夜勤の前日だったのでたっぷり寝て行こうと思ったのだけど、メールカウンセリングを書くのに結局朝までかかってしまった。
途中、3時半頃、次女くんが登場したので「今何時だと思ってるんだ。子供がこんな時間に起きてるなんて。」と叱ったところ、「今何歳だと思っているんだ。」と逆に叱られた。
で、「はい、これ、プレゼント!」と言われてリボン付きの袋を渡された。何?まだ誕生日には早いのですけど。
「可愛かったから。ほら、開けてごらん。あなたが好きな人に似てるよ。」
それで包みを開けて見ると、白熊が寝ている絵柄のTシャツ。スリーピングベアという子だそうだ。
思わず後ろを振り返ってみると、ベッドで爆睡している人。うーん、確かにそっくりだ。
ありがとうという間もなく姉に呼ばれて去って行ってしまった。
その場面に一瞬デジャブを感じる。
幼いころから、次女くんが私の傍に来て話していると必ず長女くんが「りーたん!何やってんの?!早くこっち来て!」と呼ぶのだ。可愛いやきもち焼きさんめ。
その長女くんが後からちょこっと顔を出して「いひっ!」と笑う。
違うところは、10数年後の今が夜中の3時過ぎであることと、
昔は本気で不機嫌になっていた長女くんが今や「いひっ!」と笑って意識的にやれるようになったこと。
そして、私がおばさんになり、二人が大人になったということ。
隣の部屋から二人の大きな笑い声。早く寝ろってちゅうの。
そして背後で大きな白熊のいびき。さらに、階下からは、それとよく似たお爺ちゃんのいびき。
辛いこともたくさんあった。でも、それと同じくらい幸せなこともあった。
こんな何でもない夜には、仕事と悪戦苦闘しつつも、時の流れに感謝する。
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瞑想というものには俗に言う意味での依存がない。
セミナーなどに出向いて話を聴いたり、または講師のノウハウを教わるときには、少なからずその方の言う基本を忠実に取り入れて行かなければならない。
後にそこにオリジナリティーが発揮されるのだけど、少なくとも初めは受け取ることに専念する。そこにはちょっとだけ依存性が伴う。一般に言う依存とは少し意味合いが違うけれど、自分が組み立てて来たものはとりあえず横に置いておく必要がある。
まっさらになって。
瞑想や自己催眠などその他一人で行う日常のワークと、講師が介入する講義との共通点があるのはそこだ。
あれこれ、なんじゃかんじゃと自分が持ち込んだものは一旦手放して、まっさらになること。
そんな共通点があるものの、最後は自分自身。自分が行うのだ。
でも、多くの人が講師と自分の関係性に悩んだり、出席者同士のコミュニケーションで躓いたりで、本分とは別のところに時間を取られることがある。
私はそんなとき、極端な表現をする。
人なんてどうでも良いんだよ と。
非常に極端な表現だけれど、自分を見つめている人の場合、どんなにシンプルに言っても誤解しない。瞬時に意味が通じるのだ。
一方で、常に常に、他者が自分のことをどう思っているか?とか、自分が上だとか下だとかに気を取られている人の場合はその間逆で、どんだけ丁寧に説明しても、疑惑の点だけを探し続ける。
セミナーなどに出席してそんなやり取りを傍から見ていると、実に色んなことが起こっている。
最終的に、私の友人は「人を神のように崇め奉るか、馬鹿にするかのどちらか一つ、つまりは上か下かしか選択出来ない自分」の硬さに気がついた。
一人ワークも良い。依存や混乱を避けてれば答えは早い。何故ならいつでも答えは自分の中にあるのだから。
一方で、複数のワークも良い。それは相互成長に繋がる手段の一つだろう。
と、そんなことをこれまで思う機会が多かったのだが、最近はまた一つ新しいパターンが出現。
それぞれ一人ワークをしていても、近隣の人物が影響し合って別のワークが始まるというこの事実。
その副産物として、とどのつまり、私たちは話題が尽きない。うっかりすると余裕で日が落ちて、日が昇って来てしまうほどに。
**************
事務所で過ごした夜勤明け。
少しだけ仮眠を取ったあとで白ちゃんと過ごしていたのだが、途中で彼女が出て行って帰って来たとき・・・・・、白ちゃんは黒ちゃんになっていた。
毎日頻繁に掃除機かけたり拭き掃除。まったくねー、君。
先日ビックリしたのは、白ちゃん、掃除機をかけても微動だにしないのだ。
いちおうその前に「掃除機のスイッチ入れるよー。ビックリしないでねー。」と言ったのがまさか通じてるわけではあるまい。真横やすれすれのところをガーガーやっても平静そのもの。
して、夜もふけた頃、夫から電話があり「よく眠れた?」と訊かれたのだが、これこれこういうわけで30分しか寝てませんわと答えたところ、「迎えに行ってあげるから風呂でも入ってれば?」との提案。
名案だ。
その後事務所で長湯をして、すっぴんにて夫の車で帰った。
私は家という場所が好きなのだ。帰ると非常に落ち着くし、帰れないと落ち着かない。
そうしてやっと帰宅して、さあ、もうこのまま爆睡あるのみ・・・と思ったら次女くん登場。
「はいやーっ!トレーニングね!」
・・・・・。それでも倒れない自分の丈夫さが憎いと一瞬思いきや、いや、身体よ、おまえは正直者だ。
好きなことなら何でもいくらでも出来る。(別称:わがまま)
セミナーなどに出向いて話を聴いたり、または講師のノウハウを教わるときには、少なからずその方の言う基本を忠実に取り入れて行かなければならない。
後にそこにオリジナリティーが発揮されるのだけど、少なくとも初めは受け取ることに専念する。そこにはちょっとだけ依存性が伴う。一般に言う依存とは少し意味合いが違うけれど、自分が組み立てて来たものはとりあえず横に置いておく必要がある。
まっさらになって。
瞑想や自己催眠などその他一人で行う日常のワークと、講師が介入する講義との共通点があるのはそこだ。
あれこれ、なんじゃかんじゃと自分が持ち込んだものは一旦手放して、まっさらになること。
そんな共通点があるものの、最後は自分自身。自分が行うのだ。
でも、多くの人が講師と自分の関係性に悩んだり、出席者同士のコミュニケーションで躓いたりで、本分とは別のところに時間を取られることがある。
私はそんなとき、極端な表現をする。
人なんてどうでも良いんだよ と。
非常に極端な表現だけれど、自分を見つめている人の場合、どんなにシンプルに言っても誤解しない。瞬時に意味が通じるのだ。
一方で、常に常に、他者が自分のことをどう思っているか?とか、自分が上だとか下だとかに気を取られている人の場合はその間逆で、どんだけ丁寧に説明しても、疑惑の点だけを探し続ける。
セミナーなどに出席してそんなやり取りを傍から見ていると、実に色んなことが起こっている。
最終的に、私の友人は「人を神のように崇め奉るか、馬鹿にするかのどちらか一つ、つまりは上か下かしか選択出来ない自分」の硬さに気がついた。
一人ワークも良い。依存や混乱を避けてれば答えは早い。何故ならいつでも答えは自分の中にあるのだから。
一方で、複数のワークも良い。それは相互成長に繋がる手段の一つだろう。
と、そんなことをこれまで思う機会が多かったのだが、最近はまた一つ新しいパターンが出現。
それぞれ一人ワークをしていても、近隣の人物が影響し合って別のワークが始まるというこの事実。
その副産物として、とどのつまり、私たちは話題が尽きない。うっかりすると余裕で日が落ちて、日が昇って来てしまうほどに。
**************
事務所で過ごした夜勤明け。
少しだけ仮眠を取ったあとで白ちゃんと過ごしていたのだが、途中で彼女が出て行って帰って来たとき・・・・・、白ちゃんは黒ちゃんになっていた。
毎日頻繁に掃除機かけたり拭き掃除。まったくねー、君。
先日ビックリしたのは、白ちゃん、掃除機をかけても微動だにしないのだ。
いちおうその前に「掃除機のスイッチ入れるよー。ビックリしないでねー。」と言ったのがまさか通じてるわけではあるまい。真横やすれすれのところをガーガーやっても平静そのもの。
して、夜もふけた頃、夫から電話があり「よく眠れた?」と訊かれたのだが、これこれこういうわけで30分しか寝てませんわと答えたところ、「迎えに行ってあげるから風呂でも入ってれば?」との提案。
名案だ。
その後事務所で長湯をして、すっぴんにて夫の車で帰った。
私は家という場所が好きなのだ。帰ると非常に落ち着くし、帰れないと落ち着かない。
そうしてやっと帰宅して、さあ、もうこのまま爆睡あるのみ・・・と思ったら次女くん登場。
「はいやーっ!トレーニングね!」
・・・・・。それでも倒れない自分の丈夫さが憎いと一瞬思いきや、いや、身体よ、おまえは正直者だ。
好きなことなら何でもいくらでも出来る。(別称:わがまま)
カランコエの元気が無い。
水を与え過ぎたんだと思う。葉っぱの色が変色している。
そんな心配をちょっとしていたら、娘が泣きながら飛び起きた。
どうした?怖い夢でも見たのか?と問いかける。
てっきり幽霊話でもするのかと思った。あるいは、友達関係の悩みでうなされでもしたのかと。
でも、娘が見た夢の内容は「デコボコした道端で転んだ。」夢だと言う。
それだけ?
