曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

元『BURST』、『BURST HIGH』編集長の曽根賢(Pissken)のコラム

 

[七曲り荘日記]

 

巻頭連載[第78回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

制作途中
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

3月の東京アートフェアに23点出すことになった。どうやらギャラリー内のシークレット・ ミーティングルームにウォーホルなどと飾るそうです。また、半年以上前から描いていたジャケットの絵があるんだけど、ついに3月に発売になります! そのアーチストは元東京〇〇バンドのリーダーの方と、じゃがたらやRCサクセションのバックで演奏していた方のユニットです。エロくてプッと笑える絵を描いたので楽しみにしていて下さい。

 

 

 

 

絵を描いていたら、ちょっと思い出した事があった。

30代前半よくロスに行っていた頃ハスラーの編集部へ行ったんだ。

外にある公衆電話から編集部へ電話かけたら折り返すから待っててと言われ待っていると、すぐ折り返しの電話がかかってきて「事務所を来てくれ」と。


編集の人は凄く気に入ってくれたらしく、ボスに見せるとラリー・フリントの元へ行ったんだ。

ちなみに彼はSMスナイパーのファンだった。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ラリー・フリント_(映画)


しばらくすると戻ってきた。

ボスから「ごちゃごちゃしすぎ」と言われたらしい。笑。光栄だわ!

その時、通されたのは小さな会議室の様な部屋だった。

途中『ハスラー』のカメラマンが入ってきて、その人が撮影した女性のページにサインをくれたんだ。

しかし!

ラリー・フリントに嬉しいコメントをもらい、『ハスラー』のカメラマンにもサイン貰ったのに、浮かれすぎてデスクに忘れて帰って来たという大失態。


その編集の人とは、その後もロスに行った際に偶然ダウンタウンの近くで会った事がある。

彼は自転車に乗っていて、でかい懐中電灯を自転車につけていたんだ。

話を聞くと少し前にダウンタウンで襲われそうになり、自衛の為(それで殴り返すんだって)ゴツい懐中電灯をつけてるんだと言っていた。


当時はダウンタウンは治安が悪かった。友達の家へ行き、呼び鈴を押し待ってる間の短い時間さえも、外で待たずに車の中。絶対に窓を開けるなと言われていたくらい。

今は治安も良いと聞くので、あのギラギラした太陽の下で、また1ヶ月くらい過ごしたいものだ。

そしてストリップにも行きたいわ〜。


 



 

1月15日(水)鬼子母神は晴れ。

 

年末年始、今日にいたるまで、ずっと体調が悪く(もう4カ月もつづいていのか)、痛み止めに頼って、毎日24時間寝たきりで暮らしている。

(飲んでいる薬は3種。サインバルタ1日3錠。これは抗鬱剤で痛み止めにもなる。リリカ1日6錠。これも痛みの神経をブロックする薬。エパルレスタット1日3錠。しびれや痛みを改善する薬。この3種の薬3週間分で9千円近くもかかる。他にインスリンを食前のたびに打つ)

 

相変わらず食欲がなく、何もする気になれず、部屋は爆撃を受けたような惨憺たるあり様になっている。

1日に8時間ほど目覚めており、その間に少量の食物を口にし、寝たままネットで映画を観、読書もせず、もちろん原稿も書かず、煙草ばかりを吸い、ときどき立ちくらみをしながら便所へ立つ。

(体重は40キロ代のままで、何カ月も寝たきりのため血圧が低くなり立つたびにめまいがする)

あとは痛みに呻吟しながら無理やり眠っているばかり。

カーテンを開けることもせず、洗濯もせず、風呂にも入らず、食器を洗うこともしない。

退院後も酒は一滴も呑んじゃいないが、意識は常にどんよりとし、晴れる時間がない。

とうとう唇は歌を忘れ、詩を口ずさむこともなくなった。

これは完全な鬱病患者だ。

 

●この真っ赤な厚地のオーストリア製カーディガンは、お洒落な小峰ちゃんが年賀でいつもの井荻神社のお守りと食料と一緒にくれたものだ。この齢になると、派手な色を着ることに快感をおぼえる。

 

 

更に白状すれば、年末のある日から連続5日間、眠っている間に、少量の便を漏らすようになり、6日目にとうとう紙おむつをはいて眠るようになった。

(原因不明。それだけ体力が消耗し、自律神経がどうにかなったんだろう)

その日からぴたっと漏らすことはなくなったが、こわくて紙おむつを止めることができない。

ということで、令和元年から令和2年にかけての1週間、私は紙おむつをはいた男となりはてたのであった。

 

去年は死を覚悟し、実際に医者から余命半年を宣告され、その後、悪夢のアル中病棟に長期入院。その間に糖尿病の後遺症の傷みとしびれにさいなまれ、退院後も今日まで万年床から起き上がることができない。

金がないからたいしたものも食べれず、おとつい携帯電話が止まった。

(先方からの電話やメールは繋がる。パソコンのネットは生きたままだ)

痛み止めはあと5日間分しかない。有り金は2千円。それも先日、餅とコーヒーを持って年賀に来てくれたTからむしり取った金である(部屋には入れなかった)。

 

とはいえ、頭こそはっきりしないが、気分は陰陰滅滅としてるわけじゃない。

相変わらず悩まなければならないことは、部屋の隅へ投げっぱなしだ。

薬代。携帯代。煙草と食費。もちろん今月の家賃。金が入ってくるあてはない。

が、病気なんだからしょうがない。我慢して寝ているしかないじゃないか。悩んだ分だけ痛みはひどくなるばかりだし。

ま、どうにかなるだろう。

 

映画を観あきると、寝たまま部屋の隅を眺めながら、途切れ途切れの妄想にふける。

たとえば、あと14日間後に月が地球に落ちてくるとき、俺はそれまで何をするだろうなあとか。

たとえば俺がアメリカの大富豪の御曹司で金を湯水のように使えるとして、どんな雑誌を編むだろうなあとか。

たとえば俺が将棋のアマチュア名人になってプロをなぎ倒し龍王になったなら、どんな色の和服を着るだろうなあとか。

 

今日の1食目は、切り餅を2枚焼いて、海苔とワサビを巻いて食べた。

2食目は目玉焼きと納豆で、やはり餅を2枚食べた。

あとは牛乳とコーヒーを3杯。

 

遅まきながら、明けましておめでとう。

おたがい今年は良い年でありますように。

私はまた寝ます。

 

●右は石丸元章さん。左が今回からみちくさ市のブースに参加してくれたロマン優光さん。死体カメラマンの釣崎清隆はこの日、お父さんの7回忌で欠席。だが、ロマンさんが参加することで、このブースはよりアンダーグラウンド色が鮮明になったな。

 

 

 

1月28日(火)鬼子母神は雨。

 

1)シギーが電話をくれ、私の弱った声を聞いて1万円を振り込んでくれた。

2)翌日、浅ちゃんが食料と見舞金を持っておとづれ、一緒に薬をもらいに病院へつきあってくれた。

3)19日のみちくさ市で、贔屓筋のAさんが見舞い金をくれ携帯代をそれで払えた。他にもカンパをくれた方もおり、シングル小説も売れ、食費ができた。

4)翌々日、大野さんが食料と煙草をもって見舞いにきてくれた。

5)翌々日、また大野さんがきて、部屋を掃除してくれた。

6)師匠のSさんが、私の窮状を知って3万円を振り込んでくれた。これで家賃が払える。

 

 

今日は朝の5時に痛み止めを飲み、昼まで眠った。昨日、痛みがひどくあまり眠れなかったからだ。

バナナを1本、みかん、ガーリックラスクを数枚食べる。

いまだ飲酒欲求はない。

それどころか、あの酔った感覚をどうしても思い出せない始末だ。40年近くも呑んできたのに。

つまり、「酒を呑む=多幸感をおぼえる」という回路が断絶されている状態なのだ。

まあ、いちど呑めばそれは繋がるのだろうが、正直、いまは酒を呑みたくない。酒を思い浮かべると、生理的拒否感が凄い。

酒に罪はないことは自明なのだが、あの悪夢のアル中病棟での共同生活と、この痛みとしびれが、飲酒の罰として骨身に刻まれているのだろう。

それだけ12分に懲りたというわけだ。

 

