたいっちゅうねん。





行きの電車の中で姉妹はその辺の大人たちより良いガタイをしているというのに「趣♪趣♪」と歌ってはしゃいでいる。馬鹿そうだから止めなさい。



ある時ふと次女が静かになって、何を言うのかと思ったら、「お母さん、一番好きな人とは結婚出来ないって言うけどほんと?」と不安げに私の顔を覗き込む。そう言えば良くそう言うね。



誰が言ったのそんなこと?誰が決めたのそんなこと?付き合って見ないとわかんないじゃん。生きてみないとわかんないじゃん。



「そうか。何も迷信(?)に従うことは無いんだな。」とほっとした表情になる。恋をしているのね・・・。





再び電車の揺れに身を任せてぎゃーぎゃー騒いだり爆笑しているうちに鎌倉が近づいて来た。



その時、私たちの近くにいたカップルの会話が聞こえて来た。「鎌倉に行った二人は、別れる運命にあるって言うよね。私、別れたくないわ。」うーん、これも良く聞く話だわ。



前を向き直ると、真っ青になった姉妹の顔があった。あららら、聞こえたのね、君たちにも。



「ど、どどどどどうしよう?私たち、別れちゃう。離ればなれになっちゃう。」と二人でしがみついて来る。すっかり単細胞に育ててしまったようだ。困った。そっくりだ。(汗)



そうとは限らないってばと、がっくしため息が出た。



「じゃあ、お母さんは鎌倉に一緒に行った人と別れなかった?」



そんなこと言われて見て、しみじみ回想した。



うーん、かつて、友達や恋人とかいろんな人と鎌倉には行ったけど、別れた人もいれば別れなかった人もいる。両方いるね。



でも、それは鎌倉のせいじゃない。



「鎌倉のせいじゃない?」



うん。世の中、何かのせいってことはほとんどない。お母さん的には全く無いと思うことにしてる。



「そうだよね。運命も皆自分で作るんだよね。じゃあ、好きな人と好きなところにいっぱい行っていいんだね?」とまた盛りあがっていたようだ。あー、単純でおおいに結構。





そんな話しをしているうちに満開の桜が揺れる鎌倉についた。



私たちはその日、趣のある鎌倉でお参りしたり散歩したりして過ごした。一緒においしいものをいっぱい食べた。一緒にいっぱい笑った。



長女は、いろんな場所を散策してはいろんな景色を眺め、いろんな物に触れて、趣という言葉の実態を体感して、大切に心にしまっていたようだ。彼女の心の一ページに。降り注ぐ桜の花びらと一緒に。
そう言えば、結婚式の日に、神父様が私たちの前に立ち、色んな愛の話しをしていた。



「愛とは・・・・、何たらかんたら。そして、愛とは・・・、何たら、かんたら・・・・。ですから、病める時も健やかなる時も・・・、ああ~、何たらかんたら・・・。」



今思えば、あれだけ真剣に耳を傾けていたのに、何故あの神父様の言葉を覚えていないのだろう?いいや、覚えていないと言うよりも、聞いている最中、既に、さっぱり意味がわからなかった。聞いている傍から右から左に抜けて行った。



これは、何も結婚式とか緊張した儀式の最中に限らず、日常でもよく起こる。



例えば、事務長が「患者を見たらお金だと思え!とにかく病院の利益をあげろ!」と腹の中で思っているし、酒の席で言ったりしているのに、公の場のスピーチでは「皆さんには笑顔と思いやりを持った素晴らしい看護婦さんになっていただきたい。天使でいていただきたい。患者さんに暖かい思いやりを!」などとほざく時。



例えば、自分は連休ばかり取っている総婦長が「皆さんの苦労は良くわかるわ。でも、人員不足を笑顔で乗り越えて欲しいの。」とか、ぶっこいている時。



どんなに力を入れて長く喋っても右から左に抜けて行く。



言葉が意味を失ってサウンド化して行く。しかも、騒音という種類のサウンドに。



自分自身が意味がわかっていない言葉を語っている人、心の入っていない言葉をどこからか借りて来て喋っている人の話しを聞いていると、どーも空空しくて。(だから多くの政治家の話しも胸に響かなかったりする。)





話しは戻るけど、その神父様が最後に言った。



「そんなわけで、一日も早く、お二人の本当のお子さんが出来ることをお祈りします。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



はっ?!





