赦すことをやっていこうって思うんだけど

知らず知らず

赦すじゃなくて

我慢してるときがある。


イヤなことを言われた時

イヤな気持ちにフタをして

許さなきゃ!って思って

自分の言いたいことを言わず

我慢する。


一見飲み込んだように見えるけど

消化不良で

ずっと残る。


長年のクセで

自分の想いを口に出したり

表現したりすると

人を傷つけるんじゃないかとか

イヤな人だと思われるんじゃないかとか

(後者の方が圧倒的に多いけど)

そんな理由で

表現せずに

モヤモヤする。


あと、上手く真意を受け取ってもらえないんじゃないかとか思うことも結構あるな〜。


まぁ、そんな思い込みがあれば

うまく伝わるハズもないんだけど

きっとそれは

経験から積み重なって

刷り込まれた習慣なんだろうな。


フラットな感情で

自分の想いを素直に伝えられるように

なりたいなと思った。


イヤなことを言ってきた相手を許すんじゃなくて

嫌われるような事を言う自分を赦す。

時には感情的になってる自分をゆるす。

相手の言葉を悪意に変換して受け取った自分を赦す。


真っ直ぐ悪意のない気持ちで表現するのはとてもむずかしいね。


どっちにしても受け取る側の問題。

受け取った自分の問題。





子どもに

お手伝いさせる。

お手伝いしてもらう。


なんかお手伝いっていい事のような感じがするけど…。


私はお手伝いって言う考え方は

なんか違うと思って

我が子にはあんまり

〈お手伝い〉してとは言いたくなかった。


なぜなら、

お手伝いって

誰かの仕事を手伝うってことでしょ?

お母さんのやってる家事を手伝うとか…

そーゆーことよね。

それって、家事はお母さんの仕事って思ってるってことよね。


私はそれがイヤ〜😫


家事はお母さんの仕事ではない!!


みんなが生活する上で

やらなければならない事は

みんなで、できる人が

できる時にやったらいいと思う。


だから子どもたちが小さいときから

やれそうな事、

やりたいと言ったことを

全面的に任せてきた。

上手くできなくても口出ししない。

時間が遅くなっても口出ししない。

今日はやりたくないでも別にいい。

だって雇用主はお母さんではないから。



私は子どもの頃、お手伝いが好きな子だった。

お母さんが褒めてくれるから。

お母さんがお手伝い良くしてくれるって

周りの大人に自慢してくれるから。

みんながいい子って言ってくれるから。


小学校高学年から

晩御飯を作ったり

洗濯したり

お弁当作ったり…。


でもそれが当たり前になってくると

ちゃんと綺麗にできてなかったり

いつもの時間にできてなかったりすると

怒られるようになった。

やってあげてるのに

手伝ってあげてるのに

なんで怒られるんだろう…っておもうようになった。(うちの母さんエネルギー不足😓)


そこで思ったのが

これってそもそもお母さんの仕事なのか?って事。


私は好きでやってたのに

なんでお母さんに指図されてんだ?

って思って。

私の好きな時にやらしてくれ!


しかも自分もご飯食べるし

自分も服洗濯するし

お風呂も入るし…

自分にとって必要な事なんだし。

やってあげてる…ってオカシイよね💦


なのに

お母さん

自分の仕事を外注に出したと思ってる😅

口では「母さんの仕事じゃない!」って言うのに…。




それで

自分が子育てする時には

お手伝いじゃなくて

自分の仕事として

子どもに自主的にやって欲しいなと

思うようになった。


自分の仕事だったら

お母さんがとやかく口出す必要もない。

何時にやろうが

テキトーにやろうが

今日はやりたくなかろうが

ぜんぶ自由。


お母さんだって

やりたくない日もあるじゃん。

ちょっとテレビ見よって遅くなるときもあるじゃん。


それとおんなじ。


そしたら誰か

できる人がやればいい。


仕事で疲れた

部活で疲れた

習い事で疲れた

遊びすぎて疲れた


そんな時は誰か余裕がある人が

やればいい。


みんながしんどい時は

それぞれが最低限自分の事をすればいい。


お手伝いしたらお小遣いなんて

とんでもないよ😆


奴隷じゃないんだから。


たまに

注文する前にメールなどで


このサンドには何が入ってますか?

チーズはいってますか?

トマト入ってますか?

