そろそろ近づいてきました「卒業・卒園式」。
もうセレモニーとしては、最高峰に位置するであろうイベント…。
このイベントの中で、最も重要な撮影が「証書授与シーン」。
園によっては「横向き」で渡し、保護者に見えるようにしている所もあるが、多くの場合、保護者は証書授与の時、子どもの後ろ姿しか見られない。
そして、その授与の瞬間の表情を捉える事が出来るのは「出入りしているカメラマン」だけ。
このプレッシャーたるや、もう授与が終わった後、気を失いそうになる程…。
で、その授与の撮影に1度、失敗した事がある。
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ずいぶん昔の話しになるが、とある幼稚園で、自閉症気味の子がいた。
声をかけても返事をせず、発表会では自由人として振る舞い、団体行動はほぼ不可能。
入園した頃からその子を知っていて、何故か気になっていた。
カメラマンとしては、全員をまんべんなく撮影する必要があるため、例えそういう子どもでもしっかり撮影しておかなければならない。その為、できる限りコミュニケーションを取り、反応が無くても話し、何度でも声をかけたりして、とにかく行く度に打ち解けられるよう努めていた。
ある日の遠足撮影の時、ふと気がつくと、その子が自分の脇にいる。
自分のズボンを「ガシ」っと握りしめ、動こうとしない。
「どうしたの?」と声をかけても、ずっと向こうを見ている。
その先には、楽しそうに遊んでいるお友達がいた。
「遊びたいの?」「…」
「お話しする?」「…」
その子ただひたすら遊んでいるお友達を見ているだけだった。
「じゃぁ、おじちゃんと一緒に遊ぼうか?」と話し、カメラを置いて、二人で何でもない事をしながら遊んでいた。まぁ、話しをしているのは自分のみ。特に何をどうしたいのかも分からないが、とにかく「葉っぱ」や「木っ端」などで色々遊んでいた。
だから、仕事しろって(笑)。
それから、何かのイベントで行く度に、その子は自分の側に来るようになった。
まぁ、仕事なのであちこち動き回って撮影するが、気がつくとその子が側にいる。
職員から「なかなか人に懐いたりする事がないんですが、何故か社長には心許しているみたいですね。不思議な方ですね…。」と。
えと…、仕事をしないで遊んでいたからです…、とは言えませんでしたが(笑)。
ワンワン泣いている時に、どうしたのと声をかけると、ふっと自分の顔を見て泣き止む。
それからズボンの脇を握りしめ、ただくっついてくる。
帰ろうとすると、じっとこっちを見ている。
手を振ると、反応はないが「笑顔」に見えた。
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年長になり、卒園式を向かえる。
担任の先生、その子の名前を読み上げる際、色々と大変な思いもあったのだろうか、涙がこみ上げてきてしっかりと声にならない。
そして証書授与の瞬間。
ピントが合いませんでした。
画角が決まりませんでした。
ズボンの脇を握った手の温かさ、表情には出さないが、自分を見つけた時の動き、帰る時に見送る顔、その全てを思い出してしまい、思いっきり「感情移入」をしてしまった。
その子が証書を受け取る前から、手が震えていた。
緊張からではない、本当に良く頑張ったと。
遠足での思い出、芋掘りでの暴れっぷり、発表会での自由行動…。
そしてこれが、この子を撮影できる最後の日…。
その全てが、とにかく頭をよぎって、シャッターを押す瞬間まで逃してしまった。
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カメラマンとして、プロとしてあるまじき「感情移入」。
分かっているが人間だもの、客観的になれない時だってある。
帰りがけ、そのお母さんに正直に話した。
多分、写真としては大丈夫だとは思うが、感情移入しすぎて、プロとしては失格だと…。
怒られる覚悟で頭を下げたが、そのお母さん、涙声で「ありがとうございます、ありがとうございます、本当にありがとうございます。」と繰り返し感謝の言葉を下さった。
この言葉の中にも、いろいろな思いがあったんだと思う。
お母さんと二人して「涙目」になりつつ、しばし幼稚園生活の思い出を語り合った。
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何年もこういう仕事をしていると、本当に客観的に、感情移入無く撮影できるようになるんだろうと思う。
でも自分は、この「感情移入」を忘れた瞬間、本当の「記録」は出来なくなるのではと思っている。
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卒園式が終わり、両親に手を引かれ、その子が去っていった。
その瞬間、身体が勝手に動き、3人の後ろ姿を撮影してしまった。
今でもこの写真は、大切に保存してある。
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