先日、三重県多気郡明和町の「史跡斎宮跡」に行きました。

 

 駒田利治『伊勢神宮に仕える皇女 斎宮跡(シリーズ遺跡を学ぶ058』(新泉社、2009年)によれば、史実上最初の斎王とされるのは、天武天皇の皇女「大来皇女」。

 

 『万葉集』の巻二ー105・106*に、

 

大津皇子竊かに伊勢神宮に下りて上り來ましし時、大伯皇女の作りませる御歌二首

 

わが背子を大和に遣るとさ夜深けて暁梅雨にわが立ちぬれし

 

二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ

 

が残されています。

 大津皇子は実弟、のち謀反の疑いをかけられ、自害することになりました。

 巻二ー163・164*を見ると、

 

大津皇子薨りましし後、大來皇女、伊勢の齋宮より京に上りましし時、作りませる御歌二首

 

神風の伊勢の國にもあらましをいかにか來けむ君もあらなくに

見まく欲りわがする君もあらなくにいかにか來けむ馬疲るるに。

 

「神風の」は伊勢にかかる枕詞です。

 

 

 現地の古里公園には、

 

 

塚山二号墳に、

 

 

斎宮歴史博物館。

 

 

 展示室Ⅰは常設展示で「文学からわかる斎宮」。

 

  斎王が乗った輿(葱華輦)や

 

 

斎王の居室の復元模型などが展示されていました。

 

 一方、特別展示室では、特別展「不可思議な者たちー妖・鬼・もののけー」が開催中。

 こちらは撮影不可のため、画像はないのですが、面白かったのは、鑑蔵という「百鬼夜行絵巻」(江戸時代)。

 

 鬼の他、付喪神でしょうか、手足の付いた鍋や釜、琵琶や琴などが描かれていました。

 

 

 また、エントランスホールでは、全国科学館連携協議会巡回展「百鬼騒乱~災いと妖怪伝承~」も展示されていました。

 

*『新訂 新訓万葉集 上巻』(岩波文庫、1954年改版)