疲れてくると、悪癖が出る。そうすると、もちろん姿勢が崩れてくる。いや姿勢が崩れるから悪癖がでるともいえる。
自分は、決まって右側に違和感を感じる。
厳密に言えば、右の軸上の正確位置から右の肋骨が外れる。後ろに引けてしまう。右のせり出しが甘くなる。これは右利きであることや、右側を縮める癖から来ている。
胴体深部が動き軸のある住人になったにも関わらず、なぜこういうことがまだ起きるのか。
まだまだ身体が歪んでおり、矯正度合いは胴体深部が動く最低限なのである。
それから、悪癖暦の方が圧倒的に長く、10年単位。胴体深部が動く住人暦はわずか1年。
まだまだ勝てない。
歪みを修正しようと体操するわけだが、疲れているとちょっと正確な位置からズレる。いつものハマった感じが薄くなる。よってズレたままの体操になってしまうので、余計ズレる。これはダメな体操は何千回やっても無駄ということそのもの。
当然、普段の姿勢もズレる。
だから、疲れている時こそしっかりと軸に乗って正確にゆっくりと行う。まずは北京原人に初期型に戻るわけである。手刀チェックで一から確認。
そしてこれが最大のポイント。疲れている時に、昔の悪い癖に戻るのではなく、今の良い状態を維持できる回路を作ってあげなければならない。ここが次の勝負どころ。
そうすれば、疲れていてもズレていかないし、疲れにくくもなる。ズレがさらなる疲労をもたらす。
軸ができてから、特に3本あると、ズレが認識し易く、さらに、ズレていると眉間の眼がオフになる。「見の目弱く、観の目強く」が「見の目強く、観の目弱く」になってしまう。当然、目が飛び出るので、目、首、肩、さらには全身に不調をもたらす。
これらは非常に分かり易いサインで、ズレが酷くなる前に修正が可能になる。
一部専門家の間で「正しい姿勢は無く、自分が心地いいと思う姿勢ならば問題なく、猫背でも問題無い。背筋を伸ばす姿勢は窮屈で、あれは心地よいと感じないからNG」という意見がある。また、「猫背でも動ける人はいる」という論拠もある。
これには違和感しか覚えない。
心地よいと感じるのが「正しい姿勢=股関節で地面を捉えた姿勢=ニュートラルポジション」ならば良いがそうでない場合は間違った姿勢ではないだろうか。
背筋を伸ばして窮屈と感じるのは、胴体深部の癒着が取れていなく軸や脱力も発生していないから。
癒着が取れて軸が発生すれば、「無意識」に見かけ上「背筋が伸びた姿勢」になり、「窮屈には感じ無く」なる。
さらに、嫌でも「猫背にならない」。
「力を入れて伸ばす」から「窮屈」に感じる。
正しい姿勢は、力まずとも脱力状態で真っすぐになる。故に窮屈になんて感じない。
胴体が動かない住人は、これを達成するために、前傾をするわけである。そうすれば窮屈さが極端に減り、癒着が剥がれていくに従って地面と垂直近く上半身が起き上がってくる。
前から書いているが、胴体レベルの応じたその段階の正しさがある。
それから臓器に焦点を当てると、正しい姿勢あると言わざるを得なくなる。
臓器(内臓)は身体の正しい部分に収まっている時に、一番活性化するはずである。では、どのように正しい位置にするのか。それは骨格である。そう考えると、嫌でも「正しい姿勢」は1つに絞られていく。
いつも年に数回行くカイロでは、肝臓に気をつけなさいと言われる。右側である。自分の悪い癖が臓器に影響を与えている。西洋医学的には正常と言われているが、この癖は治さないと今後に支障がでると思う。
猫背はこの臓器問題にものすごく悪影響を与えると思う。肺はつぶれ呼吸は正常でなくなり、横隔膜が動かないので内臓に刺激が行かない。さらに自分と同じ肝臓もつぶされるので、良いことはないように思う。
当然、脳の働きも姿勢や運動機能に影響されるはずである。
悪いところが出ると、嫌なのだがいつも勉強になる。調子が良くないときほど自分と向き合うからかもしれない。
北京原人姿勢、自分には戻れる場所がある。この生活を始めて色々な貴重な事を得ているが、そのうちのおそらく最も大きな財産だと思う。
やはり始まりはいつも北京原人から