10年くらい前になると思う。



仕事を辞めた先輩が自分で会社を作った。



仲の良い友達と二人で新しいことを始める彼女は意気揚揚としていた。



誇り高い人だった。



「私は人に使われるのは性に合わん。自分で何かやる。あんたも決められたこと、言われたことばかりをハイハイ言ってやってて虚しくならないの?そのうち嫌気が差すって。だから一緒にやろうよ。」と私を誘ってくれた。



とても魅力的な話ではあったのだけど、わき道に何度もそれて、やっと選んだナースの道だった。そして、”言われたこと”や”決められたこと”の中にも自分の自由やオリジナリティを発揮出来る場面が充分ある仕事だと思えていた。



「そんなことないって。あんな女ばかりの封建社会のどこに自由があるって言うの?」



それは、先輩がルールや基礎を押さえてないからだよ。



喉まで出かかったそんな言葉をぐっとこらえて飲み込んだ。



人の教えを請わない人間、人の話を聞かない人間が、他者に相手にされるはずはないんだが、先輩はいつも周囲が耳も貸してくれないと怒っていた。好きなように仕事が出来ないと嘆いていた。



チームだからなあ。と、これも飲み込んでいた。



先輩は有能だし、もともと頭が良かったので、その分、忍耐力に欠けていた。情にも欠けていた。人の愚かさや遠回りをあざ笑って「付き合い切れない」と言っていた。



だけど、その先輩が此度膨大な負債を背負ってしまった。



経営はうまく行かなかった。



だけども、そんな事業の失敗よりも、彼女の心を傷つけたのは、パートナーである友人の裏切りだったのだと思う。信じていた者に裏切られることほど耐え難きことはないと思う。



「私、もう死ぬ。何故か顔が浮かんできたから電話して見た。挨拶しなくちゃと、何故か顔が浮かんで来て。」と先輩は連絡をくれた。



致死量を充分満たすほどの薬が欲しいと彼女は言った。



私はあからさまには止めなかった。



その人の痛みなんてその人の立場に立って見ないとわからないから。



先輩はいつでも自分一人で考えて自分一人で決めて。



それが誇り高いことだと思っている。



私は言われるままに先輩に大量の薬を送ってあげた。



「先輩がいた頃には無かった新薬だよ。これ、良く効くよ。」ってメッセージを添えて。届いたら電話ちょうだいねと。



私はあくまで止めない。止めたら苦しいんだろう。私だったら、「死にたい。」と思ったら、「そうか。」と受けとめて欲しい。



実際に若い頃、自分がそのまま受けとめて貰えて、「そうか。死にたいか。」と言って貰えた時、とっても楽な気持ちになった。



そういう時は向こう岸を目指す船に何時の間にか乗っている。しかも霧の中で。



一旦受けとめないと見失う。



「世の中にはもっと苦しんでいる人がいるんだよ。」とか、分かりもしない本人の苦しみを否定しなかったからこそ、約束通り電話をくれたように思う。



「ありがとう。これから眠るけど、あんただけは覚えておいて。私は世の中に負けたんじゃない。追い詰められて、これから惨めな思いをするよりも自ら死を選ぶの。わかってくれるよね。自分で死を選ぶの。」



「あんたは死にたいって言っても受けとめてくれるから楽だ。」と先輩は言った。



私は止めない代わりに先輩に訊いた。「ところで、ネットはやっていらっしゃる?PCでホームページとかって見ること出来る?」



「何なの、唐突に。人が死にたいって言っているのに。あんた、ネットでメール交換なんて薄ら寒いことやってるわけ?私は買い物とかに利用してるけど。」



じゃあ、ホームページ見れるわけだ。今から言うページ開いてくれる?先輩が死にたいってこととは全然関係ないページだけど。ただ、何となく紹介したくなったんで。



私が紹介したかったのはペットシッター&プチホテル  Heart Landというサイトの管理人さんが作った、亡くなった愛犬シェリーちゃんやサラちゃんを追悼するページだった。ここなんだけど。



先輩は、人間というものをあまり信じていなかったけど、実家の愛犬をとても大切にしていた。



開いた?開いてくれた?見える?



「あら。かわいい。あ、わかった。あんた実家の犬を思い出させようとしてるでしょ?未練を思い起こさせようとしているでしょう?でも、無駄だよ。あいつも歳だったから去年死んじゃったんだ。」



先輩が霧の向こうに見え隠れする。



違うよ。



全部じゃなくていいから、”サラのお友達の皆さんへ”ってところ読んで。



「・・・・・・・。2月14日 午前7時頃、サラは自らの力で6歳と7ケ月の生涯をとじました・・・・・・。」



はい。そこ重要。その一行覚えておいてね。”自らの力で生涯を閉じました”。これ、覚えておいてね。



そして、もしも良ければその先も、他のページも読んで見てね。よろしくお願いします。



「薬飲むよ。」



飲む前に読んで。そして、もし、気が向いたらもう一度電話ちょうだい。



こちらから切った。



20分たったか30分たったか。



このままかかってこなかったら薬を飲んじまったってことだ。



でも、先輩は電話をくれた。ぐしゃぐしゃに泣いている様子だった。



「わかった。わかったよ。自らの力で生涯を閉じるって言うのは、決して自殺するってこととは違うってことね。」



そうだよ。



「最後まで自分の力で精一杯生きるってことね。」



そうだよ。先輩がしようとしていることは、結局すべてに負けているってことじゃないか。何が自ら死を選ぶだ。それは支配されて選ばされているってことじゃないか。馬鹿者。



天寿という言葉が浮かんで来る。



「サラちゃんってさあ・・・、”他のワンちゃんは、初めてのご挨拶でいきなり襲われたトラウマで仲良くできなかった”んだね。私と似てるかも。」



そうなんだあ。



「でも、いつでも相手の目を真っ直ぐに見つめて、人の言葉を素早く理解したんだね。」



そう書いてあるね。犬でも人間でも、信じられる者と信じられない者、両方が存在するってことかも知れないね。サラちゃんもシェリーちゃんも偉いと思わない?



誇り高くて優しくてカッコ良くない?対象が犬だと駄目?



「いや。立派なお手本読ませていただきました。うん、真剣に読んだ。もう誰に何言われてもいいや。生き抜いてやる。相棒が残して行った仕事の後始末も怒り狂いながらやってやる!」



うん。じゃあ、そのお薬飲んで良く休んでね。



「え?何で?人が生きようって気になってるのに!」



だって、色々考え過ぎて胃の調子も悪いでしょう?



