「1978年のピンボール」村上春樹
★★★★☆
※ネタバレになりそうな内容も一部あります。
今月から毎月1冊づつくらいのペースで村上春樹の小説を読み返していこうかと思い立ち、読んでみました。
デビュー作の「風の歌を聴け」に関してはこちら(←クリックするとジャンプします)で詳しく感想を書いてあるので、よかったら読んでみてください。
デビュー作である「風の歌を聴け」の続編である「1973年のピンボール」の登場人物は以下のような感じです。
主人公(僕)
鼠
ジェイズバーのマスターであるジェイ
主人公と生活を共にしている双子
主人公の会社で働く女の子
前作の登場人物が数人そのまま登場しています。
「風の歌を聴け」では僕と鼠のパラレルな物語でしたが、今回も大きく分けると2つの物語が同時に進んでいきます。
まずは主人公である「僕」の物語。
もう1つは「鼠」の物語です。
この二つの物語が同時に進んでいきます。
主人公がある日目を覚ますと、双子の女の子と一緒に寝ていた。
双子はどこから来たのか全くわからない謎の多いキャラクターです。
主人公は翻訳の会社を友人と立ち上げ、仕事は順調のようです。
ある日、急にジェイズバーというバーに置いてあったピンボール台「3フリッパーのスペースシップ」に心を捉われてしまい、スペースシップを探しだすことになる。
鼠は、ある一人の女性と出会い、親しい関係になる。
しかし、なんらかの原因で関係が壊れていく。
そして、女性と会うのをやめ、街を出る決心をする。
というもの。
「風の歌を聴け」でも僕と鼠の「生と死」の物語として読めるような内容になっていましたが、この「1973年のピンボール」も同じように、僕は生の物語として描かれ、鼠は死の物語として描かれているように読めます。
街を出ようとする鼠はなぜかとてつもない恐怖を感じています。これは、
街を出る=死
を連想させます。
この街というのは「風の歌を聴け」の街でしょう。
ここは世界の全てであり、この街を出るといことは、世界から出ることで自殺するということのようにも読めます。
そして、鼠の死を消えたピンボール台に置き換えている僕がピンボール台を探し出す物語るとなっているのではないでしょうか。
僕が双子と共に配電盤の葬式をするシーンがありますが、配電盤の死を鼠の死と捕らえることもできる気がします。
「風の歌を聴け」から継続される
愛するものの死をどう乗り越えるか。
というテーマがこの物語にも流れていたような気がしました。
そして、もう1つの要素として
繰り返し
というのもあるような気がします。
生と死の繰り返し
というのをこの小説を読んでいると意識します。
双子というのがその象徴になっている気がしました。
村上春樹の小説のおもしろさは様々な解釈を読み手はできるところではないかと思います。
この小説も読む人によって様々な読まれ方があるのではないかと思いますが、そこがおもしろいと思いました。
次は「羊をめぐる冒険」を読み返そうかと思います。
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