プレイスの活動の目的は、


学習能力、運動能力を向上させることはもちろんのことであるが、


これだけにとどまらない。


『自ら学び、自ら習得する向上心』を身につけられる。


これが生きる力である。


1から10まで教え込むような方法とはまるで違う。


思考-活動-思考-活動


これを繰り返す。


そして、活きるために必要なコミュニケーション能力を高め、


社会性を育てる。


それにより本当の『生きることの楽しさ』を感じてもらう。



プレイスに通う利用者は発達障害を抱えるお子様が多いが、


休み時間になると、


性別や学年を問わず、いつも大きな輪ができ、


パーティーゲームやカードゲームをワイワイ楽しむ。


他人のペースに合わせたり、勝負ごとの受け入れなども


どんどん柔軟に対応できるようになってくる。


お医者さんにその様子を見てもらうと、考えられない珍しい光景だと驚く。


中には、発達障害の子がどこにいるのかわからないという医者もいる。


脳機能を高め、コミュニケーション能力や社会性を身につけることで、


その子に劇的な変化が生まれる。


受け身的な学びではなく、自発的な学びを目指し、知的好奇心を高める。


これがスポーツひろばプレイスの活動です。




プレイスでは集団療育を行っている。

そのために、集団を形成し、統率する技術が必要である。

しかし、「形成し統率する」というと、

どこか堅苦しく、無理強いのイメージがあるだろう。

しかしプレイスは全く違う。

集団に必要なコミュニケーション能力や社会性を育てることで、

集団が楽しいという感情をもたらすことにより、

子どもたちの中で集団が形成されていく。



まずはその前に、

「できないことをできるようにさせる」
ことで自己肯定感を高めるのである。


ここに指導技術を用いるわけである。

ここがプレイスのウリなのである。

号令で人を動かせば動くであろう。

しかしそれは一過性のものでしかない。

プレイスは療育の場であり、教育の場でなければならない。


子供の自己肯定感を高め、

自ら学ぶ力を身につけ、

学ぶ力の高い集団が形成され、

集団教育力が身につき、

さらに自ら学ぶ力が深まる。


これがプレイスの療育の特徴である。


今年、高校野球は100周年を迎える。

地方大会でもいい試合が行われている。

紙一重のところで勝つチームと負けるチーム、明暗が分かれることがある。

年中、毎日毎日練習して、練習してきたもの同士がしのぎを削り、

紙一重のところで分かれる。

でもどこかで分かれるであろうポイントがあるはずだ。

負けや失敗を、運と捉えるのか原因を見つけられるのかで次の成長に大きく差が出る。

これは仕事も同じ。

成功する企業は、失敗をしないわけではない。

失敗しても常に原因を見つけ、次に向かうチャレンジ精神があること。

こういう精神が紙一重を制する。

勇気もって挑みたい。



プレイスでは良い療育をするために、

指導員は模擬授業を行い、

洗練された授業を常に子供たちに提供している。

この模擬授業はまさに『修業』である。


修業とは、

より高い技芸、学術的な境地のために、

工夫を重ね、努力し、自己を鍛えていくことである。


あしたのジョーなどで出てくる、『特訓』というのは、

自分の状況を突破するために、

エネルギーの一点集中投下をする短期トレーニングである。

これとは違う。


修業には「いつまで」という終わりは見えない。

そして、もちろん修業も技量の向上が目的ではあるが、

同時に人格的な部分も習得していくのである。

つまり、プレイスの指導員は子供たちを教え育てながら、

自分自身の人格も成長させていくわけである。

共に成長していくわけである。


共通することもある。

修業も特訓もどちらも自分の意思で能動的にやらないといけないということだ。


プレイスの指導員には、

修業を楽しめるように人格、精神を磨き、

切磋琢磨し、より良い技量を身につけていって欲しいと思う。


「集団に参加できなくて困ってる」

こんな悩みを相談される保護者の方がプレイスには多く来られます。


集団に参加できない理由はいくつも挙げられます。

その中から本当の原因となっているのは何なのか、

根本を見つけてあげられるのがプレイスです。


落ちつきがなくて…というのは根本の原因にはなりません。

学習の難易度なのか、教える人の技術なのか、眼の機能の問題なのか、運動能力なのか、国語力なのか、コミュニケーション能力なのか…

無数に原因を予測でき、根本の療育をしていけるのがプレイスです。