それ、全部胃薬だから、私が袋に書いた用法で飲んで行ってね。当たり前だけど一辺に飲んでも効果はないよ。



先輩は「騙したな!」と叫んだ。でも、語尾が震えて大笑いに変わっていた。



一緒に笑った。





明日は早いので、二人とも同時に寝ようと言うことで、午前1時にベッドに入ることにした。



5、4、3、2、1。はいっ!ベッド!約束は守らなくては。



すやすや眠った。先輩を信じつつ。



ただ、騙しちゃったので、もう信用してもらえなくなっちゃうかなあと幾ばくかの不安を抱えつつ。



だけど、霧が晴れた。



明日は一緒にお茶をしよう。向こう岸へと行く時に使う船。とどめに叩き壊しに行こう。







naoさん、無断リンクごめんなさい。でも、そんなことがありました。(^^)
「何だ。こんなところにいたのか。」という声に振り返ると某ドクターが立っていた。



ほんとにしばらくぶりだった。



ほんとに如何にこの階までドクターが上がって来ないかということだけど。



退職でもしたと思ってほっとしてたんでしょ?と言うと「う。そ、そんなことありませんよ。元気そうで何よりです。」とのこと。



Kちゃんが「この人、こちらにももはや慣れて来ているようです。気をつけてね、先生。」と笑う。それじゃあいつも私があげ足取ってるみたいじゃないっすか。



「やだなー、もう。気をつけてねだなんて、僕はいつも通り仕事をするだけですよ。」



と言いつつ、先生は向こう2週間分の指示箋を書き、おまけに全回診して行った。聞いた話によると療養型ではあり得ないことだそうだ。



ふと気がついたら、普段気さくなパートさんが急に敬語で話しかけていることに気がついた。



今まで気軽に何でも頼んでくれていたのに急に私の仕事を取り上げるようになった。「あ、そんなことは私がやります。」と。



止めて下さい。急に。気持ち悪いんですけど。



そう言うと、パートさんは「Kさんと同期だとは知らなかったんですよ。若く見えるんだから!この!」とおべっかを使い、「K先生が言うこと聞くなんて凄いですねえ。私は先生の前に出ると首が縮まって言いたいことの半分も言えなくて。」とのこと。



今まで顎で使っていたのに状況で態度を変え、誰と親しいか?で力関係を測り、言葉使いまで変えてしまうとは、これ如何に。



そう言えば下の病棟でも仲良くなったあとに互いの「初めて物語」をすると盛り上がることがある。



Mちゃんがバリバリの先輩で、私が新人で初めての夜勤の時、先輩であるMちゃんが何やら苦しそうな顔をしているので「どうしました?」と訊くと「実は今日はお腹の調子が悪くて。。。おならを我慢してんのよ。」とのこと。



何?!それは大変だ!



私が「おならは我慢しちゃいかんよ!私の前では気を使わないでどんどんしなさい!」とMちゃんの肩を叩いた途端、ぶーーーっ!



その時のことを回想して大笑いをした。「あの時、『わっはっは!出て良かったねー!』って笑うかおちゃんを見て『この人について行こう』と思ったわ。」とのこと。何のこっちゃ。



それはさておき、通常、初めは敬語で、打ち解けてくるとため口って言うのならわかるけど、このパートさんは逆行もいいところ。



出会ってすぐの下僕に指令を出す状況から一気に敬語。腰もすっかり低くなってしまった。異常に気持ちが悪い。



その人がどうやって人の価値を測るかが垣間見えた瞬間でもあった。





余所の企業ではどうだか知らないけれど、この業界では新人さんに仕事を教える時にまるで『人としても下』と言わんばかりの言葉と態度で教える人がいる。あれは不思議だ。出会い頭は普通敬語だろう。



そんな場面でわざわざKちゃんが言う。



「新人の頃って良く無碍に扱われて、年数が経って育っていくと、初期の頃の自分の態度を指導者は忘れるけれど、言われた方、された方は決して忘れないのよね。」



Kちゃんは私の友達だけあって、さすがに意地悪だ。



パートさんは「わー、どうしよう!忘れて!この半月のことを忘れて!お願い!かおるさん!」としがみ付いて来た。



違うってば。



やはり、この人は何かが違う。
療養型の病棟に来て初めての入浴介助。



非常に不安だった。



何で?たかが風呂に入れるだけでしょ?と言われそうだけど、大勢の人間を相手にする「介護の手際」を要求される事は容易に想像出来る。



どこに行っても救急外来だとかオペ室だとか、病棟でもリーダー業務だとかで、何となく緊急の場面を捌く、凌ぐことばかり教わってきた。実行して来た。



だけど、その横目で介護のプロに属する医療スタッフの存在が凄く気になっていた。次々と患者さんを移送して清潔にして行く手、手、手。声、笑顔。また、手。



これまでも充分身体を張って来たつもりでいたのだけど、何となく、引け目を感じる。自分はまだまだ踏み入れていない世界。



私はチビだけど、患者さんの身体の向きを換えたり運んだり持ち上げたりする時のボディメカ二クスはそれなりに自信があって、無理な力を使っているスタッフにによく「そんなんじゃあ、身体を壊すよ。」などと偉そうに指導したものだった。



だけど、ある日、一人の看護助手さんにいきなり怒られた。「ちょっと、ちょっと、何てやり方してるのよ!それじゃあ患者さんが痛いでしょ!」



物凄くむっとしたのだけど、その助手さんは私などよりもずっと楽に患者さんを車イスに乗せた。そして、今まで全身に力を入れていた患者さんが、彼女にバトンタッチしてから急に安堵の表情に変わって身を任せていた。



「まったく!今まで頭ばかりカチャカチャ動かして来たんでしょ?!」と怒鳴られて棒立ちになった。



何だと?!頭だけカチャカチャだと?と私は頭の中が真っ白になった。そして、くっそー!と思った。



が、今こうして療養型に来て見ると、「ああ、なるほどね。」と思う。毎日ケアに明け暮れていると、誠にあっちの仕事が「頭ばかりカチャカチャ」と思われても仕方がないように思う。もっとも、あっちの仕事をしていない人からすればだけど。



そんでもって理屈じゃなくて今日は入浴介助である。ドキドキする。



しかし、途中で異常に楽しくなって行った。



ある程度は自分で入浴出来るけど少しの介助がいる人から、器械のベッドに寝せて入浴して貰う完全に寝たきりの人まで色々いた。



力を使わなければならない相手もいたし神経の方を使わなければならない相手もいた。



だけど、だけど、そのいずれの人も、皆一様に気持ち良さそうなのだ。



入る直前まで暴力を振るって入浴を拒んでいたいた痴呆の人、普段意識レベル300くらいのまったく反応がない人、そんな人たちの誰もが湯船に浸かると「ふうー」って顔になっていた。



お湯に使っている間に足や手をマッサージしてあげていると、もっと「ふーーっ」って顔になっていた。



これは凄い。皆、普段病室で会う同一人物とは思えない!



