No Fixed Abode -5ページ目
(承前)

大根(太い)とにんじん(標準的)を提げ、来た道を引き返す。

さっきより猫が増えているような気がする。



来たときもじゅうぶん多かったのだけど。

む。近づいてくるものあり。



どこからともなくミルクティー色のものも忍び寄る。



しまった囲まれた……いやキミ、なにやってるの?


しきりに体をこすりつけてきたかと思えば人の足の間にもぐり込んで毛づくろい。人懐こいにもほどがある。
しゃがむと「なでろ」と訴えてくるので、ひたいや首の後ろをぐりぐりなどしている隙にですね、



こいつが袋に首を突っ込んでいる。

見事なチームプレイである。さいわい袋の中身は大根(太い)とにんじん(標準的)であり、彼らの興味をひくものはないのだけど、ソーセージでも入ってたら切ないことになっていただろう。「結局それよね。アタシの食べ物だけが目当てだったのね(嗚咽)」的なね。まあそうだろうね。生きていくってたいへんだ。

三匹の窃盗団とお別れして、先を急ぐ。


釣りのおじさんと猫二匹の少し上流で、アオサギもまだ魚待ち中。


反対側の岸にいるのは、わたしがうっかりそばを通って脅かしてしまったから。ごめん。

先へ進むと、おじさんと猫たちは来たときと同じポーズで魚待ち中だった。


いいなあ、のんびりしてて。と見守っていると、またしても


猫が袋を狙ってやってくる(もう学習した)。


こんな看板発見。


猫はともかく、イノシシに餌付けする人がいるとは驚きだ。たしかにここ、山の中だし、「出る」のは考えにくいことではないけど、餌はやらんやろ。と思いながら、ふと気づいた。いま、ここでイノシシに狙われる人がいるとすれば、それはわたしなのではないか。間違いない。なにせ野菜の入った袋を提げているのだ。そんなとき七匹のかわいいウリ坊がまとわりついてきたら、袋を投げ出してなでくりまわすに決まっているではないか。その隙に母イノシシが大根(太い)とにんじん(標準的)を……

さ、先を急ごうではないか。


やっとスタート地点に戻る。もう4時前だ。サクラの木にまといついたツタの葉が、西日を浴びて赤々と美しい。



そういえば、はじめ「毘沙門堂に行くのもいいかも」なんて思っていたのだった。野菜など買ってる場合ではなかった。持ち重りのする野菜をぶら下げて山登りするのはさすがにいかがなものかと思われるので、その計画はあきらめて、疎水に沿って西へ向かう。


そうだ、こちらへ向かわなければならなかったのだ。







だいぶ影が長くなっている。東山を越える計画も当然あきらめる。山中で夜を迎えるわけにはいかない。
……これもあるしな。



わたしは野菜を携えている。こちらに刺激するつもりがなくても、野菜がイノシシを興奮させるかもしれん。こちらに餌を与えるつもりがなくても、野菜を奪われるかもしれん。ああ、紅葉など見にくるのではなかった。じゃなくて野菜など買うのではなかった。イノシシに狙われなくても、重い袋の提げ手が指に食い込んでつらい。

おのれの阿呆さを呪いつつ野菜を置いては写真を撮るわたしを、道行く人々が不審げに見ているような気がしてならないが、まあそんなのはどうせ気のせいなので気にしない。




ああ、コンデジは扱いにくい。一眼レフがほしい。どっかに落ちてないものか。それはともかく、写真を撮っていて思うのだけど、こういう無料の紅葉には、折れた枯れ枝とか、ほかの木の枯葉とか、くもの巣とか、「これがなければいいのになー」という余計なものがくっついていることがかなり多い。有料の紅葉はその点きちんと手入れしてあるのかもしれない(が、ほとんど見たことないので真偽のほどは不明)。


さて、引き返しますか。

せっかくなので対岸に渡る。こちらは舗装されていない道。


散り敷いたクヌギの葉がけっこういい感じ。


だけどこちらの道はすぐ通行止め。橋を渡って舗装された歩道へ戻る。

けっこう暮れてきましたね。


左のほうの、あのあざやかな朱色は、ヤマハゼかヌルデだと思うんだけど、近づけないのでちょっとよくわからない。




カルガモの皆さんも家路を急いでいる(かどうかはしらない)。わたしも帰ろう。野菜が重い。疲れ果てているいま、イノシシが出たら勝つ自信がない。いや体力があっても勝てる気はしないです。すみません。


