Le jardin de la rose -141ページ目

COTOO^^

ネイル☆

もうすぐ、父の命日です。

他界してかな~りの年数が経つのですが、
最近ふと父の事を思い出すようになりました。


オーディオマニアで、
ジャズとクラッシックと演歌が好きだった父。


子供の頃、たまに父の部屋にいくと、
弦楽器ならどのスピーカーが高音が澄んでて綺麗か、
低音が重厚なのはどれか、を聞き比べて意見を求められたり^^;
配線の長さを変えて、音の変化を試したり、とか。
時々、「CD聞くか?^^」と言われて、うん、と答えると
リアルな大砲の音ばかりが録音されたCDを大音響で流してくれたこともありました。。。


同じく子供の頃ですが、なぜか、よく、唐突に、聞いてもいないのに、
”確実に金縛りを解除する方法”を説明してくれた父。
家の2階にいて、階段を上がってくる音がしたけど誰もいなくて、
誰か来たの?と父の部屋を覗くと
「ほぉ、ロゼさん見えるのか?」と言われ、
「も」って何?「も」って何なの~~?(T▽T;)なことがあったり。


私が大学生になって家を出てから、いまでもそうなんだけど
私はあまり実家に寄り付かない娘でした。


父の日、母の日、誕生日のプレゼントは欠かした事がなく
それは埋め合わせのような気分なのかな。


あるとき、ひとりで母の日&父の日のプレゼントを選んでいました。
山田平安堂さんの漆器で、その中でもかなり奮発して、2人分を
包装してもらっている時に目に浮かんだのは、
父の喜ぶ顔ではなくて、あぁ、父はこの漆器を使ってくれることはないのだ、ということ。


その後、数日して、母からの電話で父が入院したことを知りました。


検査結果を聞くために母と弟と私でドクターに会いに行くと
癌のできた位置が悪く、余命2ヶ月、と。

病院は完全看護でしたが、
寝ぼけて点滴を抜いて大量出血する困った患者さんだったため
母と、義妹と、父の友人と、私と、交代で24時間付き添いました。


私が病院で両親と話していると、なぜかいつも必ず
看護師さんや父母の友人に「お嫁さん?」と聞かれました。
(ちなみに義妹は「娘さん?」と言われてました^^;)



ある時、付き添っていた母が「30分くらい自宅に戻ってくる」と言って病室を出ました。
私はベッド脇の椅子に座って本を読んでいたのだけど、
ふと父を見ると、ふわっとかけたお布団がいつものように上下に動いていないの。
少し近づいて肋骨辺りを見ると、
呼吸で動いているような、動いていないような、動いているような。。。


・・・・・?


もう少し近づくと、父は目を開けていたのけれど
声をかけても既に前日から意識はないため返事もなく。


更に近づいて、目をじーっと見た。
すると、目が急にぐる~っと動いて止まり、瞳から光が消え、少し曇って
お人形さんような目に変わった。。。それが最期、72歳でした。


(忘れていたのだけど、例の漆器は一度も使ってはもらえなかったようです)


一時帰宅した母が自宅から出ようとした時、
急にバケツをひっくり返したような雨が降ってきたらしい。
父は母の事を「かわいいかわいいお婆」と呼び(←ちょっと失礼^^;)
その入院の直前まで毎日一緒にお風呂に入っていたそうで、
傍目からみても、かなり仲良し夫婦でした。



その後の数日はあっという間に過ぎました。
式の時にも涙は殆ど出なくて、
ピンとこないまま、49日が過ぎ、そして1年が過ぎました。


あるとき、食器棚を整理していて見つけた器。
父がハマっていた、相馬焼き、いや、草馬焼きなのかな???
父が私にプレゼントしてくれたものでした。


「素朴でなんともいえず良い色、良い形でしょう」
「鉄分が含まれているから貧血にもいいんだよ」
器をみたとき、そう語った父の笑顔が浮かびました。
初めて号泣したのでした。


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