もう、夢中になってかけ湯をしたり、洗ったり、マッサージしたり。そして元通り服を着せたり、あ!また次の人が来た!ようこそー♪と脱がせたり。



Tシャツと単パンがびしょ濡れになった。



だけど、これまでに無い楽しさだった。だって皆さっぱりして帰って行くんだもの。



あんなに不安だった入浴介助がまさかこんなに楽しくなってしまうなんて!



全然平気!楽勝!



が、午後、普段通りの白衣に着替えて病棟に戻ったら、おっそろしく疲れていることに気がついた。



何だ?これは?眩暈がする。



普段無意識にやっていた一日のペース配分も何もかも無視して全力を尽くしてしまったらしい。



壁にぶつかったり、膝がかっくん!となったりする。こんなになるまで気がつかないなんて、私やっぱりアホだったんだ。あと3時間もあるよ、どーしよーー!



そんな日勤も何とか終って電車に乗る。



座れた。



私って何てラッキーなんだろう。だってもう立ってられないくらいだったから。



が、決してラッキーではなかった。



座った途端に昏睡状態。



目覚めたら、そこは新宿だった。わーん、どうしよう!外も真っ暗。私の頭も真っ暗。



どうしようったって、あんた。



帰るしかあるめえ。
3者面談のために休みを取った。



まったく受験生の3者面談は何度行ってもドキドキする。



出かけるまでにはまだまだ時間があったので部屋の掃除をしていると自宅の電話が鳴った。



「○○かおるさんですか?」と私宛てだったので珍しいなあと思う。



家族が多いので家の電話は極力使わない。携帯が私のホットラインになっているし、誰かに連絡先を告げる必要があってもそちらの番号を言うようにしている。



それは主婦のアルバイトを募集しているという勧誘の電話だった。



よくTVのニュースでも話題になっているデータ―入力。PCで文字を入力して行くだけで月々の収入が少なくとも2~3万はアップするというあれ。中には怪しい業者もあるそうで、資格を取らせたりPCを買わせたり指導料を取るだけで実際に給料が支払われなかったという詐欺事件も相次いだ。



「○○さんは一日一時間程度でも当社のお仕事をする気はありませんか?」



無いです。今この時期の一時間と言えば凄く貴重です。出来ません。すみませんね。



「しかし、例えば時給1000円払ったとしましょう。すると、○○さんの収入は月に幾らになりますか?」



は?何それ?私に計算しろって言ってるの?三万円になりますね。



「そうです。正解です。三万円です。例えば三万円あれば何に使いますか?」



何でそんなこと言わなければならないのか。



あのう、私、全然その仕事する気無いので電話切りますね。



しかし、相手はまだ喋っている。



いつもだったら大抵のセールスは相手が喋っていようがいまいが切ってしまうのだが、非常にある点が気になった。



この男の喋り方が異常ーーーーーっにスローテンポなのだ。



この異常なスローテンポさ加減に何やらいやらしさを感じて、その裏側をちょっと暴きたくなって来た。



「とりあえず、話だけでも聴いていただけませんか?」



いいっすよ。



それから延々とその仕事の内容を聞いた。その途中で何度も彼は「決して怪しい企業ではありません。」と言うことをくどいほど説明していた。



新聞や雑誌の記事の切り抜きを、gif形式のファイル、つまり画像にされて送られて来るので、こちら側は画像に写っているその文章をメモ帳にそっくりそのままコピーして送れば良いとのこと。



「ここまでで何か質問はございますかー?」



あります。



「ほー。ございますかー。では、どうぞー。」



まず、どうして私の名前と電話番号をご存知なんでしょう?私はネット上でもプライベートでもこの電話番号は人に教えていないんですよね。リストがあるならそれをどこから入手したか教えて下さい。



「な、何でそんな質問するんですか?」



スローテンポだったのにいきなり声が上ずって来ている。



だって、質問ございますか?って仰ったじゃない。



まあ、いいでしょう。答えられないんですね。



それじゃあ、次の質問ですけど、どこかの切り抜きを素人に打ち込ませて、企業側はそれを何に使うんですか?



「あのねえ、これはビジネスですよ!」



お。声が段々大きくて早口になって来た。



「こちら側はこういう仕事だって説明して、そちら側は言う通りに仕事をしていただく。いいですか?資格も何も持っていない一般の主婦に給料を提供するんですよ。」



何だか質問の答えにはなっていないような気がするんですが。



「いいですか?いいですか?」と興奮して来ているようだ。



いいですよ。続けて下さい。



「こっちは暇を持て余している一般の主婦に、しかも無資格の主婦に、仕事を提供してやろうってことでわかりやすく説明して差し上げているんですよ。」



ほっほお~。それで、あんなにくどくてイライラするほどのスローテンポだったのか。私の知能に合わせてわかりやすく説明してやっているつもりだったのね。それはありがたい。



途中で「さて、計算すると幾らになりますか?」とか、「凄く家計が助かると思いますが、これはわかりますか?」とか、馬鹿にしたような簡単な質問の仕方をしていたのもそう言うことか。



「でも、きちんと与えられた仕事が達成されないと企業としてはどうなると思います?」って質問もあったので、そりゃ企業としては損ですねって答えたら「損とかそういう問題じゃないんです。ビジネスとして成り立たないんです。」とのこと。



一緒じゃん。



「一緒じゃありません。それは信頼問題に関わって来ることです。」



それなら、「どうなると思います?」なんて言い方しないで、初めから「きちんと仕事をしてくれないと信頼問題に関わって来る。」って普通に言えよ。クイズ形式は止めろ。



それに自分で結論固めてるなら、わざわざ人に「どう思います?」なんて訊くな。



「今はどこも家計が苦しいんでしょう?言われたことをやれば月々何万も金貰えるんだから、企業が何に使うかとかそんなこと主婦には関係ないでしょう。」



もはや彼は滅茶苦茶早口になっている。



これだけ脱がしたら充分だろ。



あー、もしもし?お話の途中ですが、”暇を持て余している、資格もない、ビジネスもわからない、言われたことだけをやっていればいい、一般の、家計が苦しい主婦”に色々ご教授下さってありがとうございます。もう切りますね。



「そ、そんなこと言ってないでしょう?」



あら?言ってない?録音しときましたけど、聴きます?



