(前回「宮川の渡しから外宮へ」より続く)

 

 

 次は、外宮を出て、二見に向かいます。

 

 

 上画像は、小田橋西詰に立つ案内板「歴史の中の 小田の橋」によれば、外宮と内宮を結ぶ参宮街道にあり、かつてはお伊勢参りの人々がたどった歴史的な道です。

 

 

 

 橋の東詰には、「伊勢市観光案内図」と「参宮街道」の案内板があり、

 

 

 勢田川沿いに少し下ると、「弘化四丁未年九月吉日再建」の銘がある道標。

 移設されている可能性もあるのでしょうが、

 

 西面は「右 御さんくう 妙見町 古市道
 

 

 

 南面は「すぐ二見 川崎神やしろ道 左り みや川

 

 妙見町から古市を経由し内宮に向かう参宮街道(古市街道)と分かれ、「二見 川崎神やしろ道」に入ります。

 

 

 河崎は、かつて宇治山田の台所であり、経済の中心地。

 

 

 『伊勢参宮名所圖會』(1797年)にも、

 

 河崎 神田村の乾なり。山田より二見立石迄二里、宇治よりおよそ二里半餘なり。此地毎日魚市あり。民屋廣く、甚賑し。

 

と書かれています。

 

 

 ただ、JIA三重編『三重の建築散歩』(月兎舎、2013年)によれば、1974年の七夕豪雨による水害を機に国と市が勢田川の改修工事を行い、

 

 右岸の295戸が立ち退きを余儀なくされ、左岸には管理道路ができて、

 

川沿いの景観は壊されたものの、

 

河崎にはまだまだ多くの歴史的町家、土蔵が残されている。

 

 

 勢田川に面し立ち並ぶ切妻妻入の町家や蔵が、往時の賑わいを偲ばせます。

 

 

 

 

 上画像は、橋本家住宅。

 

 河崎の中でも往時の商家の原型を良く残しているお宅で、元米問屋。

 

 

100年以上前の建築とのことです。