自分の人生を生きていないとき
無価値観を感じないようにつくろったり
罪悪感の穴埋めに自分を捧げたり…。
目的が真実ではない目的にすり変わってしまっています。
例えば、子どもを持つと、子どもで自分の人生をリベンジしようとしたり、子どもの出来が自分の価値のように錯覚してしまうお母さんも多いのでは。
私もどこかで、子育てに『当てつけ』を含ませていました。
自分2号にしないように。
もっといい子育て、こうあるべきだった子育てを見せつけようと頑張ってしまっていました。
でも子どもが生まれて願ったのはとてもシンプルなことだったはず。
本当の目的はただ子どもが幸せで、自分も思いきり幸せでいることだったはず。
自分の幸せを数にいれないで、疲労困憊していたら元もこもないのです。
そして、やっていることの目的がすり変わってしまっていたら、設定したはずのゴールから遠ざかっていきます。
先日の心理学講座の中で、こんな言葉が降りてきました。
『自分の人生にタイトルをつけるなら❓️』
デスエデュケーションという言葉があるけれど、死から逆算して今を見てみる。
どんな風に人生を終えたいのか。
どんな自分でいたいのか。
目先の苦しさに囚われていると、大きな使命や目的、本当の自分がワクワク出来ることを忘れてしまいがちです。
タイトルを決めるなかで想いの本質に出会ったなら、そこに100%の自分を捧げる。
講座のテーマであった「コミットメント」をする。
あー、私も苦手です。
決断すること。
誰かに決めてもらったり、慣れ親しんだ場所にとどまっている方がうんと楽ですから😅
でも何かが違うと感じていたり
人生のタイトルに似合わない今を生きているのなら…
そこから降りてみてもいいよ。
私も降りたから、今こうして娘に会えました。
そして、自分が今まで避けてきたことは、意外に自分の天職だったりもするのです。
子どもを生まない人生を生きる予定だったけれど、今はどっぷり子どもの発達、教育という分野にはまっています。
カウンセリングの仕事もしてきたけれど、将来カウンセラーなんていらない、自己肯定感の高い子どもたちを増やしたい。
そこがやりたかったんだなって気づかされました。
これからの未来はその思いにコミットして進んでいきたいなと思います😊