2割のじゅうような顧客へのたいおうを重視するなら、すくない顧客にしゅうちゅう・特化のかたちになる。
つまり、あいてにして、たいおうする顧客がハッキリし、ぐたいてき・めいかくになる。
顧客がハッキリし、ぐたいてき・めいかくになれば、あいてにたいして、こちらにのぞみ、きたいするものをきき、そのていきょうに努めることもできる。
ならば、売るがわがあつかうべき、しょうひん・サービスもけっていされる。
つまり、「ひろくあさく、おおくのしゅるいをあつかう」ではなくなる。なにせ、顧客がハッキリし、ぐたいてき・めいかくになれば、あいてがこちらにのぞみ、きたいするものもハッキリし、ぐたいてき・めいかくになるから。
いいかたをかえれば、顧客をしぼることになる。顧客をしぼれば、じぶんがあつかうものも、しぼらざるをえない。
和食をたべたいひとに、中華りょうりをていきょうしてもムダ。ぎゃくもしかり。家電せいひんがほしいひとに、クルマをていきょうしてもムダ。ぎゃくもしかり。
顧客をしぼれば、ていきょうするものもしぼられる。和食をたべたいひとには和食を、中華りょうりをたべたいひとには中華りょうりを。家電せいひんがほしい人には家電せいひんを。クルマがほしいひとにはクルマを。と、ていきょうするものはしぼられる。
ぎゃくにかんがえれば、あまりにもひろく、おおくのしゅるいをあつかう店やかいしゃは、顧客をしぼれていない。だから、ひろくあさく、おおくのしゅるいを売ることに。
ひろくあさく、おおくのしゅるいを売るなら、顧客はしぼれない。だから、顧客がハッキリせず、ぐたいてきでなく、めいかくにならない。
そうなると、顧客にたいして、「こちらになにをきたいし、のぞむのか」と、しつもんはできない。顧客がハッキリせず、ぐたいてきでなく、めいかくでないから、だれにきけばいいかわからない。
ドラッカーのいう「こちらに、なにをきたいしてのぞむか、ちょくせつ顧客にきけ」ということは、そもそも、顧客がハッキリし、ぐたいてきであり、めいかくでないとできない。
顧客をハッキリさせ、ぐたいてき・めいかくにするには、そもそも売るがわが、あつかうしょうひんやサービスを、あるていど、しぼることがひつようになりそうである。
つまり、売るがわが、「われわれは、なにを売り、あつかうのか」を、ハッキリ・具体的・めいかくにしないと、顧客をしぼれない。
これをやらないと、顧客をしぼれず、顧客がハッキリせず、ぐたいてきでなく、めいかくでない。だから、だれにきけばいいかわからない。
あたりまえだが、「だれにきくべきか」がわからないと、そもそも、しつもんをすることはできない。
そして、「だれにきくべきか」をハッキリさせるには、まずじぶんのがわが、「なにを売り、あつかうのか」というスタンスを、ハッキリさせるひつようがありそうである。