ここまで書いて、携帯にメールで訃報が届いた。

カメラマンの杉本健一さんが亡くなったという。

それも、中野のアパートの一室で、管理人と警察官に見つかったそうだ。

杉本さんは、『BURST』の企画をコアマガジン社長の中澤さんに通してくれた恩人だ。『BURST』の初期カバー写真は杉本さんである。

英知出版の『べっぴんハイスクール』や、コアマガジンの『スーパー写真塾』などのカバー&巻頭写真で、業界内に「杉本時代」があったことは事実だ。

ポジフィルムはプロビアが全盛のころ、ヴェルビアを使ったその写真は、色彩が豊かで、若い女をゴージャスに撮るのがほんとうまかった。

 

ここ数年、ばたばたと仲間が亡くなり、そのたびにあっけなさを感じてきた。

今回も同じだ。

メールをくれた川崎美穂(元『TATTOO BURST』編集長)が、そのあと電話で、包むものは私が用意するから葬式に行こうよと誘ってきたが、私は行かないだろう。家族の葬式以外は、行かないと決めているからだ。理由はただひとつ、嫌だから。

 

電話のあと(数人がその件で電話をくれた)、思い切ってスーパーへ買い物に出た。じっとしていると、かえって痛みがひどくなると思ったからだ。

帰ってきてから布団にぶっ倒れ、5分ほど息をととのえた。

そのあと、見切り品で1パック50円だったチリ産のブドウを食べた。

旨い。皮ごと食べられる。

たちまち1パックを食べ終えてしまう。

 

「杉本さんも、これくらいの旨いもん食べて死んだかなあ」

なんて、センチなことを考える。

ただし、杉本さんが部屋で誰にも看取られることなく死んだことに淋しさは感じない。

死とはそもそも孤独なものなのだから、「孤独死」なんて言葉は当たらない。せいぜい独居死くらいが適当だろう。

なんにしろ今の私は、杉本さんの死と近い状態と場所、電車道上にいるのは間違いない。

 

 

「太陽と死」

 

太陽と死を人は見続けることはできない。

が、その陽射しに感謝するように死にも感謝すべきだ。

この世界の中で、真の死を受け取ることができるのは、

おのれひとりだけなのだから。

その死は太陽と同等の質量をもった無脊椎動物。

新たなビッグ・オーガニズム。

死神はドッペルゲンガー。ただし奴に影はない。

俺は太陽で首をくくりたい。それも正午の太陽で。

さあ、カーテンを開こう。

この七曲り荘の6畳では、死神さえ太陽を浴びて踊る。

俺の昏睡の井戸からわきあがる水は、君の喉をうるおし、

君はもう一度「チャンス」をつかむだろう。

友よ友情をありがとう。

 

 

 

 

と、いうことで、私の銀行の振込先は以下の通り。

 

みずほ銀行 高田馬場支店 普通 1105899

pissken420@gmail.com

 

今回の詩にも、どうか煙草銭を投げていただきたい。

(煙草銭を投げてくれたかたはメールでひとことメッセージを。なにかお返しを考えているので)

もしくは詩の生原稿(1万円)を買っていただきたい。

煙草も大切だが、やはり痛み止めの薬代が欲しい。ぜひあなたの友情を求む。

恩は死んだら必ず返すよ。俺はけっこう義理堅いんだ。

 

おやすみなさい。

読んでくれてありがとう。

よい夢を。

 

 

 

[サード&セカンド・シングル通販中]

A面「PISSINTOMY HEROES
●B面「七曲荘二〇三号室」

 

●セカンド・シングルのジャケット。

 

 

アドレス:budroll.shelvis.sy3@gmail.com

――以上へ以下のことをメールしてから、お金を振り込んでください。

郵便番号と住所
名前(口座のカタカナ読み振りも)
電話番号
サード、セカンドのどれを希望するか

(ファーストは売り切れ)

●1,600円(発送代込み)
振込先――ゆうちょ銀行

BUDROLL(バドロール)
普通口座:店番908
口座番号:5133817


P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
「詩作品」(手書きした原稿用紙――1万円)
宅配便着払い

原稿仕事。

●pissken420@gmail.com

 

 

 

 

 

[七曲り荘日記]

 

巻頭連載[第77回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

制作途中
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

アトリエ寒いので、お店のトイレの前で描いてます。光の具合いが丁度良いので。

 

 

 

曽根さん退院おめでとうー!

自分もやっと気力体力が充実してきて徐々に絵を描ける様になってきた。

寝込んで思ったけど絵の仕事と作品制作、料理となると、やはりキャパオーバーなんだな。

って描き始めて26年で今頃気づくなよと。

俺の理想としては、そこそこ店が忙しく亜土ちゃんの様に鼻歌まじりに、のんびり楽しく描くのが理想なんだけど、集中すると我を忘れちゃって中々そうもいかないのが悩み。

 

そうそう、一昨日寝る前にベランダで、タバコをふかしていた時、夜風が本当に心地良かった。

「地球最高だわ」

なんて思いながら夜空を見上げると、凄く大きな流星が!!

砕け散った星の破片まで見えたので驚いた。

散在流星と言うらしい。

 

震災で避難中に見た星空や今回の流星。

自分だけが宇宙にポツンと浮かんでる様な、そんな浮遊感を感じて心地良かった。

やはり宇宙って良いよね!

次回は多元宇宙論について語ります(笑)。

 

 

 

 

 

 

1213日(金)鬼子母神は晴れ。

 

 

「俺の犯罪を解決してくれるのは」

 

池袋メトロポリタン・ホテルのバーは

オリエント急行の車内を模した部屋

オードブルは冷たい魚と獣肉のマリネ 

3色のオリーブの実に

ひっそりと青い蝶がとまる

ゴードンジンをワンショット足した

カンパリソーダをソファですする俺は

アル中病棟帰りの酔っぱらい

俺の犯罪を解決してくれるのは

アル中探偵の灰色の脳細胞じゃない

俺の犯罪を解決してくれるのは

眼の前に座る灰色のスーツを着た君だけさ

ゴードンジンを2ショット足した

カンパリソーダをすする君の

指にひっそりと青い蝶がとまる

そのとき俺は観念して両腕をさしだすんだ

 

2019126

 

 

 

メトロポリタン・ホテルのバーや、ゴードンジンを足したヘミングウェイ流カンパリソーダや、オリーブと女の指にとまる青い蝶のヴィジョンは、むろん布団に寝たきり男の妄想である。

アル中病棟から帰還して5日。酒は一滴も呑んじゃいない。

酔っぱらってYouTubeを観て楽しむどころじゃない。いまだ痛みとしびれがひどく、食欲もない。体重47キロ(身長174センチ)。まともに食べるのは夕食だけ。

それもキャンベルのクラムチャウダー・スープに、牛乳と牡蠣を足したものに、トースト1枚といった簡単な夕食。米を炊く気力も体力もない。

 

こういう神経痛にこそガンジャが一番なのだが、数人の悪い友だちに電話してみたところ、妻子をもってしまった彼らは、小さな危ない橋も渡る気はさらさらないのであった。

まあ、1グラムを買う金もないのだけれど。

 

●友人の大野さんが見舞いに来てくれ、キアズマにてお茶をした。大野さんは、私が26歳のときに編集長をしていた土方系エロ実話誌『夜の窓』をネットで買って見せてくれた。表紙のモデルと巻頭で私は男優としてからんでいる。この彼女とは、すこしばかり付き合ったので、懐かしかった。

(翌日はボスYが見舞いに来てくれ、やはりキアズマでお茶をする)

 

 

●昨日、先輩2人が見舞いに来てくれ、やはりキアズマにてお茶をする。手前がカメラマンの井上さん。後ろがヘアメイクの西村さん。西村さんとは「メタセコイア」というバンドを長く組んでいた(西村さんはドラム)。

 

 

しかしまあ、アル中病棟のベッドから七曲り荘の布団へと、私も落ちるとこまで落ちた気がする。

相棒のユージに絶交されて4年。今もあいつの言葉が胸にある。

あれは7年前、女に棄てられた直後の言葉だ。

「曽根さんは、もっと落ちないとダメだよ」

今の私を見て、ユージはまだまだ落ちないとダメだと言うだろうか?