「だけど、お母さんは、あたしが転んだのにも気づかずにまだちっちゃい妹を抱いて、さっさと行ってしまう。あたしは『お母さん!お母さん!』って叫ぶのに振り返ってもくれない。妹だけを大事に抱えてさっさと行ってしまうの。」
そんなことしないよ。不名誉な夢だなあ、まったく。
「そこからが怖いの。振り返った顔がお母さんの顔じゃなかったから。」と私を指差す。「知らない女の人だったから。」
・・・・・・・・・・・・・。
私は娘に飛びかかった。
そして、無理やり抱き上げた。
自分より10センチ以上もでかい娘のことを、ぐわーーっと持ち上げてぐるぐる回した。
「ぎゃあーーっ!何してんの?意味がわかんない。」
私は途中で目が回り、力尽きて娘と一緒にベッドに倒れた。どさーーっと倒れた時、娘は大爆笑していた。
「もうー、何するかわかんないよね、お母さんは!ほら!もう倒れちゃったんだから離して!」
だけど、私は泣いていた。
離さないよーだ。
何で知らない人の夢なんて見るんだよ。
私はあんたを置いて行ったりしないもの。転んだって、ほら、この通り離さないもの。明日は抱っこしたままで学校行くか?
娘は自分もぼたぼた涙を零し始めた。
そうして私の涙を拭いてくれた。
「あたし、今、自分で歩けるから。誰よりも早く走れるから。お母さん、ありがとう。」
そうだよね。
学校にはついて行かない。抱っこは心の中でしよう。欲しいものを与えるんじゃなくて、欲しいものを得る力を与えて行こう。
娘の化身のカランコエ、水やりすぎちゃ駄目だわさ。自分の中にある養分で伸びて行く。そんな時期もあるんだ、きっと。
水を与え過ぎたんだと思う。葉っぱの色が変色している。
そんな心配をちょっとしていたら、娘が泣きながら飛び起きた。
どうした?怖い夢でも見たのか?と問いかける。
てっきり幽霊話でもするのかと思った。あるいは、友達関係の悩みでうなされでもしたのかと。
でも、娘が見た夢の内容は「デコボコした道端で転んだ。」夢だと言う。
それだけ?
「だけど、お母さんは、あたしが転んだのにも気づかずにまだちっちゃい妹を抱いて、さっさと行ってしまう。あたしは『お母さん!お母さん!』って叫ぶのに振り返ってもくれない。妹だけを大事に抱えてさっさと行ってしまうの。」
そんなことしないよ。不名誉な夢だなあ、まったく。
「そこからが怖いの。振り返った顔がお母さんの顔じゃなかったから。」と私を指差す。「知らない女の人だったから。」
・・・・・・・・・・・・・。
私は娘に飛びかかった。
そして、無理やり抱き上げた。
自分より10センチ以上もでかい娘のことを、ぐわーーっと持ち上げてぐるぐる回した。
「ぎゃあーーっ!何してんの?意味がわかんない。」
私は途中で目が回り、力尽きて娘と一緒にベッドに倒れた。どさーーっと倒れた時、娘は大爆笑していた。
「もうー、何するかわかんないよね、お母さんは!ほら!もう倒れちゃったんだから離して!」
だけど、私は泣いていた。
離さないよーだ。
何で知らない人の夢なんて見るんだよ。
私はあんたを置いて行ったりしないもの。転んだって、ほら、この通り離さないもの。明日は抱っこしたままで学校行くか?
娘は自分もぼたぼた涙を零し始めた。
そうして私の涙を拭いてくれた。
「あたし、今、自分で歩けるから。誰よりも早く走れるから。お母さん、ありがとう。」
そうだよね。
学校にはついて行かない。抱っこは心の中でしよう。欲しいものを与えるんじゃなくて、欲しいものを得る力を与えて行こう。
娘の化身のカランコエ、水やりすぎちゃ駄目だわさ。自分の中にある養分で伸びて行く。そんな時期もあるんだ、きっと。
急性期の病棟から電話がかかって来た。「あー、もしもし?!もしもし!?かおるさん?」
ありゃ、Tちゃん。あけおめ、ことよろ、お久しぶりね。慌てているようですけどどうしました?
「どうにもこうにも忙しくて。それなのに今アル中の入院が入ったの!人手貸してくれます?!」
ああ、いいっすよ。こちらは落ち付いているし。
さっそく助手さんにお願いした。1病棟でアル中の人を着替えさせて欲しいんだって。
「あいあいさー♪」と快く降りてくれたものの、すぐに血相変えて戻って来た。
「大変!まじ忙しそうです。点滴入れて欲しい人がいるみたいですからかおるさんが行った方がいいみたい!あたしが留守番しますので代わってくれます?」
何々、そんなに忙しいのか。あー、でも1ヶ月以上も点滴刺していない日々。
大丈夫かな?と思い、到底さっきの彼女のようには「あいあいさー♪」と言う心境では加勢に行けなかった。
が、行って見れば身体が色んな仕事を覚えていてくれたので助かった。1ヶ月くらいじゃあたりまえだろうって話だけど、実は余分な記憶は即抹消する方なので不安だった。
2~3人手のかかる人の処置が片付くと静かになった。
そろそろ御暇しようと思ったらナースコールが一つ。
「あ。もう、いいですよ。ありがとうございました。あとはこっちでやります。」とTちゃんの声も大分落ち付きを取り戻していたのだけど、ついでに受けてあげた。
行って見た病室には骨折で入院している青年がいた。
「あ、本取ってくれます?」
床に落としたけど、骨折しているのでおいそれとは動けないらしい。
拾ってあげた雑誌には自衛隊派遣についての記事が書かれてあった。
思わずそれをじーーーっと見てしまう。
そんな私に気がついてか、「まったく、馬鹿げている。」と彼は言った。馬鹿げているの言葉の語尾がわずかに上がったのは、そう思わない?って恐る恐る同意を求めている雰囲気。
うん、ほんと。と返事をすると、彼は自分は自衛隊にいたことがあると語り出した。
へえー、そうなんですか。もしも今行けって言われたらどう思いますか?
「怖いですよ。」
そうですよね。
「でも、もっと怖いのは行けって言っている人間の浅はかさです。全く何にも知らんと。」
薄々分かるのだけど、例えば彼はどういうことを分かっていないわけですか?例えば私たち一般の人間は自衛隊の方々の何を知らないんですかね?と訊いて見た。
もちろん全部。そう言って一蹴されるんじゃないか?と思っていたら、思いの他彼は色んなことを語ってくれた。
長々と訊いていて致命的なのは、やっぱり、人殺しの訓練など受けていない人間が人殺しのプロの群れに投げ込まれることだと思った。
「闘いに行けと言っているのではない。でも攻撃されたら身を守るために防衛するのはいい。それは武力行使でない。」の一点張り。
でも、殺そうとして飛びかかってくる人間から身を守るには実際のところ相手を殺す勢いでも無ければ無理。
実際にはナイフを持ち銃を持ち、その瞬間には並列の関係になる。自衛もへったくれも無くなるだろう。
彼が隊のどんな部署に位置したのかは訊かなかったけど、射撃の訓練などしたことがなかったと言う。
TVに映されたモザイク顔の隊員さんは、300メートル先の標的を撃つ訓練をしたことがあると語っていた。
戦場と言うのは、物陰からいきなり殺意を持った敵が現れるんじゃないのか。私が映画を見過ぎているのかしら。
だけど、実際に行って視察したわけでもない首相も私と大差ないんじゃないかしら。
「そうだね。行ったこともない場所だもん。」と彼も言う。
武器を持つときに「防衛」と言う言葉を使う。強迫観念に駆られて、武器を持つ。だけど、本当はこの世界に武器なんて必要ないのにと思わずにいられない。
だけど、既に戦争は大昔から始まっていて、人々は武器を捨てられなくなった。
一度持ってしまった武器は中々捨てられないものなのだ。
相手が「武器を捨てたよ。」と言っても信じられないから。
それは一度兵を出したあと、撤退の機を逃して全滅して行った歴史上の数々の軍隊の運命に似ている。
一度兵を出したら、中々引き上げられないだろう。(兵じゃないっつったて兵にならざる得ない状況が待っているかも知れない。)
いつ撤退しても、「何で今撤退する?」と叩かれる。もっとも、元々見栄や口約束で出してしまったものならば、あるいは、その理屈が元々筋の通っていないまま施行されてしまったものならば、ますます撤退できないだろうなあ。叩かれるのを恐れてだとしたら。
自体が悪くなっても、いつ相手が「もういいよ。」って言ってくれるんだろう?とびくびく顔色を伺っているしか術が無くなるんじゃないだろうか。
自らの考えと意志よりも義理の方が大きかったとしたら、自らの考えで引くことも難しくなって来るんじゃなかろうか。
恐れによる行動にはろくな結末が待っていない。
例えどっちにしてもろくな結末じゃないとしたら自分の意志で動きたい。
そんなのは個人の勝手であって、そうでない人も沢山いるんだろうけど、そうでない一個人に巻き込まれるとなると話は違って来る。
あんた意外の人間もやっぱり人間なんだぞって話。駒じゃねえぞ。
昔の日本には「刀は無くても身を守れる。」と無刀取りを伝授しようとした石舟斎という男がいた。もっともそこまで心身を鍛練した人には、自分が刀に囲まれるような自体を引き起こすことはあり得ないのかも知れないが。
それから、「誰も死ななくていい世の中を作る。」と言ってその代わりに自分が命を落として行った坂本竜馬という男もいた。人を斬らずに出世して行った。
「何を考えてるの?」と言われてはっと気がつく。療養型に戻らなくちゃ。自分の場所に。
追いかけるように青年が言う。
「しかし、日本は弱い。弱いって言うのも暴力と同じくらい暴力だと思わない?」
彼に大きく相槌を打ちたかったのだけど、また来るね!と立ち去るしかなかった。急がなくちゃ。目先のことを。
それにしても、遠い世界のことじゃないのに、同じ国の人間が危険にさらされようとしているのに、すべてはどうしてこんなに遠いのだろう。手が届かないのだろう。
ああ、そう言えば、そう。
現地の人々に「日本の自衛隊派遣をどう思いますか?」とインタビューしてたら、彼らが大声で叫んでた。
「何で軍隊が来るんだ!必要なのは電気だ!」
なるほどなあと思った。
くれって言ってないものをくれて威張ってられてもねえ・・・。
ありゃ、Tちゃん。あけおめ、ことよろ、お久しぶりね。慌てているようですけどどうしました?
