ままりん 大学院生になる -26ページ目

日向の匂いのするぷーちゃん


ぷーちゃんを お庭に出して遊ばせていました。


夕方 取り入れたら・・・・・日向の匂いがしました。



たんぽぽを食べてご機嫌なぷーちゃん




これは、カーペットを なめているのです。



なんだか おしゃぶりを吸っているような・・・赤ちゃんみたいなぷーちゃんです。

ピックニックに行こう・・・計画

1年頑張ったことだし・・・ピックニックに行こうと・・計画をしています。


学生達は、就活の真っ最中なので、日がなかなかあいません。



今年の就活は、ちょっと お日様がさして来たかなあ・・と TVでは言っていましたが、



なかなか そうでもないようです。




ある一流企業は、5倍の人を取るとか・・・そんな報道がされていますが


たった300人程度増えているだけでしょう・・・




まだまだ、中小や中流企業はそこまでの体力はありません。




たとえ 国立大学といっても



就職は 厳しいものがありますね。




う~~~んと



希望を変えるとそれも上手く行くようですが・・・・・・・・



頑張れ!!!と 。

パワハラ委員会

またまた、パワハラ委員会の教授から、メールが来ました。


このような問題が現在起こっていると パワハラ委員会で 匿名ということで 


話をしたら



大変な問題だ




大学の為にならない・・・・・




大学の改革のために



私の力を借りたい・・・




訴えを取り下げないでほしい





と 言ってきました。





今ごろ



遅すぎると 思いました。




委員会の教授の耳に入り




全員の教授がそれをパワハラ・アカハラだと認め・・・




どうにかしないと・・といって 行動を起こそうとしてるのでしょう。





後に残る学生達のために




人肌脱ごう・・・・と いう 気力は なかなか湧いてきません。


研究室を替わることが出来ました。

やっと やっと


研究室を替わることが出来ました。


今日、副学長から その電話がかかってきました。



そして、20日の教授会で 承認を得て 晴れて 研究室替えですと。




教授会で 異論を唱える人は 誰もいませんから 決定と思って下さいということでした。





そして、セクハラ委員会の担当教授からも




電話がかかってきました。




パワハラやセクハラということの 訴えを このまま進めますか?




それとも 転専功(研究室替え)が出来たことで 取りやめますか?ということでした。




パワハラ委員会やセクハラ委員会に 訴えても 



このまま 1年かかったり 



いろんな話を又聞かれたりして



全く 遅々として進まないことを知っていますので、



新しい気分で すっきりと始めたいので



取りやめます」




と 答えました。





担当の教授に対して、いろいろあったことなど



すっかり 忘れることも出来ますから。





大学の転専攻の規約をかえて、多くの学生のこれからの進路を作ったということで 




良かったと思うことにしました。





開かない扉を 多くの理解ある教授の力を借りて




開けることが出来た




それだけで 十分です。




セクハラ委員会の教授が言うには



「訴えて頂きたいなあ・・・」と。



大学の膿を ○○さんの力を借りて



出したいということでした。




それはよく分かりますが、




大変な膿すぎて 私は、困っています。




問題を提起していますから



これから、大学が 考えたらよいことでしょう・・・・・




そして、自分たちで もっと 意見を戦わせなさい・・と



声には出しませんでしたが・・・・思いました。




「鳥の」オリンピックの間、グーグルは、こんな所で頑張っていましたよね。。。


   さあ、これから、パラリンピックが 始まりますね。 楽しみです。






そして、気持ちもすっきりして。。。。修論に向けて頑張りますね。


不登校の子どもの気持ち・・・分かったように感じるのです・・・


私の新しい修論は、教師のパワハラになってしまったりして・・・・本気かも?