私も、そして、まだ幼かった娘たちもびっくりした。



確かに生んでないさあ・・・。



でも、嘘の子供、嘘の親子って言われているようで、かなり気分が悪かった。



式が終わってから、思わず言ったのだ。



これ、これ、神父さん。あれはちょっと失礼じゃないですか?





「しっつれえーーって、なんですくわぁぁぁ?」 ← 外人の神父さんだった。



・・・・・・・・。← 再び絶句。& 冷や汗。





礼儀を失っていると書いて、失礼ですっ!





「あーー、なるほど。でも、私の国の教えでは、一度結ばれた夫婦は離婚してはならないし・・・・、自分の子供を捨ててはならないし・・・、何たらかんたら~・・・、ああ、何たらかんたら・・・・。ですから、それは神への冒涜です。」



あ?何?



また途中で意味がわからなかった。何が神への冒涜だって?何か知らんけど、意味のわからんこと言うな。文句があるなら神様つれて来い!



前の母親だって何も好き好んで子供を置いて行ったわけじゃないだろうし、離婚だって初めからしたくてしたわけじゃないだろうし、私だって、ちょっと前までは、まさかこんなところでウエディングドレス着ているとは思わなかったし、とにかく、自分の気持ちに正直に自分の人生を生きていると予測不可能なことだって起こるのだ。



よって、別にあなたに良し悪しの審判を欲しがっているわけじゃない。



一つの場所から去る人間、訪れる人間、愛し合う人間、醒める人間、皆それぞれが真実なんだ。まして子供の存在自体に嘘とかほんととか言うな!



しかし、神父様は、自分は神の代わりに遣わされたものだから、自分に逆らうと罰が当たると言うようなことを言っていた。



これも、途中で「何たら、かんたらーー」に変ってしまい、把握するまで時間がかかった。



神父様と言い合いになる花嫁というのも前代未聞だったろうと、思い出す度に恥ずかしい。しかし、黙ってはいられなかった。



今思えば、あの話しを鵜呑みにすると、神様ってのは個人の事情をまったく無視する物凄い独裁者だなと思う。



ごく一般的なホテルのチャペルだったので、そこでもめる私の方がおかしいんだろうけど、あれを我慢しろと言われるならおかしくていいやと思える事件だった。



あれは何の神様だったんじゃろ?



まあ、いいんですけど。
「お母さんになってくれる?」



かつて、そんなふうに恐る恐る尋ねた娘たちも、やがて小学校高学年まで成長した。



長女は快活で明るくて、何をやらせても器用。しかも、成績優秀でスポーツ万能。誰にでも好かれる女の子だった。



おそらく、誰が見てもそう見えた。



でも、私だけが知っていた。それが長女の全貌じゃないことを。



長女は、大人がいるところでは妹に優しいが、二人きりになると、妹をぼこぼこに殴った。私に抱き付いて来ながら、ちらりと妹を見る目が「ふふん!」と意地悪そうに笑っていたりする。そんな瞬間を私だけが見つけてしまう。



しかも、その何とも言い難い暗い目つきは、時々私にも向けられた。



例えば、玄関で、夫が「ただいま!」と言って軽く私を抱きしめる瞬間、ドアの隙間から恐ろしく憎悪に燃えた視線をぶつけられた時には心底ぞ~っとしてしまった。



しかも、その後、自分の部屋に行くと、引き出しという引きだしが全部開けっぱなしになっていて、夫と私の写真がびりびりに破られて私のデスクの上にあった。



「ねえねえ?お母さん?さっき、妹がお母さんの部屋に入って行ったよ。」とわざわざ後から付け加えるところなどは、まだまだ子供に思えるのだが、その行いは充分に私を震撼させた。



そんなふうに思っちゃいけないと思いつつも、心にポツンと落ちた小さな染みが日々大きくなって行った。



ある日、長女が学校の話しをするのを聞いていても、表現し難い感情に襲われた。



「あたしね、N君って言う好きな男の子がいるんだけど、Hちゃんも、N君のことを好きなわけ。つまり、Hちゃんとあたしはライバルなんだけど、勝負がもう決まっているの。かわいそうなHちゃん。」



どうして決まっているの?



