エイリアンの書店侵略

エイリアンの書店侵略

ぼくエイリアンが、地球上の書店を侵略していきます。ビジネス書を中心に、書店のレビューも。


「ビジネス書の侵略」「書店の侵略」(= 「ビジネスマンの侵略」「情報の侵略」)

  

「地球の侵略」!!

 

 

本屋大賞を受賞した、2024年を代表するベストセラーを、文庫化を機にようやっと読みました。『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈、新潮文庫)は、他人の評価や周囲の空気を一切気にせず、「自分がやりたいからやる」という姿勢を最後まで貫く主人公・成瀬あかりの存在感そのものを描いた青春小説です。

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主人公・成瀬あかりは、他人の目を気にせず、自分のやりたいことを明確に、自信を持って突き進む中学生です。テレビ局の生中継に毎日映り込んだり、お笑いコンビでM-1グランプリ予選に出場を決めたり、実験のつもりで坊主にして登校したり— どの行動も奇抜ですが、本人に迷いや照れはなく、その一貫した姿勢は周囲の人間の価値観や日常を少しずつ揺さぶっていきます。物語は成瀬自身ではなく、彼女を見つめる友人やクラスメイト、関係者の視点を中心に進みますが、読者視点でも、「自分の中での普通」と成瀬との差を意識せずにはいられません。

舞台となる滋賀・大津の描写も印象的で、閉店する百貨店や地元の風景が、コロナ禍という時代背景もあいまって、青春の一瞬の輝きと失われていく日常の切なさを静かに浮かび上がらせます。物語全体は軽快でユーモラスに読める一方で、成瀬を見つめるほどに「自分はいつから周囲の目を優先するようになったのか」という問いが浮かんでくる。成瀬は誰かに何かを教え諭したり、感動的な言葉を投げかけたりはしない。ただ、自分の信じた行動を淡々と積み重ねる姿を、その背中で見せるだけ。その在り方が、知らず知らずのうちに周囲を変え、読者の価値観までをも揺さぶっていきます。

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本作の魅力は、そのまま主人公・成瀬あかりの魅力と言っていいでしょう。

 

彼女の魅力は、まずその「圧倒的な自己肯定感」と「行動力」。彼女は自分を疑わない。普通ならためらうようなことでも、堂々と口にし、迷わず実行します。周囲が驚くほどの大胆な発言や行動も、「自分ならできる」という確信に基づいているため、見ている側には爽快感すら与えます。一方で、彼女がただ“突飛な人”で終わらないのは、「人に対する誠実さと温かさ」も兼ね備えているから。友人や仲間の気持ちを見抜き、時に厳しく、時に優しく背中を押す。その行動は打算的ではなく、純粋に「相手を信じているから」こそのものです。

 

成瀬あかりは「自分を疑わない強さ」と「他人を信じる優しさ」の両輪で動く存在。彼女に巻き込まれた人々が次第に変わっていく様子は、読者にも「もっと自由に生きていいのかも」と思わせてくれます。この“破天荒なのに心地よい”振れ幅のある存在感こそ、成瀬あかりの最大の魅力といえます。

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読後に残るのは爽快感と少しの羨ましさ、そして静かな自己反省です。この作品が描いているのは「天下を取る」成功譚ではなく、「自分の人生の主導権を他人に渡さない」という生き方そのもの。だからこそ、青春小説でありながら、周囲の目を気にしてしまいがちな大人の読者にも深く刺さり、読み終えたあとにはふと日常の景色が違って見えてきます。

自分の人生の主導権は、自分で握る。自分を貫くことで、誰かを救う青春がある。静かに、しかし確実に背中を押してくれる一冊です。

成瀬あかりという現象 : ★★★★★

 

 

成瀬は天下を取りにいく(新潮文庫) (「成瀬」シリーズ)
Amazon(アマゾン)
679円

 


 

 

 

ぼくが漢 a.k.a. GAMIさんを初めて認識したのは『フリースタイルダンジョン』の“モンスター”としてでした。重い声と威圧感で挑戦者のラッパーたちを黙らせるその姿に、何となくヤバいラッパーだという印象しかなかった。だからこの本『ヒップホップ・ドリーム』(漢 a.k.a. GAMI、河出書房新社)を手に取るまでは、彼の背景や言葉の重みを正確には知りませんでした。

 

本書はただの自伝ではありません。ページをめくれば、血の匂い、仲間の叫び、暴力の痛み、音楽に賭けた執念――すべてがむき出しで立ち上がってくる。まるで一枚のリアルなアルバムのよう。ラッパー・漢 a.k.a. GAMIの半生を通して描かれる、日本語ラップとストリートのリアルな記録であり、ひとりの人間が“当事者”として時代と格闘し続けてきた「証言」だといえます。

