ちょうど2年前の私が、入院していた病棟のスタッフの方々へ宛てて打った手紙の抜粋です。手も目も首も動かずに声も出なかった時、遠方での入院生活に苦戦したのは私だけではなくスタッフの方々も同じだったはずです。
当時は大変お世話になりました![]()
『〇病棟のスタッフの皆様
4ヶ月間、本当にお世話になりありがとうございました。
皆様の支えがあっての4ヶ月だったと今改めて感じています。
細かい注文が多い私のケアは皆様にたくさんの負担をかけてしまいました。
元気だった時は気にもしなかった些細なことで、痛みを感じたり、すごく負担に感じでしまったり、自分で自分が情けなくなることもありました。
それでも、そんな些細なことを私と同じように、時には私以上に大事にしてくれるスタッフさん達の優しさに触れて、どれほど救われたかわかりません。
優しくさすってくれる手に、丁寧なポジショニング、息の合った移乗に、ゆっくりしてくれる注入、固さと量とスピードが心地よい食事介助、楽しいお喋り、快適なお風呂に、温かい言葉の数々…
数えだしたらきりがありません。
些細なことの負担が増えた分、些細なことでの喜びや感動も増えました。
ベストな位置にポジショニングをしてもらえた時の心地よさや至福感はたまらなかったです。
朝起きた時に髪の毛をブラッシングしてもらえた事、実は寝たきりになって初めてですごくすごく嬉しかったです。
私の小さな努力を気付いて褒めてもらえたこと、一緒に喜んでもらえたこと、いつも力をもらっていました。
私の不安や緊張を察知して「いつでも聞くよ、言ってね」と言ってもらえたこと、すごくホッとしました。
痛みや苦痛を一緒になって共感してもらえて、臨機応変に対応してもらえて、それだけで少し楽になった気がしました。
食事の時などのトークに癒されて、お勧めしてもらった情報を観たり聴いたり、調べたり楽しみの幅が広がりました。
「ふぉれすとさん」と部屋に入ってきてくれる時の声を聞いて、直ぐに誰か分かるようになってテンションが上がったり、ホッとしたり、皆さんに会えるのがいつも楽しみでした。
たくさん細かいお願いをしてしまいました。私を思ってせっかくやってもらったことなのに私の状態とフィットせずご迷惑をおかけした時がありました。
それでも、嫌な顔1つせずその都度、検討して対応してくださったり、何人ものスタッフさんが言葉が無くても的確に気持ちを汲み取ってもらってどれだけ心強かったかわかりません。
私が感じたように、皆様の手や声、言葉や表情から励まされたり、癒されたり、元気をもらったりしている患者さんは大勢いると思います。
今は、すっかり当たり前になった皆様との時間がなくなってしまってとても寂しいですが、これからの時間を充実させられるようにがんばります。
いつか、今よりも良くなったご報告をするのが夢です。』
今の私はお世話になったスタッフの方々へどんな報告が出来るのかな?今の私の姿を喜んでもらうことはできるかな?
さぁ気持ちをちょっとシャキッとさせてもう一歩![]()