アボカド入ってますか?


などなど…

色々聞かれることがある。



こちらとしては

どうしてそんな質問をしてくるのかわからないので…

聞かれたことに答えるしかないんだけど…


好きなモノが入っているかどうか確かめたいのか


嫌いなものが入っていないか確かめたいのか


アレルギーなどで食べれないものがあるのか…


その辺を教えてもらえたらありがたい。




まぁ

色々事情はあるんでしょうが…

基本的には料理って

料理人の作品なわけで

ひとつひとつ何を使うかとか

とのタイミングで何を入れるかとか

すごくすごく考えて生み出したもの。


食べてみて、どうしても苦手とか

食べたけどわたし的にはコレ入ってない方がいいな…とか

それならまだ理解できるけど

食べたこともないのに

あなたの過去に食べたソレがマズかっただけかもしれんのに…

あなたの過去に食べたその料理がまたまた口に合わなかっただけかもしれんのに…


もしかしたら今から食べるのは

今まで食べてきたソレとは全く違う味かもしれんし

これを食べて食べれるようになったり、好きになったりする事だってあるのに

そんな可能性を

すべて無しにするなんて…

もったいないなと思う。


実際、今まで嫌いだったけど

ここに来て好きになったと言われたことは何回もあるし…


もちろん私も

好き嫌いはあるし

避けたい気持ちはわかる。


でもそれならもう

最初から

違う店に行ったら?

嫌いなものが入ってる店で

食べなければ良い。

カスタムしてくれるお店に行ったらいい。


私はこれがベストだと思って

出してるから。


嫌なのにお金出して食べなければ

いいとおもうんだけどな…。


お客様の要望を聞く。

それが喜びのお店もある。


こだわって作ったものを買ってもらう。

それが喜びのお店もある。


なんか、

一生懸命図工の時間に書いた絵を

先生がめっちゃ手直しして

違うものになったのに

賞もらったみたいな気分になる。


まぁ、それでも嬉しい人もおるか〜😅


結局

なんでも

人それぞれってことか〜💦

今日は仕事終わって
ふらりと一人で飲みに行った。

途中でママ友のミキティが来てくれて
二人でのんだ。

ミキティとは
子どもの幼稚園が一緒で知り合って
もう17年ぐらいの付き合いになるかな…。

お互い3人の子育てで
ミキティは年子と2つ違いがいて
私は辛うじて2つ違いの3人がいて

余裕がない子育てをしてた頃に知り合った。

幼稚園は一緒だったけど
小学校も中学校も違って
高校でまた一緒になって…

お互い旦那の浮気があったり…
それでミキティは離婚もあったり

色んなことがあった。

でもなんだかんだあったけど
子どもも手が離れて大人になって…

結局寂しいやらうれしいやら
なんのしがらみもなくなって
自由にお酒が呑める身分になった。

あんなに
自由に飲みに行きたいとか思ってたのに
今となれば
子どもたちが遊んでくれなくて
寂しい自分が居たり…。

自由がなかった時代があったから
今、こんなにもふらっと
飲みに行ける自由が幸せだと感じられる。

常に家族を優先してきた
お母さんの自分があったから
一人の人間としての自由を満喫できる。

無いがあったから
有るの幸せがわかる。

あんなにも
早く子どもたちが大きくなる日を夢見てたのに

気がついたら
あっという間に大きくなってた。

幸せな
ひととき。

子どもがいなかったら
こんなママ友もいなくて
こんな幸せも
知ることができなくて。

いっぱいしんどい事もあったけど
だからこそ
今、しあわせを感じることができる。

なんて幸せなんだろう。






今日は初clubhouseでトークしてきました。

いやぁ〜…
私ってつくづく

人の話聞くの苦手だわ😅

自分が喋りたいばっかり!!

あと、自分が主導権握れないのも
結構楽しくないんだな〜と思った(笑)

なんて自分勝手!!

まぁ、そんな自分を観察しながらの
初clubhouseでした。

ちょっと前までは
人からどう見られるか
結構気にして
いい事言ってやろうとか
思う自分がいたりしたけど

最近はあんまりそーゆ〜の
なくなったな〜。

ありのままの自分を
自分で許せるようになってきたかもね。

もうちょっと
使いこなせるようになったら
面白くなるかもね。

新しいことをやってみるのも
刺激があっていいね。