前半からの続きです。
そして、後半もかんなり長いので興味のある方は読んでみてください(^_^;)
完全に息詰まったかに見えたポアンカレ予想の研究。
しかし、一人の天才数学者の登場が、誰も予想しなかった新しい道を切り開くことになるのです。
数学者の名はウィリアム・サーストン博士。
彼はこう考えます。
「宇宙は本当に丸いのか?」
ポアンカレ予想はこう言っています。
「宇宙にロープを一周させて、その輪が回収できれば宇宙は丸いと言えるはずだ」
しかし、よく考えてみると「もしロープが回収できなかった場合、宇宙はどんな形をしているのか?」については、まったく触れていません。
そこで、サーストンは考えました。
「宇宙が丸くないとすると、他にどんな形があり得るだろう??」
サーストンは夢見ました。
「宇宙が取り得る形を全部調べあげることはできないか?」
と。
どーです!この無茶な挑戦!!(笑)
僕はこーゆーエピソードが大好きです。
だって、宇宙の形がどんな形かなんて誰も想像できない。たいていの人は「考えても無駄だ」「人間がそんな事知る必要ない」って思う問題を真剣に考え、なおかつそれを証明しようとする。
凄い妄想力です。
サーストンは言います。
「自分の興味のあるものに集中し、考えにふける性格は数学に非常に合っています」
おこがましいですが、自分と同じだ!と感じてしまいました。規模は全然違いますけどねf^_^;
10年以上にわたる試行錯誤の末、サーストンは驚くべき結論に達したのです。
1982年に発表された論文「三次元多様体、クライン群、そして双曲幾何」の中で、博士はあるひとつの壮大な予想を述べている。
「宇宙がたとえどんな形であろうとも、それは必ず最大で八種類の異なる断片から成り立っているはずだ」
この大胆な予想は、サーストンの「幾何化予想」と名付けられた。
この幾何化予想はポアンカレ予想を含む壮大な予想でした。
つまり、幾何化予想が正しいならば、ロープが回収できる宇宙はただひとつ、ポアンカレの予想どおり丸い形のみで作られた宇宙だけなのだ!!
こうして、サーストンの幾何化予想が証明できれば、同時にポアンカレ予想を証明したことになることが明らかになったのでした。
サーストンは丸い形以外に、宇宙はどんなものがあり得るのか。身の回りにある形をヒントに、その分類をしたと言う…
想像してみてください。世の中にある全てのものの形を分類する作業!気が遠くなるような無限の作業に感じますが、サーストンはやり遂げてしまったんです。
まさに、誰も思いもしなかった方法でサーストンはポアンカレ予想に肉薄したのですよ!
あぁー、天才!(笑)
天才のエピソードほど面白いエピソードはありませんな!!
しかーし!幾何化予想を提唱したサーストン本人は幾何化予想の証明にはいたらなかったのです。
天才サーストンは周囲の大きな期待にもかかわらず、証明への挑戦をやめてしまいました。
数学者にはおおざっぱにいうと「アイデア提起型」と「問題解決型」の二種類に分けられるそうです。
「アイデア提起型」は何もないところから、過去になかった新しい概念を生み出すタイプで、「○○予想」と呼ばれる新しいアイデアを次々と提示する傾向がある。アンリ・ポアンカレは典型的なこのタイプだったみたいです。
そして「問題解決型」はその「予想」が実際に正しいかどうか理論的に検証していくタイプ。
稀に両方を融合した「万能型」もいるらしいです。
このタイプ分けは非常に面白い分け方だと思いました。
僕は明らかに「問題解決型」の人間なので、「アイデア提起型」と組めば素晴らしい作品が作れると思うんですよ。
前回の写真展『脱出』でコンビを組んだ魚子氏は明らかに「アイデア提起型」なんで、二人が組めばいいものが出来て当たり前なんです(笑)
さてさて、サーストンはどちらのタイプなのか?もうお分かりだと思います。
彼は明らかに「アイデア提起型」なんです。問題の解決にはあまり興味を示さなかったようです。
数学者たちが幾何化予想の証明に一斉に取り組みはじめていた1992年、ロシアからにひとりの青年がニューヨークに降り立ちました。
グレゴリ・ペレリマン博士。この時26歳。
ペレリマンの専門分野は、かつて新しい数学トポロジーに王座を明け渡したと言われた微分幾何学。
ポアンカレ予想はトポロジーの分野になるので、専門分野の違うペレリマンは元々興味を示さなかったと言います。
ペレリマンは1994年に、超難問といわれた「ソウル予想」を証明。過去30年以上にわたって解決されなかったが、それを証明した論文はわずか3ページの簡潔なものだった。
あまりに簡潔な論文を見て、ジェフ・チーガー博士は「もう少し言葉を足して丁寧に書いたらどうか?」と助言したところ、ペレリマンは訂正をきっぱり拒否したという。
そんな彼の様子を見てチーガー博士は映画『アマデウス』を思い出したそうです。
モーツァルトがオペラを発表した場面です。音楽好きの皇帝が、モーツァルトの音楽を評してこう言いました「音楽は素晴らしかったが、音符の数が少し多すぎる」
するとモーツァルトは皇帝に「どの音符が余分なのか、正確に教えてほしい」と噛み付きます。
「自分の作品には余分な音符もなければ、足りない音符もない」と答えたのです。
ペレリマンは芸術的な論文にこだわっていたのです!
