10年くらい前になると思う。
仕事を辞めた先輩が自分で会社を作った。
仲の良い友達と二人で新しいことを始める彼女は意気揚揚としていた。
誇り高い人だった。
「私は人に使われるのは性に合わん。自分で何かやる。あんたも決められたこと、言われたことばかりをハイハイ言ってやってて虚しくならないの?そのうち嫌気が差すって。だから一緒にやろうよ。」と私を誘ってくれた。
とても魅力的な話ではあったのだけど、わき道に何度もそれて、やっと選んだナースの道だった。そして、”言われたこと”や”決められたこと”の中にも自分の自由やオリジナリティを発揮出来る場面が充分ある仕事だと思えていた。
「そんなことないって。あんな女ばかりの封建社会のどこに自由があるって言うの?」
それは、先輩がルールや基礎を押さえてないからだよ。
喉まで出かかったそんな言葉をぐっとこらえて飲み込んだ。
人の教えを請わない人間、人の話を聞かない人間が、他者に相手にされるはずはないんだが、先輩はいつも周囲が耳も貸してくれないと怒っていた。好きなように仕事が出来ないと嘆いていた。
チームだからなあ。と、これも飲み込んでいた。
先輩は有能だし、もともと頭が良かったので、その分、忍耐力に欠けていた。情にも欠けていた。人の愚かさや遠回りをあざ笑って「付き合い切れない」と言っていた。
だけど、その先輩が此度膨大な負債を背負ってしまった。
経営はうまく行かなかった。
だけども、そんな事業の失敗よりも、彼女の心を傷つけたのは、パートナーである友人の裏切りだったのだと思う。信じていた者に裏切られることほど耐え難きことはないと思う。
「私、もう死ぬ。何故か顔が浮かんできたから電話して見た。挨拶しなくちゃと、何故か顔が浮かんで来て。」と先輩は連絡をくれた。
致死量を充分満たすほどの薬が欲しいと彼女は言った。
私はあからさまには止めなかった。
その人の痛みなんてその人の立場に立って見ないとわからないから。
先輩はいつでも自分一人で考えて自分一人で決めて。
それが誇り高いことだと思っている。
私は言われるままに先輩に大量の薬を送ってあげた。
「先輩がいた頃には無かった新薬だよ。これ、良く効くよ。」ってメッセージを添えて。届いたら電話ちょうだいねと。
私はあくまで止めない。止めたら苦しいんだろう。私だったら、「死にたい。」と思ったら、「そうか。」と受けとめて欲しい。
実際に若い頃、自分がそのまま受けとめて貰えて、「そうか。死にたいか。」と言って貰えた時、とっても楽な気持ちになった。
そういう時は向こう岸を目指す船に何時の間にか乗っている。しかも霧の中で。
一旦受けとめないと見失う。
「世の中にはもっと苦しんでいる人がいるんだよ。」とか、分かりもしない本人の苦しみを否定しなかったからこそ、約束通り電話をくれたように思う。
「ありがとう。これから眠るけど、あんただけは覚えておいて。私は世の中に負けたんじゃない。追い詰められて、これから惨めな思いをするよりも自ら死を選ぶの。わかってくれるよね。自分で死を選ぶの。」
「あんたは死にたいって言っても受けとめてくれるから楽だ。」と先輩は言った。
私は止めない代わりに先輩に訊いた。「ところで、ネットはやっていらっしゃる?PCでホームページとかって見ること出来る?」
「何なの、唐突に。人が死にたいって言っているのに。あんた、ネットでメール交換なんて薄ら寒いことやってるわけ?私は買い物とかに利用してるけど。」
じゃあ、ホームページ見れるわけだ。今から言うページ開いてくれる?先輩が死にたいってこととは全然関係ないページだけど。ただ、何となく紹介したくなったんで。
私が紹介したかったのはペットシッター&プチホテル Heart Landというサイトの管理人さんが作った、亡くなった愛犬シェリーちゃんやサラちゃんを追悼するページだった。ここなんだけど。
先輩は、人間というものをあまり信じていなかったけど、実家の愛犬をとても大切にしていた。
開いた?開いてくれた?見える?
