皆さんこんにちはリオンです。
今回は一時期話題になっていたSF小説『三体』シリーズ三部作の第一巻を読んだのでご紹介します。
さんざんいろいろなところで解説やらレビューされている作品ではあるので、三体の名前を聞いたことある方多いかもしれません。全文ネタバレもありですが、どんな小説なのかその内容を紹介し、感想を書いてみたいと思います。
●『三体』とはどういう小説?
『三体』は中国のSF作家である劉慈欣(りゅうじきん、リウ・ツーシン)によって書かれた三部作のSF作品群で、2015年に世界的なSF賞である「ヒューゴー賞」の長編小説部門を受賞。アジア人として初となる快挙となったこの小説の登場によって中国にSFブームを巻き起こした作品です。
オバマ元米大統領やジェームズ・キャメロン、マーク・ザッカーバーグといった著名人たちが絶賛し、tensentビデオ、Netflixでの映像化によって認知は今や一般層にまで広がりました。
地球外文明とのファーストコンタクト(遭遇)をテーマに書かれたこの小説は一見、難解な物理学用語が並ぶ「ハードSF」の皮を被っていますが、重厚な人間ドラマがその中心にあり、そして『もし人類が自らの文明を超える地球外文明と遭遇したらどうなるのか?』『人類という種が宇宙という広大な暗闇に進出した未来に、どういうことが起こるのか?』を政治的、哲学的に考察した思考実験ともいえるものになっています。今回は、『三体』第1巻が提示した多層的なテーマを紐解き、その圧倒的な世界をご紹介していきます。
●狂気の時代、『絶望』から始まる物語
『三体』第1巻の物語の始まりは、現代ではなく1960年代の中国・文化大革命という血塗られた時代から幕を開けます。
1960年代の中国では、毛沢東が総書記の座に就いたのち、知識人の弾圧を始めました。高度な教育を受けた学者、医者などの知識人たちが体制を批判することを恐れ、彼らを社会主義の敵とみなしてつるし上げたのです。
1960年代『中国文化大革命期』(NETFLIX『三体』より)
この冒頭の時代配置が、その後に主人公の一人である葉文潔(イェ・ウェンジェ)という人物がのちに起こす地球外文明とのファーストコンタクトとその後の物語に深みを与え、本作を単なる空想宇宙科学小説ではなく、地に足の着いた人間ドラマを描くための重要な要素になっています。
清華大学の理論物理学教授であった葉哲泰(イェ・ジョータイ)は、この体制に反対する活動を行ったため、批判大会でとらえられ、毛沢東の体制を支持した自らの教え子たちに撲殺されてしまいます。この光景を目の当たりにした娘である葉文潔(イェ・ウェンジェ)は周囲へ助けを求めましたが、弾圧を恐れも誰も応じませんでした。その後も弾圧を恐れた母や体制を批判していた友人にさえ裏切られ反体制分子の疑いまでかけられてしまいます。統制と監視の時代を生きぬいた彼女の中に芽生えたのは、「人類は、自らの力で自らを浄化することはできない」という人間に対する底知れぬ絶望でした。
●極秘施設「紅岸基地」と地球外文明とのファースト・コンタクト
葉文潔(イェ・ウェンジェ)(NETFLIX『三体』より)
葉文潔(イェ・ウェンジェ)はその後、学生時代に行っていた太陽の燃焼活動の観測に関する研究の手腕をかわれ、監視の目はありつつも紅岸基地と呼ばれる巨大なレーダーを持つ極秘施設にスカウトされます。このレーダー基地の表向きの目的は敵の人口衛星や通信傍受による監視だとされていました。基地内で昇進した彼女は、基地を統括する政治委員である雷志成(レイ・ジーチョン)と、チーフエンジニアである楊衛寧(ヤン・ウェイニン)から基地の本当の目的が『地球外文明の探索(SETI)』であることが明かされ、宇宙からの電波信号を解析するための翻訳プログラムの開発を命じられ協力することになります。
紅岸基地の巨大なレーダー峰(tencent『三体』より)
翻訳プログラムを完成させてから数年後、太陽活動の研究を続けていたある日、葉文潔(イェ・ウェンジェ)は太陽の電磁波の層を反射増幅材として利用すれば恒星1つ分以上のエネルギーを電波としてはるか宇宙の遠くまで送ることができるのではないかと仮説を立て、秘密裏にそれを実行してしまいます。
それからさらに数年後、地球から4.3光年(約40兆km)離れたケンタウルス座アルファ星からどう考えても人為的に操作されたとも割れる周波数の通信が入ります。内容を翻訳した葉文潔(イェ・ウェンジェ)は驚愕します。そこには「応答するな!」との警告の後にこう続いていました。
「私はこの世界の平和主義者だ。お前たちのメッセージを最初に受信したのは幸運だった。お前たちに警告する、応答するな! 応答すれば、発信源が特定され、我が艦隊がお前たちの世界を侵略し、占領するだろう。応答しなければ、お前たちの星の位置を特定することはできない。」