「だって、あたしは皆に好かれているもん。人気のないHがN君のことを好きになってもしょうがないのにねえ。そうだ、おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんも、妹よりあたしのことが好きみたい。お母さんはどうなの?」と睨み付ける。



おそらく長女は私以外の人間にはこんな話しはしなかっただろう。家族にもクラスメイトにも、決してそんな考えを明かさない。



私は娘たちが怖かった。嫌われるのが怖くて、何も言えない立場だった。その頬を打てば、明日はないと思っていたから。長女はそんな私のびくびくぶりまでお見通しだった。



夫が私の料理が美味しいと言えば、急にかたんっ!と箸を置いて、子供らしく無邪気な声を出してみたりする。



「あたし、おばあちゃんの作ったものが食べたいな。」



まるで悪魔のようだと感じていた。私にだけ正体を明かす悪魔のようだと。





そんな長女の部屋に見なれない雑貨やヘアスタイリング剤などが増えて行った。



小学生の娘にそんなに小遣いは渡していなかった。不審に思っていると、ある日、私の財布から現金を抜いているのを発見した。その時の気持ちと言ったら最低だった。叱っても巧みに言い訳をする。



言い訳をして自分の部屋に逃げた長女の後を追いかけて行って、とうとうその頬を打ってしまった時、気がついた。部屋の灯りに照らされた彼女を見て初めて気がついた。



彼女が私と同じヘアスタイルをしていて、私の口紅を塗っていることを。いぶかしげに見ていた雑貨やスタイリング剤やコロンも、皆私がかつて愛用していたものだということを。



おまえ・・・。お母さんの真似をしているの?と静かに訊いたら、長女は火がついたように泣き出した。



「お母さんになりたかったの!お父さんは仕事が忙しくて私を抱っこしてくれることは無かったの。たまに会ってもあたしより小さい妹を膝の上に乗せていたの。なのに、お母さんは大人なのに、お父さんに抱きしめて貰えるでしょ?!ずるいよ!そんなの!だから、あたしは、お母さんになりたかったの。結婚してお母さんが家にいれば、お父さんはもっと沢山家に帰って来てくれると思って、お母さんをこの家に呼んだの!それなのに、お父さんはお母さんばかり見てるの!」



そうか。あなたが私にお母さんになってくれって言ったのは、そんな理由だったのね。



長女は、勉強やスポーツで優秀な成績をおさめたら、父親に誉められるということを覚えた。自分に注目して貰うために必死で頑張って来た。



「ずっと前から、思っていたの。お父さん、前のお母さんみたいにあたしを捨てて行くんじゃないか?って。あたし、お父さんが大好きで、捨てられたくない。怖い。あんたなんかにこんなこと言ってもわかんないけど!」



こんなに取り乱した長女を初めて見た。いつでも、その場の空気を読んでその場にふさわしい表情を外に見せていた長女の。



私は、わかるよ と言った。



ちっちゃい時にね・・・・。そうだな、あれは私が幼稚園くらいの時かなあ・・・。私の両親が離婚して離れ離れになる前日の夜だったんだ。荷物の整理を終えた男女は、それぞれ別々の部屋で寝た。それは私の母にとって2回目の離婚だったんだけどね。私は、母のベッドの方にもぐり込んだんだ。そしたら、私の母が布団をはいで凄い目で睨む。



「あたしについて来たかったら、隣にいるあの男のことを殴っておいで。」と。



幼い私は震えながらお父さんの部屋に行った。例え明日から離れ離れになるって言っても、今までお父さんだった人だ。自分の子供でもないのに、優しく接して来てくれた人だ。私は幼心にも、そんなことは出来ないと思って、ぼろぼろ泣いていた。



でも、殴らないと置いて行かれる。母に捨てられる。そんな恐怖があって、泣きながら震えていた。



お父さんが、そんな私を見て言った。



「全部、聞こえてたよ。かおるちゃん、お父さんの頭をぽかりとやんなさい。いいんだよ。お母さんと一緒に行きたいんだろう?」



今でも不思議だ。何であんないい人と一緒に行かなかったんだろう。虐待ばかりする母親なんて捨ててあの時のお父さんと逃げてしまえば良かったのに。



「・・・・。それで、どうしたの?」



涙の後がいっぱい残る頬で、長女が身を乗り出して来る。



泣きながら、お父さんの頭を撫でたんだ。



そしたら、お父さんは私を抱きしめてくれて、お父さんまで泣いていて、私の腕を掴んでその手の平を何度も何度も自分の頭にぶつけて隣の部屋に聞こえるように叫ぶの。「いてっ!」と。



