もうずいぶん昔の話。
まだ物心もつかない頃に、両親が離婚したという幼い姉妹がいた。離婚したのは姉が3歳。妹が1歳の時だった。
当然1歳の妹の方には、その離婚劇の記憶はほとんど残されていなかったが、3歳の姉の脳裏には、まざまざと焼き付いていた。大人たちが思うよりもずっとずっと鮮明に。そう、残酷なほど鮮明に。
自分より幼い妹を抱きしめて、「子供は半分こにしましょうっ!私だけが二人も背負うのは嫌よ!損をするのは嫌よ!あなたはそっちの子を連れて行って!」と父親に叫ぶ母親の顔を。
結局、母親は両方の子供を置いて出て行った。
姉である方の娘は、自分ではなく妹を選んで連れて行こうとした母親の行動を、ずっとずっと覚えていた。そして心に深手を負っていた。
何も知らない妹の方が、成長するに従って、父親や祖父や祖母に質問するようになる。
「どうして、うちにはお母さんがいないの?」と。
その手の質問をすると、決まって大人たちは激怒した。
「あんな女の話をするんじゃないっ!あの女は、おまえたちを捨てて出て行ったんだ!」と父も祖父も祖母も言う。
あまりにも大人たちの機嫌が悪くなるので、姉妹は2度と自分の母親についての話はしなかった。しかも、大人たちの言葉と態度によって、確実に自分たちを産んだ母親は悪いやつだという観念が染み付いていた。だって捨てて行ったんだもの、私を!と決定的に憎んでいた。
特に姉に限っては、妹ばかりを抱いて一度も自分を抱きしめてくれなかった女というイメージが強かった。
それから何年もの月日が流れ、まだ若かった父は、またしても恋をした。人を愛した。
その娘たちはやっと小学校にあがる頃だったが、父親のそんな様子に気がついて、好きな人が出来たのなら、会わせて欲しいとせがんだ。
色んな意味で父を変えた女とはいったいどういう女なのか。娘たちはドキドキしつつその女と遭遇した。
初めて会ったその女は、周りの大人と違って、ちっとも自分たちに媚びるわけでなく、ちやほやするわけでもなく、タバコをふかしながら話しかけて来たりする。ちょっときついメイクで怖い印象だったと後にその姉妹は語った。
なのに、何故だか少女たちは女が好きになった。やたらとなついてしまった。何故だろう。
「こら!ガキのくせにそんな口をきくんじゃない!」とか、「こういうときはごめんなさい!でしょ?ありがとうとごめんなさいを忘れちゃ駄目だ!」ときついことばかり言う女に面食らったが、何だかそれが新鮮だったらしい。そしてとうとう次に会った時、幼い姉妹は女に言った。
「あのう・・。私たちのお母さんになってくれませんか?お父さんのプロポーズ、断ったそうですけど、あの・・、考え直してもらえませんか?」と。
女は後ろにひっくり返ってしばらく伸びていた。やっと起き上がったかと思ったら、「あたしが結婚なんて出来るわけないだろ!もうこりごりなんだよ、そんなんは。ましてガキなんて無理!」と怒鳴った。
それで一旦は諦めた姉妹だったが、ある日、姉の方が女に別の相談をした。
「出て行ったお母さんのことはよく覚えてないんだけど、この話をすると、うちの大人たちは皆怖い顔をするの。きっと悪い人だったんだね。でも、知りたいなあ。お母さんのこと。」
女は、”そりゃあ、あんた、ただの先入観だよ”と、何の気使いもなく幼子には難しい言葉で返して来る。
「せんにゅうかん?」
お父さんが愛した女でしょ?いい女だったに決まってるじゃん。あんたのお母さんね、きっといい人だったんだよ。でも、男と女はうまく行かないこともあるんだ。特に若いとね。うーん、難しいか。言ってもわからないか。
「あのう。お姉さんは、自分の両親が離婚をした経験なんてある?あたしの気持ちわかる?」
あるよ。しかも五回も。だから五倍はあんたの気持ちわかるかも。なーんてね!と女は笑った。
「ご、五回?!」
うん、五回。だから、1回くらいで陰にこもるな。へこたれるな。まして大人の事情も知らないガキが腹を痛めて産んでくれた母親を恨むなんていっちょまえのことするな。
そうだ。いい人だったに決まってる!だって、あんたたち二人共いい子だもん。こんないい子を産むのはきっといいお母さんだよ。違いない。
