日本語は高低さで意味が展開される | カタカムナの共鳴

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「イキモノ」 と 「モチモノ」 の間

日本語を普段から話している人にとっては
特に氣にも留めないことですが

ひとつの語の中には
微妙な高低差があり
その高低差がしっくりくる
意味になっています。

その高低なんですけど、
高いときは 動揺
低い時は  落ち着き を表します。

この 動揺 と 落ち着き を
古代語で書くと

イザナミ と イザナギ なのですが

イザ の意味が分からなくても

ナミ なら 波のように上下に揺れてるな
ナギ なら 凪で静かな海なのだな

ということが分かります。


ひとつ
高低さで 意味が反転するといえば

わがまま でしょう。


昔は自分のことを「わ」と言っていた事もあったそうです。


言葉通り意味をとれば 自分のまま でありますが

それを 駄々こねるような わがまま であるのか
本来の自分のまま であるのかで

高低差が変わってきます。


駄々をこねるのも とても大事だし
それが出来る人がいる
というのは かなり貴重な存在です!


さて
駄々をこねる場合の高低は

 わ が ま ま
 ↓ ↑ ↑ ↓


という音の高さになります。


最初の「わ」という音が低くなり
かなり音の勢いが抑えられていることが分かります。

抑えられているので イザナギ(凪) です。

もうちょっと周りに合わせて
凪のように静かにしなさい というニュアンスです。


それに対して 本来の自分を強調する場合は
これと反対の音の高低さになります。

 わ が ま ま
 ↑ ↓ ↓ ↑



音が高いので イザナミ(波) です。

自分(わ)が動いている というニュアンスが出ます。


このように
同じ音を使っていても
実際に発音する高低さにより

正反の意味に展開することができる

というのが日本語の特徴になってきます。