 

 

「俺はもはや助けなんて呼びはしない」

 

枯井戸の奈落から見上げれば

太陽 雲 星 月 鳥

有名なものたちが住む青い空

そして見下ろす女の黒い顔

俺はもはや助けなんて呼びはしない

なぜならここは

最後まで手にしておきたいものを守る

完璧なシェルターだから

女よ この枯井戸の底へ降りてこいよ

膝が枯れるまで抱きあおう

女よ この奈落へ落ちてこいよ

一緒に刈れた芝生へ寝ころぼう

女よ この胸へ落ちてこい

この土砂降りの晩に

 

20191211

 

 

 

痛みとしびれを我慢しながら散文をつづるのは辛い。

が、なぜか唇は詩を歌う。

散文を書くのと詩を書くのとでは、やはり回路が違うのだろうか。

それとも私の詩は、痛みとしびれを薪や石炭として歌われるのだろうか?

さっき妹分の川崎美穂(元『TATTOO BURST』編集長)と長電話したのだが、断酒して私の頭がクリアになったと喜ばれた。

 

「こんなふうに、楽しく曽根さんとおしゃべりできるのは10数年ぶりだよ」

「そうかあ」

「5年前くらいからやばかったよ。いつも人に攻撃的で、全然楽しくなくて……やっと帰ってきたんだね。おかえりなさい」

「はい、ただいま」

ユージもそろそろ絶交を解いてくれないもんだろうか。

 

さて、今回のブログはここまでにしよう。全身の刺痛がひどくなってきた。

あとは痛み止めと眠剤を飲んで寝るとしよう。

いまはそれしかしようがないのだから。

 

 

「安息日」

 

男よ ずいぶんと

ひどい目にあっているようじゃないか

おまえにいま必要なのはチーズとミルク

それと倒れこむ質素なベッドだけ

 傷ついた虎が

 象の背中に丸まって

 水辺まで運ばれていくように

男よ 眠れ 

吠えるのはそのあとだ  

 

20191213

 

 

と、いうことで、私の銀行の振込先は以下の通り。

 

みずほ銀行 高田馬場支店 普通 1105899

pissken420@gmail.com

 

今回の詩にも、どうか煙草銭を投げていただきたい。

(煙草銭を投げてくれたかたはメールでひとことメッセージを。なにかお返しを考えているので)

もしくは詩の生原稿(1万円)を買っていただきたい。

文字通りジョイント代もない日々だ。

あなたの煙草銭で私は、小さな危ない橋を渡るだろう。

そうしたら、あなたとジョイントを回したいもんだ。

 

 

ロフト・ブックスから頭脳警察50周年記念『PANTA 暴走対談LOFT』が発売された。

「暴走対談」とは、私の編んでいた『BURST』の創刊号から連載された、PANTAをホストとした長期対談。その続きが書籍化された。私も出ているので、ぜひ読んでもらいたい。

 

酒は呑んじゃいないが、YouTubeで「頭脳警察50周年ライブ」を観聴きしながらこれを書いた。

PANTAとトシさんをバックアップする20代の新生頭脳警察のメンバー(G&Bは黒猫チェルシー)は素晴らしい。

特に「ジェットダンサー」「メカニカルドール」「プリマドンナ」「やけっぱちのルンバ」のメドレーのヴィジュアルは、新型のGSバンドを観ているようだ。

 

1222日に渋谷ラ・ママのライブで生音を聴くのが楽しみである。

そのためにはこれから、山羊のチーズをかじり、温かいミルクを飲み、眠らねばならない。

あなたも温かいミルクを飲んで眠りにつこうよ。

おやすみなさい。

読んでくれてありがとう。

良い夢を。

 

 

[サード&セカンド・シングル通販中]

A面「PISSINTOMY HEROES
●B面「七曲荘二〇三号室」

 

●セカンド・シングル『SHIGELLA(赤痢菌)』のジャケット。撮影土門拳。被写体は細菌学者の志賀潔。

 

アドレス:budroll.shelvis.sy3@gmail.com

――以上へ以下のことをメールしてから、お金を振り込んでください。

郵便番号と住所
名前(口座のカタカナ読み振りも)
電話番号
サード、セカンドのどれを希望するか

(ファーストは売り切れ)

●1,600円(発送代込み)
振込先――ゆうちょ銀行

BUDROLL(バドロール)
普通口座:店番908
口座番号:5133817

P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
「詩作品」(手書きした原稿用紙――1万円)
宅配便着払い

原稿仕事。

●pissken420@gmail.com

 

 

 

 

 

[アル中病棟日記その3]

 

巻頭連載[第76回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

制作中」
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

製作中の黒人女性の作品。

(どうしても画面が逆転してしまう。すみません――曽根)

 

 

 

いよいよ真冬って感じで窓の外には雪がちらついている。

寒さが苦手で、もう気まで滅入っちゃうわ。

うちのスタッフ曰く、

「夏は暑くて亡くなる人いますけど、冬はいないじゃないですか? 俺は冬の方が良いっすね」

いやいや「この歳になると、風呂場で心筋梗塞とかあるから!」

「あっ、そうっすね」。

みたいな会話を昼にしていた。

 

その会話の相手は弘和。

『バースト・ジェネレーション』の発売記念トークショーの時に、曽根さんがちらっと話した少年。

俺が仙台戻ってから初の友達(笑)。

当時彼は6歳、俺35

彼が小1の頃からの付き合いなので、早16年。

月日がたつのは恐ろしく早い。

今、人員が足りなくて週一で手伝ってもらっている。

 

ふと思ったんだけど、弘和はバビル二世のロデムみたいだ。

困った時に声をかけると、すぐに駆けつけてくれるからホント助かる。

あいつが子供の頃、何度も何度も、

「こんだけ世話してるのだから、俺が歳とったら面倒みろよ」

と言っていたのを覚えているのだろうか。


誤解されると困るので言っておきますが、自分は小児性愛ではありません。

「まあ、絵が絵ですからロリコンと思う人は、いなかったと思いますよ」

(弘和談)



 

 

12月1日(日)海辺のアル中病棟は快晴。

 

 

今までしてきた悪いことだけで、僕が明日、有名になっても、

どうってことないぜ、まるで気にしない。

君が僕を知ってる。

RCサクセション「君が僕を知ってる」より)

 

 

しかし僕は、10代のころよりずっと、こう歌いつづけてきたような気がする。

「僕が僕を知ってる」

――と。

 

たとえ「君」がいて、君が僕を知っていても、まず僕自身が僕を知っていなければ、幽霊じゃあるまいし、生きている甲斐がないではないか。

働いて妻子を養い、老いて妻子に疎(うと)まれながら死ぬ。

その生き方を崇高なものと認めながら、そのまっとうな生き方からあえて逸脱してきた僕にとって、

その「あえて」に、常に意識的であらねばならぬ、というのは自明のことだった。

「あえて」とは(少々突飛だが)、つまり「己を知る」と同義である。

「僕が僕を知ってる」

ここアル中病棟では、このお題目を日々唱えていないと、本当に気が狂っちゃうぜ。

 

 

もうすぐこのアル中病棟ともおさらばだ。

12月5日退院)

この3カ月間、痛みとしびれに釘付けされたベッドで、僕はいろいろと考えた。

最初にまず考えたのは、はたして僕は、アルコール依存症という精神病者なのか? ということだった。これは早くに結論が出た。

僕は断じてそんな精神病者なんかじゃない。ただの大酒呑みだ。酒が過ぎて死にかけた糖尿病患者だ。

アルコール依存症患者は、自らをそう認めない傾向があると奴らは言う。キチガイはキチガイを認めないと。糞くらえ、僕はキチガイなんかじゃない。

「僕が僕を知ってる」

そう、ついでに言っておけば、僕はヘーゲル哲学の正統な継承者でもあるんだぜ。

(これは張ったり)

 

