はっとしました。
26歳の終わりに、ようやく氣がついた。
…分かっちゃった!!!
目の前にやってくるいろんなこと。
自分に引き寄せられてくるいろんなもの。
その選択が自分の人生を決めていく…
と知識で知っていても、どれだけ教え込まれても、
人生がなかなか加速しなかった原因。
私、その選択の仕方に問題がありました。
あんまりいいやり方じゃない方法で物事を選んでいました。
その結果、にっちもさっちもいかなくなってきて、
ここまできてやっと分かった。
やるかやらないか決めるときに大切なことは、
やる「理由」を探すよりも、
やりたい「想い」を見出すこと
なんだと。
私たちは理由を探すのが得意です。
理由や言い訳なんていくらでもみつかる。
しかも理由の裏にはさらに理由があったり、
理由を作っているのは古い自分の思考パターンだったり。
さらには理由なんて、また違う理由が出てきたらひっくり返ってしまう。
だからミイラ取りがミイラになっちゃうようなことが往々にして起こる。
だから、
理由を物事の選択の基準にすることは、
自分を理由という縄で縛って動けなくしてしまうことと一緒。
「こうするしかなかった」という被害者意識で正当化する人生を好んでいることと一緒。
「想い」に「理由」は関係ありません。
ただ、そうなりたいと望む。
ただ、そうしたいとイメージする。
ただ、そういう人生を現実化したいと強く願う。
その「想い」の一点だけにフォーカスする。
こんなに強いことはない。
どんな理由も無効化して、その現実を引き起こすのは、「想い」でしかない。
…世界は、「想い」で出来てるんだ!!!
ポジティブなことも、ネガティブなことも、
全部全部、誰かがどこかでそれを望んだ結果なんだ。
そう分かったら、話は早い。
今、
何を望みますか?
何を選びますか?
何を信じますか?
その想いがそっくりそのまま、明日の自分の姿になるのだとしたら?
「理由探し」は、
私の人生を狭め、不自由なものにするけれど、
「想いを膨らませる」ことは、
私の人生をより豊かで可能性に溢れたものにしてくれる。
理由を捨てる。
想いを膨らませる。
それに基づいて行動する。
理由を排除する。
想いを拡大していく。
それに基づいて行動する。
理由を途絶えさせる。
想いを生み出し続ける。
それに基づいて行動する。
この繰り返しをどれだけ濃くやれるかが、
素晴らしい結果を出すための要だといっても過言じゃないはず。
理由を人生の拠り所にするのをやめよう。
想いを堂々と人に語ろう。
そうすれば、その想いにかなう現実が引き起こされていくはずだから。
26歳の残りの時間…
「想いに集中して拡大させること」に、毎日毎瞬フォーカスしたいと思います。
これ実験です。
…素晴らしい日でありますように!!!