「不調」から「重心力トレーニングを開始するまで」の話です。単なる覚書です。

 

【略歴】

・2014年あたり:よく分からない不調が出始める

・2015年9月:骨ストレッチを知る(金スマ)

・2015年10月~2016年1月あたり:不調のピーク

・2016年1月~2017年4月:探り期間(1年6ヶ月間)

・2017年4月10日:旧重心力トレーニング 開始

・2018年4月10日:ブログ開始

・2018年5月20日:新重心力トレーニング 開始

 

【詳細】

・2014年あたり:よく分からない「不調」が出始める

顎がよく分からなく痛かったり、首・肩・腰はバリバリで、もちろん睡眠も浅く、とりあえず気合で乗り切っていた。いわゆる不定愁訴だと思われる。

 

・2015年9月:骨ストレッチを知る(金スマ)

緩めることが大事と知る。思い当たる節しかないため、とりあえずやってみる。それまで特に運動をしていたわけではないので、それなりの効果は出るが、本に書いているほどの効果は得られない。特に疑問に思ったのは立ち方で、本通りに立っても身体が緩むことは無なかった。今考えれば、癒着だらけの身体だったわけだから無理も無い。

 

・2015年10月~2016年1月あたり:不調のピーク

前もって言っておくが、不調のピークを迎えた原因と骨ストレッチをしたことに直接的な因果関係は無いと思われる。ただただ自分の身体がとてつもなく癒着まみれで、それまでの蓄積が溜まり機能不全に陥ったせいだと思う。大丈夫だと思うが、人によっては骨ストレッチが悪のように読んでしまう可能性があるので、このように注意書きをしている。後述するが、原因は「日常生活の悪習慣」によるものと考えられる。骨ストレッチでは、到底このこびりついた「悪習慣」を凌駕するができなかったというわけである。

 不調で悩まされたのが頭痛(コメカミが締め付けられて、挙句の果てには顎、歯に痛みが激しく出る)である。ベッドに横になると、頭痛が出る。つまり、寝れないのである。恐ろしいことに椅子に座っても同じ症状が出る。自分はデスクワーカー、仕事に支障が出てはならないので、気合で仕事は乗り切っていた。

 この頭痛や歯痛、顎通みたいなのは食べ物を食べている時にも起こる。そう、食べることに恐怖があった。噛めばそれが刺激となって発症するなど、まともに生活を送れたものではなかった。

 直観的に病気ではなく、身体の歪みから来るものだと思っていたので、頭痛薬や睡眠導入剤は一切飲まなかった。対処療法ではなく、体質改善をする道を探ることにした。

 過去ブログで何回か出てきているカイロに通う。行った後の数日はいいのだが、それを過ぎると症状が出てしまう。これは詰まるところ、「日常生活の姿勢」が原因であると言える。ここにとりあえず目を付けて、探り期間に突入する。

 

・2016年1月~2017年4月:探り期間(1年6ヶ月間)

この期間には色々な情報を得ることになる。骨ストレッチを知ると、甲野善紀氏を知ることになる。つまり古武術。それから古武術など武道関係に触れると高岡英夫氏(「ゆる」)を知ることになり、同時に伊藤昇氏(「胴体力」)も芋づる式に目にすることになる。

 どれもやってみると確かに効果はある。繰り返すが、当時は運動もせずガチガチの身体であるため、どんな運動・体操でも、その前後で差は出る。しかし、「体操をすれば効果」は出るが、「日常の姿勢」にさほど影響は無く、諸悪の根源である「悪習慣」を駆逐するには程遠いと感じていた。何と言うか、体操をすることに目標が置かれていて、自分が求める日常の姿勢を良くするための体操にならなかった。まぁ、厳密にはそう繋げられなかった自分の責任、と言った方が適格かもしれない。本にはこの体操すれば、日常生活の姿勢が変わるとあるが、蓄積された「悪姿勢」はそんなに容易く改善はされないのが現実だと思う。「日常の姿勢」を変えないと、なかなか効果は得られない。これに関して伊藤昇氏は『スーパーボディを読む』で確かに言及しているが、その方法というのがど素人には分かりそうで分からない。そこで出会ったのが「重心力トレーニング」である。

 話を進める前に、一応やって効果があったものもあるので、忘れずに書くことにする。自分を苦しめているのは、おそらく無駄な力、いわゆる「力み」であると仮定して、極力、力まないようにしようと考えた。とはいえ方法が難しいの現実である。まずは原因を探った。 

 自分は「集中」や「頑張る」と言った概念(言葉)が、どうやら「力み」のトリガーだったようで、これを取り除くようにした。特に以下のように集中するとか頑張るとかを勘違いしていた。

 

・「集中すること」「頑張ること」

  →「歯をいくしばること」

  →「全身に力を入れること」

 

考えてみれば幼いころからそうだったような気もする。何でもかんでも力一杯(本当に物理的に力を込める)しないと集中することや頑張ることに繋がらないと考えていた。まぁ、一言で言うなら「力加減バカ男」かな(笑)。

