かつて、普段から仲の良い中国人留学生の一人に、一度思い切って
「台湾って、本当は中国なの?」
ということを質問したことがある。
本省人(大陸人)はどう感じているのかを知りたかったからである。
彼は私よりもずっと年下であるものの、中国の大学(日本語学科)、日本の大学を2校(法学部、経済学部)卒業し、その後、日本の大学院に入学した。
彼は大学院では同級生だが、大学学部(法学部)ではオレのずっと後輩に当たる人物だ。
来日してから毎日、学業の傍ら深夜のコンビニでバイトをしながら生活費を稼いでいるといった、成績・人格共に秀でた温厚な青年なのだが、
私ががその質問したそのときに限って、
「当然です。台湾は中国ですよ。あたりまえじゃないですか。何を言っているのですか」
とにべもなく、会話もそこで終わってしまった。
今の日本人学生は、国際情勢について、残念ながらそこまでの知識も持っておらず、また興味も関心も低い。
もちろん外国に留学しようとする者と単純一律に比較はできないものの、日本人として、大学生として残念に思う。
中国と台湾、どちらの側(視点)に立つ、といった単純な構図ではなく、
両国の関係が日本にとってどういう影響を及ぼすのか、それが我々の暮らしとどう関わってくるのか、
そういったことも、せっかく学問の場にいるのだから、いろんな人から意見を聞いたり勉強しないと勿体無いな、と感じる場面がとても多かった。
しかし、中華人民共和国と中華民国(台湾)では、現実として、政治制度や経済の仕組み、通貨が違い、言語も異なる。
清朝の頃は、台湾のことを「化外の地」と呼んで軽視し、
何より現在においてもお互いに毛嫌いしているように見えるのに、それでもはたして一国と言えるのか?という素朴な疑問が、オレの中では今も残っている。
もし、仮に、日本国内のどこかの県が日本から独立しようという運動を企てた場合、政府は果たしていきなり武力で威嚇するような行動に出るだろうか?
そして、国民はその行動に対して理解を示すか、といった疑問も残る。
国が違えば当然ながら制度も異なる。
そういった深い議論は、なにげない普段の世間話でするものではなく、真理を探求する”大学”という学問の場だからこそ可能なのではないか、と純粋に思っている。
件の彼は、見事に経営学修士号を取得後、日本国内のいわゆる「静脈産業」に就職した。
環境問題が大きな課題となっている現在、今後、彼が日本・中国において大きな存在感を放ち、責任と役割を担っていく立派な人材となっていくことを、私は確信している。
かつて、大学のラウンジで彼と雑談しているとき、「今、中国国内で流行している音楽に興味がある」と言ったことがあったが、
彼はそのことをずっと覚えてた。
後日、彼が母国へ一時帰国したときに、
わざわざショップに立ち寄りCDを購入し、
後日、きれいにラッピングしたCDを私に笑顔で贈ってくれたことがあった。
「聴いてください。きっと気に入ってくれますよ」
「以前に、どんな歌が流行しているか興味あるって言ってたから、このCDをぜひ一度聴いてみてくださいよ」
穏やかに微笑む彼の表情を見つめながら、その心の優しさに心から深い感動を覚えた。
そんな彼に、「尊敬する人物は?」と訊いたことがある。
彼は表情を輝かせながら「康熙帝」と答えてくれた。
外国人がこの地で生活するのは様々な苦労が多いとは思うが、
同級生として、大学の先輩として、そして、2年間同じ研究室で研鑽を重ねてきた同志として、
今後の彼の一層の活躍と幸せを心の底から願ってやまない。