「どうにもこうにも忙しくて。それなのに今アル中の入院が入ったの!人手貸してくれます?!」
ああ、いいっすよ。こちらは落ち付いているし。
さっそく助手さんにお願いした。1病棟でアル中の人を着替えさせて欲しいんだって。
「あいあいさー♪」と快く降りてくれたものの、すぐに血相変えて戻って来た。
「大変!まじ忙しそうです。点滴入れて欲しい人がいるみたいですからかおるさんが行った方がいいみたい!あたしが留守番しますので代わってくれます?」
何々、そんなに忙しいのか。あー、でも1ヶ月以上も点滴刺していない日々。
大丈夫かな?と思い、到底さっきの彼女のようには「あいあいさー♪」と言う心境では加勢に行けなかった。
が、行って見れば身体が色んな仕事を覚えていてくれたので助かった。1ヶ月くらいじゃあたりまえだろうって話だけど、実は余分な記憶は即抹消する方なので不安だった。
2~3人手のかかる人の処置が片付くと静かになった。
そろそろ御暇しようと思ったらナースコールが一つ。
「あ。もう、いいですよ。ありがとうございました。あとはこっちでやります。」とTちゃんの声も大分落ち付きを取り戻していたのだけど、ついでに受けてあげた。
行って見た病室には骨折で入院している青年がいた。
「あ、本取ってくれます?」
床に落としたけど、骨折しているのでおいそれとは動けないらしい。
拾ってあげた雑誌には自衛隊派遣についての記事が書かれてあった。
思わずそれをじーーーっと見てしまう。
そんな私に気がついてか、「まったく、馬鹿げている。」と彼は言った。馬鹿げているの言葉の語尾がわずかに上がったのは、そう思わない?って恐る恐る同意を求めている雰囲気。
うん、ほんと。と返事をすると、彼は自分は自衛隊にいたことがあると語り出した。
へえー、そうなんですか。もしも今行けって言われたらどう思いますか?
「怖いですよ。」
そうですよね。
「でも、もっと怖いのは行けって言っている人間の浅はかさです。全く何にも知らんと。」
薄々分かるのだけど、例えば彼はどういうことを分かっていないわけですか?例えば私たち一般の人間は自衛隊の方々の何を知らないんですかね?と訊いて見た。
もちろん全部。そう言って一蹴されるんじゃないか?と思っていたら、思いの他彼は色んなことを語ってくれた。
長々と訊いていて致命的なのは、やっぱり、人殺しの訓練など受けていない人間が人殺しのプロの群れに投げ込まれることだと思った。
「闘いに行けと言っているのではない。でも攻撃されたら身を守るために防衛するのはいい。それは武力行使でない。」の一点張り。
でも、殺そうとして飛びかかってくる人間から身を守るには実際のところ相手を殺す勢いでも無ければ無理。
実際にはナイフを持ち銃を持ち、その瞬間には並列の関係になる。自衛もへったくれも無くなるだろう。
彼が隊のどんな部署に位置したのかは訊かなかったけど、射撃の訓練などしたことがなかったと言う。
TVに映されたモザイク顔の隊員さんは、300メートル先の標的を撃つ訓練をしたことがあると語っていた。
戦場と言うのは、物陰からいきなり殺意を持った敵が現れるんじゃないのか。私が映画を見過ぎているのかしら。
だけど、実際に行って視察したわけでもない首相も私と大差ないんじゃないかしら。
「そうだね。行ったこともない場所だもん。」と彼も言う。
武器を持つときに「防衛」と言う言葉を使う。強迫観念に駆られて、武器を持つ。だけど、本当はこの世界に武器なんて必要ないのにと思わずにいられない。
だけど、既に戦争は大昔から始まっていて、人々は武器を捨てられなくなった。
一度持ってしまった武器は中々捨てられないものなのだ。
相手が「武器を捨てたよ。」と言っても信じられないから。
それは一度兵を出したあと、撤退の機を逃して全滅して行った歴史上の数々の軍隊の運命に似ている。
一度兵を出したら、中々引き上げられないだろう。(兵じゃないっつったて兵にならざる得ない状況が待っているかも知れない。)
いつ撤退しても、「何で今撤退する?」と叩かれる。もっとも、元々見栄や口約束で出してしまったものならば、あるいは、その理屈が元々筋の通っていないまま施行されてしまったものならば、ますます撤退できないだろうなあ。叩かれるのを恐れてだとしたら。
自体が悪くなっても、いつ相手が「もういいよ。」って言ってくれるんだろう?とびくびく顔色を伺っているしか術が無くなるんじゃないだろうか。
自らの考えと意志よりも義理の方が大きかったとしたら、自らの考えで引くことも難しくなって来るんじゃなかろうか。
恐れによる行動にはろくな結末が待っていない。
例えどっちにしてもろくな結末じゃないとしたら自分の意志で動きたい。
そんなのは個人の勝手であって、そうでない人も沢山いるんだろうけど、そうでない一個人に巻き込まれるとなると話は違って来る。
あんた意外の人間もやっぱり人間なんだぞって話。駒じゃねえぞ。
昔の日本には「刀は無くても身を守れる。」と無刀取りを伝授しようとした石舟斎という男がいた。もっともそこまで心身を鍛練した人には、自分が刀に囲まれるような自体を引き起こすことはあり得ないのかも知れないが。
それから、「誰も死ななくていい世の中を作る。」と言ってその代わりに自分が命を落として行った坂本竜馬という男もいた。人を斬らずに出世して行った。
「何を考えてるの?」と言われてはっと気がつく。療養型に戻らなくちゃ。自分の場所に。
追いかけるように青年が言う。
「しかし、日本は弱い。弱いって言うのも暴力と同じくらい暴力だと思わない?」
彼に大きく相槌を打ちたかったのだけど、また来るね!と立ち去るしかなかった。急がなくちゃ。目先のことを。
それにしても、遠い世界のことじゃないのに、同じ国の人間が危険にさらされようとしているのに、すべてはどうしてこんなに遠いのだろう。手が届かないのだろう。
ああ、そう言えば、そう。
現地の人々に「日本の自衛隊派遣をどう思いますか?」とインタビューしてたら、彼らが大声で叫んでた。
「何で軍隊が来るんだ!必要なのは電気だ!」
なるほどなあと思った。
くれって言ってないものをくれて威張ってられてもねえ・・・。
毎年年末になると娘とだいたい同じ年頃の従兄弟陣が遊びに来て、正月にその親、つまりは小姑様たちがやって来る。
おかげで既に賑やかだ。
出勤し続けているのでたいしたおかまいは出来ないけれど、娘と従兄弟ちゃんたちが遊んでいるのを見てると物凄く微笑ましい。
昔は従兄弟ちゃんたちを見ては「何だ、このジャイアンみたいのは?」「人んちでそんなに野性的になるな。」と蒼白なっていた。
でもって皆で遊んでいる中、幼い次女だけがよく私の部屋に逃げ込んで来ていた。
どうしたの?と訊くと、「お姉ちゃんやあいつらがいじめる。」と。
仕方はないので小さな手を引っ張って皆のところに連れて行く。「うちのりーちゃんとも仲良くしてちょうだい。ほら、お姉ちゃんも妹なんだからかばってあげて。」
すると、長女は「妹はずるい!いつもずるい!こんな時はお母さんのところに逃げてばかりでずるいと思う!」と叫び泣き出す。
そして取っ組み合いが始める。
あああああああ、年末年始くらいおごそかに過ごしたい!と発狂しそうだった。
しかし、年月が流れて、昨日茶碗を洗いながらそれを思い出したときに、一人吹き出して笑ってしまった。
「どうしたの?」と子供たちが言うので、こんなことがあったよね?と話すと皆爆笑していた。
もうすっかり大人びた元ジャイアンも今や優しい女の子。負けず劣らず乱暴者だったお兄ちゃんもずいぶん紳士になっちゃって。歳を重ねるごとにうちの姉妹も仲良くなって来た。
あの頃は何かある度に皆で深刻になっていた。心配や不安や危惧。親としてとか大人としてとか私も必死になっていた。
だけど、月日が流れるとこんなに通じ合い分かり合えるようになるんだなあ。元やんちゃ坊主たちと今や結構真剣な話も対等に出来たりして。
段々従兄弟ちゃんたちにも愛情がつのる。初めはひたすらおののくばかりだったのに、今や知れば知るほどかわいい。
日にち薬という言葉があるけれど、相手が大人でも子供でも、人の魅力というのは初めはそんなに目立たなかったものでもじわじわ滲み出て日にち惚れ薬になっちゃっているのかも。
皆大きくなってくれてありがとう。今年も無事でいてくれてありがとう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
真夜中に「誰かーーっ!?」と叫ぶいちさんの手が汗でべっとりと濡れていた。
何?何?おしっこ?と駆け寄ったとき、腕にしがみ付かれたので分かった。
トイレに降りたいのではなかった。
用事なんて何もなかった。
だけど、目を開けたら真っ暗だったので起き上がり叫んだだけだった。
昨日、ストレスフルな状態のとき、神経も筋肉も緊張して血液がどろどろになるという話をしたけど、手にべっとり汗をかくというのも一つの特徴だったりする。
例えば出くわした猛獣と応戦するとして、物を掴んで投げたりする時に滑っては困るからだという説があるけれど、いちさんにとっては誰かにしがみ付くため、掴まるための汗だったのかも知れない。普通の汗とは違う、必死の汗。