 

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■ MC「漢」の誕生

漢というMCネームは、梵字の「カーン」――不動明王に由来しているといいます。

高一のころ、実際に仏教書を読んでインスピレーションを得て、その梵字を左腕に彫り、名前として背負った。「怒り」と「祈り」をその身に宿す不動の姿に自らのスタンスを重ねた。

東京の地図をあしらったペイジャーのCDを手にしたその日から、彼のヒップホップ人生はスタートします。同時に、すでに日本語ラップの“嘘くささ”にも気づいていた。世界観だけのリリック、ストリートを謳っていながら実際には大学生や金持ち、そういう見せかけのラッパーたちに対して彼は鋭く冷めた目を向けていた。最初の楽曲タイトルが「アウトロー」であることも象徴的。彼は最初から、主流に乗る気はなかった。音楽性やスキル以前に、自分の生き方が音になる――それが彼のラップでした。

 

■ MSCの時代:暴力、議論、矛盾、夢

TABOO1やPRIMALらと結成したMS CRU(のちのMSC)は、単なる音楽ユニットではありませんでした。面白いのは、「明治ストリート」「MIC SPACE」など複数の意味をもつMSの名が示すとおり、彼らが“思想の集合体“であったということ。路上でビール瓶を振り下ろす、"観葉植物"をアムステルダムから仕入れる、2001年の襲撃事件――暴力とビジネスと音楽が交錯し、“ストリート・ビジネスこそ正当なヒップホップ”という信念が築かれていく一方で、MSCが本当にユニークだと思うのは暴力性だけではなく「議論の濃度」があること。複雑な家庭環境、大学卒とスラム育ち、それぞれが矛盾を抱えたまま毎日のように語り合い、MS思想を練り上げていった。音楽も暴力も、その思想と結びついて初めて意味を持つ。それが彼らのヒップホップだった。

『帝都崩壊』での過激路線、『MATADOR』での音楽的クオリティへの挑戦、その葛藤すら作品として昇華されていく様子は、アーティストとしての進化の記録でもあります。

 

■ UMBとバトル文化の革命

彼が立ち上げたMCバトル大会「UMB(Ultimate MC Battle)」は、日本語ラップにおけるフォーマットを再定義しました。日本語ラップ史においては革命的であり、ラッパーが自分の言葉で自分の人生を立ち上げる“場”そのものを切り開いたといえます。2005年、まだバトルがクラブの余興として消費されていた時代に、彼は全国規模の真剣勝負の舞台を立ち上げた。そこにはスキルを競うだけのショーではなく「誰が最も言葉を武器にして生きているか?」という問答があった。UMBは韻の巧さやフローの派手さよりも“その場に立つ理由”が問われる大会。生活に根ざした言葉、地元に根ざした誇り、吐き捨てるような怒り――そうした“実体のあるライン”だけがフロアを震わせた。

彼は自らが出場するのではなく、あえてオーガナイザーに徹しました。「場をつくる」ことにこそ意義があると信じたから。MC自身が評価されるだけでなく、MC自身が“評価する側”にもなる。つまりヒップホップの主導権を業界やメディアから奪い返す運動だった。UMBの登場以降、戦極、KOK、高校生RAP選手権、フリースタイルダンジョンといったバトル文化が急速に全国へ広がっていきますが、そのすべての原点には、この灰色のフロアでむき出しにされたリアルがあります。

 

■ “当事者”として生きる

漢 a.k.a. GAMIの人生は、ラップと同じく一貫してリアルでハードコアです。本書には、信頼していた仲間を問い詰め、現場でビンタを飛ばしまくる場面も赤裸々に描かれました。裏切りや疑念にブチ切れ、火を放つような振る舞い――それは単なる激情ではなく、自ら掲げた「裏切りナシのルール」に忠実であろうとした結果でした。けどそうした激情の奥には葛藤もあって、同志・佐藤さんの急逝、LIBRAとの確執、そして新たな居場所としての鎖GROUPの立ち上げ――それらは、彼の内側で何かが変化していくプロセスでもあったように思います。

自らのスタイルを問い続けながらも「代弁者ではなく当事者」を貫くその姿勢は、いまなお“現場の人間”として最前線にいる証左でしょう。そこに、漢という人間の「核心」があります。

 

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ギャングスタを超えた鋭い社会観察と構想力も、もしからしたら彼を唯一無二の存在にしている魅力かもしれません。