素晴らしいエピソードです!!
ペレリマン博士の自分の論文に対する絶対的な自信が伺えますよね。
彼は数学者にして最高の芸術家でもあります。彼の論文はさながら芸術作品のような美しさがあったに違いありません。
しかしながら、ペレリマンの名が世界中に轟いてはいなかったようです。
彼は微分幾何学の中でも「アレクサンドロフ空間」という、いわば特殊な分野の第一人者だったんです。
この分野は数学界でも特殊な分野で、人によっては「ゲテモノ研究」と比喩する場合すらあったといいます。
つまり、ペレリマンは数学界の異端児だったんです。
アメリカに渡って3年目。ペレリマンは大きな転機を迎えます。
この頃ある研究論文がアメリカで話題をさらっていました。
「リッチフロー方程式を利用すれば、サーストンの幾何化予想とポアンカレ予想を証明できる可能性がある」
という、リチャード・ハミルトン博士による主張でした。
リッチフロー方程式とは三次元の宇宙の形を丸く変形させるためにとても有効な方程式なのだが、ペレリマンにとっては専門外。
しかし、ペレリマンはこの論文を見た時に「リッチフロー方程式をうまく使えばサーストンの幾何化予想、そしてポアンカレ予想の解決に手が届くかもしれない」と思ったのでした。
少年の頃から抱き続けてきた夢。
「誰も解いたことがない難問を、いつか解いてみたい」
その夢にふさわしい難問がついに現れたのです。
1995年、ペレリマンはわずか3年でアメリカを離れ、ロシアに帰国することになります。その本当の理由を誰にも知られないまま…
2002年の秋、数学界に奇妙な噂が流れた。インターネット上に、ポアンカレ予想と幾何化予想の証明がでているというのです。
しかし、数学界は半信半疑でした。今までも数々のはやとちりがあったからです。
そんな中、その証明の正さを最初から確信していた数学者がいました。ガン・ティアン博士です。
ペレリマンから幾何化予想の証明の概要を示すメールを受けたティアンは「論文内容について解説してほしい」とペレリマンに依頼します。
2003年4月。数学界が待ち望んでいた日がやってきました。
インターネット論文の執筆者がニューヨークでレクチャーをおこなうというニュースは世界中に伝わり、会場はポアンカレ予想に挑み続けてきた数学者たち、トポロジーの専門家で埋め尽くされた。
壇上に現れたのは長髪と長い爪、グレーのスーツやなスニーカー姿。かつて「難問が解けるかもしれない」と言い残してアメリカを後にした、あのグレゴリ・ペレリマン博士だった。
ペレリマンはメモも見ずに講義を始めた。そして、誰がどんな質問をしても直ちに答えが返ってきた。
しかし、聴衆の多くは彼の言っていることを理解できずに苦しんでいました。
ポアンカレ予想を証明するための新しい数学であるトポロジーは一切使わなかったのです。
皮肉なことにトポロジーに数学の王者を奪われたと思われていた微分幾何学が使われていました。
さらに、「エネルギー」「温度」などの言葉が頻繁に登場。これは物理学の延長にある熱力学の世界まで立ち入って、難問に挑んだのです。
トポロジーの専門家は、証明が終わってしまったと落胆し、トポロジーが使われなかったことに落胆し、さらに証明が理解できないと落胆したそうです。
ペレリマンは今まで誰も考えつかなかった微分幾何学と物理学の理論を使い見事、難問を証明したのでした。
新しい何かを成し遂げるには今まで誰も使わなかった手法を使わないといけないんですね。勉強になります。
自分は数学者ではありませんが、この考え方は芸術の分野にも同じ事がいえると思います。
写真表現でどうすれば新しいことができるのか?色々考えさせられました。
そして、3チーム6名で3年以上にわたる論文の検証の結果、論理の飛躍はなく2006年、100年以上誰にも解決できなかった世紀の難問は解決することになりました。
この後、難問を解決したペレリマン博士はフィールズ賞を辞退、懸賞金100万ドル(約1億円)を放棄し、疾走してしまいます。
彼に一体何が起きたのか??
世紀の難問との戦いは我々の想像以上に苛酷な戦いだったに違いありません。
これが『ポアンカレ予想』をめぐる100年間の数学者たちの戦いです。
未知の世界を探究する冒険心こそが、この世界が開ける鍵なのかもしれませんね。
僕はこの本を読んで「まだまだ冒険できる場所はある!」と思いました。
想像は無限です。
無限の妄想から新しい何かを探し出すことはできそうです。
数学者や科学者は「誰も知らないことを知りたい」と考えているから、途方もない研究に取り組めるんでしょう。
僕も「誰もしてない事がしたい」んです。
「誰も撮ってない写真が撮りたい」し「誰もしてない展示がしたい」のです。
あ、無駄にハードルを上げてしもた(笑)