いちさんは入院生活で未だに緊張しているんだなと思う。
「今日は何日?今日は何日?」と何度も訊くので日付けを教えると「ふう~・・・」とため息をつく。
年末年始、せめて自宅に外泊出来ないか思っていたのだけど、帰れないことが分かってから、いちさんの不穏は酷くなった。
肩に触るとバリバリに硬くなっていた。
「あたし、ずっとここにいるのかね?退院出来るのかねえ?」
出来るよ。必ず治るし退院も出来るよ。
繰り返しそう言っているうちに、いちさんの手から汗が引いてさらさらになって行った。
やがて目を閉じて静かに眠りについた。
私にも覚えがある。
何だかわけもわからなく不安なときに人と話して落ち付いた日のことも、原因がハッキリしている絶望の淵で「淵に行かなくてもまだこっちに道がある。」って教えてくれた日のことも。
色んな人に助けられてさらさらになって行った。そして動き出せた。夜も眠れた。
誰かが誰かに愛されたり許されたり受け入れられたり、その過程で緊張が解けて行けばいいなと願う。
原始の人々は、何かとどろどろ血になったり、べたべた手になったりするほど危険が多い世の中で、本当は支え合い、互いに緊張をほぐし、そんな関わりをするために集団で生きることを選んだんじゃないかなと思う。
ところで
今年も一年間ありがとうございました。
皆さんのおかげでとっても楽しい一年になりました。
良いお年を。
おかげで既に賑やかだ。
出勤し続けているのでたいしたおかまいは出来ないけれど、娘と従兄弟ちゃんたちが遊んでいるのを見てると物凄く微笑ましい。
昔は従兄弟ちゃんたちを見ては「何だ、このジャイアンみたいのは?」「人んちでそんなに野性的になるな。」と蒼白なっていた。
でもって皆で遊んでいる中、幼い次女だけがよく私の部屋に逃げ込んで来ていた。
どうしたの?と訊くと、「お姉ちゃんやあいつらがいじめる。」と。
仕方はないので小さな手を引っ張って皆のところに連れて行く。「うちのりーちゃんとも仲良くしてちょうだい。ほら、お姉ちゃんも妹なんだからかばってあげて。」
すると、長女は「妹はずるい!いつもずるい!こんな時はお母さんのところに逃げてばかりでずるいと思う!」と叫び泣き出す。
そして取っ組み合いが始める。
あああああああ、年末年始くらいおごそかに過ごしたい!と発狂しそうだった。
しかし、年月が流れて、昨日茶碗を洗いながらそれを思い出したときに、一人吹き出して笑ってしまった。
「どうしたの?」と子供たちが言うので、こんなことがあったよね?と話すと皆爆笑していた。
もうすっかり大人びた元ジャイアンも今や優しい女の子。負けず劣らず乱暴者だったお兄ちゃんもずいぶん紳士になっちゃって。歳を重ねるごとにうちの姉妹も仲良くなって来た。
あの頃は何かある度に皆で深刻になっていた。心配や不安や危惧。親としてとか大人としてとか私も必死になっていた。
だけど、月日が流れるとこんなに通じ合い分かり合えるようになるんだなあ。元やんちゃ坊主たちと今や結構真剣な話も対等に出来たりして。
段々従兄弟ちゃんたちにも愛情がつのる。初めはひたすらおののくばかりだったのに、今や知れば知るほどかわいい。
日にち薬という言葉があるけれど、相手が大人でも子供でも、人の魅力というのは初めはそんなに目立たなかったものでもじわじわ滲み出て日にち惚れ薬になっちゃっているのかも。
皆大きくなってくれてありがとう。今年も無事でいてくれてありがとう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
真夜中に「誰かーーっ!?」と叫ぶいちさんの手が汗でべっとりと濡れていた。
何?何?おしっこ?と駆け寄ったとき、腕にしがみ付かれたので分かった。
トイレに降りたいのではなかった。
用事なんて何もなかった。
だけど、目を開けたら真っ暗だったので起き上がり叫んだだけだった。
昨日、ストレスフルな状態のとき、神経も筋肉も緊張して血液がどろどろになるという話をしたけど、手にべっとり汗をかくというのも一つの特徴だったりする。
例えば出くわした猛獣と応戦するとして、物を掴んで投げたりする時に滑っては困るからだという説があるけれど、いちさんにとっては誰かにしがみ付くため、掴まるための汗だったのかも知れない。普通の汗とは違う、必死の汗。
いちさんは入院生活で未だに緊張しているんだなと思う。
「今日は何日?今日は何日?」と何度も訊くので日付けを教えると「ふう~・・・」とため息をつく。
年末年始、せめて自宅に外泊出来ないか思っていたのだけど、帰れないことが分かってから、いちさんの不穏は酷くなった。
肩に触るとバリバリに硬くなっていた。
「あたし、ずっとここにいるのかね?退院出来るのかねえ?」
出来るよ。必ず治るし退院も出来るよ。
繰り返しそう言っているうちに、いちさんの手から汗が引いてさらさらになって行った。
やがて目を閉じて静かに眠りについた。
私にも覚えがある。
何だかわけもわからなく不安なときに人と話して落ち付いた日のことも、原因がハッキリしている絶望の淵で「淵に行かなくてもまだこっちに道がある。」って教えてくれた日のことも。
色んな人に助けられてさらさらになって行った。そして動き出せた。夜も眠れた。
誰かが誰かに愛されたり許されたり受け入れられたり、その過程で緊張が解けて行けばいいなと願う。
原始の人々は、何かとどろどろ血になったり、べたべた手になったりするほど危険が多い世の中で、本当は支え合い、互いに緊張をほぐし、そんな関わりをするために集団で生きることを選んだんじゃないかなと思う。
ところで
今年も一年間ありがとうございました。
皆さんのおかげでとっても楽しい一年になりました。
良いお年を。
昔、連続勤務が続いた時期に、滅茶苦茶疲れていてしょっちゅう動悸がしていた。
仕事でちょっとした局面の変化があった時はおろか、たかが申し送りの前というだけでドキドキドキドキ早鐘のように動悸がしていた。
心臓でも悪いのかと思うくらいで。
それを言うと、当時一緒に働いていた先生が二言目には「水を飲め。」と言う。
連続勤務だ、オペだ、やれ申し送りだ、ドキドキドキドキ。その度に「おい。おまえ、水を飲め。」
そんなに何回も飲めないよ、お腹がパンパンになっちゃうと口答えしていたのだけど、ストレスマネジメントの勉強をしていると、つくづくあの先生は正しかったのだと思う。
Last Friendにも書いたけど、ストレスというのは原始で言えば人間が道端で猛獣に出くわした時の状態。
出くわしてしまった猛獣と闘うか逃げるか、いずれにしても大ピンチ。
どっちにしても、襲われて怪我をした時、さらさらな血では出血多量で死んでしまうので、すぐに凝固するどろどろ血に変わる。
そのどろどろ血を全身に行き渡らせるためには、心臓はいつもより頑張らなければならないので脈拍が速くなってドキドキドキドキ。
また、ピンチの時にトイレに行きたくなっては困るので消化管の動きは止まる。当然、食欲が無くなってお腹は張った状態に。酷いと胃痛までする。
もちろんそんなピンチの時に眠っていたんじゃたちまち食われちまうので神経はぎんぎんに興奮して不眠不休の状態に陥る。
ストレスが引き起こすこれらの症状は、皆、闘うために都合の良いコンディションだ。
ストレスは悪いものじゃない。
だけど、私たちは疲労が蓄積すると、ちょっとしたことを「猛獣」だと認識してしまう。
ちょっとしたイベントや会合や連続勤務や申し送りや、きっと、もっと疲労が蓄積した人は、もっと些細なことを猛獣だと思ってしまうに違いない。
私は今でも夜勤の度に動悸に悩まされお腹も張って苦しくなる。
人が見ればたいしたことではないので、「もっと気楽に構えなよ。取って食われるわけでもあるまいし。」と思うようなこと。
しかし、「猛獣」だと思い込んでいる人にとっては、どうしても「猛獣」なのだ。
来客を恐れる年末年始のお嫁さんもそうかも。試験前の学生もそうかも。嫌な同僚と仕事をしなければならない人もそうかも。
先生はそれをわかっていたんだなあと今思う。
本人が「猛獣」だと思い込んでいるものを、いくらそうじゃないと言って聴かせても散大した瞳孔には猛獣しか映らない。
仕方がないから、せめて水を飲めと言ってくれていたんだろう。
私は、単に緊張を和らげるために言ってくれているのだと思ったのだけど、それ以上の意味があった。
水分を沢山取って血液をさらさらにする。力を抜いて深呼吸する。
緊張の連続な時こそ、力を抜いてなるべく楽に構えようと努力する。
やがて少しずつ心臓の負担が減って来て、楽に全身に血が行き渡る。
私がライオンだと思っていた対象は、逃げたり闘ったりする必要もない可愛い猫だったと気づく。極端ではなくて、心身の状況でそこまで見方が変わることもある。
重ねて、思い込みの激しい私に無理な説得はせず、ただ「しょうがないからとりあえず水を飲め。」と言ってくれた先生の思いやりを思うと、ますます力が抜ける。血液がさらさらになる思い。
そんなことを思ったのは、ずーーっとずっと何日も、どろどろ血のままで緊張しっぱなしのあなたにも言ってあげたいなと思ったから。
大丈夫。猛獣じゃないよ。
なるようになる
仕事でちょっとした局面の変化があった時はおろか、たかが申し送りの前というだけでドキドキドキドキ早鐘のように動悸がしていた。