そして、もう一回、ぎゅーーっと抱きしめてくれて「さあ、行きなさい。お母さんのところに行きなさい。」ってドアを開けてくれた。それがその人との別れだった。



長女がもうぐしゃぐしゃな顔で泣いているので、私はたじろいだ。



「お母さん、つらかったんだね。よく頑張ったね。」と涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をしている。



その時、私は、自分も泣いていることに気がついた。そんなことを思い出したのは何10年ぶりか分からないくらいだったし、今まで誰にも話したことがなかった。それなのに今、こんな幼い子にこんな話しを聞いて貰って、妙に癒された気持ちになっている。変な話だ。



それから、つき物が取れたかのような優しい表情になった長女は、色んな話しをした。



「あたし、今、クラス中に嫌われてるの。あたしが、ほんとは意地悪だってこと、皆に気がつかれちゃって、N君も、優しいHちゃんが好きなんだって。あたし、人の悪口ばっかり言ってたから、今、罰が当たってるの。友達、誰もいないの。いいや、初めから、本当の友達はいなかったの。」



何時の間にかそんな状況になっていたとは。



「それに、この間、学校で『自分の小さい頃の写真を持って来て下さい。』って言われたから、アルバムを見ていたんだけど、その時気がついたの。妹の写真だけがいっぱい無くなっていることに。前のお母さんは、妹の写真だけを持って出て行ったみたい。それに今お父さんは、お母さんのことを一番好きで、あたしは、結局誰の一番にもなれなかった。妹は勉強できなくても、ぽ~っとしてても愛されるのに、あたしは性格が悪いから努力しても誰の一番にもなれなかった。」



それは勘違いだよ。と、私は言った。



何か言おうとする長女を押さえて、大きな声を出した。



「あー、あほらし!」と叫んだら、すっきりした。



あんたってば、ほんとにぐちゃぐちゃねちねちした性格だね!過ぎたことをいつまでも、いつまでも!おまけに姑息で計算高くて、意地悪で悪魔みたいだね!



長女は目を丸くして私を見た。



そのいや~な性格!誰に似ているんだろう?と思ったら、私だ!私にそっくり!



実際にそうだった。私が長女に抱いていた、あのモヤモヤした感情は、実は近親憎悪だったんだ。初めて気がついた。



人に嫉妬したり、すぐ捻じ曲がった行動を取ったり・・・器用を装っても、ほんとは誰よりも不器用。でもね、でもね・・・・。



「・・・・・・・・。」



でもね、私は、お母さんは、そんなおまえの事が大好きになった。

いいや、初めから、好きだった。そして本性を知った今でも嫌いになれずにいる。



「・・・・・・・・・・・。」沈黙している長女の目に新しい涙が次々に生まれては零れ落ちる。



今日、話してみて気がついた。やっぱり、お母さんは、あなたの事が大好きだ。こんな魅力的な子を産んでくれた女性に改めて感謝したいよ。



両手を広げると、長女が駆けて来た。たった5メートルばかしの距離を。時間にすると一瞬だったのに、スローモーションのように感じた。たったこれだけの距離を埋めるのに、ずいぶん歳月を要した。でも、今は愛しい。この、ずるがしこくて可愛くない性格の娘が、とてつもなく愛おしい。