「ろ、録音?」



ええー、録音です。録音わかりますか?録音知ってますか?



そうですよ。一般の主婦にはこういう陰湿なのもおりますから、お言葉には充分お気をつけてビジネスなさった方がいいですよ。



「・・・・・・・・。」



わかったのかよ。



「う?あれ?旦那様ですか?」



あたしだよ。あんたがさっきから喋っている無能な主婦だよ。



「ふん。女か。」



私の声音で一瞬夫かと思って緊張した声音が再び小馬鹿にしたような口調に戻る。



主婦も怒ったら色んな声が出るんだよ。色んなことを考えんだよ。家族の柱なんだから、おめおめあんたみたいなのの口車に乗るわけには行かないんだよ。



そしてあんたも、見かけはぽわわーーんとしててその実、家族のことを考えてがっつり守る主婦、かーちゃんに育てられて来たんだよ。かーちゃんっつうのは女だろ?女はあんたが思うほど馬鹿じゃないんだよ。



わかったのかよ。



「・・・・・・・。録音は?」



自分がこんな切り口上になってるのに録音してるわけないだろ。とっくに切ったよ。



とにかくあなたの発言も名前も会社名もここにとってあるから。



以後2度とかけて来ないように。



主婦だろうが何だろうが、こっちにも人を選んで関わる権利ってもんがあるんだよ。いいな?勝手に人の生活に声かけんなよ。割り込んで来んなよ。必要な時は必要な人をこっちから呼ぶ。あるいはこっちから行く。



さいなら、坊や。



ぐわっしゃんっ!と思い切り切った。



腕組みしてしばし電話を睨み付けていたが2度と鳴らなかった。



あー、自宅の電話は携帯と違って、ぐわっしゃん!が出来るから気持ち良いねえ。



あの会社がごく普通にビジネスをしているのか、はたまた詐欺なのか、もう、そんなことはどうでも良くて。



言葉の端々にその人の思想が出る。



それに嫌悪感を感じ取ったら付き合いは終わりなのである。



私は彼らとは職種がかなり異なっているから、その辺はハッキリ分からないのだけど、ビジネスの基盤ってのは「付き合い」が占める確率がとっても重要だと思うのだけどなあ。



あれでうまく行くのかなあ?行くケースが多いから横行するんだろうなあ。



でも、放っておこう。関係ないから。
リアルな夢。



あれは何だろう。



大抵は初めて観る景色なのに、いつでもそこは既視感があって、長年私はそこで暮らしていることになっている。



初めて観るのに観なれたスーパー、団地、小道、歩道、建てかけのビル。初めて会うのに夢の中では慣れ親しんだ近所の人。



夢の中の私はもう何年もそこに住んでいる。



そしてその長年住んでいるアパートの2階で私と夫が喧嘩をしている。しかし、夫がどうも今の夫ではないようだ。とにかく二人の会話は果てしなくすれ違っていて寒寒としている。しかし、あれは誰?



私はそのアパートを飛び出してしまうのだが、そのアパートの一階にある小さなスーパーの店内に目が止まる。



祖母と母が談話しながら楽しそうに買い物をしていたから。



おかしいな。祖母と母はとっても不仲なはずなのに。



何故か私は身を伏せて隠れてしまう。



そして妹が死んでしまったことを思い出す。



その葬儀の様子を思い出す。



夢の中では、夢の中の過去まで詳細に出来あがっていて、妹の葬儀の席で皆に慰められている母の姿が浮かぶ。



しかし、私は観てしまったのだ。



誰も見ていない時に母が含み笑いをした瞬間を。



たちまち私は悟ってしまう。



あれは事故死なんかじゃない。母が妹を殺したに違いない。



でも、いったい何故?かっとなって殴り殺したんだろうか?絞め殺したんだろうか?



その時、母が「寂しかったからよ。」と笑った。「死んだら皆が集まってくれるでしょう?」



ぞーーっとなっている私に「病気や怪我で病院に連れて行っていたのも、私がそうなればいいって祈っていたからよ。だって、そうすれば人が大勢いる病院に行けるでしょう?寂しかったのよ。おまえが寂しがらせたのよ。」



夢の中の私は、その街の病院に勤めていて、火傷や風邪や喘息で何度も妹を抱えて病院に来る母を迎えている。



「病院に行けばおまえもいるでしょう?」



何てことを!今すぐ元に戻さなくては!と私が焦っている。



でも、いったいどこまで戻せばいいんだ。



何かが狂っているのだけど、どうしていいのかわからない。



「孤独ってのはそれだけのことを人にさせるのよ。」と殺人を孤独のせいにしている夢の中の母というキャスティング。



その時、遠くの方で笑っていたのは祖母だった。



私は悟る。



記憶が改ざんされている。



死んだのは祖母だ。



妹は生きているはず。



虐待されていたのは私で妹は深く愛されている。



孤独だったのは私を育てていた時代のかわいそうな母であって、今は幸せなはず。



早く元に戻したい。でも、いったいどうすれば?





とにもかくもおかしいのは、死んだはずの祖母が、まるで生きているふりをして普通に会話したり買い物したりしている。ただ、別人のようににこやかで良い人になっているのが何とも不気味。



怖い!ばあちゃん、ばあちゃんは死んだんだよ!妹は生きてるんだよ!と叫んだら、



「ああ、とうとうそんなこと言って。やっぱり私が死ねばいいと思ってるんだな、おまえは。」と祖母が生前のくそばばあに戻ってしまった。まったく祖母らしい。安心してしまうほどに。



祖母がすーーっと消えて行く。



「生き返って欲しいって言うから来たのに馬鹿野郎。」と言いつつ消えて行く。





私はベッドの上で目が覚めて、しばし、ここはどこか?と考える。



ここは東京だ。我が家だ。夫も娘も舅も姑も元気でいる。九州では、母たち親子が幸せに暮らしている。ああ、良かった。ただ、祖母がいないという現実は変わりなく、それが悲しいのだけど、もう2度とそれを元に戻そうと思ってはいけないような気がした。



くだらないながらも、あんまりリアルな夢だったので呆然としていたが、友達が録画しておいてくれたビデオをつけて気を紛らわそうとした。



『オーロラの彼方から』という先週TVで放送されていた映画だった。



その中で、死んだ父の運命を変えて蘇らせようとする息子の情熱に感動する。



それにしても過去の何かを変えると現在の何かが大きく狂うと言う恐怖。



何であの夢のあとにこの映画なんだろう?とやはり不思議な偶然を思う。





結論は、今、幸せで良かった。もう戻りたくない。



それを強く思うことが出来たので、これはもしかしたら、祖母が私にくれた夢なのかも知れないと思った。



過去を悔いたり惜しんだりするばかりで、今の幸せを見れないようじゃいけないんだ、きっと。
例えば幾つになったとしても、親にとって我が子はいつまでも我が子なんだろうと思う。



