第二次世界大戦後の冷戦期において、「一時的でも社会主義化した」という国は、大体、セカイの半分近くになる。
そして、これらの国々を見てみると、エマニュエル・トッド氏のいう、「共同体家族」の国がおおいようである。
とくに、外婚性共同体家族の国々は、みずから社会主義化をしている。ソ連、モンゴル、中国、ベトナムなどがそうであろう。
さらに、この家族形態がおおい地域においては、伝統的に、共産党の勢力がつよいらしい。たとえば、インド北部など。
たしかに、エマニュエル・トッド氏のいうとおり、家族形態と社会体制のあいだには、カナリ密接なかんけい性がありそうである。
ということであれば、その国や民族が持っている、歴史的・伝統的な傾向・とくちょう・性質というものも、この家族形態を基礎・前提じょうけん・土台にしてかんがえると、あるていどであれば、わかるのかもしれない。
外婚制共同体家族の国においては、伝統的に、つよい権威と平等の文化・かちかんを持っている。
そしてコレは、つよいチカラ・けんりょく・権威を持った、どくさい者を生みだすのと同時に、「ソレ以外のニンゲンは、平等である」という政治体制になりやすい。
歴史的に見て、どくさい者である皇帝のそんざいや、共産党独裁と、カナリ親和性がたかく、つよそうである。
ということであれば、イギリス・アメリカ合衆国式の民主主義、ちいさな政府、規制緩和、自由競争のけいざい、そして、ソレによる貧富の格差というものを、はげしくイヤがり、嫌うかとおもわれる。
そうでなく、つよいチカラ・けんりょく・権威を持っている政府が、イロイロなことを規制し、指導する。
つまり、「政府が、つよいチカラ・けんりょく・権威でもって、みんかん企業であったり、いっぱん大衆・民衆を、きびしく規制し、統制する」という統治体制になりそうである。
コレは、俗にいう、おおきな政府になるかとおもわれる。そして、かつてのソ連であったり、今の中国など、共産党による独裁体制というものは、このながれの延長線上といえそうである。
イギリス・アメリカ合衆国式の民主主義、自由競争、規制緩和のちいさな政府は、共同体家族の国にとっては、とくに、外婚制共同体家族の国にとっては、どのようにガンバってみても、けっして馴染まないのかもしれない。
こういう視点・発想・かんがえかた・スタンスに立ってみると、「共同体家族の国を、とくに、外婚制共同体家族の国を、イギリス・アメリカ合衆国式の政治体制に変える」ということは、カナリのムリがあり、不可能に近いといえそうである。
コレをたとえるならば、「甘党のニンゲンを、後天的に、辛党に変える」だとか、「左利きのニンゲンを、後天的に、くんれんで右利きにかえる」ということと、似ているかとおもわれる。
そしてコレは、まず間違いなく不可能である。ミス・しっぱいする。甘党のニンゲンを、どのようにガンバってみても、辛党に変えることはできない。辛いたべものを、けっしてスキにはならない。