「感性」という言葉を辞書で引くと、次のように定義されている。
・「外界からの刺激を直観的に印象として感じる取る能力。感受性。」(明鏡国語辞典)
・「物事を心に深く感じ取る働き。感受性。外界からの刺激を受け止める感覚的能力。」(デジタル大辞泉)
改めて調べてみると面白いのだが、ここでは上記の定義で話を進める。簡潔に、「感じ取る力」としておこう。
一般的に、感性は、色々なものを見聞きし感じ体験することで育つと考えられているであろう。
自分も同意見である。やはり外のからの多種多様な刺激を受けることで感性が育ち鋭くなると思う。
しかしながら、最近の自分は、モノの感じ方がより鋭くなってきた。いわゆる「観る目」が徐々にではあるが育ってきてしまっている。特に育てようと思ってはいないが育ってきている、というのが興味深いところなのである。
さらに言えば、特別、外に出て刺激を受けようともしていない。
おそらく、感性が育つもう一つの方法があるように思う。
それは胴体深部の開発である。
定義に従うなら、即反論が思いつく。外側からの刺激がないのにどう育つのか?
しかしどうやら育つのだ。理由は実はもっと奥底にある。そもそも論に近い。
いくつか理由を挙げる。
まず、胴体深部開発は、感性を受ける器官である、感覚器官そのものを活性化するようなのだ。これは胴体深部が活性化することにより、身体の、臓器を含め構成要素がしかるべき位置に移動し、「身体がリラックス状態」になる。
そして、その臓器がもっているポテンシャルを最大限発揮できるようになる。感性に特に関係すると思われる、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚が鋭くなる。
次に、身体内部で再構築される神経回路である。今まで感じられなかった胴体深部の感覚が分かるようになる。
つまり、「自分自身を感じ取る力」が上がるのである。
どういう感性の種類に属するかはよく分からないが、少なくとも「感じ取る力」が上がる。
この向上した感じ取る力を自己だけでなく、他に向けてその能力を発揮すれば「他(外界)を感じ取れる量・質」は上がる。特に同じ人間を対象にしているのだから、別に不思議なない。
厳密に言うと、「自分自身を感じ取る力」が上がることにより、自然と「他(外界)を感じ取れる力」が上がる。
特に、深層部とういうのは実在するのだが、深層部が未開発の時は、感じ取れない。目に見えないし触れないし、あまりに抽象的で具体性を感じることはできない。股関節って?大腰筋って?そりゃ、解剖学上はあるんだろうけど、意識しろ!とか使え!っていったてその感覚ないんだけど・・・。ってな感じ。
それが、胴体深部の開発が進むと、面白いことに感じ取ることができるようになる。抽象的なものが具体的なものとして捉えることができるようになる。
例を挙げると、「軸」というかなり抽象度の高いものまで具体性が増してくる。
大事なのは、「抽象的なもの、つまり目に見えないものを具体的なものとして捉えられる能力の向上」である。
感性の鋭さが一気に増すわけである。
しかも、ほぼ自動的に、無意識に!
この能力は自己だけでなく他に対しても無意識に発揮されてしまう。
世の中にある、一般的には抽象度の高いと言われるものが具体的なものとして捉えられるようになってしまう。
最近の自分自身の「観る目」の鋭さが増してきた要因の一つと考えらる。もちろん、まだまだでこれからであるが。
芸術家など感性が鋭い方は、こういった感覚があるので、そこから生み出されるものはやはり独創性が出てきてしまう。他人には見えないものが観えているから。
これは芸術家に限ったことではなく、サッカーにも言えると思う。
実は日本サッカーに対してある疑問があった。
現代社会では、メディアの発達で欧米や世界のスーパープレーヤーを見る機会がかなりあり、リピートして何度も見られる。
さらに海外へ行きやすくなり、選手のみならずトレーナーも海外へ行きトップ選手を目の当たりにすることができ、さらには一緒にプレーやサポートもできる。
しかし!何故、こんな良質な経験をできているのにも関わらず、日本サッカーは、ある意味つまらないのか。何故、世界のトップ選手のような選手が出てこないのか。トレーナーは育てられないのか。
1つの考えらる答えは「観る目」が育っていない。
だから、どんなに良いプレーを見たところでその本質にたどり着けない。スゴイことは分かるがそれだけ。どんなに議論したって机上の空論。
真似できないし、メカニズムも分からないから教えようがない。結局、見えているところしか見えていない。
だからすぐトップ選手の練習方法を輸入して、ただ闇雲にまねるだけ。トップ選手だから意味があることで、胴体が動かない人にはあまり役立たないこともあるということが分からないのではないか。
良いプレーをみることで、自分のプレーが磨かれることはあると思うが、それだけでは足りない。
トップ選手は姿勢が良いから、姿勢を良くすればよい。上半身を使っているから上半身を使えばよい。スイッチは背中に有り!
これを海外経験のあるトレーナーが言うのだから絶句である。
姿勢の良さも、上半身が使えているのも、単に胴体深部が十分に活性化された結果なのである。深部が動けばおのずと分かることなのだが、まず動かさないから一生分からないだろう。残念!
だから、繰り返すが、どんなに議論したって机上の空論の域を出ない。
トップ選手というのは、
胴体深部が良く動く選手である。
上記の「感性」と「深層部開発」との関係、「感性」と「独創性」の関係を思い出してほしい。
胴体深部が動くということは、それだけ感性が鋭い。
感性が鋭いということは、それだけ独創性がある。
11人が全員このレベルなら、すごいことになる。
日本サッカーがいつまでたっても世界レベルなれないのは、
「選手の胴体深部が動いていないから、感性が鈍く、故に独創性が無い」、
からだと考えられる。
そして選手だけでなく、トレーナーに当てはまるはずである。
繰り返すが、感性を育てるのに、他を見ることは大事だが、それだけでは足りない。そもそも他を感じ取れる力が不足している可能性があるからだ。
感じ取れる力の向上には、まず自分を感じ取れる力を向上することが大事だと考えられる。
そしてこのためには、自分自身の胴体深部を動かし、内部に耳を傾け、自分を感じ取れるようにする必要がある。
自分自身との対話不足であり、深層筋の運動不足である。
感性は自分自身の身体内部感覚を磨くことで育つ可能性は十分にある。実際に自分がそうである。発展途中であるが。
まぁ、嘘か本当か内部からの報告でした。
始まりはいつも北京原人から。