私はずっと母と二人きりの生活だったから、誰もいない家とか、隠し置いてあったカギとか、一人の食事とか、別になんてことない、私にとっては日常の風景でした。
“あたりまえ”は感情を鈍らせます。そこに寂しさはなかったし、特別に人を羨んだりもしなかったつもりです。それでも母を困らせるようなことを言ったりやったりしてたのは、本当は母の気を引きたくて、でもそれがうまく表現できなかったりする不器用さだったようにも思います。
私はずっと、もし自分が母親になったら“完璧な母”を一生貫きたいと思っていました。
自分の母にもそれを求めていた時期があったし、そうはなってくれない母を嫌ったりもしていました。
母には“女”の要素が強かったから。嫉妬ですね。
そんな気負いがあってか無くてか・・・いまだ私は母親にはなれそうもありません。
完璧な母なんてどこにもいないのにね・・・。
最近は、自分も大人になって分かってきた様々な事情とか、その時々には感じ取ってあげれなかった親の思いなんかも、ちょっとは理解してるつもりです。
若き日の母に言葉を運んでくれるのなら、伝えて慰めてあげたい思いもたくさんあるけど。
私の心理学の先生は
“教育は目に見えない時限爆弾のようなもの”
と言っていたけれど、私の心の中で、今になってはじけるものが確かにあることを、痛感している今日この頃です。
今回もまた、私の勝手な日記になってしまいました・・・
本当は店の進捗状況なんかを書きたかったのに
まぁ、元気にやってますってことで。では! るい