心臓でも悪いのかと思うくらいで。
それを言うと、当時一緒に働いていた先生が二言目には「水を飲め。」と言う。
連続勤務だ、オペだ、やれ申し送りだ、ドキドキドキドキ。その度に「おい。おまえ、水を飲め。」
そんなに何回も飲めないよ、お腹がパンパンになっちゃうと口答えしていたのだけど、ストレスマネジメントの勉強をしていると、つくづくあの先生は正しかったのだと思う。
Last Friendにも書いたけど、ストレスというのは原始で言えば人間が道端で猛獣に出くわした時の状態。
出くわしてしまった猛獣と闘うか逃げるか、いずれにしても大ピンチ。
どっちにしても、襲われて怪我をした時、さらさらな血では出血多量で死んでしまうので、すぐに凝固するどろどろ血に変わる。
そのどろどろ血を全身に行き渡らせるためには、心臓はいつもより頑張らなければならないので脈拍が速くなってドキドキドキドキ。
また、ピンチの時にトイレに行きたくなっては困るので消化管の動きは止まる。当然、食欲が無くなってお腹は張った状態に。酷いと胃痛までする。
もちろんそんなピンチの時に眠っていたんじゃたちまち食われちまうので神経はぎんぎんに興奮して不眠不休の状態に陥る。
ストレスが引き起こすこれらの症状は、皆、闘うために都合の良いコンディションだ。
ストレスは悪いものじゃない。
だけど、私たちは疲労が蓄積すると、ちょっとしたことを「猛獣」だと認識してしまう。
ちょっとしたイベントや会合や連続勤務や申し送りや、きっと、もっと疲労が蓄積した人は、もっと些細なことを猛獣だと思ってしまうに違いない。
私は今でも夜勤の度に動悸に悩まされお腹も張って苦しくなる。
人が見ればたいしたことではないので、「もっと気楽に構えなよ。取って食われるわけでもあるまいし。」と思うようなこと。
しかし、「猛獣」だと思い込んでいる人にとっては、どうしても「猛獣」なのだ。
来客を恐れる年末年始のお嫁さんもそうかも。試験前の学生もそうかも。嫌な同僚と仕事をしなければならない人もそうかも。
先生はそれをわかっていたんだなあと今思う。
本人が「猛獣」だと思い込んでいるものを、いくらそうじゃないと言って聴かせても散大した瞳孔には猛獣しか映らない。
仕方がないから、せめて水を飲めと言ってくれていたんだろう。
私は、単に緊張を和らげるために言ってくれているのだと思ったのだけど、それ以上の意味があった。
水分を沢山取って血液をさらさらにする。力を抜いて深呼吸する。
緊張の連続な時こそ、力を抜いてなるべく楽に構えようと努力する。
やがて少しずつ心臓の負担が減って来て、楽に全身に血が行き渡る。
私がライオンだと思っていた対象は、逃げたり闘ったりする必要もない可愛い猫だったと気づく。極端ではなくて、心身の状況でそこまで見方が変わることもある。
重ねて、思い込みの激しい私に無理な説得はせず、ただ「しょうがないからとりあえず水を飲め。」と言ってくれた先生の思いやりを思うと、ますます力が抜ける。血液がさらさらになる思い。
そんなことを思ったのは、ずーーっとずっと何日も、どろどろ血のままで緊張しっぱなしのあなたにも言ってあげたいなと思ったから。
大丈夫。猛獣じゃないよ。
なるようになる
押し迫ったこの日に、いよいよ内輪の忘年会。
内輪だからね。
気軽に楽に気を使わずにさらりと。
ほんのちょろっとね、楽しく呑めれば良いから。
だって、皆いい加減疲れたわよね、もう。
なんてことを思っていたら、Mちゃんがド紫の着物で現れた。
一同、うごっ!と声にならない悲鳴。
わ、和服かよーーっ!てなわけで、皆ひっくり返るほどビックリした。
昨年は金髪のかつらを被って来ましたからね、この人は。
外人か?と思って道行く人が振り返っていたが、本物の外人さんまで振り返って見ていたのは異常におかしかった。。
しかし、違和感は違和感としてあるのだけど、金髪も和服もどちらもお似合いで可愛かった。この人は違和感を味方につける天才だと思う。内輪だけの忘年会でここまで発揮して下さってありがとう。
「やー、毎年見せてくれますね。」と言った私の夫は「そっちも何か出せ。」と怒られてた。
療養型に行ってから皆と全然会えなかったせいか、実に懐かしかった。夕方から8時間も呑んでいたと言う。主婦よ、こんなことでいいのか。でも、呑むときゃ きちんと呑んでおこう。
ところで、1軒目の店を出た時、真夜中だって言うのに街は非常に明るくて人も結構多かった。そんな駅前の広場で津軽三味線を弾いている若者がいた。
その演奏が素晴らしかったので、ちょっとだけ立ち止まって皆で聴いていた。
わいわいがやがやした人だかり。
それは人が多いから当然のざわめきなんだけど、何やら遥か上空からもざわめきが聞える。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ聞えて来る。
何で上空からざわめきが?と不思議に思って見上げると、白い生き物が物凄く沢山飛んでいる。
あれは何?鳥なの?それとも蛾のような虫?何で真夜中なのにあんなに沢山?
人ごみの中で私一人が上を見上げていたのでその様子が目立ったのか、夫や同僚数人も「何?何か見えるの?」一緒に空を見上げた。
「ああ、あれはコウモリだよ。」と夫が教えてくれた。
コウモリ!
こんな街中に?!
ビルとビルの間に広がる大きな夜空を無数のコウモリたちは飛んでいて、ぺちゃくちゃと騒いでいる。
だけど、皆にはこの「ぺちゃくちゃ」が聞えないらしい。「えー?鳴き声までは聞えないよ。」と言われてビックリ。
鳴き声って言うよりも明かに話し声なのに。それもこんなに甲高くて大きな。
私の耳がおかしいのか。それともたまたま彼らの周波数を捉えているのか。(どっちにしてもおかしいか。)
しかし、そのコウモリたちが、明らかに地上の津軽三味線に合わせて、躍るように飛んでいるのは周知の事実だった。輪を広げて回ったり縮まったり広がったり。
「すっげー。曲に合わせて舞っているように見えるな。」
それどころか、私の耳には、きゃーきゃーわいわい歌っているのも聞こえていた。異国語だけど、何だかあれは彼らが持っている言語のような気がする。もっと近かったらもっとハッキリわかるんだろうか。
三味線の曲が途切れると人々の拍手が起り、その代わりに上空のコウモリたちは消えて行く。木々に止まったりビルの屋上で休んだり。
コウモリが一匹もいなくなった空っぽの空に星とお月様。
しかし、次の曲が始まった途端、再び無数のコウモリたちが皆「わーーっ♪」と夜空に飛び出して来て、舞い、喋り、歌っているのだ。
これは凄いものを見たと感動した。コウモリまで楽しげにパーティしている。笑い声のようなものも聞こえる。
何がビックリしたかって
今まで見上げなかった街中の空にはコウモリが。
ちょっと怖い生き物だと思っていたコウモリが結構かわいく歌っていたりして。
その真っ黒なはずのコウモリは、夜の照明を浴びると地上からは真っ白い鳥のようにも見えていて。
私は演奏者にも教えてあげたいくらいだった。
上空にも観客がいたと言うことを。彼らもあなたの素晴らしい演奏を聴いていたってことを。
内輪だからね。
気軽に楽に気を使わずにさらりと。
ほんのちょろっとね、楽しく呑めれば良いから。
だって、皆いい加減疲れたわよね、もう。
なんてことを思っていたら、Mちゃんがド紫の着物で現れた。
一同、うごっ!と声にならない悲鳴。
わ、和服かよーーっ!てなわけで、皆ひっくり返るほどビックリした。
昨年は金髪のかつらを被って来ましたからね、この人は。
外人か?と思って道行く人が振り返っていたが、本物の外人さんまで振り返って見ていたのは異常におかしかった。。
しかし、違和感は違和感としてあるのだけど、金髪も和服もどちらもお似合いで可愛かった。この人は違和感を味方につける天才だと思う。内輪だけの忘年会でここまで発揮して下さってありがとう。
「やー、毎年見せてくれますね。」と言った私の夫は「そっちも何か出せ。」と怒られてた。
療養型に行ってから皆と全然会えなかったせいか、実に懐かしかった。夕方から8時間も呑んでいたと言う。主婦よ、こんなことでいいのか。でも、呑むときゃ きちんと呑んでおこう。
ところで、1軒目の店を出た時、真夜中だって言うのに街は非常に明るくて人も結構多かった。そんな駅前の広場で津軽三味線を弾いている若者がいた。
その演奏が素晴らしかったので、ちょっとだけ立ち止まって皆で聴いていた。
わいわいがやがやした人だかり。
それは人が多いから当然のざわめきなんだけど、何やら遥か上空からもざわめきが聞える。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ聞えて来る。
何で上空からざわめきが?と不思議に思って見上げると、白い生き物が物凄く沢山飛んでいる。
あれは何?鳥なの?それとも蛾のような虫?何で真夜中なのにあんなに沢山?
人ごみの中で私一人が上を見上げていたのでその様子が目立ったのか、夫や同僚数人も「何?何か見えるの?」一緒に空を見上げた。
「ああ、あれはコウモリだよ。」と夫が教えてくれた。
コウモリ!
こんな街中に?!
