(前回「藤森神社」より続く)

 

 

 藤森神社を参拝した後、伏見街道を伏見稲荷に向かいました。

 

 

 

 同街道は、別名「伏水街道」「直違橋通」で、

 

 

七瀬川に架かる「直違(すじかい)橋」の親柱には、

 

 

「伏水街道第四橋」との文字も。

 

 

 なお、伏見街道は、京の五條通と伏見を結ぶ道。

 

 

 当時の面影を残す建物を見ながら、

 

 

同街道を北上していくと、

 

 

龍谷大学深草町家キャンパス(上画像)。

 

 厨子二階の木造瓦葺き、1861(文久元)年の建築だそうです。

 

 

 そして、さらに伏見街道を北進すると、JR奈良線の稲荷駅が見えてきました。

 

 中村卓之「滋賀と京都をめぐる東海道線の歴史を訪ねて」*によれば、同駅のランプ小屋は東海道旧線時代の建物。

 

 

 大和田建樹の「鐵道唱歌」(1900年)に、

 

45 大石山科のその隠家はあともなき赤き鳥居の神さ  びて立つは伏見の稲荷

 

46 東寺の塔を左にてとまれば七條ステーション京都々々と呼びたつる驛夫のこゑも勇ましや

 

と書かれているように、かつて東海道線は、山科から稲荷駅を通り、京都七條のステーションに向かっていました。

 

 東海道本線の大津~京都間の線路変更は「鐵道省告示」第99號」**によれば、1921年8月1日。

 それに伴い、

 

 東海道京都稲荷間ヲ奈良線ニ属セシメ

 

京都~稲荷間は奈良線に帰属ということになりました。

 

 ところで、同駅の所在地は京都市伏見区深草稲荷御前町。

 

 

 私が訪れた日も、「赤き鳥居の神さびて」という稲荷の御前は、参拝客で賑わっていました。

 

*『鉄道ピクトリアル』NO.873(2013年3月号)

 

**『官報』第2698號(印刷局、1921年7月28日)