もしも、たかが40そこそこで脳の血管が詰まって倒れてしまったとしたら。



それもある日突然、何の前触れも無しに。



脱水状態が続いたと言うだけで取り返しの付かないことになってしまったら。



それでも、我が子は我が子なのだ。



親御さんはもう一年以上も病院に通い詰め、来る日も来る日も「○○子~、○○子~。」と呼びかける。



倒れてすぐに大学病院で最善を尽くされたが、「もうこれ以上の回復は望めないので、自宅か施設へ。」と言われた親御さんの心痛は今も続いている。



当初、何故専門病院でもないうちに転院して来られたのだろう?と思ったが、



親御さんは「どこに行っても回復の見込みがないのなら、ここに置いて欲しいのです。」と知り合いである院長を頼っていらっしゃった。



凄いなと思う。親御さんもそうだけど、そんなときに、そんな人々の頭に姿が浮かぶ院長という存在が、やはり凄いと思う。



外科医なのに。全身麻痺もリハビリも介護も専門外の病院なのに、「あなたの元に出きる限り置いて下さい。」と頼られ、経営上の都合はさておき、「外科医でも良いのならいらっしゃい。私でもいいのならいらっしゃい。」と受け入れてしまう院長が。それなのに普段は強面でべらんめえ口調で通している院長が。



病室には千羽鶴。各神社のお札の数々。毎日繰り返される両親の呼びかけ。「○○子?わかるか?○○子?」



しばらくして、○○子さんは、急性期の病棟を離れ療養型の階に移った。そして私は一年後の今ここにいる。



あの時と変わらない○○子さんの無表情な顔。



ただ、唯一動く左手だけは活発で攻撃的。



ケアをするナースを殴ったり、凄い力でつねったりする。その瞬間だけ表情が出るのだが、それが何とも憎しみに満ちた般若の顔。



憎いと想像する。私がもしもそうなったら憎いんじゃないか?って想像する。世の中のすべてが。同じ年頃のナースが自分の身体を拭いたりオムツ交換をしたり。腹が立って耐えられないんじゃないか?と思う。



他のスタッフも居たたまれない心情なのだろうけど、私も悲しいんだけど、限られた時間内のケアのために左手を押さえつけて武力行使。うー、最低だ。ほんと、すまん。



そして何もケアが無い時、誰も近寄らない時は、ぼーーっと空を睨んでいる○○子さん。



静寂の病室で、経管栄養の準備をしたり管を繋いだりしながら、話しかける。勝手に話しかける。ディスポの注射器を洗ったり、テーブルを拭いたりしながら、「寒いっすねえー。」とか、「私、ここに来たばかりなんですよ。でも、○○子さんがここに入院なさったばかりの頃は、あちらの病棟にいたんですよ。」とか色々。



ここに来て1週間あまり、毎日それを続けていたのだけど、管に薬を注入するための注射器を洗い終えて○○子さんの方を振り向いた時にぎょっとした。



いつも視点が定まらない○○子さんがこっちを見ていたから。



私が呆然としていると、また視線は元どおりぼやけてしまった。どこを見ているかわからない表情に戻ってしまった。



今朝は寒いはずなのに、汗がぶわーーっと吹き出た。



落ち付け、落ち付け、落ち付け。何故だ?何故だ?落ち付け。思い出せ。



私は今、何の話をしていた?何か、彼女の関心を引くような話題を喋っていたのかも知れない。思い出せ。さあ、思い出せ。



そうだ。



「○○子さん。いい友達を沢山お持ちなんですね。暖かいご家族と、友達と。だって、こんなに沢山の千羽鶴。凄いですね。」



見た。こっちを見てくれた。今こちらを見ている。



「私、友達は少ないです。って言うか、きっと私を好きな人間と嫌いな人間を比べたら、嫌っている人間の方が断然多い!私がもしも倒れたら、きっと皆『今だ!』って言って殴りに来ると思う!殴りたい人間に整理券渡さなければならないと思う!それに引き換え、この千羽鶴!すっぱらしいっ!」←すぐ調子に乗って舌が大回転。



その時だった。



○○子さんの顔の筋肉が盛り上がった!頬っぺたの左半分がぶわーーっと盛りあがった。



笑ってる!



私は夢中になって喋っていたので、おうちの人が背後に来ているのに気がつかなかった。



「ははは!」というお父様の声にビックリして飛びあがってしまうくらいに。



「そうそう。ほんとに、ごくたまに笑うんですよ。ごくたまにね。でも、久しぶりに見れたよ。あー、ほんと久しぶりだ。ありがとうございますね。」



私は顔がかーーっと熱くなるのを感じて急いで薬を入れ終わったあとの注射器を洗いに部屋の洗面台に走った。「うわー、いらっしゃていたのですね!」って大声で言いながら・・・、次の瞬間滑った。



床が濡れていたのだ。誰のせい?はい、私が若干経管栄養を零したからです。



ずるーーっと滑って、それは見事な股割りに。相撲取りも真っ青。パンツスタイルの白衣だったのがせめてもの救い。



「ぎゃーーっ!」



慌てて体勢を立て直して振り返ると、案の定、○○子さん親子はこちらを驚愕の眼差しで凝視している。心なしか驚愕のあまり二人で怯えて寄りそうようにしておられる。



「か、か、か、身体、柔らかいですな。」



いえ、かなり痛いです。



そして、親御さんがぽつりと○○子さんに語りかける。



「○○子。おまえもそそっかしい子だったよな。」と手を握る。もちろん、真剣である。



「でも、良かったな。少なくとも、もう、あんなふうに股が裂ける可能性は無いとお父さんは思う。うん、良かったな。しかし、良かったなんて思えたのは初めてだな。なあ?○○子?」



○○子さんの頬っぺたがまたぐわーーっと盛り上がる。おまけに「しっしっしっし!」と笑い声まで洩らした。



しかも、しかも、左手が私を指差している!