ビルとビルの間に広がる大きな夜空を無数のコウモリたちは飛んでいて、ぺちゃくちゃと騒いでいる。
だけど、皆にはこの「ぺちゃくちゃ」が聞えないらしい。「えー?鳴き声までは聞えないよ。」と言われてビックリ。
鳴き声って言うよりも明かに話し声なのに。それもこんなに甲高くて大きな。
私の耳がおかしいのか。それともたまたま彼らの周波数を捉えているのか。(どっちにしてもおかしいか。)
しかし、そのコウモリたちが、明らかに地上の津軽三味線に合わせて、躍るように飛んでいるのは周知の事実だった。輪を広げて回ったり縮まったり広がったり。
「すっげー。曲に合わせて舞っているように見えるな。」
それどころか、私の耳には、きゃーきゃーわいわい歌っているのも聞こえていた。異国語だけど、何だかあれは彼らが持っている言語のような気がする。もっと近かったらもっとハッキリわかるんだろうか。
三味線の曲が途切れると人々の拍手が起り、その代わりに上空のコウモリたちは消えて行く。木々に止まったりビルの屋上で休んだり。
コウモリが一匹もいなくなった空っぽの空に星とお月様。
しかし、次の曲が始まった途端、再び無数のコウモリたちが皆「わーーっ♪」と夜空に飛び出して来て、舞い、喋り、歌っているのだ。
これは凄いものを見たと感動した。コウモリまで楽しげにパーティしている。笑い声のようなものも聞こえる。
何がビックリしたかって
今まで見上げなかった街中の空にはコウモリが。
ちょっと怖い生き物だと思っていたコウモリが結構かわいく歌っていたりして。
その真っ黒なはずのコウモリは、夜の照明を浴びると地上からは真っ白い鳥のようにも見えていて。
私は演奏者にも教えてあげたいくらいだった。
上空にも観客がいたと言うことを。彼らもあなたの素晴らしい演奏を聴いていたってことを。
療養型の病棟に来て26日目。
何て早いんだ。
ここに来た時、懐かしい患者さんを沢山見つけた。
急性期を経て安定しても、すぐには介護が困難だと言う人は、ここでワンステップを過ごしてから退院する人も多いからだ。
・・・・・・・。いや、それよりも、ずっとここに置いてくれと仰る家族の方々の方が断然多い。
家には帰れないけど、ここは病院だからそんなに長くはいられない。
だから、余命が短い人はこの場所で看取ってくれと懇願され、長生きしそうなほど容態が安定した人はどこかのホームかまた他の療養型の病院に転院して行く。
ご家族が悪いんじゃない。至らないのではない。
話がぶっ飛ぶことを承知で、ついでに言うと、補導された少年少女はその親に罰金制度を設けましょうって言うあの法案もわからない。
「罰金を課せば親も自己責任を感じるようになるでしょう。」とのことだが、何も彼女たちの親御さんたちのすべてに責任感が無いというわけではないと思う。責任感がないから自分の子供が非行に走るわけではないと思う。
果たして罰金制度を設けて非行が減るのかどうか結果はわからないが、そんなの減っても減らなくても悲しい浅知恵だなと思う。
TVでコメンテーターと言う肩書きの人がのたまうように、
「今の働きざかりの世代は最悪ですね。親の面倒も見なければ子供の面倒さえ見れないんだから。仕事、仕事って、仕事がそんなに大切ですかね。昔はもっと愛がありましたけどね。」って言うのは本当に真実なのか。
運良く好きな仕事につけている人って言うのはごく一部で、本当はもっと子供と一緒にいたい、親の面倒を看たいって言う人が沢山いるってのがホントのところだろうと思う。
病院に毎日見舞いに来る家族は「まあ、親御さん思いねえ。」と当然感心される。
だけど、私は忘れない。
仕事帰りの真夜中に「規則破りなのは分かっているんですが、どうしても今面会させて欲しい。」ってやって来た息子さんのことを。1ヶ月ぶりにやって来た彼はボロボロの作業着で。
普段は「まったく洗濯物さえも取りに来ないなんて、不人情な家族ね。」などと言われていて。
だけど、「上司に付き合わされて今日も飲んじまって・・・」って言い訳する彼はほんとにボロボロで酒臭くて。
だけど、消灯を過ぎた暗い病室で、痴呆があって何の反応も無いお母さんにすがって泣いたんだ。
「こんなところに一人ぼっちにしてごめんよ。」って泣いたんだ。
そういう彼こそが自分の一人ぼっちをこらえて、お母さんの一人ぼっちをケアしに来てくれたんだ。
学校の授業参観で一年ぶりに見たあるお母さんの顔。
「ちっとも学校の行事に行けなくて。だけど、今日こそはと頑張って来ました。」と言った彼女はほんとにやつれていた。
そんなことも知らないで「あそこの家は子供に関心が無いからね。今日はたまたま気分で来たのね。」などと言うのが多くの他人。
罰金って言うのは罪を犯した人から取るお金。罰を受ける人から取るお金。
だけど、もしも家庭を省みれない状況が多くの人にあるとしても、それらの全部が本人だけの責任じゃないような気がするのだが。
決して本人だけのせいじゃないような気が。
うちは、たまたま家族が揃ってクリスマスを迎えられる状況にあった。だけど、それはたまたまなのであって、いつ何時、それが出来ない状況に襲われないとも限らない。
何事も、その人の立場に立って見ないと分からなくて好き勝手なことを言ってしまうのが人間で
国が人間の集まりである限り、それは万能ではないと分かってはいるのだけど。
万能じゃなくとも、ここまでその機能が大馬鹿だったりすると、絶句してしまう今日この頃だった。
何て早いんだ。
ここに来た時、懐かしい患者さんを沢山見つけた。
急性期を経て安定しても、すぐには介護が困難だと言う人は、ここでワンステップを過ごしてから退院する人も多いからだ。
・・・・・・・。いや、それよりも、ずっとここに置いてくれと仰る家族の方々の方が断然多い。
家には帰れないけど、ここは病院だからそんなに長くはいられない。
だから、余命が短い人はこの場所で看取ってくれと懇願され、長生きしそうなほど容態が安定した人はどこかのホームかまた他の療養型の病院に転院して行く。
ご家族が悪いんじゃない。至らないのではない。
話がぶっ飛ぶことを承知で、ついでに言うと、補導された少年少女はその親に罰金制度を設けましょうって言うあの法案もわからない。
「罰金を課せば親も自己責任を感じるようになるでしょう。」とのことだが、何も彼女たちの親御さんたちのすべてに責任感が無いというわけではないと思う。責任感がないから自分の子供が非行に走るわけではないと思う。
果たして罰金制度を設けて非行が減るのかどうか結果はわからないが、そんなの減っても減らなくても悲しい浅知恵だなと思う。
TVでコメンテーターと言う肩書きの人がのたまうように、
「今の働きざかりの世代は最悪ですね。親の面倒も見なければ子供の面倒さえ見れないんだから。仕事、仕事って、仕事がそんなに大切ですかね。昔はもっと愛がありましたけどね。」って言うのは本当に真実なのか。
運良く好きな仕事につけている人って言うのはごく一部で、本当はもっと子供と一緒にいたい、親の面倒を看たいって言う人が沢山いるってのがホントのところだろうと思う。
病院に毎日見舞いに来る家族は「まあ、親御さん思いねえ。」と当然感心される。
だけど、私は忘れない。
仕事帰りの真夜中に「規則破りなのは分かっているんですが、どうしても今面会させて欲しい。」ってやって来た息子さんのことを。1ヶ月ぶりにやって来た彼はボロボロの作業着で。
普段は「まったく洗濯物さえも取りに来ないなんて、不人情な家族ね。」などと言われていて。
だけど、「上司に付き合わされて今日も飲んじまって・・・」って言い訳する彼はほんとにボロボロで酒臭くて。
だけど、消灯を過ぎた暗い病室で、痴呆があって何の反応も無いお母さんにすがって泣いたんだ。
「こんなところに一人ぼっちにしてごめんよ。」って泣いたんだ。
そういう彼こそが自分の一人ぼっちをこらえて、お母さんの一人ぼっちをケアしに来てくれたんだ。
学校の授業参観で一年ぶりに見たあるお母さんの顔。
「ちっとも学校の行事に行けなくて。だけど、今日こそはと頑張って来ました。」と言った彼女はほんとにやつれていた。
そんなことも知らないで「あそこの家は子供に関心が無いからね。今日はたまたま気分で来たのね。」などと言うのが多くの他人。
罰金って言うのは罪を犯した人から取るお金。罰を受ける人から取るお金。
だけど、もしも家庭を省みれない状況が多くの人にあるとしても、それらの全部が本人だけの責任じゃないような気がするのだが。
決して本人だけのせいじゃないような気が。
うちは、たまたま家族が揃ってクリスマスを迎えられる状況にあった。だけど、それはたまたまなのであって、いつ何時、それが出来ない状況に襲われないとも限らない。
何事も、その人の立場に立って見ないと分からなくて好き勝手なことを言ってしまうのが人間で
国が人間の集まりである限り、それは万能ではないと分かってはいるのだけど。
万能じゃなくとも、ここまでその機能が大馬鹿だったりすると、絶句してしまう今日この頃だった。
またしても夜勤だったのです。
療養型は主婦の方々が多くて夜勤をやる人が少ないので、すぐシフトが回って来る。
明けでへろへろになっていると、仲良くなったばかりの助士さんが「かおるさん、○○のアウトレット行きましょうよー!」と元気に誘ってくれる。
おお、同じ夜勤明けなのに若さの違いよのう。
帰って掃除せねばならないので行けないと答えるが、「だって!この間も両手いーーっぱいに買い物したんですけど、二万円でこーーんなにいっぱい買えるんですよ!元気出ますよ!行きましょうよ!」と両手を広げて熱心に言ってくれる。
もといた病棟の同僚がそれを聞いていて「おりょ?!私は○○のショッピングモールに誘おうと思っていたんだよ、今!リラックスするよー。フットマッサージ、ネイル付きで9000円!どうだ!行くか?!」
おお、独身と主婦のバリアフリー。こんなおばちゃんを果敢に誘ってくれてありがとうねえ。
だが、独身貴族たちよ。二万円と言えば私のようなものに取っては大金なのだ。9000円も高い。次女の塾代も受験料も馬鹿にならない。フットマッサージは自分でやろう。ネイルも自分で塗ろう。
「ちっ。付き合い悪いなあ。ほんとは嫌いなんだろ?私らのこと!」
違う。嫌いとか好きではない。しかし、ううっ、大掃除もせねば。
でも、何もかんも忘れて「よっしゃああああっ!遊ぼうーー!」と繰り出したい。←しかし、考えて見れば、何もかんも忘れることが多過ぎるよね、私。
意を決して帰って掃除しまくり。
眩暈がしたよ。汚れは人を食い殺さんかも知れないが、やはり散らかると心もすさむのだ。
恥ずかしながらカーテンを洗ったのは半年ぶり!怖いでしょ?ヘビースモーカーなのに。
久しぶりにカーテンを取っ払った部屋に、ぐわーーっ!と光りが射し込んで、さながら未知との遭遇!