胸の中にうずまった頭をぎゅーーっと抱きしめて言った。



お母さんも不器用なんだ。あんたと同じ。



だから、いい母親にはなれないな。



でもね、あなたがさっき、「自分には本当の友達がいない。」って言ったでしょ?それなら、私をあんたの人生で一番初めの友達にしてくれない?まずはそこから始めたいの。



まったくのろまでごめんね。でも、まずは友達になってくれる?何でも言ってくれる?意地悪な素のままのあなたで、私とお付き合いを始めてくれる?これって告白だよ。



長女は、腕の中で顔もあげず、何度も何度も頷いていた。泣きじゃくりながら。



私はいつまでも抱きしめていた。



世界で一番かわいらしくて愛しい 小さな悪魔を。
「お母さんになってくれる?」



かつて、そんなふうに恐る恐る尋ねた娘たちも、やがて小学校低学年まで成長した。



その頃の私は往生際が悪く、未だに後悔の渦の最中にいた。



まったく何だってこう安請け合いをしてしまうんだ、私ってやつは。いっつもそう、いっつもそう・・・と。



仕事しつつ家事をやって、しかも子供の学校のお母様たちとのお付き合い。毎日ひーひー言っていた。



そんなもん世の主婦の人たちは普通にこなしているものだが、当時の私は自由奔放、要するに我侭で高飛車。それまでの勝手気ままなその日暮らしから一転して急に子持ちになったので、とにかくあたふたしていた。



そうそう。この結婚は、友人も職場も私の知る限りの人間すべてが、満場一致で大反対していた。



「いろんな意味で大変だから止めなさいって。」と色んな立場の人から言われていた。その時はまるで聞く耳を持たず、強行突破。

壁にぶつかって初めて、”ああ、なるほどこういう意味か”と言葉の意味、その人たちが言ってくれた気持ちを想像することが出来るという愚かさ。



でも、自分で体感するまでは、誰に何と言われようと、本当に何でも納得出来ない性分なのだ。馬鹿とも言う。





娘たちの学校の行事に顔を出す度に後ろ指を指された。



「なーんだか、あそこんちのお母さん、派手だと思いません?」



「朝帰りしてたから、きっと水商売?それとも風俗?そんな感じよねえー。」← 夜勤明けじゃ、馬鹿者。



「ほんと、何か浮いちゃってるわよね。若すぎません?」



夜勤だの遅番だの、連日睡眠不足だったので、ちょっとした陰口を耳がいちいち拾ってしまう。変なんだ、私、変なんだ、と。



子供は子供で、「おまえんちのお母さん、若すぎないか?本当のお母さんじゃないだろう?」などといじめられて帰って来る始末。



「お母さん!もうちょっとお母さんらしくして。」と娘に言われたときが一番ショックだった。



しかもそんなことも手伝って、まだ自分自身に母親の自覚もないうちから子供が反抗期に突入してしまった。「あんたなんか、お母さんじゃない!」





すっかりノイローゼ気味になってしまって色々と馬鹿なことを考えた。



目立たないようにしたり、浮いたりしないようにするにはどうしたらいいのか?母親のように見えるにはどうすればいいのか?と考えた末、他のお母さん方の格好を真似たり、気に入っていた金髪を黒髪に染め直したり、そうだ、あともっと太ればいいだろうか?あ、このバッグは学校に下げていけない。もっとおとなしいのはなかったかしら?と、ことごとく自分を殺して他の何か、つまり「母親」になる小細工をしていた。まったく馬鹿みたいだった。でも必死だったから恥じてはいない。



仲間に入らなければいけない。今までは一人だったから、「個」でいることは何でもなかったし、むしろ楽しかったが、今は母親というものの輪に属さなければならない。でないと、周りにも子供にも認めて貰えないんだ、きっと。



今思えば馬鹿らしい考えだが、当時はそんなふうに追い詰められていたと言うよりは、勝手に自分を追い詰めて疲れていた。



一方で、日々娘たちへの憎悪がつのるのを止めることが出来なかった。



憎たらしかったのだ。



自分に背く子供、自分の仕事の邪魔をする子供。片付けても片付けても散らかす子供。洗濯をしてもご飯を作っても、それを当たり前だと思う子供。



おまけに元来子供というものは正直なので、その口から出る言葉は容赦なく私を切り付けた。何度も何度も。



私は愛せなかった。愛せないと思った。むしろ、憎みかけていた。そして憎むたびに、自己嫌悪に陥った。



かわいそうだと思った。こんな女が母親でいるなんて、あの子たちの悲劇だ。このままいると、私は自分の母親と同じことをしてしまうだろうと思った。今にも娘を虐待してしまいそうだった。



子供たちの方も、自分がイメージしていた「お母さん」というものと私という存在があまりにかけはなれた生き物だったので、「こんなはずじゃなかった。」という思いがあったと思う。
ああ、所詮、あばずれは一生あばずれのままだと落胆していた。