「はははは!」とお父様は喜んで下さった。



非常に喜んで下さって、



「頼む!看護婦さん!この子のためにもう1回股割いてくれ!」



いくら何でもそれは無理!ほんとに痛かったんだってば!と激怒してしまう私の看護魂なんて、たかが知れたものである。



ただ、三人共、涙が出るほど笑っていたので、今日はこれでよしとしよう。





と、思いつつ、その後の最終ラウンド。



最後のオムツ交換で・・・。



私はいつものごとく○○子さんのパンチやつねりを警戒していたのだけど、それどころか・・・。



○○子さんは何の攻撃もせずに、しかも、オムツを取る時に腰を浮かせて下さった。



眉間に皺を寄せて腰をあげて下さる彼女を見て、一瞬固まった。固まったが、慌ててオムツを引き抜いた。そう長くはあげていられないと分かっていたから。



私がオムツを引き抜いた瞬間、○○子さんは「ふうーっ。」と息を吐いて、腰をどすん!と落とした。



私は、オムツをゴミ袋に入れて、次の部屋に行こうとしたのだけど、わなわな震えて立ち止まった。



そうして駆け戻って、○○子さんに覆い被さって泣いてしまった。



ありがとう。私のために腰を、精一杯あげて下さってありがとう。



私、明日から何発殴られても今日のことを忘れない。ありがとう。



頬っぺたが



また盛り上がっていた。



ああ、笑顔ってこうやって作るんだね。懸命に頬っぺた上げて。



当たり前のことじゃない。頬っぺたも筋肉だもの。自分で動かす筋肉だもの。



ありがとう。教えてくれて。
基本的に「何か言って。」と言われた時。あるいは相手が待っているような雰囲気を醸し出している時しか口を開かない。



ただ言いたいだけ、吐きたいだけの相手に何言っても伝わるものではないから。



だけど、何か言えと言われて話して見る。



だけども途中で相手の反応を見ると「ああ、言い過ぎちゃったかなあ。」と自分を振り返る。



言い方を変えて見たり、黙って反応を待って見たり。とにかく自分を振り返ったり相手を見つめたり。



その繰り返しが会話や付き合いというものの本体だと思っていた。





ネットをしていると「人間関係がうまくいかない。」って言う人に返事をくれと言われると「ああ、私も皆とはうまくいかないですよ。」とお返事する。



すると「そうじゃなくて、親しい人たちとうまくいかなくて傷ついているんだからアドバイスを下さいって言っているんです。」と多少キレかかったメールが来る。



事情を訊くと「私は何もしていないのにいきなり”総すかん”を食らわせる。人間って恐ろしいですね。」とのこと。



事情を訊いているのに、何もしてないのに、何もいっていないのにいきなり総すかんだけじゃ、さっぱり分からない。



要するにこの人にとっては「いきなり」にしか見えないのだろうなあと思う。だから進まないし結論も出ない。



例え振り返っても自分に非が無いって思えれば、それはそれで進むことが出来るのだけど、「被害者」の立場を1歩も出ないで振り返りもしないとしたら、それはあくまで「いきなり」で在り続けるんだろうなあと思った。



さて、その人と少し親しくなり始めた頃、またしてもキレかかったメールを貰うことになる。



「働いているからって専業主婦を馬鹿にしてません?」と。



私は「は?」と首を傾げてその日の日記を読み返したのだけど、どこをどう見ても専業主婦だの兼業主婦だのという単語は書いていないし、ただの仕事日記だった。



どこをどう読むとそうなるの?と訊いたら、彼女がそう思うまでの経緯が書かれたメールが来た。読むのに20分はかかる。風が吹けば桶屋が儲かる方式。



結局は自分で抱え持つ劣等感が生んだ被害妄想をぶつけられていると悟った私は、はっきりその旨を伝えた。



この自らが抱え持つ風が吹けば桶屋が儲かる方式のメール、多くて驚いてしまう。何でその経過に付き合わなければならないのー。しかも何で詫びろ言われなければならないのー。



「確かに言い過ぎました。でも、かおるさんだからつい甘えてしまったんです。子供の熱も下がらないしイライラしていました。」とのこと。



あ、そ、そうですか。



精神衛生上悪いので忘れることにした。



ところがそれからしばらくして「今、タグを覚えたてで非常に楽しい。」と言う唐突なメール。



そうですか。



しかし 私のHPの掲示板を開いただけで、自動的に自分のHPに飛ばせるタグを彼女が書き込んでいるのを見て目を疑った。



「みんな飛んで来ーい♪」と言って皆が彼女のHPのTOPに飛ばされてしまう。もれなく私も。



しかも、そのHPのTOPには重いMIDIが貼りつけてあるので1分は固まる。呆然としているしかない自分の目に「今かかっているのは私と夫の思い出の曲です。」というTOPの文字。



何たって飛ばされてしまうので削除するのに手間がかかった。



「どうして削除したんですか?」というメールに対して今度は私の方がキレた。なーーんでそんなことするの?他の人も皆自分の意思とは関係なくお宅に飛ばされて固まった画面を見つめるはめになったかと思うと信じられねえ。



私は何度も彼女にキレられて罵詈雑言吐かれたことがあるが、私が此度の件で1回キレたら「もう死にたい。」と言われてひっくり返った。



「皆親しくなったら、皆こう。私は人と親しくなるのが怖い。」



馬鹿ーーーっ!



何が人間関係うまくいかないだー!原因丸見えやんか。こんだけハッキリ見えてるやんか。



出会いたての頃、「何もしていないのに総すかんを食らった。」で終了していた話の真偽が覗えるようだ。



自分を振り返ることを知らない人は人の心痛さ加減もわからない。



多かれ少なかれ、親しくなると「礼」を失う人間には沢山出会って来たし私もそんな失敗が多々あると思う。



もしかしたら何をしても許される相手を探しているのかも知れない。くっつこうとして間の「礼」が邪魔なのかも知れない。



だけど、「礼」は「礼」でそのままクッションとして挟んでいて貰いたいものである。直接ぶつかられると痛いってば。思いきりフライングボディアタックしないで。あなたいらない!



それから彼女は、掲示板にタグを貼って自分のところへ無理やり訪問者を飛ばす行為。それをやるに至るまでの心理を事細かにメールして来た。いつものことだった。



しかし、もちろん、私は、桶屋さんが儲かるまでの経緯までは付き合い切れなかった。
私が一人くらい猪きり立ったからと言って現実は変わるわけではなく。



今日もくさくさした気持ちで帰宅したのであった。



くっそーっ。今一だ。いや、今二だ。いーーやああーーっ!今百だわ、わし!



てんで駄目!全然駄目!成ってない!



慣れない職場だったのは分かっているが、それを差し引いても駄目。あー、くさくさ。



帰宅してすぐ電話が鳴った。駄目よ、今は駄目。誰であろうと出ないわよ。無理!



が、着信窓を見ると気の置けない人間だったので気軽に出てしまう。以前一緒に働いていた同僚だ。



「おー!いたか!夜勤中?」



いいや、家だよ。実は12月から新しい部署に異動になったんだけど、ぜっんぜん駄目でさあ、あたし!