「そっ、そっかあーっ!いい人だったかも知れない!そんな気がして来た。」と娘は笑った。ほんとに嬉しそうに笑った。
しかし、姉は、自分の記憶にある妹だけを連れて行こうとした母親の姿が頭から離れないという話を女に話さずにいられなかった。
「いい人だったかも知れないけど、私より妹の方を愛していたみたい。」
「そーんなのわかんないって。」と、そう言いつつも女は考え込んだ。
女は、自分自身が親から虐待を受けて育った子供だったし、その時点でもまだ母親を恨む気持ちやトラウマを山ほど抱えていた。だから結婚とか人の親になるとか、それらのすべてが、自分には到底無理な事だと思っていたのだ。
しかし、目の前の幼子を見るといたたまれなくなって力一杯喋った。
「自分の子供を愛さない親がいるかよ。どんな事情があっても、どんな衝動がその時の彼女を支配してあんたを傷つけたとしても、根底では絶対絶対あんたを愛していたはず!絶対愛していたはず!自分の子供を愛さない親がいるもんか。例え愛し方を間違っても愛さない母親がいるもんか。だから、あんたもお母さんのことを嫌っちゃかわいそうだよ。」
女は何故だか涙があふれた。何時の間にか自分に言い聞かせるような気持ちで、その娘に力説していたのだ。実際、そうだった。まさに自分自身に言い聞かせていた。タバコの灰が落ちても気がつかないほどに。
はっと気がついて、やっと火をもみ消して、しばらく考えたが、「どんなにその母親をかばっても、あんたが納得できなきゃしょうがない。でも、傷ついたんだね。それじゃあ、寂しいね。とりあえず、あたしがいっぱいあんたを愛してあげる。」と言ってしまった。
とうとう言ってしまった。
お母さんになってあげる。
それから月日がめぐって色んなことがあった。
うまく行かない日には、いつも女はこう思う。「ああ、自分の腹を痛めた子じゃないからうまくいかないんだ。やっぱり私じゃ駄目なんだ。」
しかし、そういった類の弱音を繰り返し吐くのは女の方だけで、娘たちの方は、ひたすら両手を広げて駆けて来る。それはそれはどんな日にも。
「お母さん、お母さん。」と駆けて来る。
私には無理だ。やっぱり無理だ。そう思っても、信じ切った瞳で「お母さん!お母さん!」と駆けて来る。微塵も疑うこともなく。
その女の職業は看護婦だったのだが、ある日、一人の患者さんが、「お世話になったから。」と言って一冊の絵本をプレゼントしてくれた。
短い絵本だった。それは、こんなストーリー。いや、ストーリーというよりは短い詩だった。
アイ・ラブ・ユーいつまでも
アイ・ラブ・ユーどんなときも
わたしが生きているかぎり あなたはずっと わたしの赤ちゃん
赤ちゃんを抱いてそう歌っていたお母さんも、やがて年老いて歌えなくなってしまう。
隣町から会いにきた息子は、母親を抱いて歌う。
アイ・ラブ・ユーいつまでも
アイ・ラブ・ユーどんなときも
ぼくがいきているかぎり あなたはずっと ぼくのおかあさん
その夜、自分の家に帰った息子は、生まれたばかりの女の子が眠っている寝室に入って、歌う。
アイ・ラブ・ユーいつまでも
アイ・ラブ・ユーどんなときも
ぼくがいきているかぎり おまえはずっと ぼくの赤ちゃん
たったそれだけの話。
でも、絵本を閉じて号泣してしまった時、女は気がついた。
自分が娘たちを深く愛し始めてしまったことを。
それからまたどれくらいの月日が流れたのだろう。
私は今、目を閉じて、遠く離れた自分の母親につぶやく。
アイ・ラブ・ユー。私の不器用なお母さん。
そして今度は目を開けて、目の前の娘たちにつぶやく。それはまるで 祈るかのように。
アイ・ラブ・ユー。私の大事な娘たち。
いつまでも大事な娘たち。
******************************
本当はこの話は、つい最近まで、別のHPでも作って匿名でアップしようかと思っていました。
が、止めました。やはり、ここにアップすることにしました。
涙も笑いも愚痴も喜びも憎しみも愛の話も全部全部このHPのどこかで語って行きたいと思いました。ありのままで。
ところで、今日のこのくだらない雑文をネットで知り合った幾人かのママさん、そして幾人かの娘さん達に捧げます。
心から、アイ・ラブ・ユー です。
まだまだお互いに頑張りましょう。一緒に頑張って行きましょう。