出て行くか。もう駄目だ。



私は鬼だった。

いたいけな幼い子供に憎悪をぶつける鬼だった。





そんなある日、眠れないまま悶々としてベッドにもぐり込んでいた。明日も日勤だというのに、この状況から出て行くこと、逃げ出すことばかり考えて悶々としていた。



その時、真夜中のドアが急に開かれて、廊下に灯る柔らかな光が差し込んできた。恐る恐る開けられたドアの隙間から、細い光がゆっくりゆっくり闇を切り裂いて来て、とうとう私のいるベッドまで届いた。



そこには、当時まだまだ幼った次女が泣き濡れて立っていた。震えながら泣いていた。



どうしたの?何故泣いてるの?



「あのね。言ってもしょうがないんだけどね、小さい頃からよく同じ夢を見るの。」



どんな夢?



「知らない女の人が、怖い顔をして怒っているの。怒って叫んでいているの。甲高い声で叫んでいて、凄く怖いの。」



はっとした。もしかしたらそれは前の奥さんじゃないだろうか?と咄嗟に思った。何故だろう?ぴん!と来てしまったのだ。幼すぎて覚えていなかったはずの離婚劇の記憶じゃないだろうか?



「私の手を引っ張って無理やり抱っこしてさらおうとするの。怖い。ここにいたいよ。」



そうか。・・・・・・・・・・・。



こっちにおいで。お母さんのところへおいで。



「もう小学校だから一人で寝なさいって言ってたじゃない。それに今日、お母さんに『おまえなんかお母さんじゃない!』って言っちゃったし。」



いいから。早くおいで。お母さんとお父さんの間で寝なさい。



私はベッドの中で冷えきった娘の身体を抱きしめた。



「あれは鬼女?絵本に出て来た鬼女なの?」



ううん。違うよ。今度夢にその人が出てきたら、怖がらないでよく見てごらん。その人、きっと泣いているよ。怒っている人って言うのは皆泣いている人と同じなんだよ。夢の中でもいいから愛してあげなさい。鬼は愛されたら鬼でいられなくなるから。



鬼は、愛されたり優しくされたりしたら、もう憎む理由がなくなって鬼でいられなくなるの。優しいって強いってことなんだよ。



そんな話をしているうちに次女はすやすやと眠りに落ちた。私の胸に顔をうずめて。



「お母さん。」とぼそぼそつぶやきながら。



それは氷で出来た鬼だった。

心が冷えて冷えて、氷点に達して、それで出来あがった氷の鬼だった。



何故ならその「お母さん」と言う声を聞く度に、鬼はどんどん溶けて消えて行ったから。



翌朝、次女が言った。



「不思議なんだよ。」



どうして?



「やっぱりあのあと、夢に鬼女が出て来たの。でも、お母さんに言われた通り、よーく見てみたら、その人、本当に泣いていた。だから、お母さんが夕べしてくれたみたいに、『こっちにおいで』って言って抱きしめてあげたの。夢の中でもあたし、お母さんが教えてくれたこと、覚えていたんだよ。」と得意そうに言う。



「そしたらその人、今度は優しい顔で泣いていた。凄く凄く優しい顔で。あたし、『また夢に出て来てね。また会おうね。』って言っちゃった。」



会いたい?



私はちょっと緊張して訊いた。



「うん。会いたいな。え?現実にいるの?あの女の人。」



うん、いるよ。鬼なんかじゃない。優しい人だよ。





そうとも。この子がすべてを知って、もしも会いたいと思う日が来たら、そしてまだ会ったこともない彼女もそれを望んでいたとしたら、きっと私が会わせてあげよう。



それから、次女は夜中にうなされて飛び起きるようなことは無くなった。
遅番に入った途端に、これから5人も入院がある予定だと知らされる。



うわー、これから仕事始めるってのに先にそういうことを聞くとうんざりしてしまうな。でも、とにかく定時の処置から先にしよう。



と、取りかかってすぐのことだった。とある個室からナースコールが鳴る。



ドアを開けて見ると、凄い人だかり。何じゃーー、これは!



