祖父のシベリア体験談がおもしろすぎた | 渋谷宙希のブログ

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(若き日の祖父 当時21歳)









6月の26日から29日までの4日間。長野に住んでいる母方の祖父と祖母の家を訪ねていました。

祖父は現在95歳。祖母は86歳。


久しぶりに会ったのですが、二人とも元気そうで安心しました。

今回、久しぶりに会って祖父にぜひ聞いてみたかったことがありました。

それは、祖父が戦後シベリアに抑留されていたときの体験談です。

子供の頃にシベリアに抑留されていた、という話しは聞いたことがあったのですが、子供だったのであまりピンときてなくて、大人になってから、ぜひその時の話しを詳しく聞いてみたいと思っていました。

戦争関連の本を読んだり、映画を観るよりも、血の繋がった家族の中に実際に体験した人がいるのだから、一番リアルな話しが聞けると思ったからです。

祖父は95歳になりますが、頭の方はまだしっかりしていて当時のことはかなりはっきり覚えているようでした。

しかし、耳が遠いので会話をするのは少し大変でした。

祖父が話してくれたシベリア抑留時代の話しは、なんだか楽しそうで驚いてしまいました。




祖父は戦争中は満州にいたそうです。

衛生兵だったということで、前線で負傷した兵隊さんの手当てをするのが主な任務でした。

したがって、戦争中に身の危険を感じたことはなかったようです。

運が良かった。

と本人は言っていました。

兵隊やってる頃は特に嫌な思いをしたことはなかった。


と言っていたのが意外でした。




戦争が終わりロシアの捕虜となりシベリアで強制労働をすることになりました。

この頃のことも祖父が言うのは。

そんなに、嫌なことはなかった。


と言うんです。

きっと悲惨な状況だったんだろうと思うんですけど、祖父は当時のことをなんだか楽しそうに話してくれました。

労働の内容は様々で農作業、林業、建築、炭鉱など。

この中では炭鉱の仕事が体力的にキツかった。

と言ってました。




夜中でも急に起こされて仕事に出なければならない時があるそうで、夜中に起こされるとまずはシャツとジャケットを着て、ボタンを全部留めて、廊下に整列しなかればならないんです。

祖父はいつも一番最初に整列をするので、ロシア兵に気に入られていたそうです。

いつも二番目になる人に

「なんで、いつもそんなに早くに整列できるんだ?」


と聞かれた祖父は

「そんなの教えたら一番の座を取られるじゃないか」


と言って教えなかったそう。

実際、祖父はどうしていたかと言うと、とりあえずはシャツは羽織って、ジャケットのボタンだけ留めて廊下に出るんです。で、みんながバタバタ出てきてる間に中のシャツのボタンをゆっくり留める。という方法でいつも一番だった。




祖が言うには

ロシア兵はアホやった。

そうです。

例えば、夜に月が出ているとロシア兵は月を指差して

あの美しい月を見ろ。日本にはあんあ美しい月はないだろ。

と、月の自慢をしてくるそうです。そこで、祖父は

え、知らんの?日本には月が2個あるねんで。


と、言い返してやると、ロシア兵は真顔で驚いていたそうです。

ロシア兵をおちょくるようなことが抑留の現場で行われていたことに驚きですし、とても面白いと思いました。




さらに、ロシア兵を仲良くしていると、倉庫番をしてい兵隊の情報をもらえたそうです。

「今日の倉庫番は耳が悪いぞ」

とか、教えてくれる。

耳が悪い倉庫番のときに倉庫に入ってパン粉を盗むそうです。

2人で行って1人1袋盗む。

1袋は教えてくれたロシア兵にあげて、もう1袋はみんなでこねて、焼いて、歌いながら、パンにして食べたそうです。

倉庫からパン粉盗むとか!

歌いながらとかなんか、楽しそうだし・・!




イタズラも結構したらしく、農作業の種を植える作業というのがあって。

1人が穴を掘る、1人は種を入れる、1人が穴を埋める。

という3人一組で作業をするそうなんですが、種をわざと入れない。

すると、芽が出てくる時期になってもそこだけ芽が出ない。

種を入れてないんだから当然です。

どの場所を誰がやったかは記録していないので、誰の仕業がわからないので、とくにお咎めはなかったそうです。

それで、影で仲間と笑っていたっていうんだから、たくましいというかなんというか。

凄い話しですよね。




他にも、木を伐採する作業があって、それは誰がどれぐらいの木を切ったのかチェックする表みたいなのがあって、木を切るとその表に記しを付けていくそうなんです。

その表に書いた記しを全部消してしまう!

というイタズラ。

消えた表を見て憤慨しているロシア兵を見てみんなで笑ってたそうです。

凄い!

なんか、イメージではそんなことしたら犯人がわからなくても連帯責任で全員に重い罰則とかありそうな感じもするんですけど、特にそのようなこともなかったそうです。




極めつけはタバコをもらう方法です。


祖父はタバコが吸えないのがとてもイヤだったらしく、何人かタバコをくれるロシア兵を確保していたそうです。

タバコをもらいたい時はそのロシア兵に近づき、耳元で

スターリンはまぬけ

とささやくと、ロシア兵はニヤリと笑ってタバコを1本くれたそうです。

ロシア人同士では堂々とスターリンの悪口をいえないので、日本人には結構言ってたとか!

この話しは笑ってまいました。

スターリンの悪口言ってタバコもらうとか最高のエピソードですよ。

でも、よく考えたら会社員が数人集まって盛り上がる話しといえば上司の悪口ですもんね。

しかし、スターリンの悪口を言ってロシア兵に気に入られていた祖父は要領がいいというか、たくましいというか、凄いですよ。改めて尊敬しました。




つらいことはなかったの?


と聞くと、しばらく考えてから

シラミがつらかったなぁ。なんせかゆいんや。

とのこと!

シベリアで強制労働させられて、唯一つらかったことが

シラミ!

じいちゃん、マジかっこいい!!

日本になかなか帰れなかったのもつらかったけど、仲間がいたから大丈夫だった。


と言ってました。

もし、1人で抑留されてたら耐えられなかっただろう。


と。

祖父はさも楽しそうにシベリア時代の話しをするのが不思議だったんですが、なんとなくこの言葉で理解できたような気がします。

祖父からすれば青春の思い出のような感じなのではないかな、と思いました。

きっと、シベリアでつらい体験をされた方もたくさんいらっしゃるんんだと思いますが、祖父は持ち前の要領のよさと、ロシア人にも好かれる明るい性格と、よい仲間のおかげで過酷なはずの環境でも楽しみを見つけ、自分らしく、生きていくことができたんではないでしょうか。

そんな、祖父の血を少しは受け継いでるんだ。

と思うと、なんだか悩みなんて吹っ飛びます。

明るく、前向きに、自分らしく生きていきたい。

と思いました。

おじいちゃんには長生きしてもらって、このおもしろい話しの続きをまた聞かせてもらいたいです。






















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