そもそも僕は、アルコール依存症という精神病を信じちゃいないのだ。それは酒にもクスリにも淫したことのない、精神科医たちの妄想である。

バロウズに「麻薬とは生き方だ」という有名な言葉があるが、大酒を呑み続けることも生き方であって、固有の精神病なんかじゃない。その生き方がいいか悪いかは、モラルや美意識の問題であって、病理学の範疇には入らない。

シビアに言えば、世にいう問題行動を起こすアル中たちの大半は、酒によって脳にダメージをくった「障害者」なのである。それ以外のアル中は、中島らもが言うところの「酒を呑むしか1人で時間をつぶす教養のない」内臓を患った大酒家でしかない。

 

他にも僕は、いろいろと考え、そのたびメモしてきた。

前述と重複する部分があるが、以下に並べてみる。

 

●現在の精神医学界では、「アル中は病気」、それも不治の病(やまい)と定義づけされているが、それが真実ならば、当然、違法薬物常用者を含む、全ての犯罪者も病気、それも不治の病と定義づけされるべきだろう。そうすれば、刑務所どころか、この世に犯罪者は1人もいなくなるだろう。

●「依存症」という命名の不適切さと気色悪さは、各大学病院の脳梅教授たちによる「談合」ゆえからであろう。

●「断酒プログラム」のでたらめさは、被験者であるアル中たちのでたらめさと、それをモルモットとする精神科医たちのでたらめさゆえである。

(僕は一切の断酒プログラムに参加できなかったが、もともと勉強していたし、渡されたテキストも読んでいるし、アル中仲間からいちいちその日の内容を聞いている)

 

●アル中病棟は本来「禅寺」であるべきで、サポートとケアを主眼とするのではなく、「自力本願」を主眼とせねばならない。むろん、断酒希望者もまた同じである。断酒希望者は各自ベッドで座禅し「内省」し続けなければならない。

(しかし残念ながら、アル中病棟の面々の大半は、その生来の気質と性格、教養のなさ、アルコールによる脳ダメージによって、もはや「内省」することはできず、「他力」に頼らざるをえないのだが)

●全世界のアル中諸君よ、酒を呪うなかれ。その高所に立ってバランスを保ち、上を向いて歩こう。せいぜいゲロがこぼれないように。

 

 

●宮城からわざわざ見舞いに来てくれた弟の正喜。交通費は次男の順が払ってくれたとのこと。アル中病棟をバックにやつれはてた兄と。(撮影●神藏美子氏)

 

 

で、ここ数日、考えていたのは、さすがにもうアル中についてじゃなかった。

「僕は僕を突き抜けねばならない」

まず、不意にそんな言葉が頭にうかんだのだ。

そういえば僕は、55年間で5度ほど、実際に、僕から僕が突き抜けた瞬間を体感したことがあったっけ。

(たいがい女をくどいてるときだった)

 

僕を僕が突き抜けるとき、その突き抜けた僕を、あなたはどう見るだろうか?

その突き抜けられたビラビラの僕を、振り返った僕はどう見るだろうか?

いや、ビラビラの僕は、他者との関係性で現れる僕であって、他者にしか見えない、僕には知りえない僕だろう。

とすれば、やはり僕の言葉は、僕を突き抜けた僕が発するものでなければ詩にはならないだろう。

詩の言葉は、無意識からもサルベージしなきゃならない。が、それもやはり僕を突き抜けた僕の無意識からじゃなきゃならない。

ビラビラの僕を意識しちゃならないし、ビラビラの僕の言葉に魔力なんてないんだ。

僕の吐く詩は、清志郎がシャウトするようにハードコアじゃなきゃならない。

エロ本編集者時代の僕は知っていたじゃないか。

エロ本の中心はアレだって。

 

 

 

「僕と君のバラッド」

 

僕が僕を突き抜けたとき

その僕は最初に

どんな言葉を

君へ囁(ささや)くだろう

 

君が君を突き抜けたとき

その君は最初に

どんな言葉を

僕へ囁いてくれるだろう

 

僕と君がお互いを貫(つらぬ)いたとき

2人は囁きあうだろう

最初の

小さな決断の言葉を

 

愛はいつだって

決断の言葉を

薪にして燃えているのだから

 

 

 

 

 

白状しよう。

こんな場所はもう2度とごめんだ。

私にとってここは悪夢の病棟である。

痛みとしびれがなければ2週間でけつをまくっていただろう。

酒が呑みたいから?

馬鹿な。

ここは磁場が狂っているからだ。

12月になっても青紫色の朝鮮朝顔が咲きほこる場所だからだ。

生卵なら22時間で腐ることだろう。

 

しかし、私の腐りかけた頭を、日々あたたかい言葉で茹でてくれたのは、ここにいる数人の看護婦であり、10人ほどのアル中仲間であった。

その仲間の半数もすでに退棟した。

(そのうちの2人は強制退院)

私もあと数日で退棟する。刺痛としびれが残ったまま。

あの煙草をせがむ女には、最後の煙草をやったとき、「達者でな」と声をかけるつもりだ。

 

さて、このアル中病棟を「ファック!」でおさらばしよう。

ここのアル中たちの大半は、この先も、何度もここへ戻ってきては、律義に断酒プログラムを受け、AAや断酒会へ通い、話術も教養も品格もない「断酒に依存するアル中たち」のちんけな寝言を聞き続けることだろう。

しかし私は、金輪際、戻ってこない。もうたくさんだ。

これが最後の「アル中病棟日記」である。

 

「肝心なことを言ってないが、ここを出て七曲り荘へ帰ったら、おまえは酒を呑むのか?」

 

現在の私のガンマGTの数値は50を切っている。慇懃無礼なここの主治医は「もう酒を呑んでいいですよ」とまで言う。

しかし、まずこの神経痛としびれがおさまらない限り、酒を呑むわけにはいかない。

また、もし痛みとしびれがおさまったとしても、以前のように大酒を呑みつづけることはないだろう。

なぜなら、ここに入る前に、友人と約束したからだ。

 

「この先、酒を呑みつづけて死ぬのと、文学のどちらを取る?」

「文学」

 

そのためには「僕が僕を知り」、「僕が僕を突き抜けて」、その僕が言葉を綴らねばならない。

酒に濁った頭では、僕を知ることも、僕を突き抜けることもかなわない。

ゆえに大酒は御法度だ。

致命傷をくった私に、もはやそんな時間は残されていないのだから。

 

それが、このアル中病棟で断酒し、痛みとしびれにさいなまれつづけ、ようやく3カ月目して気づかされたことである。

「僕が僕を知り」、「僕が僕を突き抜けて」という言葉は、このアル中病棟でしかつかむことができなかった言葉なのだ。

この病棟へ移り2カ月間、見つめつづけた白い天井へ向かって私はつぶやく。

「まったく感謝するぜ」

そして、眼をつぶる。

「さらば悪夢のアル中病棟よ」

 

 

と、いうことで、私の銀行の振込先は以下の通り。

 

みずほ銀行 高田馬場支店 普通 1105899

 

今回の詩にも、どうか煙草銭を投げていただきたい。

(投げてくださったら、1番下の私のメールアドレスへメッセージをいただきたい。なんらかのお返しを考えているので)

特にアル中諸君よ、アル中病棟からの警告には、からだを張った元手がかかっているのだから、ストロングゼロ30缶ほどを放ってよこすべきだぜ。

 

ところで、私の担当看護師のXさんは、病院1のカワイ子ちゃんである。

その私服姿は、まさに80年代の「オリーブ少女」そのものだ。

昨日「処置室」で、夕方のインスリンを打っている際、そのXさんが言った。

「曽根さん、退院して部屋に戻ったら、食事はやっぱりご自分で作られるんですか?」

その言葉に対し、私は彼女の眼を真っすぐ見つめ、真顔で言った。

Xさんが作ってよ」

するとXさんは、やはり真顔で返してよこした。

「退院する日まで、考えさせてください」

言うねえ。

まったく、ホスピタリティが高いよなあ。さすが俺の担当看護師だぜ。

本気で、横須賀のどぶ板に道を踏み外させようか?

