一人暮らしを再開して2日目、とても満喫しています。食事も風呂も洗濯もすべて自分の裁量ですることができ、家具は自分の使いやすいように配置され、とても生活がしやすいです。

 

 ところが不思議なことに、時間を持て余している感覚はないのです。むしろ一杯一杯かもしれません。今以上にゆっくりとした時間軸で生活していたこの二か月と比べると、一人暮らしはとても大変です。正直疲れています。

 

 そして、職場復帰も二日後に迫っています。今の生活に加えて仕事まで入るとなると、正直どうなるかわかりません。相当なストレスがかかるのだろうと思います。

 

 

 やはり、自由に時間を使える職業に就きたいと思います。方法はわかりませんが、今の生活水準を維持しながら、自由に暮らせる方法がないかじっくり考えてみたいと思っています。

 私は他人から見ると浪費家と言われる部類だと思います。趣味は釣り、パソコン、楽器、車とお金がかかるものばかりで、私としては趣味にお金を回しているだけなのです。結果、貯金はなく、先日親に生活費を借りました。

 

 大学に行くにあたり奨学金を借りました。就職してそれを5年で返済する計画を立て、半年ほどはうまく機能していました。投資信託はその頃から始めました。月々の返済分にプラスして5年で繰り上げ返済するための積み立て、そのうちの半分を投資信託にあてました。5年後、奨学金の完済時に解約する計画で積み立てNISAではなくNISAにしました。その頃には多少利益が出ており、完済記念に何か美味しいものでも食べようと思っていました。

 

 しかし、双極性障害を発症してから収入が大きく減りました。また安定した勤務も難しくなりました。奨学金繰り上げ返済のための積み立てを切り崩しながら生活し、先日の再発でそれも尽きました。

 

 

 結局、お金がないとできないことがほとんどだと思うのです。車は維持できないし、釣りにも行けなくなります。パソコンや楽器のメンテナンスもできません。親しい人や家族に何かあった時に何もできないかもしれません。

 

 そういう時に少しでも力があればと思い、先日からFXの勉強を始めています。FXはギャンブルだと言われます。少し勉強した感触でもそう思います。ですがそれで生計を立てている人がいるのは事実です。そうなりたいと思うのは当たり前だと思うのです。

 

 先日、私の最も親しい人にそう話したところ、「あなたはそんなことをしている場合じゃない」と言われました。「貯金もできないくせに」という思いが見え隠れしていました。私だって好きでこうなったわけじゃない。どうせなら普通に働いて普通に死ぬ人生がいい、そう思います。それが一番リスクがない人生だと思います。

 

 しかし私は好きなことを諦めたくはありません。なので本気で勉強をしてみようと思うのです。
 

 大学のころから「社会人になったら・・・」という文言を聞くようになりました。どうやらこれは礼儀や作法、ビジネスシーンで使われるだけでなく、いわゆる「大人」としての心構えのようなものも包摂した幅広い概念であるようなのです。

 

 私はこの「社会人」という概念が嫌いです。今回は少しまとめてみようと思います。

 

 そもそも「社会人」の指す意味が排他的で主観的です。そして都合がよく便利な言葉でもあります。

 多様性社会の今、正直な話どんな人であっても「社会」に生きる「人」という意味で社会人に当てはまります。人種信条性別に関係なく、公共の福祉に反しない限りは自由で会っていいと思っています。このキモは「公共の福祉」という点です。社会人という概念を好んで使う人々は、自分自身を「公共もしくは社会」と捉えている節があります※個人の感想です。

 つまり、自分の価値観にそぐわない部分を否定しているように見えます。自分の思う社会では通用しない相手に対して「君は社会では通用しない」「社会人としてふさわしくない」という発言をするのです。また、自分もそうされてきたから同じように後輩にするようになるのです。

 

 また、「社会人」という言葉を用いる方は主語が社会人だったりします。「私は○○」ではなく「社会人では○○」になります。あたかも社会人という生き物がしゃべっているようで気味が悪いのです。

 

 

 今回、2か月仕事を休みました。しかも二回目です。恐らく、快く思わない方もいたことでしょう。そういった方々を無駄に敵に回さないために、今回はお菓子を差し入れることにしました。

前回は多くの方が笑顔で、言葉での謝罪を受け入れてくださいました。しかしそうでない方がいたのも事実です。

 「体調を崩し休むことで、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という体を示すことで少しでも職場に居やすくなるのであれば、そこは意地を張らなくて良い部分かなぁと思っています。また一つ、大人の階段を上りました。