12月14日5時スタート。日本時間で15日の深夜0時。
ホノルルマラソンに挑戦しました。
今回、てんつくマンという方の呼びかけで集まったツアーに、私は一人で参加だったので不安もありましたが、帰る頃にはみんな家族みたいな絆で結ばれていました。
だってあの感動を共有した仲間なんだから・・・。
ツアー出発日、集合場所である羽田空港で、最初に話しかけてくれたメンバーの紺野大樹君。
話していると、私が受講している心理カウンセラーのセミナー受講生でもありました。
みんな繋がっているんだね。
彼は脳性麻痺という障害を持っています。
二十歳の時、時間無制限のホノルルマラソンに一人でチャレンジして、12時間かけて40キロ地点まで行ったものの、体が動かなくなりリタイア。
坂の上まで行けば、転がり落ちて進めるかもしれない。
這うように進み続け、立ち上がり、前に倒れ、それでもリタイアを自ら宣言するしかなかった悔しさ。
その後3日間は車椅子生活となったそうです。
そんな恐怖を知っての今回のリベンジでした。
彼は、てんつくに言われたそうです。
"がんばるんじゃなくて楽しんで走ろう。だから一緒に行こう。11年でこんちゃんは成長してるから。”
怖かったよね。過去の自分に届かないかもしれない、一度知っている恐怖を乗り越えることってすごく勇気のいることだよね。
でも彼は、魔の40キロ地点を過ぎ、そしてみごとすべてを乗り越えてリベンジを果たしました。
スタート地点で“ゴールで待ってるからね”と別れてから10時間弱。
すごい速さです。
紺野君のゴールを見届けた後、私は15キロ以上コースを戻り、杉野幸三さんのサポートに向かいました。合計60キロ以上走ってることになります・・・。変態です。
幸三さんは、事故や大病を繰り返し、肝臓移植も行い、今も不自由な足でのフルマラソン挑戦でした。
幸三さんのサポートに向かったのは私だけではありません。
自身も脳性麻痺による自由にならない体でありながら、がんばってる幸三さんと一緒に走りたいと言った近藤麻友美も、一緒にコースを戻ったのです。
まゆは、レディースウォークに参加していました。
みんなに迷惑をかけることになるから、フルマラソンは諦めると。
でも本当は一緒に走りたかったのだと・・・。
まゆは、幸三さんの後ろで誰よりも大きな声を出して励まし続けました。
“こうちゃんがんばれ。わっしょいわっしょい。こうちゃん素敵。”
一歩一歩。立ち止まり、マッサージしてはまた立って。
みんなのサポートも、ほんとにすごかったです。私も自身のチャレンジのときより、役割があった分、ずっと気持ちを強くもって進むことが出来ました。
“自分の足で走ることが夢。”
そんなことを言ってたまゆ、最後の直線では、確実に走り抜きました。
人も、ゴールの旗もない暗闇の中で、19時間45分かけて、幸三さんゴール!
『生きてるだけで金メダル』 BY杉野幸三
本当にたくさんの感動をありがとう。みんなと走れてほんと幸せでした。