たまに新月を忘れちゃったりしながらも、続けてきた、「新月のお願い事」。
この間も、獅子座の新月がありました。
いつものように、ボイドタイムを避けて、お願い事を書こうと、ペンを持ちました。
お願い事を書く前に、なんとなく、今までのことを考えてみて、ほのぼのしたときのお話です。
お願い事が叶わないどころか(実際には私は、叶わない!と、思ったことはないのですが)悲しかったり、悔しい出来事があったときもあったけど、
いろいろ、楽しかったな〜
8年間で、
「実際に書き記した結果に、なっていない時、なかなかなれないとき」=「願いが叶わないとき」
悲しいとき、悔しいときに、
私が、揺るぎ無く
無意識に、確信していたことがあります。
それは、
「お願い事が叶ってる途中なんだな」
と、いうこと。
「起こること、全部が、私の心が望んでいた経験」
「起こること、全部、私のお願い事が叶うための、最短な方法」
と、確信していたことが、
「なかなか叶わないな〜」ではなく、
「お願い事は必ず叶う」という、前提に繋がっていたんだな〜と、思います。
パーフェクトな私で、叶うときを迎えられるように♡
そのための、今。
実際に、そうだと思うのです。
その時々の自分に、最短かつ、最善なルートに、いつもいます。
「お願い事が叶うまでに、どんなルートを辿るんだろう♪ 叶うまでの過程をたくさん楽しもう♪」
って、思いながら、起こる事を経験していくと、
その、ルートの中でさえも、小さなお願い事が、たくさん叶っているのが、わかります。
「あれ?叶わない(;_;)むしろ、反対の状況…なんで叶わないの?!」
って、思うより、
「お願い事に行くまでにこんな経験が来たぞ…」って、
悲しんでみたり、悩んでみたり、していたら、
あっという間に、
想像していたよりも、更に良い形で、夢に辿り着いていたりします。
「叶わない。早くこうなりたいのに…」
そんな気持ちにフォーカスしている間に、
本当は、
嬉しいこと、小さな、叶ってること、たくさんあります。
有難いこと、たくさんあって、奇跡に囲まれています。
すぐに叶うよりも、思い出や、経験値や、笑いが増えます。
場合によっては、ちょっと違う形になることもあるけど、
ひっくるめていうと、
「私に起こること、経験すること全部、私のお願い事」
「神様が私に、最善だから、与えた出来事」
それぞれに、それぞれの、しっくり来る言葉があると思いますが、
「この先ずーっとどん底になるための悲しいこと」とか、「自分がダメだから」ではないから、
出来事を、悲しみから学んだり、ちょっとやり方変えてみようかなって、工夫したり、楽しんだりしていると、
「お願い事は絶対叶う」っていう「前提」がクセになって、
更にたくさん、叶っていくかもね♪
というか、たくさん叶ってることに、気付くかもね♪
その時同時に、考えていたことがあります。
私は、ペーパードライバーなので、主な移動手段は、自転車なのですが、
ある日自転車をこぎながら、思いました。
「あと、50cm右側へズレたら、車にはねられちゃう。それか、私がズレたのを避けようとした車が、対向車とぶつかっちゃうかも…」
そう、いつもいつも、生死両方の近くで、生きてる
でも、毎日毎日、
50cmズレたことなんて、一度もない。
なんだか、毎日、奇跡の中に生きてるような気がしてきました。
そんな奇跡が、私だけじゃなくて、私の周りでも毎日起きていて、
私は毎日、その奇跡を見続けてる
魂が決めてる、身体とさようならする時まで、毎日毎日、
こんなに、死が近くにありながら、
守られてるんだなぁ
本当に、
有難い、
尊い、
「夢の実現と、奇跡の連続」
「新月のお願い事」
こんなにたくさんの、夢、希望を持てること
獅子座の新月のお願い事
それを書いている今も、奇跡が起こり続け、お願い事が叶い続けている瞬間なのだと思うと、本当に、しあわせでした。
お願い事を書きながら、
「このお願い事に向かうルートにどんな楽しいことが待ってるんだろう。どんな出来事が起こるんだろう。」
「新月に、お願い事を、書き記す。
この動作が、普通に、行える、たくさんの、前提がある。今日も、当たり前に、奇跡が起こってる。」
そんなことを考えた、穏やかな新月でした。
今日も、平和ですね♡