「あら。かわいい。あ、わかった。あんた実家の犬を思い出させようとしてるでしょ?未練を思い起こさせようとしているでしょう?でも、無駄だよ。あいつも歳だったから去年死んじゃったんだ。」
先輩が霧の向こうに見え隠れする。
違うよ。
全部じゃなくていいから、”サラのお友達の皆さんへ”ってところ読んで。
「・・・・・・・。2月14日 午前7時頃、サラは自らの力で6歳と7ケ月の生涯をとじました・・・・・・。」
はい。そこ重要。その一行覚えておいてね。”自らの力で生涯を閉じました”。これ、覚えておいてね。
そして、もしも良ければその先も、他のページも読んで見てね。よろしくお願いします。
「薬飲むよ。」
飲む前に読んで。そして、もし、気が向いたらもう一度電話ちょうだい。
こちらから切った。
20分たったか30分たったか。
このままかかってこなかったら薬を飲んじまったってことだ。
でも、先輩は電話をくれた。ぐしゃぐしゃに泣いている様子だった。
「わかった。わかったよ。自らの力で生涯を閉じるって言うのは、決して自殺するってこととは違うってことね。」
そうだよ。
「最後まで自分の力で精一杯生きるってことね。」
そうだよ。先輩がしようとしていることは、結局すべてに負けているってことじゃないか。何が自ら死を選ぶだ。それは支配されて選ばされているってことじゃないか。馬鹿者。
天寿という言葉が浮かんで来る。
「サラちゃんってさあ・・・、”他のワンちゃんは、初めてのご挨拶でいきなり襲われたトラウマで仲良くできなかった”んだね。私と似てるかも。」
そうなんだあ。
「でも、いつでも相手の目を真っ直ぐに見つめて、人の言葉を素早く理解したんだね。」
そう書いてあるね。犬でも人間でも、信じられる者と信じられない者、両方が存在するってことかも知れないね。サラちゃんもシェリーちゃんも偉いと思わない?
誇り高くて優しくてカッコ良くない?対象が犬だと駄目?
「いや。立派なお手本読ませていただきました。うん、真剣に読んだ。もう誰に何言われてもいいや。生き抜いてやる。相棒が残して行った仕事の後始末も怒り狂いながらやってやる!」
うん。じゃあ、そのお薬飲んで良く休んでね。
「え?何で?人が生きようって気になってるのに!」
だって、色々考え過ぎて胃の調子も悪いでしょう?
それ、全部胃薬だから、私が袋に書いた用法で飲んで行ってね。当たり前だけど一辺に飲んでも効果はないよ。
先輩は「騙したな!」と叫んだ。でも、語尾が震えて大笑いに変わっていた。
一緒に笑った。
明日は早いので、二人とも同時に寝ようと言うことで、午前1時にベッドに入ることにした。
5、4、3、2、1。はいっ!ベッド!約束は守らなくては。
すやすや眠った。先輩を信じつつ。
ただ、騙しちゃったので、もう信用してもらえなくなっちゃうかなあと幾ばくかの不安を抱えつつ。
だけど、霧が晴れた。
明日は一緒にお茶をしよう。向こう岸へと行く時に使う船。とどめに叩き壊しに行こう。
naoさん、無断リンクごめんなさい。でも、そんなことがありました。(^^)
仕事を辞めた先輩が自分で会社を作った。
仲の良い友達と二人で新しいことを始める彼女は意気揚揚としていた。
誇り高い人だった。
「私は人に使われるのは性に合わん。自分で何かやる。あんたも決められたこと、言われたことばかりをハイハイ言ってやってて虚しくならないの?そのうち嫌気が差すって。だから一緒にやろうよ。」と私を誘ってくれた。
とても魅力的な話ではあったのだけど、わき道に何度もそれて、やっと選んだナースの道だった。そして、”言われたこと”や”決められたこと”の中にも自分の自由やオリジナリティを発揮出来る場面が充分ある仕事だと思えていた。
「そんなことないって。あんな女ばかりの封建社会のどこに自由があるって言うの?」
それは、先輩がルールや基礎を押さえてないからだよ。
喉まで出かかったそんな言葉をぐっとこらえて飲み込んだ。
人の教えを請わない人間、人の話を聞かない人間が、他者に相手にされるはずはないんだが、先輩はいつも周囲が耳も貸してくれないと怒っていた。好きなように仕事が出来ないと嘆いていた。
チームだからなあ。と、これも飲み込んでいた。
先輩は有能だし、もともと頭が良かったので、その分、忍耐力に欠けていた。情にも欠けていた。人の愚かさや遠回りをあざ笑って「付き合い切れない」と言っていた。
だけど、その先輩が此度膨大な負債を背負ってしまった。
経営はうまく行かなかった。
だけども、そんな事業の失敗よりも、彼女の心を傷つけたのは、パートナーである友人の裏切りだったのだと思う。信じていた者に裏切られることほど耐え難きことはないと思う。
「私、もう死ぬ。何故か顔が浮かんできたから電話して見た。挨拶しなくちゃと、何故か顔が浮かんで来て。」と先輩は連絡をくれた。
致死量を充分満たすほどの薬が欲しいと彼女は言った。
私はあからさまには止めなかった。
その人の痛みなんてその人の立場に立って見ないとわからないから。
先輩はいつでも自分一人で考えて自分一人で決めて。