さて、ウチに着くころにはとっぷりと日が暮れていた。やれ疲れた、写真の整理でもしようかね、とパソコンに向かうと、友人からメールが来ていた。いわく、「カニを二杯もらったので、それを持ってそっちに行く」 添付された写真はズワイガニ丸ごと。……カニの産地の出身者なら誰でも、いつでもどこでもカニをさばけるとでも思っているのだろうか。思っているのだろうな。しかしだな、ウチには出刃包丁なんぞないし、だいいちわたしはカニをさばいたことなどない。母がさばくのを見ていたので手順は知ってるけど、やったことはないし、包丁でやるのは怖い。しかたないので、近所のスーパーにキッチンバサミと軍手を買いに行き、カニの到着を、もとい友人の到着を待った。友人到着。やってきたカニは、せこがに(子持ちのズワイガニのメス)だったので拍子抜け。これならハサミは要らない。それより、てっきり松葉ガニ(ズワイガニのオス)でカニ鍋をするものと思い込んでいたので、ほかに食い物もない。あるのは大根(太い)とにんじん(標準的)だけだ。オマケに友人がカニとともに携えてきたのは赤ワイン。おいおいカニには日本酒やろがい、ということで、大鍋に塩水を沸かして沸騰直前に甲羅を下にしてカニを入れたところで外出。友人に、沸騰したら吹きこぼれないように火加減に注意して15分茹でて、それまでにわたしが戻らなければ、カニをざるにあげて冷水かけとけ、と、こと細かく指示して(せっかくのカニをカスカスにされてはたまらないので)、再度近所のスーパーに日本酒と食材を買いに出た。

戻ってきたら、茹で上がったカニが待っていたので、解体して甲羅盛りに。



持ってきてくれたワイン用に、マッシュルームのチーズ焼き、豆サラダをつくり、100円のバゲットを添えて。



BGMは友人の持ってきた、レヴィン・ブラザーズのCD。これが非常によかった。
Levin Brothers/Tony Levin
¥2,600
Amazon.co.jp

わたくし贔屓のベーシスト、トニーと、ピアニストのお兄ちゃんピートのレヴィン兄弟のアルバム。


道を間違えて気づいたら滋賀県にいたり猫に買い物袋を狙われたりイノシシに怯えつつ重い野菜をぶら下げて長時間歩いたりした一日の締めくくり、疲れた体には酒が沁み、カニはうまく、音楽は素晴らしい。終わりよければすべてよし、なのだ。

毎年毎年時期を逃しては「あー、また来年、だな」と、まともに紅葉を見ていない年が10年以上続いており、今年こそはと決心するも休みの日が雨だったり、サボリのアオリをくって仕事してたり、ああ今年もダメなのかしらんとくじけそうになっていた矢先、この日を逃しては紅葉はもう無理、来週では枯葉になってしまうだろうという日に一日スッキリと休むことが可能になり、さいわいなことにお天気も良し、ということでいそいそ出かけていったのは11月28日のことでございました。


午前中は晴れていたのに、昼には曇ってきてしまった。とはいえ機会はこれしかないので出かけることにした。目的地は琵琶湖疏水。地下鉄の最寄の駅から二駅、そこから北へ徒歩10分程度のところがスタート地点、そこから疎水沿いに歩いて東山を越え、蹴上へ抜けるという計画。いま住んでいるところに引っ越してきたのが12年前で、その年に同じルートを通って見た紅葉が、これがもうほんとにキレイだった。まあ、その年は紅葉が特別キレイな年だったということもあるとは思うけど、紅葉を見に行くとなると、やはりそこなら間違いなかろうということで。人も少ないし、無料だし。東福寺とか永観堂とか、そういった有名どころはね、キレイはキレイですよ、たしかに(両親の引率で行ったことはあるのだ)。でも人の多さにゲンナリするから……ああわかった正直に言うよ、有料だからねそこはね、ええ、それですよ決め手は、ハイ。とはいっても、わたしの目的地は、人があまり来ないというのが魅力であるというのもたしかなのだ。なぜなら、その近所に、紅葉の名所でこの季節は夜間ライトアップもする毘沙門堂があり、観光客の皆さんはだいたいそっちにいらっしゃるからなのだ。この日も毘沙門堂へ向かう道には、旅行会社の旗を持ったガイドさんやバッヂをつけたお客さんたちが大勢歩いておられたわけで。そうだ、今年は蹴上まで行かずに途中で引き返して、毘沙門堂を見て来るってのもいいかもなあ、なんて思いながら、大勢の皆さんとは別れて疎水のほうへと右に折れる。



