【やっと続きを書きます】



五日目。

フィレンツェ二日目の朝は快晴なり。


boku


昨夜のお祭り騒ぎは夢だったのかと思ってしまうほどに、この日の朝は普通だった。

朝食に向かうもホテルの従業員は、自国のサッカー代表がW杯で優勝したことを知らないのか、特に浮き足立った様子もなくたんたんと仕事をしている。
しっかり仕事するんだねえ。
もっと不真面目かとおもっていた、イタリア人のこと。



イタリア人も働かねば飯を食えないのだ。
W杯で優勝しても次の日には腹がへる!(水木翁的コメント)
食べるために働くのだ。



朝食を済ませて、本日のコースは、ドォウモで有名な『サンタ・マリア・デル・フィオーレ教会』へ行き、そして嫁がお目当てにしているブランド物の何かを物色すること、その他諸々。



ホテルを出てアルノ川沿いを歩くこと20分、そのあたりから街中に向かうと、『サンタ・マリア・デル・フィオーレ』が現れる。
花の大聖堂とはよく言ったもので、たしかに華がある。フィレンツェの象徴。

ご存知の方が多いとは思うが、フィオーレとはイタリア語で「花」の意。
フィレンツェとは、フィオーレから派生した地名で、「花の都」ということらしい。
なぜ花なのか、それは説明が面倒なので、気になった方はは調べてください。
フィレンツェの起源を遡ればカエサルに辿り着くはず。



サンタ・マリア・デル・フィオーレに入る。

観光客がいっぱい。
中に進むと、左手にダンテの画があり、思わずシャッターを押す。
当たり前の話で申し訳ないが、この人はいわずもがなの「神曲」の著者である。


santamaria


当時なぜ神曲がウケたかというと、それは言語に起因する。

ルネサンス当時は、支配階級、知識階級、神職者の人々は、公用語としてラテン語を使っていたが、一方、一般大衆は現イタリア語へと発展する当時のトスカーナ方言を使っていた、というか無学が故に、それしか使えなかったという。
つまり、民衆は、前者が話すラテン語が解らなかったのである。

ところが、神職者は民衆に対しラテン語を用いて説法を行っていた。
これでは無学文盲な民衆は、彼らが何を言っているかチンプンカンプンである。
そこに「神曲」の登場。
「神曲」はラテン語ではなく、トスカーナ方言で記された著書。
それの登場は、キリスト教の世界観を、ラテン語を解さない一般民衆にまで広めた。

ダンテの功績は、神曲を記したことよりも、それを「トスカーナ方言で記した」ことによることのほうが大きい。
ちなみにダンテはラテン語でも優れた著書を記している。


dante ダンテ

ダンテ像を眺めつつ、クーポラの天井を仰ぎ見る。
『最後の審判』が天窓の光に照らされてあり。


hekiga   hekiga2  最後の審判

大聖堂内をぐるりと周って地下に。
地下には以前の大聖堂が眠っており、間接照明のみで照らされたそれは中世の暗い宗教の香りがした。



一度大聖堂を辞して、ブルネレスキ設計のドゥウモを呼ばれるクーポラ部分に登るための入り口に並ぶ。
例の「冷静と情熱の間」の再会シーンの場所に行くのです。
あの映画のヒットが、このクーポラを変にミーハーにした感じがする。
例えば「ドォウモ」という言葉。
これはサンタ・マリア・デルフィオーレが主なる建築物でドォウモはその一部分なのだが、映画のせいで「ドォウモ」という言葉だけが独り歩きし、
さもドォウモが主となってしまっている印象を受ける。



並ぶこと20分で階段を登ることが出来たが、ここから本当につらいところ。
狭く急な回転階段をぐるぐると登る。
何度もぐるぐる、何度でもぐるぐる。
途中少し休みたくなるが、後から後から観光客が続くので、休むわけにもいかず、登り続ける。
嫁がぜえぜえ言ってるが、こちらもぜえぜえなので、仕方ないがほっとくしかない。
途中、『最後の審判』の真下を歩き、間近に悪魔の画を目撃。
悪魔は空想の産物なのだが、なぜかリアルな感じがして。ブルッ。



ぜえぜえすること、何分だろうか?
やっとのことで頂上に到着!



gere  ジョットの鐘楼とフィレンツェの街並み 


いやあ、これは気持ちいい。
フェレンツェの街並が一望。
眼前にはジョットの鐘楼。
街が丸ごと中世の姿だけに、ここから眺望する風景は、本当に現代なのだろうかと感激する。
当然ながら写真取りまくりのジャパニーズと化す。


here   hana 登る途中で窓から

いやいや本当に凄い凄いと嫁とはしゃぎはしたものの、ふと我に返り、このクーポラは梁をまったく使用していない建築であることを思い出し、急に不安になる。
クーポラの底が突然抜けたら・・・考えたら急にケツの穴が、キューン!
高所で感じるケツの穴キューンです。(これって俺だけの感覚?)


kinniku

 ドゥオモから降る階段の壁に、屁のつっぱりはいらんですばい!の落書きを発見



ドゥオモをを降りて、サンタ・マリア・デル・フィオーレに隣接するサン・ジョバンニ洗礼堂へ。
パッツィ家の陰謀。サン・ジョバンニはフィレンツェの聖人。
表の『天国の扉』はレプリカらしいが、観光客はそれでも群れて記念写真を撮っている。
中に入る。
天井には黄金のモザイク。妙にアジア的な感じがして。
キンキラキン。


kore サン・ジョバンニ洗礼堂のモザイク。イエスの掌から流血が。


サン・ジョバンニ洗礼堂を辞して、嫁が行きたがっていたジェラート屋へ。
ここは日本語のメニューがあり助かる。
濃厚で美味い。
途中、日本人留学生が入店してきてイタリア語でペラペラと注文して、そそくさと帰っていった。
イタリア語をペラペラ話されたことに少し劣等感を感じ、ムキャッ。



店を辞して嫁の買い物に付き合う。
miumiuとFURLAでバッグを買い嬉しげ。
思いのほかFURLAの価格が安く、俺も母と姉への土産を購入。
土産を買うって結構根気がいるし、時間も掛かる。
あっという間に夕方、でもまだまだ明るいイタリア。
9時くらいまで日が沈まない。


vekio ヴェッキオ宮の鐘楼を街の中から


その後、ヴェッキオ宮前を通り、ウフィッツイ美術館の中庭を通り抜けて、ヴェッキオ橋に抜ける。
フィレンツェはもちろんいろいろ予備知識を持って歩いたほうがいいに決まっているが、何も知らないで見て歩くだけでも気持ちいい。街自体が中世そのもの。


inoshishi  フィレンツェの名物らしいイノシシ


それにしてもこの国は大の大人が、道端でジェラートを食いまくってて笑える。



歩き周ってここらで夕飯に、ということで昨日とは違うレストランへ。
昨日と比べると味は少し落ちるが、まあまあ美味し。

pasta  ここのパスタ


食っている最中に日本人観光客の女がワインの飲みすぎでトイレから出てこず店員を困らせており、連れの女がチンプンカンな英語で店員に訳を話していた。
飲めないのに気分出してワイン飲むな、ドアホ。

俺はハウスワインがぶ飲みしたけど。



店を辞して、夕涼みしながらホテルまで。
今日も歩きつかれて即身成仏。
五日目が終了。



明日はフィレンツェ最終日、フィッツィ美術館に行きてルネサンスごっこの予定。