「ストリート・ビジネスから音楽で稼ぐモデルへ」「メディア露出とギャグの重要性」など、キャリア後半で彼が見出した“次のフェーズ”への視点も本書の見どころですし、「ラッパーだけの芸能界をつくる」という構想もその一つ。従来の枠組みにとらわれず、ヒップホップを社会の主流に押し上げていく意志・可能性が感じられて面白い。また本書は、日本語ラップが「タテ社会」と「ヨコ社会」の両方を内包するという「ナナメ社会」理論(漢さん独自の主張)と、その複雑な力学のなかでラッパー同士が織り成す「歴史」について、言葉だけでなく空気ごと伝えてくれている数少ない資料でもある。コアなファンはもちろん、ヒップホップに触れたばかりの読者にも興味深い内容だと思います。

 

日本語ラップとストリートがどう交わり、何を生み、どんな夢を描いてきたのか――そのすべてが詰まった「裏・ヒップホップ史」的回顧録。生傷だらけで歩んできた漢(おとこ)の重すぎるくらいの言葉を読むごとに、ページの奥から“ビート”が聞こえてくるような感覚に包まれる、マジでイルでサグでリアルでドープな一冊

 

新宿スタイルはリアルしか歌わねえ:★★★★☆


 

ヒップホップ・ドリーム (河出文庫)
Amazon(アマゾン)
940円

 

水沢石鹸さんの装丁イラストに惹かれ、完全にジャケ買いで手に取った本作。『あの子とQ(キュー)』(万城目学、新潮文庫)を読みました。

人間の血を吸うなんて、ありえない――!吸血鬼一族・嵐野家のひとり娘でありながら普通の高校生として暮らす弓子だったが、17歳の誕生日を間近に控えたある朝、得体の知れない物体に出くわす。その黒くてトゲトゲの「Q」は、弓子が人間の血を吸わずに17歳を迎えられるか、監視しに来たという……。とびきりキュートですこぶる愉快、けれど忘れられない切なさを残す、新時代の青春小説!

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(帯の登場人物紹介)

吸血鬼の娘だけど、特に悩んでもいない─それが主人公・弓子のちょうどいい図太さ。でもそれだけではない。飄々とした軽やかさの中に、親友とのおしゃべりに夢中になったり、思い立ったら突っ走ってしまうような、時に向こう見ずな行動力を兼ね備えた“等身大の女子高生”でもあります。そんな弓子の前に現れたのが、「Q」と名乗る黒くてトゲトゲした謎の存在。どうやら彼は、弓子が“人間の血を吸わずに17歳を迎えられるか”を監視しに来たらしい。

序盤は軽やかな会話劇が心地よく、弓子とQの噛み合わないようで絶妙にかみ合うやり取りには思わず笑ってしまいます。独特のセンスを持つ親友・ヨッちゃんも、作品全体にユーモアとアクセントを加える存在です。
しかしそのコミカルな空気は、ある大雨の日を境に一変する。

何気ない日常から、物語は突如として“冒険譚”へとシフトし、弓子は大切な誰かのために、大きな決断をします。その時の後悔を抱えながらも、そのまま立ち止まらず、前を向くために一歩を踏み出す─いや、むしろ思い切って“飛び出す”んです。


Qは一見冷たくて、どこか感情の通じない理屈屋のように見えますが、その奥には思いがけない過去と繊細さが隠れていました。Qの「正体」と「過去」が明かされる中盤から、物語は静かに、けど確実に深みを増していきます。あれほど軽やかだったストーリーが、じわじわと哀しさを帯びはじめ、気がつけば胸の奥を優しく締めつけてくる。ユーモラスな語り口のまま、これほど感情を動かされるとは、予想していませんでした。

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万城目学作品といえば、奇想天外な設定で物語の風呂敷を豪快に広げるタイプ─そう認知していましたが、本作ではその“奇想”の魅力に加え、リアルで息づかいのある会話、論理的に積み上がっていく展開が見事に融合しており、ただ突飛なだけでは終わらない、しっかりとした読後の余韻を残します。

「人間と吸血鬼は共に生きられるのか?」というテーマも、決して絵空事ではなく、異質との共生や共存という、現代的で切実な問いかけとして読めました。


ジャンルでいえば青春小説、ファンタジー、ユーモア小説─どれにも当てはまるし、どれにも収まりきらない。気軽に読み始めたつもりが、いつの間にか心をつかまれ、読み終えたあとにはしばらく余韻にひたってしまった。これはちょっとした傑作です。


続刊『あの子とO(オー)』も是非読みたい : ★★★★★