ビックリした。
掃除が終わってカーテンも乾いて、ぽつりと夫に言った。
「お父さん、うちのカーテンねえ。」
「うん。」
「ライトブルーだったよ。」
夫は爆笑して「ダークブルーかと思ってたのにねえ。」と。←いったいどんだけ汚くしているんだ。ね?怖いでしょ?
「ああ、それからねえ。昼間カーテン全部外したら、まるでETが現れそうだったよ。」
これにも爆笑して「いつも夜勤明けでダークな世界で爆睡してたもんね。これからの夜勤明けはETと一緒に昼寝だね。」
しかし、片付いた部屋を見た娘たちが不平を言う。
「何だよ。片付けちゃったのかよ。この部屋、今まで凄く落ち付く部屋だったのに。」
そう言う娘たちの部屋はものすごーーく綺麗なのだ。やつら、自分の部屋はいつもキープクリーンで、私の部屋で過ごして散らかして帰る。
「こんなんじゃあ、私ら安心して散らかせないじゃないか。元に戻せ。」
まったく何と言うやつらだ。
心配するな。また日々連続勤務やっていると元に戻るだろ。
しかし、私はくじけずに定期的にETを呼ぶぞ。仲良くしてくれるな?
「考えとく。」とのことだった 。
療養型は主婦の方々が多くて夜勤をやる人が少ないので、すぐシフトが回って来る。
明けでへろへろになっていると、仲良くなったばかりの助士さんが「かおるさん、○○のアウトレット行きましょうよー!」と元気に誘ってくれる。
おお、同じ夜勤明けなのに若さの違いよのう。
帰って掃除せねばならないので行けないと答えるが、「だって!この間も両手いーーっぱいに買い物したんですけど、二万円でこーーんなにいっぱい買えるんですよ!元気出ますよ!行きましょうよ!」と両手を広げて熱心に言ってくれる。
もといた病棟の同僚がそれを聞いていて「おりょ?!私は○○のショッピングモールに誘おうと思っていたんだよ、今!リラックスするよー。フットマッサージ、ネイル付きで9000円!どうだ!行くか?!」
おお、独身と主婦のバリアフリー。こんなおばちゃんを果敢に誘ってくれてありがとうねえ。
だが、独身貴族たちよ。二万円と言えば私のようなものに取っては大金なのだ。9000円も高い。次女の塾代も受験料も馬鹿にならない。フットマッサージは自分でやろう。ネイルも自分で塗ろう。
「ちっ。付き合い悪いなあ。ほんとは嫌いなんだろ?私らのこと!」
違う。嫌いとか好きではない。しかし、ううっ、大掃除もせねば。
でも、何もかんも忘れて「よっしゃああああっ!遊ぼうーー!」と繰り出したい。←しかし、考えて見れば、何もかんも忘れることが多過ぎるよね、私。
意を決して帰って掃除しまくり。
眩暈がしたよ。汚れは人を食い殺さんかも知れないが、やはり散らかると心もすさむのだ。
恥ずかしながらカーテンを洗ったのは半年ぶり!怖いでしょ?ヘビースモーカーなのに。
久しぶりにカーテンを取っ払った部屋に、ぐわーーっ!と光りが射し込んで、さながら未知との遭遇!
ビックリした。
掃除が終わってカーテンも乾いて、ぽつりと夫に言った。
「お父さん、うちのカーテンねえ。」
「うん。」
「ライトブルーだったよ。」
夫は爆笑して「ダークブルーかと思ってたのにねえ。」と。←いったいどんだけ汚くしているんだ。ね?怖いでしょ?
「ああ、それからねえ。昼間カーテン全部外したら、まるでETが現れそうだったよ。」
これにも爆笑して「いつも夜勤明けでダークな世界で爆睡してたもんね。これからの夜勤明けはETと一緒に昼寝だね。」
しかし、片付いた部屋を見た娘たちが不平を言う。
「何だよ。片付けちゃったのかよ。この部屋、今まで凄く落ち付く部屋だったのに。」
そう言う娘たちの部屋はものすごーーく綺麗なのだ。やつら、自分の部屋はいつもキープクリーンで、私の部屋で過ごして散らかして帰る。
「こんなんじゃあ、私ら安心して散らかせないじゃないか。元に戻せ。」
まったく何と言うやつらだ。
心配するな。また日々連続勤務やっていると元に戻るだろ。
しかし、私はくじけずに定期的にETを呼ぶぞ。仲良くしてくれるな?
「考えとく。」とのことだった 。
生まれつき声がでかい人っている。
しかも、その人がお年を召して難聴になったりしたらさあ大変。
もともと声が低音のおばあさんなのだけど、「看護婦さあーーーんっ!」と呼ぶ声は地響きのようにこだまする。
いちさん、いちさん、呼ぶ時はナースコール押して。それにそんなに大きな声で呼ばなくても聞えるから。
しかし、その言葉も聞えないので、いちさんは自分の欲求が満たされるまで、例えばベッドに横になるとかトイレに降りるとか目的が達成されるまで叫び続ける。「ベッドに乗せてーええええっ!」「おしっこおおおおっ!うおおおおっ!おしっこおおおっ!うがあーーっ!」
わかった!わかった!今抱えてるでしょ?!と、こちらもパニックになってしまう。一刻も早くこの地響きを止めなければ!しかし、重い。
隣のおばあさんが「まったく!ほんとにうるさいわね!そのボケじいさん!」といつも怒っている。
いやいや、じいちゃんじゃないの。この人はばあちゃんなの。何度言ったらわかるの。
と言うのは、いちさんは声だけでなくて風体も男性的なのである。どこか西郷隆盛を彷彿させる太い眉毛、立派な体格。それで同室のばあちゃんはてっきりいちさんのことを「おじいさん」だと思い込んでいる。
いつも小柄な旦那さんが面会に来る。
車椅子に座ったいちさんと立っている旦那さんが丁度釣り合いが取れるくらいの体格差。
「あんたあーっ!あたしゃ早く家に帰りたいよ!もう骨折も治っているんだからさあ!早く連れて帰っておくれよ!」
「駄目なんだよ。おまえのそのでかい声を聴いていると嫁が頭痛がするって言って嫌がっているんだ。」
「えー?何ー?聞えないよーーーっ!あんたあああっ!?」
と言うようないちさんの声を一日中聴いていると、私たちまで頭痛に悩まされることがある。ほんとに凄いぶっとい声。
しかし、ある日、いちさんがぱったりと叫ばなくなってしまった。
いったいどうしたって言うのだろう。御飯もろくに食べてくれないし、ほとんど口をきこうともしない。
頭部CTを撮ったり採血したり各種検査をするくらいの異変だった。いちおう立てるのだけど、トイレに降りようとしないので、毎回失禁してびしょびしょにベッドを濡らしてしまう。
検査の結果、異常所見はなかった。
身体的に異常がないってことは、やっぱり内面に目が行ってしまう。
何かが彼女を脱力させているに違いない。
旦那さんに何か変わったことはありませんでしたか?と訊いて見たら、「多分、嫁が大声を嫌がって帰って来て欲しくないって言っているってのを俺が言ったからだ。聞えないと思って喋ってたら、先日聞えてしまったらしい。」と言う。
お嫁さんの気持ちもわかるけど、いちさん、かわいそうに。何だか老人性の鬱のようになってしまった。
誰が何を話しかけても、もう2度と喋ろうとはしなかった。完全に塞ぎ込んでしまった。
だけど、こんな場合でもなければ、私たちは滅多にいちさんに話しかけなかった気がする。いつも、その地鳴りのような大声を出さないで欲しいとびくびくしていた。
考えて見れば、私たち、いちさんのこと何にも知らないんだ。食べる、眠る、トイレに降りる。そんな生理的な欲求をお手伝いするだけで、他には何にも知らない。
これを今気がついて間に合うんだろうか?これから語りかけて行こうとしても、いったい何から入れば良いんだろう。何せ知らないんだから、きっかけが掴めない。
でも、試しに横でぼそっとつぶやいて見た。
いちさん。いちさんは、どうしていちさんなの?
ああ、馬鹿みたいな質問だ。
するといちさんはぴくっ!とこちらを見て「今、何て言った?」と言う。
ビックリした。聞こえるとは思わなかったから。
今度は大きな声で「ああ、いちさん。どうして、あなたはいちさんなの?」と言って見た。何だか舞台の台詞みたい。
「うん!良く訊いてくれた。うちのおやじさんがつけてくれた名前なんだよ。」
やや声がでかくなって来た。おやじさんってのは、いちさんのお父さんのことらしい。
「あたしは大正一年の一月一日に生まれたんだよ。」と、まるで七福神の一員のような笑顔。
「それで、おやじさんは珍しいーって言ってあたしにいちって名前をくれたんだよ。」
へ、へえー。そうなのー。と汗が出る思い。こんなに元気そうな笑顔は久しぶりだったから。しかも、こんな些細な話で。
おやじさんは良い人だった?