「あ、ほんとお~。あんたが駄目とか、そんなことはどうでもいいんだけどさー。」



どうでもいい言うなっ!



「今日、映画観に行っちゃったのよ、ラスト・サムライ!」



ほっほう。。。。



「かおるも絶対観に行きな!もろ好みだよ、きっと。」



ふっふっふ・・・・。←不敵な笑い。



観に行ったのだよ。しかも初日に。



「なに?初日?あの面倒臭がりやが?!あの人混み嫌いが?!いつも行きたい行きたいって言いつつ、ぼけぼけして逃すのろまが?」



一瞬かなりむっとしたものの、互いに延々と話し込む。



二人共台詞にもうるさいので、あの時誰がこう言ったとか最後にあいつがこう言った、あー、素晴らしかったなと延々とリピートしている。反芻している。



話が終わりそうになると、また冒頭や途中に戻って、「しかし、小雪が傷を縫合してたな、その辺の外科医より素晴らしい!」とか「トムに小雪が鎧を着せるシーンがその辺のアダルトビデオの比じゃないくらいエロい!色っぽい!そそられる!その点、今の日本はゲスだ!恥を知れ!」などなど細部に渡る。



そんなふうにぎゃーぎゃー言いながら、ふと思った。



あーあ、私もサムライのように強くなりたいよ。



この国の民は素晴らしい。



朝 目覚めると共に



皆がそれぞれのパーフェクトを目指す。



「うむ。弓の稽古、刀での立合いの稽古、刀を精魂込めて作る人、座禅、静かな心で茶を立てる人。一人残らずストイックだったな。」



しかし、思うのだよ。



あの時代には鬱病ってものは存在しなかったのか?と。



「そりゃあっただろうよ。」



だけど、誰もがあんなにストイックだったらもっと無理が来て、今以上に大勢の人間が精神病になったと思うんだけどなあ。



「いいや。彼らは自分のパーフェクトを目指していたんだよ。どこ観てた?人と比べることもあったけど、それは自分を奮い立たせるときだけに使ったに違いない。だから、文武両道、秀でた他者を素直に認められた。でなければ各偉人たちの伝説が残っているはずがない。」



そうかあ。



「そうだよ。素晴らしきものは褒め称える。自分の力の限界を知ってもその日のパーフェクトを目指す!だから手放しで人を誉められたのさ。まっこと美しき日本人。坂本竜馬、堀部安兵衛、新撰組、信長!順不同、歴史を超えて認められる人間も素晴らしいけど、それを美しく語り継いで来られた人の心の美しさ!自分が自分のパーフェクトを頑張っていたからだろ。きっと。」



うん、何となくわかる気がする。



若干興奮気味の友の言葉に深く納得した。



自分がすべきことをストイックに頑張っている人間が他者を誉めるのと、権力を恐れ屈するのは全然違うように思う。「卑屈」は誇りを捨てるが「誉める」は誇りを捨てた人間には出来ない。その違い



今なんて自分が出来ないことをやっている人間を見ると慌てて引き摺り下ろし、絶対的な強さを誇る人間を見るととことん機嫌を取るような人間が多いような気がするもんな。それに引き換え、語り伝えた人の心の美しさも凄い。そこまで人々を魅了した英雄たちもやっぱり凄い。



「じゃあ、話を戻そうか。」



え?何に?



「新しい部署で何だって?」



・・・・・・・・・・・。途端に沈黙。覚えておいてくれてありがとう。涙がぶわあーーっと溢れて来た。ああ、もう、もう、私って駄目なやつだあ。



「そんなに絶望的なの?話してごらんよ。」



いいやあ・・・。全然そんなことはない。



私は朝起きて、その日のパーフェクトを目指す。そして、その結果を冷静に見て自分の問題点を探す。そしてそのデータ-を元に翌朝もまた目覚めると同時に自分のパーフェクトを目指す。



まだ、それが出来ていなかった。



それ以前の話だった。



うん、何だか、スッキリした。ありがとう。



「そ?じゃあ、私の方から折り入ってお願いが。」



え?何何?何か悩み事でも?



「もう1回、観に行かない?ラスト・サムライ。」



ぶっ!とワインを吹き出した。



大賛成だったのだ。あと五回くらいは観てもいい
昨日は休日だと言うのに早朝から目が覚めてそわそわ、そわそわ・・・・。



疲れています。もっと眠りたいです。そうだ。もっと休むべきだ。しかし、気持ちがそわそわしてどーにも寝てられない。



家の中にも外にも済ませなければならない用事が目白押し。



しかし、私がそわそわと気になっていることは、その用事のどれにも該当していなかった。



いつもなら、そんな用事は放り出してでも寝たい時にゃ寝てしまう。



しかし、しかし、今日ばかりはどうにも我慢が。



とうとう昼を回った頃、発作を押さえられずダダっ!と外出の支度。



飛び出すように出て行こうとする私を、夫が「こらこら。突然黙ってどこに行く!?」と止めようとするが、邪魔するな!と振りほどく。



夕飯までは私の自由時間だろうがーっ!頼む!武士の情けじゃ!行かせてくれーーっ!



「いったいどこに行くの?教えてくれてもいいでしょ?」



しょうがないな。



実は、今日からLAST SAMURAIが公開されるんだ!



夫は掴んでいる手の力が抜けたらしく、後にひっくり返ってあきれていた。



が、すぐさま「俺も行く。」とむっくり起きあがった。「普通一緒に行こうとか言わないか。」とぶつぶつ言いつつ。



あんたは武士道だとか侍だとかを冒涜するから嫌だ。ついて来るな。と言ったが絶対黙っている、余計なことは言わないという約束で同行を許す。





しかし・・・・。



くーーっ、行って良かった。



いつもは公開日なんて混んでるから嫌だ、今日でなくてもいいやって思う方なんだけど、何故かどーしても行かなければならないと思った。



何故にこうまでして行かねばと思っていたのか、その予感の理由が観てみてから分かった。「ああ、こういうことか。これは今日でなくてはな。是非劇場でなくてはな。」って感じ。



涙ぼろぼろ零れたり、ざーーっと鳥肌立ったり、奮い立ったり、忙しい、忙しい。



本当は映画の話を山盛りしたいのだけど、ご覧になっていない人に迷惑をかけるので言えないけど、ただ、一つだけ。



トム・クルーズが無刀取りやっちゃうなんて、かなりビックリ。石舟斎さんに習ったのー?!何で出来るのー?



