去年、映画「マレフィセント」を見た時に思ったことです。
マレフィセントは、「眠れる森の美女」で、お姫様に呪いの呪文をかけた魔女です
その魔女が、何故、呪いをかけたのか。
それがわかる映画でした。
眠れる森の美女、では、わからなかった、マレフィセントの「気持ち」
同じ物語でも、主人公が違えば、こんなにも違う物語になる。
同じ「今」を経験している誰かも、私、とは、違う、その人、の、物語を生きてる
1人1人誰の人生でも、全部がドラマみたいで、みんな、悲しさも嬉しさも知ってる。
例えば、どんなに親しい人でも、その人の全部を理解するのは難しいと思う
誰かが今、自分の投げ掛けに返したその言葉や行動は、その人が今まで生きてきた、経験してきた全部があってのもの。
その言葉や行動の奥深くを、別の人生を歩んで、別の経験をしてきた他の誰かが、100%理解することは、できないと思う。
だから、誰と話す時も、相手が望む答えを、私は返せていないかもしれないけど、
辛さを乗り越えることだけを、一生懸命っていうんじゃなくてね、
誰もが一生懸命生きてること
その人のことを、大切に愛してる誰か、がいること
その人が、大切に愛してる誰か、がいること
その誰か、の元を離れて、今私の目の前にいること
その人は、家族の誰かかも、恋人かも、友達かも、職場で出会う人や子どもたちかも…
相手が誰であっても、そのことを忘れたくないなぁ
今、1番理解したい誰かの人生を、1から経験しようと思ったら、いったい何十年かかるの?
自分の知らない、その膨大な経験や学びを知ってる誰かは、尊敬ですね。
そして自分も、たくさんの経験や学びが詰まった尊い存在
その経験を共有することで、自分では気付かなかった何かに、誰かは気付くかもしれないから、
みんな生きてるだけで、意味があるっていうのはほんとに
ほんと