「うん。良い人だったよ。でも、あたしが六つの時に死んじゃってねえ。だけど、あたしの名前はおやじさんがつけてくれたんだよ!おやじさん、死ぬまで何度も何度もこの話を聴かせてくれたんだよ!『おまえは大正一年の一月一日に生まれたいちだよ。』って、嬉しそうに話してくれたんだよ。」
いやあ、いちさんの顔があんまり嬉しそうなんで、おやじさんの顔まで浮かんで来る。大丈夫。わかるよ。
もはやあたりがパニックになるくらいの大声が復活してしまった。
いちさん。そんな由来があったんだね。そんな大事な名前を今まであんまり呼んであげなくてごめんね。
助士さんたちもビックリして集まってきた。
「何だ、元気になったじゃないの?いったいどうして?いちさん?御飯食べる?」
「いちさん?寒くない?ハンテン着る?」
みんな、わやわや話しかけてくれて、
いちさんが「食べるよ。おやじさんはいつもあたしに『御飯をいっぱい食べて大きくなれ。』って言ってたからあたしはこんなに大きくなっちゃったんだよ!」とか、
「着るよ!おやじさんもハンテンいつも着てたんだよ!」って答える度に、その大声に跳ね飛ばされるように散って行く。耳を塞いでびくっ!とする人もいる。
だけど、また近づいて何か話しかける。いちさんが答える。皆逃げる。
それを繰り返しているのでおかしかった。笑えた。
人はやっぱり自分の物語を持っているんだなあと思う。それも一生大切に出来る物語を。
いちさんにとって、おやじさんの物語は、とってもとっても大切な思い出なんだろうなあと思う。
そして、何だか、おやじさんが打ちひしがれたいちさんを救ってくれたような気がして。
そんな意味では、親って言うのは無意識にでも我が子に祈りをこめて命名するんじゃないかと思って。
しかし、自分が死んだあとも我が子を救えるなんて、名前って言うのは素敵な祈りだな。
そんなことを考えていると、いちさんが「あんたは何でかおるって言うんだい?」と言うので、男が生まれても女が生まれてもどっちでも良い名前を探したらしいよと答えた。ああ、何と情けない。
すると、いちさんを含む周囲の人間が「なるほど。それでそんな性格になっちゃったんだ。」としみじみうなずいたので、何故そこで納得する!えー、こら?!と牙をむいたら、私もさっきのいちさん同様皆に逃げられた。
しかも、いちさんまでもが素早く車イスを後退させていた。
身の危険に鋭敏に反応出来るほど良くなったのね。
しかも、その人がお年を召して難聴になったりしたらさあ大変。
もともと声が低音のおばあさんなのだけど、「看護婦さあーーーんっ!」と呼ぶ声は地響きのようにこだまする。
いちさん、いちさん、呼ぶ時はナースコール押して。それにそんなに大きな声で呼ばなくても聞えるから。
しかし、その言葉も聞えないので、いちさんは自分の欲求が満たされるまで、例えばベッドに横になるとかトイレに降りるとか目的が達成されるまで叫び続ける。「ベッドに乗せてーええええっ!」「おしっこおおおおっ!うおおおおっ!おしっこおおおっ!うがあーーっ!」
わかった!わかった!今抱えてるでしょ?!と、こちらもパニックになってしまう。一刻も早くこの地響きを止めなければ!しかし、重い。
隣のおばあさんが「まったく!ほんとにうるさいわね!そのボケじいさん!」といつも怒っている。
いやいや、じいちゃんじゃないの。この人はばあちゃんなの。何度言ったらわかるの。
と言うのは、いちさんは声だけでなくて風体も男性的なのである。どこか西郷隆盛を彷彿させる太い眉毛、立派な体格。それで同室のばあちゃんはてっきりいちさんのことを「おじいさん」だと思い込んでいる。
いつも小柄な旦那さんが面会に来る。
車椅子に座ったいちさんと立っている旦那さんが丁度釣り合いが取れるくらいの体格差。
「あんたあーっ!あたしゃ早く家に帰りたいよ!もう骨折も治っているんだからさあ!早く連れて帰っておくれよ!」
「駄目なんだよ。おまえのそのでかい声を聴いていると嫁が頭痛がするって言って嫌がっているんだ。」
「えー?何ー?聞えないよーーーっ!あんたあああっ!?」
と言うようないちさんの声を一日中聴いていると、私たちまで頭痛に悩まされることがある。ほんとに凄いぶっとい声。
しかし、ある日、いちさんがぱったりと叫ばなくなってしまった。
いったいどうしたって言うのだろう。御飯もろくに食べてくれないし、ほとんど口をきこうともしない。
頭部CTを撮ったり採血したり各種検査をするくらいの異変だった。いちおう立てるのだけど、トイレに降りようとしないので、毎回失禁してびしょびしょにベッドを濡らしてしまう。
検査の結果、異常所見はなかった。
身体的に異常がないってことは、やっぱり内面に目が行ってしまう。
何かが彼女を脱力させているに違いない。
旦那さんに何か変わったことはありませんでしたか?と訊いて見たら、「多分、嫁が大声を嫌がって帰って来て欲しくないって言っているってのを俺が言ったからだ。聞えないと思って喋ってたら、先日聞えてしまったらしい。」と言う。
お嫁さんの気持ちもわかるけど、いちさん、かわいそうに。何だか老人性の鬱のようになってしまった。
誰が何を話しかけても、もう2度と喋ろうとはしなかった。完全に塞ぎ込んでしまった。
だけど、こんな場合でもなければ、私たちは滅多にいちさんに話しかけなかった気がする。いつも、その地鳴りのような大声を出さないで欲しいとびくびくしていた。
考えて見れば、私たち、いちさんのこと何にも知らないんだ。食べる、眠る、トイレに降りる。そんな生理的な欲求をお手伝いするだけで、他には何にも知らない。
これを今気がついて間に合うんだろうか?これから語りかけて行こうとしても、いったい何から入れば良いんだろう。何せ知らないんだから、きっかけが掴めない。
でも、試しに横でぼそっとつぶやいて見た。
いちさん。いちさんは、どうしていちさんなの?
ああ、馬鹿みたいな質問だ。
するといちさんはぴくっ!とこちらを見て「今、何て言った?」と言う。
ビックリした。聞こえるとは思わなかったから。
今度は大きな声で「ああ、いちさん。どうして、あなたはいちさんなの?」と言って見た。何だか舞台の台詞みたい。
「うん!良く訊いてくれた。うちのおやじさんがつけてくれた名前なんだよ。」
やや声がでかくなって来た。おやじさんってのは、いちさんのお父さんのことらしい。
「あたしは大正一年の一月一日に生まれたんだよ。」と、まるで七福神の一員のような笑顔。
「それで、おやじさんは珍しいーって言ってあたしにいちって名前をくれたんだよ。」
へ、へえー。そうなのー。と汗が出る思い。こんなに元気そうな笑顔は久しぶりだったから。しかも、こんな些細な話で。
おやじさんは良い人だった?
「うん。良い人だったよ。でも、あたしが六つの時に死んじゃってねえ。だけど、あたしの名前はおやじさんがつけてくれたんだよ!おやじさん、死ぬまで何度も何度もこの話を聴かせてくれたんだよ!『おまえは大正一年の一月一日に生まれたいちだよ。』って、嬉しそうに話してくれたんだよ。」
いやあ、いちさんの顔があんまり嬉しそうなんで、おやじさんの顔まで浮かんで来る。大丈夫。わかるよ。
もはやあたりがパニックになるくらいの大声が復活してしまった。
いちさん。そんな由来があったんだね。そんな大事な名前を今まであんまり呼んであげなくてごめんね。
助士さんたちもビックリして集まってきた。
「何だ、元気になったじゃないの?いったいどうして?いちさん?御飯食べる?」
「いちさん?寒くない?ハンテン着る?」
みんな、わやわや話しかけてくれて、
いちさんが「食べるよ。おやじさんはいつもあたしに『御飯をいっぱい食べて大きくなれ。』って言ってたからあたしはこんなに大きくなっちゃったんだよ!」とか、
「着るよ!おやじさんもハンテンいつも着てたんだよ!」って答える度に、その大声に跳ね飛ばされるように散って行く。耳を塞いでびくっ!とする人もいる。
だけど、また近づいて何か話しかける。いちさんが答える。皆逃げる。
それを繰り返しているのでおかしかった。笑えた。
人はやっぱり自分の物語を持っているんだなあと思う。それも一生大切に出来る物語を。
いちさんにとって、おやじさんの物語は、とってもとっても大切な思い出なんだろうなあと思う。
そして、何だか、おやじさんが打ちひしがれたいちさんを救ってくれたような気がして。
そんな意味では、親って言うのは無意識にでも我が子に祈りをこめて命名するんじゃないかと思って。
しかし、自分が死んだあとも我が子を救えるなんて、名前って言うのは素敵な祈りだな。
そんなことを考えていると、いちさんが「あんたは何でかおるって言うんだい?」と言うので、男が生まれても女が生まれてもどっちでも良い名前を探したらしいよと答えた。ああ、何と情けない。
すると、いちさんを含む周囲の人間が「なるほど。それでそんな性格になっちゃったんだ。」としみじみうなずいたので、何故そこで納得する!えー、こら?!と牙をむいたら、私もさっきのいちさん同様皆に逃げられた。
しかも、いちさんまでもが素早く車イスを後退させていた。
身の危険に鋭敏に反応出来るほど良くなったのね。