前回、肩甲骨と腕の一体化について書いたが、これがだいぶ日常的にできるようになってきた。
普通に立つ場合、もちろんそのままだと一体化していないので、肩甲骨を腕の角度に合わせる感じで動かすと繋がって、肩が落ちる。
この時必然的に前鋸筋を使って調整している。ただし前鋸筋の動きはごくわずかである。
この状態ではもちろん腕の力がダラーんと抜ける。
肩ユニットが肋骨の上に収まったという感じもある。
そして抜けた力をしっかりと鎖骨と股関節(さらに内転筋を通って内踝に到達するライン)を結ぶラインに沿って地面へ流す。
この流しが無いと肩が収まらないし、肋骨の座りも悪い。さらには股関節との連動も生まれない。
もちろん捉えの感覚は鋭さを増して、さらにこの状態で気持ち多めに肩甲骨を後ろへ引くと股関節の感覚が増し推進力も増す。
連動しているんだなと実感した。
慣れてくると一体化した肩甲骨と腕が鎖骨―股関節―踝ラインに沿って前後に振られているように感じる。
で、脱力について少し思ったことがある。
経験上、軸と脱力は表裏一体。
軸が無ければ脱力はされないし、脱力されている時はだいたい軸が通っている。
そもそも脱力の力はどこに行っているのか。力を抜くということはその抜いた力がどこかへ行っているはずなのである。
今回は肩の力である。上記のように一体化させると肩の力が抜けるが、これを鎖骨―股関節ー踝ラインに流さないと力みが残ってしまう。
無駄な力を軸に沿って流せて初めて脱力が達成されるのではないだろうか。
力みを水に例える。
無駄な溜まった水を抜くためには、その通り道である排水管と排水口が必要である。
それぞれ排力菅と排力口としよう。
そうすると排力菅はここでいう軸、具体的には鎖骨―股関節ー踝ラインや背骨に沿った中心軸。
排力口は足の裏。
このインフラを整えないと脱力はされないような気がする。
肩の重みを鎖骨から股関節を徹して足裏へ排出する。
絶えず排出できるから脱力状態が続く。
完全な主観ではあるが身体で感じた感覚をメモしてみた。