まだ物心もつかない頃に、両親が離婚したという幼い姉妹がいた。離婚したのは姉が3歳。妹が1歳の時だった。
当然1歳の妹の方には、その離婚劇の記憶はほとんど残されていなかったが、3歳の姉の脳裏には、まざまざと焼き付いていた。大人たちが思うよりもずっとずっと鮮明に。そう、残酷なほど鮮明に。
自分より幼い妹を抱きしめて、「子供は半分こにしましょうっ!私だけが二人も背負うのは嫌よ!損をするのは嫌よ!あなたはそっちの子を連れて行って!」と父親に叫ぶ母親の顔を。
結局、母親は両方の子供を置いて出て行った。
姉である方の娘は、自分ではなく妹を選んで連れて行こうとした母親の行動を、ずっとずっと覚えていた。そして心に深手を負っていた。
何も知らない妹の方が、成長するに従って、父親や祖父や祖母に質問するようになる。
「どうして、うちにはお母さんがいないの?」と。
その手の質問をすると、決まって大人たちは激怒した。
「あんな女の話をするんじゃないっ!あの女は、おまえたちを捨てて出て行ったんだ!」と父も祖父も祖母も言う。
あまりにも大人たちの機嫌が悪くなるので、姉妹は2度と自分の母親についての話はしなかった。しかも、大人たちの言葉と態度によって、確実に自分たちを産んだ母親は悪いやつだという観念が染み付いていた。だって捨てて行ったんだもの、私を!と決定的に憎んでいた。
特に姉に限っては、妹ばかりを抱いて一度も自分を抱きしめてくれなかった女というイメージが強かった。
それから何年もの月日が流れ、まだ若かった父は、またしても恋をした。人を愛した。
その娘たちはやっと小学校にあがる頃だったが、父親のそんな様子に気がついて、好きな人が出来たのなら、会わせて欲しいとせがんだ。
色んな意味で父を変えた女とはいったいどういう女なのか。娘たちはドキドキしつつその女と遭遇した。
初めて会ったその女は、周りの大人と違って、ちっとも自分たちに媚びるわけでなく、ちやほやするわけでもなく、タバコをふかしながら話しかけて来たりする。ちょっときついメイクで怖い印象だったと後にその姉妹は語った。
なのに、何故だか少女たちは女が好きになった。やたらとなついてしまった。何故だろう。
「こら!ガキのくせにそんな口をきくんじゃない!」とか、「こういうときはごめんなさい!でしょ?ありがとうとごめんなさいを忘れちゃ駄目だ!」ときついことばかり言う女に面食らったが、何だかそれが新鮮だったらしい。そしてとうとう次に会った時、幼い姉妹は女に言った。
「あのう・・。私たちのお母さんになってくれませんか?お父さんのプロポーズ、断ったそうですけど、あの・・、考え直してもらえませんか?」と。
女は後ろにひっくり返ってしばらく伸びていた。やっと起き上がったかと思ったら、「あたしが結婚なんて出来るわけないだろ!もうこりごりなんだよ、そんなんは。ましてガキなんて無理!」と怒鳴った。
それで一旦は諦めた姉妹だったが、ある日、姉の方が女に別の相談をした。
「出て行ったお母さんのことはよく覚えてないんだけど、この話をすると、うちの大人たちは皆怖い顔をするの。きっと悪い人だったんだね。でも、知りたいなあ。お母さんのこと。」
女は、”そりゃあ、あんた、ただの先入観だよ”と、何の気使いもなく幼子には難しい言葉で返して来る。
「せんにゅうかん?」
お父さんが愛した女でしょ?いい女だったに決まってるじゃん。あんたのお母さんね、きっといい人だったんだよ。でも、男と女はうまく行かないこともあるんだ。特に若いとね。うーん、難しいか。言ってもわからないか。
「あのう。お姉さんは、自分の両親が離婚をした経験なんてある?あたしの気持ちわかる?」
あるよ。しかも五回も。だから五倍はあんたの気持ちわかるかも。なーんてね!と女は笑った。
「ご、五回?!」
うん、五回。だから、1回くらいで陰にこもるな。へこたれるな。まして大人の事情も知らないガキが腹を痛めて産んでくれた母親を恨むなんていっちょまえのことするな。
そうだ。いい人だったに決まってる!だって、あんたたち二人共いい子だもん。こんないい子を産むのはきっといいお母さんだよ。違いない。
「そっ、そっかあーっ!いい人だったかも知れない!そんな気がして来た。」と娘は笑った。ほんとに嬉しそうに笑った。