不要回答”応答するな”(NETFLIX版『三体』より)
彼女が太陽の電磁波層によって増幅放射した電波は4.3光年(約40兆km)もの長い距離を旅し、未知の文明へと確かに届いていたのです。人類の野蛮さと抑圧されたこの世界を終わりにするため、彼女はすぐさま返答を書きました。
「来て。私たちはあなた方を歓迎します。私たちの文明はもう自力で問題を解決できません。この世界を占領するのを手伝って。」
彼女が胸に抱いた「人類は、自らの力で自らを浄化することはできない」。この信念が、彼女に送信ボタンを押させる動機となり、宇宙に向けてメッセージが送信されてしまいます。「返信するな、侵略されるぞ」という警告は無視され、彼女が送った返信は、救済ではなく人類という種への死刑宣告でした。
●ハードSFとしての興奮:科学とハッタリの融合
物語が進むと、舞台は1967年~1970年代の文化大革命期(以降、文革期)から2007年の現代へと移ります。現代偏の主人公であるナノ科学研究者、汪淼(ワン・ミャオ)の視点を通して描かれるのは、『物理学世界の崩壊』と『人知を超えた存在の暴露』です。
『三体』第1巻で描かれる2007年の世界では、著名な科学者たちが次々と自殺をしてしまう怪事件が起こっており、状況を重く見た世界各国の軍部は協力して捜査に当たっており、汪淼(ワン・ミャオ)は、その協力者としておしゃべり刑事である史強(シーチアン、愛称『ダーシー』)とともにこの難事件を調査していきます。
文革期に登場した葉文潔(イェ・ウェンジェ)の娘である物理学者、楊冬(ヤン・ドン)も、「物理学は存在しない」という不可解な遺言を残して自殺。事件の端々で見え隠れする謎の学術集会『科学境界』の影とそれを主宰する謎の女性、申玉菲(シェン・ユーフェイ)の存在。そして汪淼(ワンミャオ)の身に現れる科学では説明のつかない怪現象の数々。網膜に現れる不気味なカウントダウンの数字に続き、はては電磁波を可視化するゴーグルを被った彼の眼の前で宇宙そのものが『科学境界』に予言された通りに瞬く。これらの要素が、読者を一気に三体の世界に引きこんでくれます。
怪現象『ゴーストカウントダウン』(NETFLIX『三体』より)
読み進めていくと登場する科学者の観測データ、あげくには日常生活で起こるすべてが「見えない何者か」によって書き換えられていく何ともいえない恐怖感があり、独特な張り詰めた空気感を生んでいます。もちろんこれらはすべて幽霊や怪物によるホラーやファンタジーではなく可能な限り現代物理学のアイデアの元に構築された演出で、ネタがわかればわかるほどすごくよく作られているのが分かってきます。
論理と法則によって世界を定義し、信仰にも匹敵するほど物理法則を信じてきた科学者にとって、その法則が否定されることこそが、最も根源的な「恐怖」であることを著者である劉慈欣はよくわかっており、登場人物たちの心理描写をうまくに描き出しています。
● VRゲーム『三体』が示す文明の興亡
物語の中盤で大きな役割を果たすのが、VRゲーム『三体』の世界です。汪淼(ワンミャオ)と史強(シーチアン、愛称『ダーシー』)は、謎の学術集会『科学境界』の主催者である申玉菲(シェン・ユーフェイ)のすすめでこのVRゲームの世界を探索していきます。
VRゲーム「三体」へ入るべくVRゴーグルを装着する(tencent『三体』より)
誰が何の目的で作り上げた出所不明なこのVRゲームは、よくあるRPGやアクションゲームのように敵を倒すことが目的ではなく、ゲーム世界をコントロールしている物理法則を解明することがクリア目的となっていることが徐々に判明します。
超高精度に設計された三体のゲーム世界には、3つの太陽が存在し、太陽が惑星に接近したり、離れては惑星が灼熱の地獄や極寒と化し、文明は栄えては消滅を繰り返していました。
そんな三体の世界で生活している人々は人の姿をしてはいるものの、『脱水』という能力を持っており、体中の水分を自らの意思で抜いてカラカラの状態となって災厄が去るまで仮死状態になることができます。このあたりがなんとなくクマムシのように異常環境に強い微生物を思わせる設定で面白いです。
ゲーム内では、ジョン・フォン・ノイマン(ノイマン型コンピュータシステムの発明者)やニュートン(万有引力の発見者)など歴史上の偉人たちが登場し、彼らとの対話を通して三体と呼ばれるゲーム世界を司っている惑星の運行暦や物理法則を解いていくことになります。そしてゲームが進むにつれて文明の滅亡と再生を繰り返すこのシミュレーションは、そのまま異星文明『三体』が置かれた過酷な環境のシミュレーションであることがだんだんと判明していきます。
●三体文明の正体と「智子(ソフォン)」の衝撃