 

 

おやすみなさい。

こんな支離滅裂な文章を読んでくれてありがとう。

でも以上のたわごとはやはり、このアル中病棟のベッドでしか書けないもんだと確信する。

つまり精神医学界では、貴重な「アル中文献」となるだろうよ。

まあ、彼らのでたらめな談合は続くだろうが。

 

良い酒を。

(ストロングゼロはダメだぜ。あれはアル中御用達の御神酒だからね)

良い夢を。

 

 

 

[サード&セカンド・シングル通販中]

A面「PISSINTOMY HEROES
●B面「七曲荘二〇三号室」

 

アドレス:budroll.shelvis.sy3@gmail.com

――以上へ以下のことをメールしてから、お金を振り込んでください。

郵便番号と住所
名前(口座のカタカナ読み振りも)
電話番号
サード、セカンドのどれを希望するか

(ファーストは売り切れ)

●1,600円(発送代込み)
振込先――ゆうちょ銀行

BUDROLL(バドロール)
普通口座:店番908
口座番号:5133817



●セカンド・シングルのジャケット写真(撮影●土門拳――被写体●細菌学者の

志賀潔(赤痢菌の発見者)

P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
「詩作品」(手書きした原稿用紙――1万円)
宅配便着払い

原稿仕事。

●pissken420@gmail.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[アル中病棟日記その2]

 

巻頭連載[第75回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

「雑誌の仕事」
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

 

 

 

 

久々のブログ更新で嬉しい。

最近ミュージックマガジンの仕事をやりました。是非書店で手にとって見てみて下さい。

締め切りギリギリの為、週三徹夜で頑張った。

他に頼まれたジャケも10月末まで描き終えたし、ひと段落。

しかし、気が緩んだせいか次の日から手足に力が入らず、頭もぼっ〜として寝込んでしまった。

近くのコンビニまで歩けないし、酒も全く飲む気になれない。


近所の病院へ行くと、体の気を整える漢方を処方された。

しかし薬が切れた次の日から、今度は風邪をひいてしまい、また病院へ。

体重も4k落ちていた。

点滴と血液検査をやったが異常は無く、結果はやはり過労との事だった。

曽根さんと2人で寝込んでいては洒落にならないなあ、とベッドで横になりながら考えていた。

 


 

 

俺のややこしいのは、ひとつの仕事を頼まれると、何点ものアイデアが浮かんで筆が止まらなくなってしまう事だ。

なので「もうアイデア浮かぶなよー。1点でいいんだから。倒れるぞ」なんて独り言をいいながら、描いてたら本当に寝込んでしまった訳。

また仕事でラフお願いしますと言われるのが凄くプレッシャーで。

普段からラフを書かないから。

しかも雑さがハンパじゃなくて、恥ずかしいんだよ。

先方に伝わるのかな? ってくらい。

それがこれ(笑)。

 


ジャケを依頼されていたミュージシャンの方からは、

「ブライアン、締め切り決めないと終わらなそうだよね?(笑)」

「はい、永遠に描いちゃいそうなので締め日をお願いします」

点で良いのに6点描いて、やっと出し切った感。

友人が「ミュージシャンの人も沢山描いてくれて嬉しいよね〜」と言っていたが、俺は1点頼んだのに、6点も描いてくるって逆に怖いなと思う。

 


 

 

[病床より 箇条書きの前口上]

 

●1カ月間の「解毒期間」が終わり、10月8日、本格的な断酒プログラムを受けるべく別の病棟へ移る。

 

●しかし、前回のブログをアップした直後から、46時中、全身に針を刺すような痛みにおそわれ、また、各所に悪寒をともなう痺(しび)れがあらわれた。そのうえ骨盤が痛く(特に尻)、長く座ることも、同じ姿勢で長く眠ることもできない。

(睡眠はここ2カ月間ずっと、1時間ごとの飛び石である)

●他に、関節痛、頭痛、吐き気、食欲不振、ひどい脱力感と無気力。集中力の欠如。まるで熱のないインフルエンザにかかったようだ。

●たちまち痩せて、体重は44キロまで落ちた。

●症状は特に午前中がひどく、まったくベッドから起き上がれない。朝の検温、血圧&血糖値測定、インスリン注射、朝食、はベッドで看護師たちの手を借りている。

●歩く速度はゾンビよりも遅く、壁や手すりを頼むしかない。

 

●しかし、血液検査の結果は全ての数値が良好を示しており、1日4度計る血糖値も100台と安定してきた。

●「治療後神経障害」と診断される。長きに渡って高血糖(800台)が常態となっており、一気に血糖値が下がったことから身体がびっくりしたのだろう。というか、ここになっていきなり糖尿病の合併症が猛威を振るい始めたのである。

(ただし腎臓機能と眼は大丈夫とのこと。合併症を引き起こす危険値を示す数値も理想値になった)

 

●この神経障害に治療法はなく、痛み止めも1種類の薬しかない。症状を訴えて1カ月後にようやく痛み止めを処方される。やや、ピンからキリまでの刺痛がやわらいだ気がし、2週間後に薬を倍にしてもらう。更に先日、処方できる最大限の量まで増やしてもらった。

●が、痛みは軽減されたが、痺れのほうがひどくなってきた。寒さのせいだろう。全身の部分部分だった痺れが、腰を中心として腕肩から膝までとつながり、歩行が更に苦痛となる。しびれのある患部の皮膚を触ると気味の悪いほど感度が低い。また軽減されたとはいえ痛みには波があり、午後3時から夕食まで、それと眠る前の1時間は、体の中で刺痛がちゃんちゃんバラバラ、嵐の闇夜に火花が散っているようだ。

 

●さすが元『BURST』編集長、我ながら我慢強いと思うが、ほとほと疲れた。このまま寝たきりになるのではないかと心細く、心がすっかりちぢこまってしまった。それでも頑張って少しでも歩こうとするのだが、往復100メートルほど歩くとベッドにぶっ倒れ、20分ほど息を整えねばならない。たまに手洗い場で洗髪するが、風呂は1度で懲りた。体力の消耗がはなはだしく、その後3日もベッドから起き上がれない始末。

●酒を断っているアル中たちは皆元気だ。40人ほどいる病棟で、私だけが「病人」である。日々歯を食いしばって痛みとしびれに耐えるだけで、本を読むことも、文章をつづることも、断酒プログラムに参加することもできないでいる。

●医者に言わせると、この神経障害はこの先も治るかどうかわからないとのこと。どうやら私は、ついに致命傷をくったようである。

(ただし、このまま断酒し、インスリン治療を続けて血糖値が安定すれば、数カ月後に痛みやしびれが消える可能性もあるという)

 

●で、なぜこのブログを書く気になったのか? 実はここ2日の間に、精神的ショックを受ける出来事が重なり、まさに泣きっ面に蜂。「水に落ちた犬は打て」という言葉があるが、打たれる犬の身になるとたまったもんじゃない。このままだと気落ちして本格的に寝たきりになってしまう。書くしか能のない水に落ちた犬は、書かねば打たれたまま泥水に沈む。ということで、藁をもつかむ気持ちで、歯を食いしばってこれを書いている。

●むろん、飲酒欲求は皆無だ。たとえあったとしても、ここに入った以上、呑むわけがない。私にそれほどの度胸はない。

●しかし、元気な他のアル中たちの飲酒欲求は旺盛だ。だからこそ、1週間に3、4人は飲酒がばれて「ガッチャン部屋」へ入れられるし、1週間に1人か2人は「強制退院」させられ1時間でベッドが空になる。

 

●どうして酒が手に入るんだって?