それが誇り高いことだと思っている。
私は言われるままに先輩に大量の薬を送ってあげた。
「先輩がいた頃には無かった新薬だよ。これ、良く効くよ。」ってメッセージを添えて。届いたら電話ちょうだいねと。
私はあくまで止めない。止めたら苦しいんだろう。私だったら、「死にたい。」と思ったら、「そうか。」と受けとめて欲しい。
実際に若い頃、自分がそのまま受けとめて貰えて、「そうか。死にたいか。」と言って貰えた時、とっても楽な気持ちになった。
そういう時は向こう岸を目指す船に何時の間にか乗っている。しかも霧の中で。
一旦受けとめないと見失う。
「世の中にはもっと苦しんでいる人がいるんだよ。」とか、分かりもしない本人の苦しみを否定しなかったからこそ、約束通り電話をくれたように思う。
「ありがとう。これから眠るけど、あんただけは覚えておいて。私は世の中に負けたんじゃない。追い詰められて、これから惨めな思いをするよりも自ら死を選ぶの。わかってくれるよね。自分で死を選ぶの。」
「あんたは死にたいって言っても受けとめてくれるから楽だ。」と先輩は言った。
私は止めない代わりに先輩に訊いた。「ところで、ネットはやっていらっしゃる?PCでホームページとかって見ること出来る?」
「何なの、唐突に。人が死にたいって言っているのに。あんた、ネットでメール交換なんて薄ら寒いことやってるわけ?私は買い物とかに利用してるけど。」
じゃあ、ホームページ見れるわけだ。今から言うページ開いてくれる?先輩が死にたいってこととは全然関係ないページだけど。ただ、何となく紹介したくなったんで。
私が紹介したかったのはペットシッター&プチホテル Heart Landというサイトの管理人さんが作った、亡くなった愛犬シェリーちゃんやサラちゃんを追悼するページだった。ここなんだけど。
先輩は、人間というものをあまり信じていなかったけど、実家の愛犬をとても大切にしていた。
開いた?開いてくれた?見える?
「あら。かわいい。あ、わかった。あんた実家の犬を思い出させようとしてるでしょ?未練を思い起こさせようとしているでしょう?でも、無駄だよ。あいつも歳だったから去年死んじゃったんだ。」
先輩が霧の向こうに見え隠れする。
違うよ。
全部じゃなくていいから、”サラのお友達の皆さんへ”ってところ読んで。
「・・・・・・・。2月14日 午前7時頃、サラは自らの力で6歳と7ケ月の生涯をとじました・・・・・・。」
はい。そこ重要。その一行覚えておいてね。”自らの力で生涯を閉じました”。これ、覚えておいてね。
そして、もしも良ければその先も、他のページも読んで見てね。よろしくお願いします。
「薬飲むよ。」
飲む前に読んで。そして、もし、気が向いたらもう一度電話ちょうだい。
こちらから切った。
20分たったか30分たったか。
このままかかってこなかったら薬を飲んじまったってことだ。
でも、先輩は電話をくれた。ぐしゃぐしゃに泣いている様子だった。
「わかった。わかったよ。自らの力で生涯を閉じるって言うのは、決して自殺するってこととは違うってことね。」
そうだよ。
「最後まで自分の力で精一杯生きるってことね。」
そうだよ。先輩がしようとしていることは、結局すべてに負けているってことじゃないか。何が自ら死を選ぶだ。それは支配されて選ばされているってことじゃないか。馬鹿者。
天寿という言葉が浮かんで来る。
「サラちゃんってさあ・・・、”他のワンちゃんは、初めてのご挨拶でいきなり襲われたトラウマで仲良くできなかった”んだね。私と似てるかも。」
そうなんだあ。
「でも、いつでも相手の目を真っ直ぐに見つめて、人の言葉を素早く理解したんだね。」
そう書いてあるね。犬でも人間でも、信じられる者と信じられない者、両方が存在するってことかも知れないね。サラちゃんもシェリーちゃんも偉いと思わない?
誇り高くて優しくてカッコ良くない?対象が犬だと駄目?
「いや。立派なお手本読ませていただきました。うん、真剣に読んだ。もう誰に何言われてもいいや。生き抜いてやる。相棒が残して行った仕事の後始末も怒り狂いながらやってやる!」
うん。じゃあ、そのお薬飲んで良く休んでね。
「え?何で?人が生きようって気になってるのに!」
だって、色々考え過ぎて胃の調子も悪いでしょう?
それ、全部胃薬だから、私が袋に書いた用法で飲んで行ってね。当たり前だけど一辺に飲んでも効果はないよ。
先輩は「騙したな!」と叫んだ。でも、語尾が震えて大笑いに変わっていた。
一緒に笑った。
明日は早いので、二人とも同時に寝ようと言うことで、午前1時にベッドに入ることにした。
5、4、3、2、1。はいっ!ベッド!約束は守らなくては。
すやすや眠った。先輩を信じつつ。
ただ、騙しちゃったので、もう信用してもらえなくなっちゃうかなあと幾ばくかの不安を抱えつつ。
だけど、霧が晴れた。
明日は一緒にお茶をしよう。向こう岸へと行く時に使う船。とどめに叩き壊しに行こう。
naoさん、無断リンクごめんなさい。でも、そんなことがありました。(^^)