こんにちはクローバー

 

 

インスタやっています。

日々の息子くんやごはん、

使ってみたものなどを

載せています。

 

 

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少しずつ興味を持って

読み出した本色々ですが

子供との関係においての考えは

リアルタイムで考えることなので

自分なりになるほどと思える

部分を実践している最近ですキョロキョロ

 

 

 
 
 
性教育も意識はしながら
お話できるところを日々
実践してみています↓
 

 

 

「上手だね」「えらいね」

という言葉を使っての

「褒める」という行為ではなく

子供の自立を意識した

言葉がけをする、

ということでシンプルに

「ありがとう」や

「嬉しい」「助かったよ」

という「自分の気持ち」を

主にした言葉を使うように

意識するようになりました。

 

 

確かに友達や職場の人に対して

「上手」「えらい」という言葉は

使いませんうーん

 

 

どこかで子供は自分より

下の位置にしているもの、

という無意識なものがあるのだな、

と本を読んでいて思いました汗

 

 

 

私もお手伝いしてもらったり、

できなかったことが

できるようになった時に

「すごい」「えらい」を使ってるな、

と思ってその辺りを少し

意識して変えてみましたヒヨコ

 

 

 

何か手伝ってもらえたり

自発的に息子くんが何か

してくれた時には

「ありがとう」

「手伝ってもらえたから

早く終わって助かったよ」

などに変えてみました。

 

 

最初は少し自分で意識

しながらだったのですが

シンプルに自分のその時の

感情を言葉にすればいいと

思ったら、それは自然に

出てくるものになりましたひらめき電球

 

 

 

 

 

 

 

そして選ぶ言葉を変えてみたら。

 

 

息子くんの行動が明らかに

変わってきましたびっくり

 

 

 

自ら色々なお手伝いを

してくれるようになりましたえっ

 

今までもお手伝いがゼロ、

というわけではなかったのですが

自発的に行うようになった

ことが増えましたひらめき電球

 

 

 

他には私や旦那サンが

ペッと脱いだスリッパを

揃えていたことがあって、

お礼を伝えたら

そこからずっとスリッパを

揃えてくれるように…笑

 

(夫婦でスリッパ揃える方を

取り組めよ…ですが滝汗

 

 

 

と変化を見られたことについて

面白いな、と思っている

のですがキョロキョロ

 

 

 

私の方が何かをしてもらった時の

対応として「えらいね」ではなく

「ありがとう」に変える、は

やりやすいのですが

息子くん自身が何かを

できるようになった時、

例えば塗り絵を綺麗に塗れた、

工作で上手にハサミで切れた、

のり付けをして上手に作れた、

ブロックなどで自分ですごい

ものを作れた、と思っていそうな時

(「みてみて~♪」などの

アピールがある笑)

などって「上手だね」を使わないって

結構難しいな…と思いました真顔

 

 

 

 

で、これも最初は「わー音譜」とか

「面白いね」とかその時に

見たものの褒めポイントを

指して感想を言って

いたのですが、だんだん何だか

自分的に不自然な気持ちに

なってきました汗

 

 

 

だって、自分の子供が

できなかったことができるように

なってきたことは普通に感動して

「すごい」と思って言いたくなるし、

私には想像もできないような

ブロックの創作品を作れば

また「すごーい」と思うし。

 

 

 

それが「自分の気持ち」として

出る言葉でもあるので

今は無理に言わないようにしよう

ということはせずに素直に

すごいな、と思ったら

「すごいね」も発していますキョロキョロ

 

ただ過度な感じでは言わず

「頑張ったね」

「完成できてよかったね」

「面白いね」

など色々な感想の言葉と

一緒に伝えるようになりました。

 

 

 

 

本の中で書かれていた中に

「子どもは活動をやり遂げたこと

自体に充分満足していて、

自分で自分を認めているから、

ほめ言葉は必要ない」と内容が

あったのですが、確かに

家で工作などを作ったりしても

完成品は息子くんは少し

遊んだらもう興味は薄れて、

また別のものを作る、に

なっていたりしていますペンギン

 

その時の息子くんにとっては

完成させて遊ぶことより

作る過程の方に興味がいって

いるのだな、と私も見る

ポイントの一つになりました。

 

 

 

「むやみにほめない」ということは

子どもという存在への尊敬に

基づくものである、という

モンテッソーリ教育の

真骨頂といえるもの、だそうです。

 

この個の尊敬、尊重については

アドラー心理学の方でも

出てきていました。

 

 

個体差を重要視する

分子栄養学の世界との

繋がるところも感じられて

よりなるほど感増ですキョロキョロ

 

 

 

子どもが取り組んでいる活動は

「自分で自分をつくっている

崇高な活動」とみなし

大人が上から目線で軽々しく

評価できるような、安っぽい

ものではなく、安易な褒め言葉は

子どものやり遂げたことの偉大さに

ふさわしくない。

 

…ということも

書かれていました。

 

安易な褒め言葉…滝汗

 

言われると否定できない

部分もあるな…と思ったり。

 

 

 

確かに自分が苦心して

行った仕事があったとして

自分なりに頑張ったな、と

思ったものを安易に

「すごーい」という一言で

終わらされたら何とも言えない

気持ちになるかも…。と

想像してみました。

 

 

内容は分からずとも

何も言わずに「頑張ったんだな」

と思ってもらえた方がむしろ

嬉しいかもと思いました。

 

 

子どもは親からの言葉に

そんなことは思わないだろうし

むしろ褒め言葉は嬉しいもの、

にはなると思いますが

根っこの部分での意味合いは

親の態度、言葉で変わって

しまうかもしれません。

 

 

 

そういう概念を持って

息子くんを見ていると

自分なりにやり遂げた感を

感じていそうな瞬間や

自分で満足しているという雰囲気が

見えることにも気付きましたひらめき電球

 

 

そして私も気付いたこと。

 

「すごいね」「えらいね」という

言葉はある意味すごく便利だな、

ということ。

 

 

その一言で子どもにとっては

「嬉しい」を与えられるし

言葉は悪いですがそれだけで

感想を終えられます。

 

 

でも違う言葉で感想を言おうと

思ったら、頑張っていた点や

完成したものを見て、

自分の思う感想を

言葉にするということが

必要になるのですごく

観察するようになりましたサーチ

 

 

 

モンテッソーリ教育の中での

観察すること、ということの

重要さがこういうところなのかな、

とも思いました。

 

 

 

「叱らない」については

またより考えることが

色々…。

 

 

またまとめてみたいと

思います。。。

 

 

 

 

 

 

image

 

 

保育園で母の日用の

プレゼントに付けてくれた

手紙。

 

 

可愛い…。

 

似顔絵は私ではなく

自分らしい笑

 

 

 

image

 

豪華な花と撮り忘れたけど

可愛い和菓子を貰いました。

 

 

午前中、お昼を自由タイム、

家事も旦那サンが色々

やってくれてゆっくり時間を

取らせてもらえた

ありがたい日になりました。