●この「天国のムショ」には裏口が多いし、入棟して1カ月と1週間が経つと、週末は断酒プログラムのひとつとして外泊させられるからだ。そこで呑んでこないものはほぼいない。

(私は外泊も外出もしていない)

●天国のムショのアル中たちも、みんな懲りない面々なのである。なにせ大半のものは、ここに入るのが3回目4回目、中には8度目10度目というリピーターばかりなのだから。

●私の退院日は12月5日となっている。

 

 

 

1015日(金)海辺のアル中病棟は快晴。

 

この海辺の病院の敷地内には、正面の外来内科病棟と、奥に数棟のアル中病棟、看護師たちが子ども預ける保育園、警察が管理するモダンな建物のシャブ中病棟がある。その敷地に隣接して、知的障害者の大きな施設と、認知症老人の介護施設がある。

だから秋空の下、昼下がりになるとこんな光景を眼にすることがざらにある。

 

アル中病棟の脇に煙草を吸うたまり場がある。

(煙草は黙認されており、そこには水の入った缶が2つ置いてある。その缶の吸い殻を、誰がどこへ棄てているのか未だ私は知らない)

そのたまり場の脇を、公道が走っている。海岸線の道から入った山際の裏道で、めったに車の姿を見ることはない。

その道を、5人ほどの1020代の知的障害者が介護士に手をつながれ、奇声を発し、チョコレートの汁を口から垂らしながら練り歩いていく。

その後ろを、首を垂らした認知症の老人を乗せた車椅子が2台ついていく。

更にその後ろを、10人ほどの保育園児が保育士に付き添われはしゃぎながらついていく。

そのにぎやかな行列を、煙草を吸いながら無言で見送る我ら10人ほどのアル中たち。

 

その光景は、グロテスクな滑稽味にあふれている。

他の場所なら、磁場を捻じ曲げるほどの非日常的な光景だが、はなから磁場の捻じ曲がったこの場所では、これぞこの場の日常性を強調する光景に映るのだ。

さて、10人ほどの突っ立ったアル中たちに交じり、地べたにだらしなく尻をついて煙草を吸う私がいる。2分も立っていられないからだ。

(煙草が神経障害に悪いのは承知しているが、煙草を吸うくらいしか気休めがないし、寝たきりをどうにか防いでいるのも事実だ。煙草は若い衆に買ってもらっている)

 

私の脇には、私のくれてやった煙草を吸う女がしゃがんでいる。

蝦蟇のような体つきをした大柄な女で、齢は40半ば、馬糞をこねたような顔をした醜女(しこめ)だ。

うわさ話によると、もう2年近くも病棟暮らしらしい。あきらかに脳に致命傷をもらった女で、表情も言葉もほぼ失っている。

煙草を吸うことだけが楽しみなのか、常にたまり場にしゃがんでおり、身振り手振りで皆に煙草をせがむ。

が、誰もやらない。

やるのは私だけだ。

ただし、女とは1度も言葉を交わしたことはない。また、女から礼を言われたことも頭を下げられたこともない。

(我らの病棟は2階で、女の病棟は1階)

 

しかし、私が煙草をやるのを咎めるやつもいる。

「煙草やっちゃダメだよ。そいつは統合失調症の女だから、煙草はやっちゃいけないって看護師たちに言われてるんだぞ」

まだ20代後半の若造であった。私はそのタニシのような眼を睨んだ。

眼をそらした若造は言った。

「看護師に伝えるからな。あ~あ、めんどくせえなあ」

私は若造に近寄り、耳へささやいた。

「おい、ちっくり野郎。ここがムショだったら、おまえ眠ってるまに針で両目刺されるぞ」

 

むろん本当にささやくわけはない。私は黙って地べたに座り、煙草を吸うだけだ。

(こいつはその後、会うたび私へお愛想を言うようになり、しばらくして酒の持ち込みがばれ強制退院させられた)

かといって、金のない私に煙草は貴重品だ。そうそう1日に5本も6本もやれるわけがない。

だから、私が吸っているあいだに女が来たらやるが、たまり場を覗いて女がいると、別のポイントで吸うことにしている。

 

がしかし、夜はダメだ。

暗がりにぽつねんとしゃがんでる姿を見ると、さすがにいたたまれない気持ちになってしまう。

べつに女を可哀そうだと思っちゃいない。ただ、暗がりに潜むようにしゃがんでいる、その闇溜まりのような「存在」が私には、わけもなく恐ろしいのだ。とても置き去りにして眠れるわけがない。

だから毎晩、私は女と並んで座り込み、暗がりで煙草を吸うはめとなっている。寒さとしびれを我慢しながら。

 

嵐が来る前々日の雨の晩もそうだった。

雨の日は、たまり場のそばにある作業棟のひさしの下で煙草を吸う。

夜の8時半。

そのひさしの下の暗がりに女だけがしゃがみこんでいる。私は傘もささず、そこまで歩いた。

まず自分の煙草に火をつけてから、顔も見ずに女へ煙草とライターを手渡す。

私はコンクリに尻を落とし、少し離れた外灯が照らす雨を眺めながら煙草を吸う。

女は煙草に火をつけると、しゃがみこみ、無言で煙草とライターを私の方へ置く。

2人の間には2人分ほどの距離がある。

 

私の脳内キャメラが、その光景をはす向かいから映している。

そのシーンは、ブラック・コメディでもなく、ホラーでもなく、アル中患者のドキュメンタリーでもない。ましてや恋愛映画でも青春映画のワンシーンでもない。

私には2人の姿が、なぜか戦争映画のワンシーンに映るのだ。

 

今から40年前、初恋のH美ちゃんと、放課後、学校裏のひさしの下で尻を落とし、同じように雨を眺めていたことを思い出す。

2人は中学3年生。

制服姿の2人の間には、やはり2人分の距離があった。

 

そのH美ちゃんに振られて、私の世界はいきなり「戦争」へ突入した。

さしたる戦闘に参加もせず、戦火を逃げ惑う日々が続き、40年後、気づくと私の世界の戦争はいつのまにやら終わっており、こうして私同様、致命傷をもらった女と、暗がりで雨を眺めている。

その光景は「無残」だ。

が、そこに感傷性はない。私は人一倍の感傷家だが、脳内キャメラは自意識を通していないので全てを即物的に映すからだ。

 

無残だが、感傷性はなく、またそこに深刻さも存在しない。

「致命傷はくらったものの、もう戦争は終わったのだ。まだ生きているだけもうけものじゃないか」

という呑気な安逸も映し出されているのである。

女はこれからもアル中たちから煙草をせがみ、私は傷痍軍人のように致命傷を晒して人様から煙草銭をめぐんでもらう。

そんな余生しか、今の私には思いつかないのだが――。

 

「ああ、世話女房がほしいなあ」

うっ、とうとう本音を漏らしてしまった。

致命傷をくった男はまだそんな寝言をほざいているのだ。

まったく、まだまだ懲りちゃいないのである。

どんなに辛かろうが、唇は歌を忘れないものだ。

ベッドでこのごろ口の中で歌っているのは、吉田拓郎の歌である。中学生のときにいつも口ずさんでいた曲ばかりだ。

 

「どうしてこんなに悲しんだろう」

「まにあうかもしれない」

「今はまだ人生を語らず」

「僕の歌はサヨナラだけ」

そして「イメージの詩」。

 

「吹き抜ける風のような俺の住む世界へ 1度はおいでよ。

荒れ果てた大地にちっぽけな花をひとつ 咲かせておこう。

きっと君のいる太陽のあるところへ 行ってみるよ。

そしてきっと言うだろう 来てみてよかった 君がいるから」

 

そんな「イメージの詩」の男前な一節を口ずさみ、私は今日もベッドで痛みやしびれに耐えている。

そして今夜も、あの女と暗がりに座り込み、互いに無言で煙草を吸うだろう。

あの女はもはや、私の人生において8人目の特別な女になったのだから。

おそらく退院前夜、私は女へ言葉をかけるだろう。それがどんな言葉になるか知れない。

しかし、どうせその言葉も、私自身の記憶さえ、女には残らないだろうが――。

 

ところで、あなたの戦争はまだ終わっちゃいないだろう。

あえて致命傷をくった男は言う。

人生の戦争に決して「勝ち」はない。

だが、しかし、負けなければいいのだ。

だから自分の武器は後生大事に腹にしまい、絨毯爆撃から逃げ回れ。

そしてもし、あなたが致命傷をくったなら、俺のとこへ来なよ。

暗がりで2人、煙草をわけあって、互いをなぐさめあおう。

結局のところ、人は最後に、人をなぐさめる人格さえ残ればいいのだ。

 