ターミナルの患者さんの病室だった。

「もう今夜でしょう。お心の準備をなさって下さい。」と主治医に言われてから三日立つおばあちゃんの病室だった。



今か今かと待っている家族の方々で病室がごったがえし、私は、その人ごみをかき分けて点滴の交換に行かなければならなかった。



一番側近にいたのは50代くらいの息子さんだった。



その顔を見て思い出した。数日前、この息子さん、凄い大声で同僚を怒鳴り飛ばしていたから。



「それでも看護婦か!」と。



怒鳴られた同僚に事情を訊いて見たところ、「ずっと、ずっと一晩中、Mさんの身体を大声で叫びながら揺らし続けたのよ、あの息子さん。HRが150代でアップアップ言っているおばあちゃんのことを。だから、おばあちゃんは全速力で走りつづけているときの脈と同じだから苦しいと思いますよ。静かにしてあげましょうって言ったら激怒しちゃったの。」と涙ぐんでいる。



そうか、そうか。自分の親が亡くなる直前の息子さんの気持ちもわかるんだけど、一生懸命一晩看護して、怒鳴られたあなたも辛かったでしょう・・・。と慰めた。



その息子さんが今目の前にいる。



「点滴、さっさと変えて下さい。呼ばなきゃ来ないんですか?あなた方は!」とさっそく怒鳴られた。



今出勤したばかりでよくわからないけど、確かこの息子さん、「看護婦が来るとせっかく眠った母が起きてしまうんで、こちらが呼んだとき以外は絶対病室に来ないで下さい。」とも怒鳴っていた。「医療行為はまったくしないで静かに眠らせて下さい!」と。



それ以降、痰が溜まっていないか?とか点滴を交換する時間じゃないか?と思ってドアを開ける同僚は皆怒鳴られている。「呼んでねーよ!」と。



そして、やっと呼ばれて処置をしようとするときは、数十人に睨み付けながらやらなければならない。はあ・・・、苦しい。



おばあちゃん、苦しそうだ。痰を吸引してやりたい。でも、それを言うと「こちらが指示したこと以外はするな!」と怒られる。



私も、色んなことを怒られた。



「ここの看護婦は誠意が全然足りない。酸素マスクがずれていても全然部屋に来ない!仮にも天使であるべき職業の人が、いったいどういうことですか?」



いやいや、あなたがベッドサイドに近づかせないんじゃないんですか、だいたい、呼んだときだけ来いだなんて、おばあちゃんが苦しいとき、危険なときの判断をあなたが決めるだなんて、そんなことで病院にいる意味があるんですか?



と、色々言いたいことはあるのだが、何たって自分の親が亡くなる前の状態だ。この人もつらくてつらくて、どーしようもない精神状態なんだろう。



それにしても、この人の目。怒りの感情で睨みつけているのは確かだけど、他に何かわからないけど、違う感情が混じっているなあ・・・と感じていた。長年、家族の方々の罵声を浴びてきて思うことだけど、一般の人とは何かが違う。



何だかねっとりと頭の上からつま先まで、じ~っと見られる嫌な感じ。何だかひっかかる。でも、まあ、今はMさんのターミナルに没頭することだけを考えよう。



そう思って病室を後にしようとしたときだった。



彼が私の手を両手で握ってさすり出した。え?何?



「この手で母の額に手をあてて熱がないかどうか?を見ないんですか?」



私はその手を払いのけ、「お熱は体温計で測っています。」と言った。何だか、胸がもやもやして来た。嫌な予感がした。



その後、彼は「皆、家で待機していてくれ。寸前に俺が判断して呼ぶから。」と人払いをしてしまった。



私は逃げるように病室を出て来た。



しかし、その後、いつになくナースコールを頻繁に押して来ては「また酸素マスクがずれている!」とか、「足元の布団がはがれている!」などと言うので、それを直していると、「母は俺が小さいとき、抱きしめてくれました。こんなふうに・・・。」と私に抱き付いて来ようとする。



察知して、後ずさった私に「あなたは母のことを思ってくれていますか?」と言う。



わからない。でも、ご家族の方には負けるけど、私たちもMさんとの思い出がある。だから思っている。だから出来る限りのことをしたいと私は言った。



そしたら「そんなに思っているなら、葬式にも来て下さいね。母はミニスカートが好きだったんで短い喪服を着て来てくださいね。」



??????