 改善するにあたって、まず、集中しなければならない状況があった場合、その「集中度合い」を100%と、とりあえず暫定的に感覚的に数値化した。この100%が「力み」を生んでいると仮定して、次回からは意識的に70%~80%の集中度合いなるように、あくまで感覚的だがそのようにした。最初は慣れなかった。何かサボっているような、手を抜いているような、いい加減にやっているような、そんな感覚で自分は不真面目で頑張らない人間とさえ感じてしまう程であった。

 結果、どうだったか。感覚上100%で臨んだ仕事と約70%で臨んだ仕事の結果・成果は変わらなかった。そう、数値で言えば30%分の「無駄な力」が使われていたことになる。これは目から鱗であった。

 このある意味「頑張らない、腹八分目的な姿勢」は重心力トレーニングを開始してかも、さらにはら今(2022年4月現在)に至るまでそうしている。

 これは、決して仕事など諸々の手を抜いているわけではないし、不真面目にやっているわけではなく、なるべく「最小の努力で最大の結果を出す」という姿勢の結果であるし、「健康的かつ持続的に追い込む」という目的を達成するために結果、必要となっていることである。面白いことに、必ずしも「100%の入力」が「100%の出力」を生み出すとは限らない。時には「20%の入力」で「120%の出力」を生み出すことさえある。もちろん、当時の自分にはさっぱり分からなかったことであるし、今振り返って言えることである。大事なのは、いかに「少ない入力」で「100%に近い出力」を「持続的」にかつ「健康的」に達成できるかである。

 

・2017年4月10日:旧重心力トレーニング 開始

いよいよ旧重心力トレーニングを開始することになるが、始める前に次のような2択をした。

 

(1) このまま不調を抱えて人生を終える。

(2) とりあえず数年、勇気を出して仕事より健康を優先して、不調を取り除き、元気に人生を終える。

 

自分にとっては大きな選択であった。

 

仕事を優先しないというのは、決して仕事をサボるということではなく、「やるべきことを全てやりながら、それ以上にはやらない」、ということである(それに対する給与はもちろん貰っているので)。さらに、仕事をしていて不調の兆しを感じたら、いったん仕事を中断する。仕事がちゃんと終わることを前提に、「絶対に無理はしない」ということである。

 仕事も含めてより良い成果を求める場合、やはり人より多くの努力が必要になる。仕事も既定の仕事量だけでは、そこまでだし、それ以外にどんどん「自分の能力を上げる」努力をしなければならない。義務のような言い回しになっているが、自分としては、そうしたい、そう望んでいた。それを一旦やめるというのはかなりの勇気が必要だった。自分の身体の不具合からみて、年単位の仕事のセーブが必要になることは分かっていたので、なおさらである。

 しかし、「他人より頑張る」という、この「頑張る」ということが皮肉にも自分の身体を蝕んでいて、これが「力み」を生み、結果として「不定愁訴」を招いたと考え、選択肢(2)を選んだ。この時期の身体は、「頑張りたくても頑張れない」身体とも言えるし、「頑張ると不調になる」身体とも言える。

 ここでもう一つ決めたことがある。トレーニングも「頑張り過ぎない」ということである。早く改善するには、おそらく「人より多く」のトレーニングの量をこなすすべきであると分かっていたが、繰り返すが、自分の場合、「頑張る」というのが「力み」→「不調」を生むので、ここもぐっとこらえて、毎日必ずできる数以上は設定しなかったし、余裕が合ってもそれ以上の回数をこなすことはしなかった。過去ブログで「ゆっくり」や「慌てていない」という表現を度々使ったと思うが、これはある意味自分に言い聞かせていた部分もある。

 

では、何故「重心力トレーニング」を選択したか。

 

それは「日常生活の姿勢」にかなりの重点を置いていたからである。そして、その姿勢が正しいか(=捉え姿勢になっているか)を「手刀チェック」という、ものすごく簡単な方法で確かめられるからである。間違いなくこれが決定打である。実は体操は二の次なのである。

 始めた当初は、「手刀チェック」で、その違いが分からないぐらいの胴体レベルであった。体操後は多少分かっていたので、その僅か違いを頼りにしていた。もちろん、その違いがその後、月日を経て大きくなり、天と地ほどになる。

 何を求めて、どんなトレーニングをするかは人によって異なる。筋肉付けたいから、筋トレするなど。自分は、「日常に繋がるトレーニング」が絶対条件であった。そして、「日常そのものがトレーニングになる」のは願ってもないことで、その条件が一致したのが重心力トレーニングだったというわけである。

 

・2018年4月10日:ブログ開始

メモ書き程度に始めたというのがきっかけだが、出会いがあったことで、結果としてブログはよかったと思っている。

 

・2018年5月20日:新重心力トレーニング 開始

ここから一気に加速という感じだと思う。進化の過程は過去ブログで書いてある通りである。