良いお天気です・・・

今日は、バウムテストの お勉強をしています。

学生時代にも やっていたのですが、もっともっと 勉強したいと・・・・。


しかし、絵の表すことって 無意識の部分なので



本当に 



いろいろ 




感じることがある。

担当教授との 話し合い

3月初旬、 なんだかとても寒い日でした。


雨が降ったり、雪が降ったりと  とても 寒く感じられる日でした。




研究室に入る前に 復習をしました。



何故、転籍(研究室を替わる)をしたいのか・・・ 



教授のプライドもあるので、


まず、自分の研究テーマの変更であることや 教授には何らかの問題もないこと・・・・などなど


言葉を選んで、



しかし、 100%自分の考え(もちろん 表向き)を言うこと・・を心に決めた。



ここで 大事な事は



100% 言葉を言わないと 相手には伝わらないことだった。




これをしないと 自分の前の人は何を考えているのか分からなくて とても 混乱するだろうと思われた。


混乱して、パニックになるだろうと 予想された。




表向きの理由を 一生懸命話すと



「転籍先の先生さえ OKが取れているのなら いいよ。


○○先生によろしく


○○さんとは、後1年 研究が出来ると思っていたのに・・残念だ。


又時々遊びに来て」



こんな返事だった。



やはり 思ったとおりだった。

何故って、教授にとっては、学生の転籍は面子に関わることではないからだ。

そういった 独特さが、パワハラの原因だったのだ。

これ以上詳しいことは、書けませんが・・・・・。

思ったとおりの対処法で 円満に 潜り抜けることが出来た。




コミュニケーションの力は、100%の言葉を使用しなくても 普通は出来る。



相手の目や 様子や 態度で 多くの人は その人の思いを 感じることが出来る。



しかし、そうではないことから 対人関係に 多くの大変な混乱をもたらす人もいるのだ。



それに気づくのが遅すぎた感がある





私達は、 普通 30%の言語で 会話を楽しむ。



そして、70%の非言語を使った会話も楽しむ。



非言語とは、その人の様子、顔色、目の様子、雰囲気・・・・・などなどを 感じる会話である。




総合しての コミュニケーション力である。



パワハラが 原因ではなく 結果的に パワハラになってしまっただけのことではなかったのか・・・と

かなしいことに

感じた。






しかし、この コミュニケーション力が これからも パワハラや アカハラを 生み出していくことだろう。








そして、また 、面白いことが起こった。



昨年


5月


「最近の院生は、研究計画もたてられない。困った人だ。早く研究テーマを 考えて持ってきなさい」


といわれたので、頑張って持っていったら、




「こんな風に 自分のやりたい計画を持ってきて 研究したいといっても だめだ。


僕とこの研究室は


僕の研究をやってもらう。


自分の研究テーマをやりたいのなら、自分ひとりでやってもらうことになる」


「僕を怒らせると 単位がもらえないから 卒業できないことになる」



等など・・・・突然 研究室に入るなり、言われたので、とても 悩んでいた。




私が 頑張って自分で計画をたてて 1000人のアンケートを取ったデータ・・・・



何ヶ月も 一生懸命打ち込んだデータでした。




「僕の出した案で 取ったデータ-だから、このデータ-は、僕に権利がある。」


「これから、僕の学部生に このデータで研究をさせて、僕が心理学学会に発表する」




と 言ってのけました。



あきれました。




しかし、この大学教授とは こんな人だったのです。



これからも、本人の悪気なく パワハラは 続くのでしょう・・・・・






データに 熨斗(のし)つけて やってしまいたい!!!

研究室を円満?に けんかせずに出ることが出来ましたので

とても素敵なホテルで フルコースなんかを いただいちゃいました。

家族には 内緒です。

                           

   

   

お花のセラピーです。

    NO,1



今日は、アレンジメントに行ってきました。約1年間お休みをしていたのですが、3月から 再開です。


10月に 神戸で 華展があるのですが、 一大決心をして 出展することにしました。


だから、ハイペースで、復習と 資格の所得をします。


なんと 今日は、お花を 2パターンも生けて来ました。




   NO.2 キーウイまで 入っています。




そして、この下のは、同じように練習していた若い人の アレンジです。

初心者とは 思えないような ダイナミックさです。


                        

子どもたちのことば

いつだったか・・・・こんな不思議な体験がありました。


いつもよくいっている ブログを見ていて ふと思い出したのです。






娘達が、たぶん 7歳と 4歳だった頃だと記憶しています。



ある障害者の団体と ミカン狩りに行きました。



そこには、6歳の 言語障害の子どもも来ていました。



「あ~~」「い~~~~」といった 母音は言えるのですが、その他は話せません。


体には特に障害はないのですが、自分の気持ちを話すことは無理でした。




二人の娘は、その子と ミカン山を駆け回って とても楽しく遊んでいました。



なんだか、意志の疎通が出来ているようなのです・・・・



どこかに言葉が あるようなのですが・・・・話は、成立していません。



帰り道  車の中で


「話が出来なくて 困ったでしょう?」


と 聞いてみました。



娘達は、ビックリして



「話は出来たよ」「話せないってどうして?」


私の言葉に 目をぱちくりしています。



私は、自分の心の中の偏見をとても感じました。



「言葉を発することが出来ないから、会話が成立しているはずがない」と 勝手に思いこんでいたことを恥じました。



そして、その時 始めて 子どもとは



言葉で話をしているのではないのだなあ・・・・



きっと



『子ども語』というものがあるにちがいない。



どの国の子どもとも 子どもは 『子ども語』で話をしてしまうものだ。




そして、いつか 偏見を持ち始めてしまうと  『子ども語』は 姿を消すのだろう・・・・・・・




私は、偏見をもつ人間だったのだ・・・と、気がついた時だった。




娘は、その時の私の質問をしっかり覚えていて、



「あの時、話が出来ない子だと 全く気がつかなかった。その子は、話が出来ると思っていたし、確かに会話があった」というのだ。

セレネからの電話


セレネから電話がかかってきました。


オランダは、雪が降っているの・・・・あら、写真が見たいわというと

 送ってくれました。みなさんもお楽しみ下さい。





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