5年くらい前から思ってたことだけど、限られた3次元の世界には夢や希望を持つことができない新世代の若者が増えてきたように思う。
逆に、バーチャルな世界には無限の可能性を秘めていると思うし、俺自身も魅力を感じることもある。
リアル(3次元)で出会うための便利なツールというバーチャル世界に対する概念は、もはや時代錯誤なのかもしれない。
リアルな世界には嫌なことや面倒くさいことも多いが、バーチャルな世界にはそんな面倒くささや嫌なことも少ないのかもしれない。
いや、バーチャル世界特有のそういったこともあるのかもしれないが、リアル世界とは異質なものかもしれない。
ただ、バーチャル世界に生きる人たちにも、必ずその人たちが生きるリアルな世界も存在する。
そもそもその二つの世界を共有するということが、バーチャル世代の人たちの生き方や考え方を困惑させる原因にもなってるように思う。
家でも学校では誰も教えてくれないし、二つの世界を共有する(生きる)考え方を経験してきた先人はいないのだ。
そんな不思議で未知な世界だけど、バーチャルな世界だけを生きるということは今はできそうにない。
当然、リアル世界での家族のしがらみや、友人関係、学校、仕事などなど多岐にわたり、現状はリアル世界が存在する。
現実(リアル世界)をメインで生きる人たちから見て、バーチャルな世界というのは、何年も前の認識しか持ててないのが現状だと思う。
そんな先人たちから、「ゲーム」や「便利ツール」と同じような認識でバーチャル世界を否定されたり意見されても、現在のバーチャル世界に生きる人たちからすれば、まるでピントの合ってない話にしか聞こえないと思う。
現在のバーチャル世界に生きる人たちは、まさにもう一つの世界として認識し、リアル世界以上にリアルに生きているのだと思う。
そのことが、当人の生きるリアル世界に大きな影響を与えていることも確かだと思うし、どんどん居心地も悪くなってきて、リアル世界を遠ざけるようにもなってくると思う。
バーチャル世界に対する依存もますます加速してくるし、当然リアルで生きる時間が減ってくると思う。
そもそも、二つの世界を共有する時代になってきているのに、時間だけは一日24時間という普遍の時を刻み続けている。
そりゃ、困惑もするし、リアルでの時間が足りなくなるのも無理がない。
いいかげん、「リアル世界とバーチャル世界」という根本ともなるべき絶対的な概念を誕生させるべき時がきてるのではないだろうか?
リアル世界で生きるための「宗教」や「哲学」といったものが、バーチャル世界にはそのまま適用はできそうにない。
だとすれば、新たに「バーチャル世界」に対しての「宗教」や「哲学」に代わる何かを誕生させるべきときにきてるように思う。
このまま何も無い状態で、リアル世界とバーチャル世界が混同し続ければ、取り返しのつかない歴史を刻むことにもなりかねないと俺は思う。
それぐらい「バーチャル世界」というのはリアル世界に多大な影響を与える存在になってきてると思う。
リアル世界での学校や仕事や家事や育児を犠牲にしてまで依存してしまう「バーチャル世界」に対する考え方や存在意義を、真剣に捉え、考えていかなければいけないと思う。
二つの世界を共有する今からの世代の人たちに対して、道しるべとなる「何か」を考えるときが今まさにきていると思う。