そう、なぐさめるといえば、病人にとって1番希求している言葉はなぐさめの言葉であると、病人になってようやく知った。

病人へかける言葉は、激励ではなく、ましてや叱咤ではなく、まず痛みや苦しみを聞くこと。そのうえで、口先だけでもいいからなぐさめの言葉をかけるだけでいい。いや、かけながら患部を10秒でもいいからさすってやることだ。

晩年のおふくろにはむごい言葉ばかりかけたなと、今更ながら悔やむばかりだ。

寝たきりなっちゃうから、痛くても歩かなきゃいけない。食欲がなくとも無理して食べろよ。歩け。動け。食べろ。

 

そんなことは重々おふくろはわかっていたのだ。

昏睡に入る直前まで、おふくろは自力でトイレまで歩いたし、毎日1度は自分から歩くと言って、廊下を10メートルほどだが往復したりもした。

おふくろは家に帰って、いつもの場所に座り、庭を眺めたかったのだ。だから自ら歩いたし、喰った。

そんなおふくろに最後までなぐさめの言葉ひとつかけないで、私は朝から病室で呑んだくれていたのだ。おふくろが死ぬまでの1カ月間ずっと。

 

以前も書いたが、そんな私へおふくろは最期の最期に言葉をかけてよこした。

「ケンは、売れなくとも、ずっと書いてるからえらいよね」

生まれて初めて、おふくろからもらった、誉め言葉。

いや、それは、どうしようもない馬鹿息子へかけた、なぐさめの言葉だった。

それを口にして数分後、おふくろは昏睡に入り、1週間後、私の54歳の誕生日の朝に死んだ。

 

「病人は、なぐさめの言葉だけで、その日を生きてゆけるんですよ。それが身に染みてようやくわかりました」

昼食前の血糖値測定とインスリン注射をしながら、いつものように看護師さんに泣き言をほざきながら、自説を語った。

それをうなづきながら聞いてくれていた、おそらく私とそう齢の違わない看護師さんは、こう話をつないだ。

 

「小さな希望の言葉も必要なんじゃない?」

「希望? そんなもん、病人にはいちばんタチが悪いよ」

「そうかなあ、たとえば曽根さんは、ここを退院して、しばらくしたら恋愛するかもしれないよ」

「恋愛? 55歳のこのよれよれが?」

「そう、ないってことはないもの。下世話な、小さな希望は大事だとおもうな」

「……恋愛かあ。そういや本心では、世話女房がほしいなあって思ってるもんな」

「でしょう。そういう気持ちは大切よ」

「さすが××さん、ホスピタリティが高いよなあ。下世話な希望なんて言葉、そうそう出てこないぜ」

「さあ、曽根さん、今日の昼食はカレーよ」

「カレーかあ、だったら食べれるかもしれない」

思わず、女房になってくれと言いかけたぜ。

 

 

 

「僕の歌は泣き言だけ」

 

 

いつのまにか僕の戦争は終わっていた。

1度も銃をもったことはなく、戦火を逃げ惑ってきて40年。

いつのまにか僕の戦争は終わっていた。

それでも魂はつぎはぎだらけ。

はらわたの砂金もみんなこぼれ落ちてしまった。

 

それでも唇は歌をわすれない。

ああ、世話女房がほしい。

君の小さな鳥籠みたいな肋骨の中で、

冬眠中の蛇みたいにとぐろを巻いていたい。

僕の魂の縫い痕を指でたどっておくれ。

なぐさめてくれる君がほしい。

 

こんなに致命傷をくったって、

生活保護なんて受けないよ。

ひとのものをかっぱらってでも生きてみせるさ。

僕の戦争はもう終わったんだ。

はらわたの砂金はみんなこぼれ落ちたけど、

戦後のどさくさを生きのびる武器はまだ隠し持ってる。

 

だから君よ、どうかお恵みを。

僕の泣き言だらけの肋骨に、

煙草銭を投げ入れておくれ。

君のはらわたの砂金を僕がかっぱらう前に。

 

君の戦争はまだまだつづくだろう。

痛いね。

辛いね。

さすってやろう。

君に僕が煙草をわけてやるさ。

 

 

 

 

 

と、いうことで、私の銀行の振込先は以下の通り。

 

みずほ銀行 高田馬場支店 普通 1105899

 

今回の詩に、どうか煙草銭を。

また、これから毎回、このブログに新作の詩を書くので、どうか煙草銭を投げ入れてほしい。

もちろん詩の生原稿を買ってくれれば尚うれしい。

私は退院後もしばらくは動けないだろう。

しかし、詩や作品を書く、頭と指はまだ動く。それが後生大事に抱えてきた唯一の武器だ。

詩人とは古今東西、乞食であり、ヒモであり、盗人だ。

私はそれを恥じない。

そんな俺の言葉を、信じていいぜ。

 

おやすみなさい。

読んでくれてありがとう。

今夜は私も、少しは長く眠れるだろう。

9人目の女の夢を見ながら。

あなたも、良い夢を。

 

 

 

[サード・シングル通販開始]

A面「PISSINTOMY HEROES
●B面「七曲荘二〇三号室」

 

アドレス:budroll.shelvis.sy3@gmail.com

――以上へ以下のことをメールしてから、お金を振り込んでください。

郵便番号と住所
名前(口座のカタカナ読み振りも)
電話番号
サード、セカンドのどれを希望するか

●セカンド・ジャケット

(※ファーストは売り切れ)

●1,600円(発送代込み)
振込先――ゆうちょ銀行

BUDROLL(バドロール)
普通口座:店番908
口座番号:5133817

P.S.
以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
「詩作品」(手書きした原稿用紙――1万円)
宅配便着払い

原稿仕事。

●pissken420@gmail.com

 

 

 

 

 

[アル中病棟日記その1]

 

巻頭連載[第75回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

「花と蜂」
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

●イラストの花部分 

 

●蜂くん

 

 

一昨日の明け方に、ツイッターを開くと、編集部〇〇さんより「イラストの依頼が届いていると思いますが見て頂けましたでしょうか?」と、デザイナーさんからメールが来ていた。

すぐにパソコンのメールを開くと、依頼からすでに4日も経っているじゃないか!

 

慌てて編集さんとデザイナーさんへ謝罪のメールをした。

やってしまった感が強いが、締め切りを数日伸ばしてもらい早速ラフを描いている。オッケーが出たら速攻で取り掛かろう!

凄く良い絵を描けそうな予感がする。

何故なら俺の好きなラテン特集のイラストだからだ。

 

最近はイラストの仕事が立て続けに入って来て嬉しい。

もう来週のディナーは無理せず休もう。

50過ぎての徹夜は堪えるわ〜。

いま午前3時だけど眠眠打破の効き目も切れてきた様なのでそろそろ寝ます。

おやすみなさい。

 


 

 

 

●9月10日都立病院退院(入院期間は3週間)。

●翌11日海辺の病院の「アル中病棟」へ。糖尿病治療と並行して3カ月間の「断酒プログラム」を受けることに。

●ベッドは4人部屋の右奥窓際。

●現在の病棟のアル中は30人ほど。1カ月後、別の病棟で本格的な断酒プログラムを受ける。

●ベッドではインターネットが繋がらず、携帯さえアンテナは1本。

(入院1週間後、食堂で試したところ繋がりほっとする。ベッドで、検索が出来ないことやYouTubeを見れないことは我慢できるが、原稿を送れないのは困る。と頭を抱えていたのだ)

 

 

9月13日(金)海辺のアル中病棟は曇り空。

 

入院3日目。

飲酒欲求無し。

しかし終日、むやみと淋しい。

 

人恋しさゆえではない。

大仰にいえば、それは私自身の「存在の淋しさ」だ。

七曲り荘で独居しているときには感じなかった淋しさである。

深夜カーテンを開き、ベッドから海に浮かぶ月を眺めていると、画家ゴーギャンの有名な言葉(聖書の言葉?)が頭に浮かぶ。

「俺はどこから来て、どこへ行くのか?」

 