後半ではついに三体文明の科学力がどの程度のものなのかが明かされます。その象徴が「智子(ソフォン)」であると言えるでしょう。「智子(ソフォン)」は11次元の存在である極小の一つの陽子を2次元(薄っぺらい板)に展開し、巨大な宇宙船レベルの大きさのレーザー加工設備で回路を刻み込んでして作り上げた目に見えない極小のスーパーコンピューターです。
三体人が地球へ向かうのに使用する宇宙艦が出せる速度は最大でも光速の1%までが限度であり、地球へ到達するには少なくとも400年(作中初期の試算では450年)はかかるため、その間に人類側の科学技術が発展していると戦略上不利になる可能性があります。
そのため、光速に限りなく近い速度で移動し、「智子(ソフォン)」を偵察機として送ることができれば、地球にある物理学の実験場である粒子加速器に入り込み、物理学の実験結果を狂わせることで、人類の基礎科学を「封印」することができます。
人類が三体艦隊が到着するまでの450年間に、彼らを追い越す技術を持たせないための枷となる「智子(ソフォン)」。この設定により、物語は「400年後の決戦」という壮大な時間軸で語られていきます。
そしてクライマックス、網膜に突如現れる「お前たちは虫ケラだ」というメッセージ。三体人から送られてきたこのメッセージによって、人類が信じてきた科学技術に対するプライドは粉々に砕かれてしまいます。圧倒的な科学の格差を前に、人類はただ、見えない監視者「智子(ソフォン)」の下で衰退していくしかないというこの圧倒的な「詰み」。この状態こそがここからの人類の反骨精神を描くための重要なパートだといえるでしょう。
●対照的な二人:史強(ダーシー)と汪淼(ワンミャオ)
この重苦しい空気の中で、唯一希望の光となるのが警察官の史強(ダーシー)です。
彼は現場肌で特殊部隊の経験もある敏腕刑事であり、物理学の理論はほとんど理解していません。しかし、人間心理の本質を見抜く野性的な直感と、「理屈が通じないなら、こっちのやり方でやるだけだ」という図太い精神力を持っています。繊細な科学者たちが小難しい理論の中で絶望に折れていく中、彼は「酒を飲んで寝ればいい」と笑い飛ばし、常に何か方法があるはずだと模索していく行動力はこの抑圧に満ちた世界に希望を与え、難しい理論でつまずく読者を引っ張って行ってくれるでしょう。
左、汪淼(ワンミャオ)と右、史強(ダーシー)(tencent『三体』より)
物語の終盤、三体人のメッセージに打ちひしがれる汪淼(ワンミャオ)たちを、彼は田舎の稲田へと連れて行きます。そこには、人類がどれほど農薬や罠で駆逐しようとしても、決して絶滅することのない「害虫(イナゴ)」の大群が押し寄せていました。そして彼はこう問います。
「人類と虫の技術格差は、三体人と人類の格差よりも大きい。だが、虫は一度として敗北したことがあったか?」。
理屈や科学技術を超えた、生命そのものの「しぶとさ」を訴える彼の存在は、鬱屈した物語を奮い立たせ、冷たいハードSFである本作を熱い血が通ったものにし、人類が過酷な未来を生き抜くための反逆精神を演出してくれています。
●おわりに
劉慈欣は、人類が抱いている「宇宙と科学技術のロマンチックな幻想的なもしも?」を、超現実的な社会シミュレーションとその結果による絶望という冷徹な刃で切り裂いています。
巻を追うごとにエンターテイメント性やスケールが拡大していく『三体』シリーズですが、この第1巻目が提示した問いは現実に迫ったとても重いものではないかと感じています。もし、私たちが未知の世界で出会う存在が共存不可能な存在だったら? 出会った存在が人類にとって理解できない存在だったら?人類社会はどう反応し、どう生き抜くべきか?
近年、宇宙人や未確認飛行物体に関する情報開示が米国機関によって行われて話題になり、地球外文明に関する映画もヒットするなど宇宙人に関する話が注目されていたりもしますが、もっと現実に差し迫った問題としてAIがあげられるでしょう。
AIという人類自身がコントロールできるかもわからないものを作り出し、核兵器に匹敵する社会混乱をもたらす危険がある現在の状況は地球外文明との遭遇と非常に近い問題を投げかけているように感じました。
『三体』第1巻目を読み終え、第2巻目である『三体:黒暗森林』を読み始めていくと、第1巻は壮大な宇宙戦記の序章でしかなかったことがだんだんとわかっていきます。2巻目で主人公たちは冷凍睡眠によってさらに先の未来へと歩みを進めます。その時代は三体艦隊を迎え撃つべく人類は宇宙へと進出おり、さらに三体文明から送り込まれた新たな兵器との壮大な攻防が描かれていきます。
この記事で原作が気になった方がいらっしゃれば、ぜひ「三体」原作やドラマ版『三体』の世界に飛び込んでみてください。
「三体」の世界に触れた後、夜空を見上げると、いつもの星空が少し違って見えてくるかもしれません。