各場面、リアルな分、ある意味マトリックスを越えていたと思う。私にとってはブラックレイン以来の感動だった。



あとはほとぼりが冷めた頃(?)にでも色々書きたいなーと思う。





つくづく、日本って言うのは本来いい国だ。素晴らしい国だ。



ただ現代人のほとんどの人がそれを忘れていると言うだけで。



私は、私同様変わり者の時代劇好きの友人の顔が浮かんで、是非観て欲しいと思ったのはもちろんのこと・・・



しかし、ふと思う。



今一番、「1回真剣に観てみろよ!」って言いたいのは小泉さんかも知れない。



日本には日本の良さがある。絶対通すべきに値する何かがある。
「ホームページを作りましたので相互リンクして下さい。」と言うメールが来た。



知らない人だったのでビックリしたのは言うまでもないけど、出会い頭にたった一行リンクしろとは。



その日は見たいページすら見る暇もなかったのでそのままPCを閉じた。



だけど、毎日のようにメールが来るので見に行ったら、多分鬱病に対する理解を深めて欲しいという願いの元に作られたページらしきものだと感じた。はっきりそう書いてはいないのだけど、『ここを訪れた人は必ず読んで下さい。』と言う注意書きの25ヶ条を読んで見ると、そのように推察された。



必ず読めと言う赤文字を「とほほ・・・」と読んだ。だって訪れたら必ず読めって書いてあるんだもん。



その注意書きは鬱病を持つ人間には言ってはいけない言葉とか取ってはいけない態度ってのが説明されていた。



それが25ヶ条もあるって言うのは驚いた。



”実際に「鬱病」って大きな枠で考えると、本当は100ヶ条にも200ヶ条にもなる”と言う説明も分るのだけど、”私が求めるのは25ヶ条だけです、これくらいなら守れるでしょう”って言う言葉にもビックリした。



もちろん、それは300にも400にもなるだろうけど、それを人に強いる根性にビックリしたのだ。



最後に、同意する or 同意しない のどちらかをクリックするように指示されていた。同意するをクリックするとこのHPの真の入り口に飛ぶらしいが、私は自信がなかったので同意しないをクリックした。



背景が真っ黒な中に髑髏マークが一つあるページに飛んだあと、ブラウザが強制的に閉じられてしまった。



今の髑髏マーク、何なんだろう?とうすら寒くなった。



同意出来ないならこうだ!って声が会ったこともないのに聞えて来そう。



それからもやはり「いつ来るんですか?リンクはもう貼りましたか?貼ったらこっちからもリンクしますので早々に教えて下さい。」と短いながらも頻回なメールが来るので「見に行ったんだけど、すべての規約に同意する自信がないので入れませんでした。」と返信した。



「あなたほんとに看護婦さんですか?」と言う主旨の、今度は長い長いメールが送られて来た。



看護婦のくせに鬱病を理解しようとしない人がいる。そんな世の中だから私はこうなってしまったと世を呪う言葉、私を呪う言葉がずらずらと並べられていた。その文末には、「自分はこれだけの傷を負っていて、あなたは看護婦なんだから、優しくして然るべき、リンクしてあたりまえ。」ってなニュアンスの言葉が添えられていた。



あのさあ・・・・と思いつつ、それに返信をした。出会い頭の人間に自分の経験だとかトラウマだとかを押し付けるな、自分は傷を負っているからって他人が優しくして当然だと思うなってことを書いたと思う。



私は最終的にリンクをした。



何回もメールをやり取りしている間に何となく分かり合えてきたような瞬間があったので付き合っていけるかも知れないと思った。



ところが今度は「重いので日記のページを別のページにして下さい。私は携帯をモデムに使っているのでたまったものじゃありません。」とか「あの人のページに飛んで掲示板に書き込んだら酷く非難されました。鬱病の人間を差別するような人とは交流を止めて下さい。あの人のリンクはかおるさんのページからはずすべきです。」などなど、訳のわからないことを言って来る。



時々、人それぞれが自分に語りかけている、自分のことを書いていると錯覚するWeb日記。



管理人をとってもよく知っている人間と錯覚してしまうWeb日記。



酷い人になると自分にページや管理人の人間関係までもを管理する権利があると思い込ませてしまうWeb日記。って、そんなことはないだろう。でも、初めてのケースじゃないから怖い。



その度に、いいですか、あなたと私は他人です。私はあなたが知らない人です。私もあなたを知りません。あと、ここはうちのページです。と説明しなくてはならなかったり。



個人の特有の経験のはずなのに、自分の経験や価値観と重ね合わせてヒステリックなメールを送りつけて来る初めての人もいる。それで受け入れられないとビックリしているあなたに私はビックリ。



ネットにも色んな人がいるもんだと思う。



ネットと言う世界の道端で会って、いきなり初対面で斬りつけて来る人。当然それを避けると「今のは『こんにちわ』だ!」と言い張る人。



人のページにいきなり広告貼り付けて帰る人。



何で普通に出来ないんだろう?と思う。



やがて彼女が「ホームページを引越しさせました。まだ引き続きリンクしたいのならURLを貼り直して下さい。」と掲示板に書き込んだ。



首を傾げるばかり。



リンク先を変更して欲しいのなら、どうして普通に頼めないんだろう。



もちろん、疲労困憊してリンクの続行は遠慮させていただいた。



後日、「このページから理解のない人が沢山飛んで来ていたので、リンクされないで助かりました。」とハイテンションな書き込みがあった。



「オフでもネットでも鬱病の私を差別する人ばかり。でも私はあなた達のような人間に負けないように頑張って行きます。」



鬱病だからじゃないよ。



私はナースの仕事の風景とか、鬱病を持っている友達のこととか、男でも女でもない友達のことや、はたまた世間で言う障害を持っている友達のことを書くことがあるので、読んでくれる人はダブらせて見る人が多いかも知れない。だけど、同時に大きな誤解を生んでしまうようだ。



あなたと付き合えなかったのは、あなたが心の病気を持っているからじゃない。あなたが性同一障害を背負っていたからじゃない。色んな時にそう思う。私の友達の話をしていただけで、あなたの話をしていたわけじゃない。



「これを理解してから私に近づけ」と言い、普通に話していても「ショックです。傷つけられました。」と逐一報告して来る人にはしょっちゅうお辞儀していなければならない。



公開されているホームページだから、色んな人が入って来るのは仕方がないことだけど、私は、ごめんなさいを強いる絶対的な態度の人を、自分から近づいて行ってまで傷つけたくないと思う。



今でも「私は繊細で傷つきやすいの。」と言いながら近づいて来る人がいると、私はまるで爆弾を抱えている人を見たかのように逃げ出したくなる。