もちろん環境に馴れていないせいだろう。暇だからだろう。生来感傷家だからだろう。

しかし、自分の内面を見つめすぎることは危険だ。ましてや深夜に。

自意識の海へ急激に潜れば、たちまち潜水病にかかってしまうことは自明の理。

「ここは、海辺のアル中病棟のベッドだ。お前はたった今、そこに『居る』のだ」

それを自己確認してこそ、私自身へ、私の存在の淋しさを励ます言葉が吐けるのだ。

「淋しいのは俺だけだ」と。

存在の耐えられない淋しさなんてないはずだ。

と、思いたいのだが――。

 

 

「自画像」

 

夏が通り過ぎたとき、俺は首をすくめた。

まるで「大鴉」が、頭をかすめ飛んだかのように。

アル中病棟のベッドで。

ポーの幻聴を聞く。

 

 

※蛇足だが、ポーはエドガー・アラン・ポーのこと。「大鴉」はその代表的長編詩。

 

 

 

9月22日(日)海辺のアル中病棟は晴れ。

 

入院12日目。

飲酒欲求なし。

1日4度計る血糖値は180前後と安定してきたが、体重は入院初日の51キロから1キロも増えていない。

またここ数日、原稿を書く集中力も、入院前より極端に低下している。

(とはいえ、連載詩とトカナ用原稿は3本書き上げたのだが)

 

私は数年前から、このブログではなるたけ、他人や世間や、私を取り巻く状況の悪口を語らないことを肝に銘じてきた。

特に現在の精神状態で、思うことをただ書き綴れば、妬み嫉み妄言、恨み言ばかりになるのは必至だ。

例えば――、

 

●このアル中病棟は、強制労働のない三食上げ膳据え膳の「天国のムショ」だ。

(アル中病棟の隣りには警察が管理するシャブ中病棟があるのだが、どちらも同じめしを食べている)

●アル中は病気だと言われるが、他の病気と違うのは「同情」されないこと。そして他人には決して治せない病気であること。ゆえにここの医師も看護師も、仕事は我々の管理・監視・恫喝であり、いわば刑務所の看守そのものだ。

●だから平気で、個人のゴミ箱は探るわ、声もかけずいきなりベッドのカーテンを開くわ、届いた宅急便はすでに開かれて渡されるわ、なんと「ブログはアップする前にチェックしますから」だとよ。

●「5時15分って私が何度も何度も言ったでしょ! あんた頭おかしいんじゃない!」 「僕はあなたからそんなことは1度だって聞かされたことはない! 14日間であなたが僕の血糖値測定に立ち会ったのは今回が2度目だ。第一、アル中に向かって、あんた頭がおかしいとは何事だ!」

(この晩、薬をベッドまで運んできてくれたその彼女と、受け取る私は、お互い精一杯の笑顔で、激励と御礼を言い交わしたのであった。実はそのがらっぱちな看護師を私は気にいっていたのである)

●果ては「ここでは患者さん同士、相互監視してますので、曽根さんも規則違反している患者さんを見たら知らせてくださいね」と、私にちっくり屋になれと進める看護師野郎までいやがる。

●くそくらえ!

 

などと書きかねない。

 

それがアル中病棟のシステムであり、それが医師と看護師の仕事であることは理屈として分かっている。

なのに、なぜそんな逆恨み(?)の暴言が頭に吹き上げるのか?

軽い拘禁症もある。しかしそれよりも、このイライラした精神状態は、酒を断った「離脱症状(禁断症状)」なのだと、ようやく昨日になって認識できた。

 

私は都立病院への入院前から今日まで、すでに2カ月間は断酒している。

16歳から酒を呑み始めて、これほどの日数を断酒したのは初めてのことだ。

(アルコール性重症膵炎で3回も入院したが、毎回退院後はすぐに呑み始めた)

ここ数日前から、「断酒なんて簡単じゃないか」という自信までついてきたほどだ。

馬鹿か。

そんな自信こそ離脱症状の最たるもんじゃないか。

 

私は断酒しても、手が震えたり、冷や汗が止まらなかったり、理由のない不安を覚えたり、ましてや幻覚幻聴を見聞きしたりの症状はでなかった。

が、40年近くも大量飲酒してきたのだ。精神依存はもちろん、肉体依存がないわけがない。

2カ月間の断酒で、ようやく脳や毛根や骨髄から酒精が抜けかけ、そして今頃になって離脱症状が始まったのである。

 

しかし、それを自己認識できただけ、少しは頭がシャキッとしてきたわけだ。

と、自分を慰める。

そして今朝、私は歯を磨きながらこう思った。

 

私は現在、過去と未来の狭間にいるのだ。

それがここアル中病棟なのである。

そしてここで暮らす目的は、断酒はもちろんだが、それ以上にそれこそ「過去からの離脱」であるべきなのだ――と。

 

「私たちは、家具を捨て、殻を脱ぎ捨てるためでなくて、なんのために引っ越すのでしょうか? 引っ越すのは、世界を捨て、燃え尽くすにまかせ、再生する生き生きした世界に移り住むこと、ではないでしょうか?」

 

「私は『失意の歌』を歌いたくありません。ねぐらの止まり木にすっくと立ち、日の出を歌う雄鶏のように、私はただ隣人の目を覚ますために、元気いっぱい雄叫びを上げます」

ヘンリー・D・ソロー著『ウォールデン 森の生活』(今泉吉晴訳/小学館文庫)より。

 

※ソローは奴隷解放運動家であり、詩人でナチュラリスト。19世紀半ばのアメリカで、聖書や教会、慈善運動、土地に縛られた農民の労働まで批判する啓蒙書を書いた。が、根は骨がらみのピューリタン。「虚飾を捨て、自然の中で質実剛健に、そして楽しむためだけに生きよ。人は1週間に1日働けば生きていける」と説いた。

 

ソローが言う通り、私は過去の世界を捨てなければならない。

私は過去の世界を燃え尽くすにまかせなければならない。

アル中病棟で、めそめそと「失意の歌」を歌っている場合じゃない。

アル中病棟でこそ、世界中のアル中とジャンキーに向けて、そしてなにより自分に向けて、何度でも「白鳥の歌」を歌わなければならない。

私はアル中以前に詩人――道化なのだ。

底の抜けたウイスキー樽から、看護師たちをぎょっとさせるほどの大きな笑い声を上げよう。

 

 

「不合理ゆえに吾(われ)自身を信ず」

 

万国のアル中ジャンキー諸君よ。

ギロチンでライムを切り落とし、

キャタピラでミントの葉をすりつぶせ。

砂糖抜きのモロトフ・カクテルを、

三菱重工製10式戦車の主砲でステアせよ。

白鯨の腹に大蒜をなすりつけ、

かぶりつけ。呑み干せ。

たった一人の反乱をくわだてろ。

 

ここはアル中シャブ中病棟上空、

エノラ・ゲイの腹の中。

ベッドに縛り付けられている者よ。

点滴をうけている者よ。

幻聴に耳を塞いでいる者よ。

諸君の過去と前途を焼き尽くしてあげるよ。

 

それを眼にして立ち尽くせ。

膝が落ちかけるまで立ち尽くせ。

立ち尽くし背骨に筋金を入れろ。

あの日1匹の猿が直立したように。

それから歩き出せ。

空漠の荒地を歓喜に向かって。

 

俺たちは過去と未来の奴隷じゃないんだ。

あの日直立した猿には過去も未来もなかった。

眼にしたのは燃え上がる夕焼け。

なぜあの日あの猿は直立したのかって?

もちろん踊るためさ。

猿酒に酔っぱらって。

 

 

 

おやすみなさい。

次回は、同病棟のアル中仲間の話をしよう。

よい夢を。

 

 

[サード・シングル通販開始]

A面「PISSINTOMY HEROES
●B面「七曲荘二〇三号室」

 

 

アドレス:budroll.shelvis.sy3@gmail.com

――以上へ以下のことをメールしてから、お金を振り込んでください。

郵便番号と住所
名前(口座のカタカナ読み振りも)
電話番号
サード、セカンドのどれを希望するか

(ファーストは売り切れ)

●1,600円(発送代込み)
振込先――ゆうちょ銀行

BUDROLL(バドロール)
普通口座:店番908
口座番号:5133817


P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
「詩作品」(手書きした原稿用紙――1万円)
宅配便着払い

原稿仕事。

●pissken420@gmail.com