おっと、いきなりキレイではないですか。

とはいえやっぱりいちばんいい時期は過ぎてしまっている感じ。もうちょっと早かったらもっとキレイだったのだろうなあ。

しばらく歩くと、ジグザグに下方へ降りる道がある。こんな道あったっけ、と思いはするけど、なんせ12年前に通ったきりだからなあ、と降りてみた。神社があった。


神社ねえ……ぜんぜん覚えがないんだけどなあ。

参道の脇の杉の木についていたツタのちいさな葉が愛らしく紅葉していた。


この写真を撮っていると、散歩中の小型犬にめちゃめちゃ注目されていた。なんでだろ。

来た道を戻って、疎水脇の遊歩道へ。このあたり、猫が多い。


こちらをうかがっている。



石に擬態している。



まどろんでいる。



ちょっとわかりにくいかもしれないけど、立てかけられた釣竿のあたりで釣果を待つ二匹。

その少し上流では、アオサギも魚待ち中。




おおおキレイ!



しかしここで異常事態。遊歩道が途切れたのである。ええ?だって前は蹴上まで遊歩道が……ん?


えっと……いまわたし滋賀県にいますか?



あ、間違いないですね滋賀県です。

駅から立ち止まったりしながらだけど1時間くらい歩いてるから、そうかウチから1時間半ほど歩けば滋賀県に来れるんだ、へええ、とか感心してる場合か。なんでだ。いや、なんでって方角間違えたからだろ。北に向かって歩いてて、右に折れたら東に向かうわけで、ウチは山科だから東山は西にある、のだけど東山に行くのに西に向かわずに東へ向かってしまった結果いま滋賀県、ってなんだかややこしいのだがまあそういうことで滋賀県だ。ははは。笑ってる場合か。

……引き返そう。ああ、きれいですね、滋賀県の紅葉。目に沁みます。



ということで来た道を引き返す。おりしもからすのみなさんの声がアーオアーオと。



はい。

傷心のあまり、途中にあったこんなお店で



大根とにんじんを買いましたよ。



え、150円って……90円じゃないの?と思ってしまったのは、


この「OPEN」を「90EN」って読んじゃったからだね。ははは。笑ってる場合か。目悪すぎ。

(続く)


せめて狂気を感じられたらよかったのだけれども、微妙にヤな感じしか残らない。http://cookpad.com/recipe/list/1351077
11/19 22:46

寒い…布団に入って『遊戯の終わり』読もう。コルタサルはいいね。
11/19 23:08

いまの通勤のおともは『遊戯の終わり』(フリオ・コルタサル 岩波文庫)。「黄色い花」まで読んだ。コルタサルを読むのははじめてだけど、この隙のない文章はクセになる。これまで読んだうちでは「誰も悪くはない」「殺虫剤」がとくに好き。「バッカスの巫女たち」も「誰も悪くはない」と同系列かな。
11/20 20:43

コルタサル、絶望的なんだけどどっかユーモラスで、いいんだな。ここらへん、カフカもそう。「殺虫剤」は、誰しも覚えがあると思うのだけど、大人ならいちいち立ち止まりはしないようなことに対する子供らしいこだわりとか、感情の機微を繊細に掬い上げているのが見事。無駄のないことばの素晴らしさ。
11/20 21:03

飲み屋で拾った会話: 男「包丁使わへんのは自炊ちゃうやろ」女「インスタントラーメン作って、買ってきたチャーシューとか刻みねぎ乗せるとかいうのも自炊でええと思う」男「なら、カップラーメン作るのは?」女「それは自炊ちゃう」男「カップラーメンに増えるわかめちゃん入れるのは?」(続く)
11/22 22:02

(承前)女「それも自炊とはちがう」男「ああ、自分で炊くのが自炊か」女「そう」男「ほんなら、鍋でお湯沸かして、カップラーメンの中身入れて煮たら?」 女「それは…自炊」男「だんだんわかってきたわ」 わたしもだんだん「自炊」と「自炊でないもの」の境界線がわかってきました。ありがとう。
11/22 22:03

よいか皆の衆…京都に車で来てはならぬ。禁を犯した者にはおおいなる災いがふりかかるであろう。今週と来週の休日嵐山は交通規制下にあり、自家用車は市営 駐車場を利用できぬ。さらに、四条通はすでに歩道拡幅工事に入っておる。車道ではなく歩道じゃ。京都市の中心部ではの、片側一車線になるのじゃ。
11/23 21:06

明日『フランク』観てくるよ。
11/23 23:56