しかし、姉は、自分の記憶にある妹だけを連れて行こうとした母親の姿が頭から離れないという話を女に話さずにいられなかった。
「いい人だったかも知れないけど、私より妹の方を愛していたみたい。」
「そーんなのわかんないって。」と、そう言いつつも女は考え込んだ。
女は、自分自身が親から虐待を受けて育った子供だったし、その時点でもまだ母親を恨む気持ちやトラウマを山ほど抱えていた。だから結婚とか人の親になるとか、それらのすべてが、自分には到底無理な事だと思っていたのだ。
しかし、目の前の幼子を見るといたたまれなくなって力一杯喋った。
「自分の子供を愛さない親がいるかよ。どんな事情があっても、どんな衝動がその時の彼女を支配してあんたを傷つけたとしても、根底では絶対絶対あんたを愛していたはず!絶対愛していたはず!自分の子供を愛さない親がいるもんか。例え愛し方を間違っても愛さない母親がいるもんか。だから、あんたもお母さんのことを嫌っちゃかわいそうだよ。」
女は何故だか涙があふれた。何時の間にか自分に言い聞かせるような気持ちで、その娘に力説していたのだ。実際、そうだった。まさに自分自身に言い聞かせていた。タバコの灰が落ちても気がつかないほどに。
はっと気がついて、やっと火をもみ消して、しばらく考えたが、「どんなにその母親をかばっても、あんたが納得できなきゃしょうがない。でも、傷ついたんだね。それじゃあ、寂しいね。とりあえず、あたしがいっぱいあんたを愛してあげる。」と言ってしまった。
とうとう言ってしまった。
お母さんになってあげる。
それから月日がめぐって色んなことがあった。
うまく行かない日には、いつも女はこう思う。「ああ、自分の腹を痛めた子じゃないからうまくいかないんだ。やっぱり私じゃ駄目なんだ。」
しかし、そういった類の弱音を繰り返し吐くのは女の方だけで、娘たちの方は、ひたすら両手を広げて駆けて来る。それはそれはどんな日にも。
「お母さん、お母さん。」と駆けて来る。
私には無理だ。やっぱり無理だ。そう思っても、信じ切った瞳で「お母さん!お母さん!」と駆けて来る。微塵も疑うこともなく。
その女の職業は看護婦だったのだが、ある日、一人の患者さんが、「お世話になったから。」と言って一冊の絵本をプレゼントしてくれた。
短い絵本だった。それは、こんなストーリー。いや、ストーリーというよりは短い詩だった。
アイ・ラブ・ユーいつまでも
アイ・ラブ・ユーどんなときも
わたしが生きているかぎり あなたはずっと わたしの赤ちゃん
赤ちゃんを抱いてそう歌っていたお母さんも、やがて年老いて歌えなくなってしまう。
隣町から会いにきた息子は、母親を抱いて歌う。
アイ・ラブ・ユーいつまでも
アイ・ラブ・ユーどんなときも
ぼくがいきているかぎり あなたはずっと ぼくのおかあさん
その夜、自分の家に帰った息子は、生まれたばかりの女の子が眠っている寝室に入って、歌う。
アイ・ラブ・ユーいつまでも
アイ・ラブ・ユーどんなときも
ぼくがいきているかぎり おまえはずっと ぼくの赤ちゃん
たったそれだけの話。
でも、絵本を閉じて号泣してしまった時、女は気がついた。
自分が娘たちを深く愛し始めてしまったことを。
それからまたどれくらいの月日が流れたのだろう。
私は今、目を閉じて、遠く離れた自分の母親につぶやく。
アイ・ラブ・ユー。私の不器用なお母さん。
そして今度は目を開けて、目の前の娘たちにつぶやく。それはまるで 祈るかのように。
アイ・ラブ・ユー。私の大事な娘たち。
いつまでも大事な娘たち。
******************************
本当はこの話は、つい最近まで、別のHPでも作って匿名でアップしようかと思っていました。
が、止めました。やはり、ここにアップすることにしました。
涙も笑いも愚痴も喜びも憎しみも愛の話も全部全部このHPのどこかで語って行きたいと思いました。ありのままで。
ところで、今日のこのくだらない雑文をネットで知り合った幾人かのママさん、そして幾人かの娘さん達に捧げます。
心から、アイ・ラブ・ユー です。
まだまだお互いに頑張りましょう。一緒に頑張って行きましょう。