謝って済むと思うことなかれ | ままごと生活

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ネガティブな日々の雑感と、ままごとのようなハンドメイドやライフワークと。

人の側にいると
私の中に
たくさんの不平不満がもくもくと生まれる。


気弱だったり
遠慮だったりで言えないで我慢していることを
人が察してくれないことで生まれる不満。


この不満を解消するには
自分自身が「しっかり」する他ない。


それとは違う不満もある。


自分の性格だったり
状況に対する不満や不安や嘆きみたいなの。


このことで
「こんな娘でごめんね」と私はいつもお母さんに心の中で謝っているけど、
もしかしたら
これはお母さんの罪となってしまうのではないだろうかと
最近考えるようになった。


謝ることで
私の気は済むかもしれないけど、
母は、
そんな子に生み育てた母親の罪として
魂が罰されているかもしれない。

もしくは「わたしのせい」と傷ついているかもしれない。


いや、魂なんてものが無くても
私が嘆いていることは

母親を糾弾している・罰している・傷つけていると言えるのじゃないだろうか。


母に対してだけではない。
「謝る」ことで
私は能力の限界や諦め、責任の転換・放棄を宣言しているんだよね。


「ごめんなさーい、すみませーん」
イコール「私にはできません、あなたお願いします、私を怒らないで。」
という浅はかさ。


「謝って済むと思うな」。


「謝らない(で良い言動を心がける)」ことをまずは目指してみよう…かな。