母が誤飲性肺炎で入院したのは日曜日だった。弟の話では、血圧もまだ正常だし、意識ははっきりとしているので2,3日は大丈夫だろうと言うことだった。どうしても抜けられない仕事があったし、火曜日に日本へ発つことにした。実は月曜日に発ったとしても、親の死に目には会えなかった... 外国在住のサガかと思う。
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日本に到着したのは満月の日。
そして今日は新月だ。
母の最期は、入院した翌日の8月19日の午後だった。
私の従姉妹たちと、母の妹、仲良し母子のご近所さんが
病院にお見舞いに来てくれて、60に落ちた母の血圧が
彼女たちの声を聞いて、90まで上昇して…
彼女たちが帰って30分後に弟と義妹が見守る中、
静かにあっけなく逝ってしまった。
最期の3呼吸が乱れただけで、きれいに逝けたのは良かったこと。
夫が静かに一言。
「うちの父の命日も8月19日です」。
あああ、そう言えば!
9年前の8月に急に虹の橋を渡ってしまった義父だった。
義父と実母が同じ命日なんて、不思議。
そういうこともあるんだねぇ...
8月21日の朝。
森の脇の歩道に、山栗のいがが落ちていた。
今年は栗の成長が速い?
こんなに大きな木になっている!
うちの周りは、栗畑に森の中には野生の栗の木がたくさん。
萩の花も可憐で美しい。
もう秋なんだねぇ...
8月の終わりで、暑いけれど、確実に秋の気配!
どんぐりも発見!
早くない!?
8月21日で、どんぐり?
近くの栗畑のイガにどんぐりを乗せてみた。
秋じゃ~!
カラスウリまで!
日本は暑いって聞いていたけれど、
周りはすっかりと秋。
今でも、ちょっとガッカリしているのは、
母にもう1度だけ最期に会えなかったこと。
あと、1日と5時間待ってくれたら、会えたのに…
いやいや、母は眠るように平和な感じで逝けたから。
むやみやたらと苦しむことは、私の本意ではないし。
棺に横たわる母は、年齢不詳だった。
どういうわけか、シワがなくて、艶々した透き通る肌は、
葬儀屋さんも驚いたそうだ。
参列者たちも、これまた驚いていた。
夫は、エンバーミングしたと思ったそうだ。
義妹がきれいにお化粧してくれて、
ほっぺもくちびるも、ピンク色で可愛らしく見えた。
きっと最期は、幸せだったに違いない。
みんなに囲まれて、
寂しく感じなかったからかもしれない。
やっと言葉にして書いて、
これで私の気持ちも整理できた。
この記事を読んでくださった皆さん、
ありがとうございます。
今日は仕事や、買い物、荷物を整理したりで、
1日が過ぎてしまった。
明日から、通常モードに戻る予定です。
インスタもしています。