おかしい。絶対、この人おかしい。



私が混乱している今も近づいて来て手を握ろうとしたり、抱き付こうとしたりしている。



私はベッドの周りを逃げつつ考えた。



とんでもないやつだ。親族の方々の気持ちを思い、同僚たちも皆、「それは違うよ!」と言う言葉を喉元で押さえ、うんうんと話を聞いて来たのに。でも、この人の目的は全然違うところにある。こっちが歩み寄るには値しないと思う。



私は大きな声を出した。



「止めて下さい!いいかげんにしないと怒りますよ!」



でも、にやけた顔で私の手を捕まえた。



私はそれを振り払って尚も怒った。



「お母さんの前で葬式の話なんてしないで下さい!お母さん、今、生きているんですよ!一生懸命生きているんですよ!」



腰に手を回されそうになった。「もう意識がないんだから聞こえてねーよ。」



聞こえているんだってば!例えレベルが落ちていても、私らからは昏睡状態に見えたとしても。



Mさんからガラガラと痰が絡む音がしたので、「もう我慢出来ない。苦しそうだから吸引します。あなたの指示なんて待ってられない。」と、私は吸引をしてMさんの喉元をすっきりさせた。



従順で無くなった私の態度に息子は腹を立て、「婦長に報告しておくよ。」と腕組みをして言った。



あー、どーぞ、どーぞ。私もセクハラで訴えてやる!と思ったが口には出さなかった。



その時、Mさんの口がもごもご動いた。



あ、また何かうわごとを言おうとしている。そう思った。



しかし、その声はわりとハッキリしていた。「出せ・・・。出せ・・・。」



え?何ですか?Mさん?まだ痰が出し切れてないですか?



息子さんも私もMさんにこれ以上はないというほど近づいて耳を傾けた。



涙をぼたぼた落としながら「なんだい、かあさん?」と言っている息子の顔を見ると、複雑な心境だった。だったらお母さんを看取る気持ちだけに集中してくれよ。



「○○夫、・・・出せ・・・。」



「俺だよ。そうだよ!○○夫だよ!何を出せばいいんだい?」



そのとき、瀕死であるはずのMさんは小さく咳払いをして、残っていた痰を自分で出した。慌ててティッシュで取る私。



次の瞬間だった。



「○○夫ーーー!頭を出せ!」とハッキリ言ったので驚いたのなんのって。しかも、Mさん、拳まで握っているんだもん。



「みっともない真似はやめんかい!頭を出せ!」とまで言った。



その息子さんと私は心臓が止まるほどビックリした。そして私は見た。素直に息子が母親の前に頭を出す姿を。ぼたぼた母の顔に涙を落としながら、「かあさん、聞いていたのか。」と頭を差し出して、耳まで赤くなっている。凄く恥ずかしかったんだろう。



でも、Mさんには、拳を振り上げる元気がなかった。それでも、我が息子の頭を叩くために一所懸命手を振り上げようとしてあがいている。でも、手があがらない。モニターの心拍数が160を越えた。



そのモニターを見た瞬間、私は、「こうですか?」とMさんに言って、目の前にいる息子さんの頭をげんこつでぼかあっ!と殴った。



「・・・・・・・・・・。」 ← 息子。



息子が驚いたのはもちろんのことだか、Mさんの目が久しぶりに大きく開いたのを見た。



そのあと、これでいいんですかね?と訊くと、Mさんは、手を動かそうと頑張るのを止め、「ありがとう・・・。すみません・・・。自分で責任を取らなくなってしまって・・・。」とつぶやいたのだ。でも、目が嬉しそうに笑っていた。その笑っている目じりから涙がぼたぼた零れ落ちる。



その涙をティッシュで拭いていると「心配だあ、こいつが心配だ。」と何度も繰り返して、また昏睡の海に潜って行った。



今度は滝のように流れ落ちる息子の涙を拭いてやらなければならなかった。



いいですか?今度おかしなことをしたら、お母さんの意思を次いで、私があなたを殴ります!婦長にでも院長にでも言って首にして下さっても結構です。でも、殴りますからね!と笑いながら言った。後半は冗談だったけど。



息子さんは声も出せず、頭を垂れて、何度も頷いていた。



それを聞いていたのだろうか。



Mさんは急速に心臓を動かすのを止めて行った。そして、自ら、ゆっくり呼吸を止めて行ったかのように見えた。



最後に見たのは、微かな微笑みを浮かべ、眠っているかのような安らかな顔だった。