真空管機は安定化されていないヒーター電源で電球も点灯していたので、50W程度のSSB送信機でも声の大小に応じてダイアル照明が明滅したのは以前も書いた通りです。それら無線機の電球ベースは振動で緩まないスワンBA9s規格のバヨネットが多かったのですが、真空管ラジオの多くはエジソンE10口金なので、ペイントロックが常識でした。
トリオ好みのネオンランプPLは白熱電球より長寿命なので、多くはランプが固定封入のブラケットです。交換式もほとんどE10で、BA9sのネオンはあまり見かけません。
BA9sの電球は市中の電器店にはあまりなかったのですが、さらに入手の難しいのが管ヒューズ型の電球でした(自動車用とは寸法が違います)。これはトリオがFMチューナーの横行スケール板を両脇から照らすなどの使い方をしています。T-599/R-599ラインもこの管ヒューズ型を採用し、しかも8Vと12Vだったか?とにかく双子の顔と構造なのに電圧規格が違うという意味不明でした。
さて、BA9sや管ヒューズ型がない場合、一時凌ぎの代用品は模型店で入手できる「麦球」でした。なお未確認ですが、麦球には不活性ガスを封入しない真空球が結構あるらしく、それではタングステンが蒸発しやすそうで、なるほど切れた麦球には蒸着の跡?があった気がします。とにかく麦球は当時の我々が入手できる最小の電球でしたが、信越電機で初めて購入したLEDはさらに小さいものでした。
LEDの利用は八重洲ならFT-101B、トリオならTS-520あたりからだと思いますが、当初は実用的な輝度があったのは赤発光だけだったのでPLとかインジケーター用途でした。
その頃、バイオニアのオーディオ機で「LEDのパイロットランプ」という宣伝文句があったはずです。今では滑稽に思いますが、世間では集積回路の登場時に「IC採用」と広告で打ち出したように、LEDにさえも先進的なイメージを期待したのでしょう。それと技術者の「使ってみたかった」もありそうで、その後もバイオニアは青色LEDもまだ珍しいうちからPLに使い始めました。
八重洲がFT-847を発売した際、液晶のバックライトが白色LEDだった件では、取材でまさに開発から「使ってみたかった」が語られていました。FETの登場時のような初物好きの志向は設計者にはあって当然です。子供時代の私だって「PLにネオンを使ってみたい」と思ったのですから。