曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

元『BURST』、『BURST HIGH』編集長の曽根賢(Pissken)のコラム

 

[アル中病棟日記その1]

 

巻頭連載[第75回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

「花と蜂」
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

●イラストの花部分 

 

●蜂くん

 

 

一昨日の明け方に、ツイッターを開くと、編集部〇〇さんより「イラストの依頼が届いていると思いますが見て頂けましたでしょうか?」と、デザイナーさんからメールが来ていた。

すぐにパソコンのメールを開くと、依頼からすでに4日も経っているじゃないか!

 

慌てて編集さんとデザイナーさんへ謝罪のメールをした。

やってしまった感が強いが、締め切りを数日伸ばしてもらい早速ラフを描いている。オッケーが出たら速攻で取り掛かろう!

凄く良い絵を描けそうな予感がする。

何故なら俺の好きなラテン特集のイラストだからだ。

 

最近はイラストの仕事が立て続けに入って来て嬉しい。

もう来週のディナーは無理せず休もう。

50過ぎての徹夜は堪えるわ〜。

いま午前3時だけど眠眠打破の効き目も切れてきた様なのでそろそろ寝ます。

おやすみなさい。

 


 

 

 

●9月10日都立病院退院(入院期間は3週間)。

●翌11日海辺の病院の「アル中病棟」へ。糖尿病治療と並行して3カ月間の「断酒プログラム」を受けることに。

●ベッドは4人部屋の右奥窓際。

●現在の病棟のアル中は30人ほど。1カ月後、別の病棟で本格的な断酒プログラムを受ける。

●ベッドではインターネットが繋がらず、携帯さえアンテナは1本。

(入院1週間後、食堂で試したところ繋がりほっとする。ベッドで、検索が出来ないことやYouTubeを見れないことは我慢できるが、原稿を送れないのは困る。と頭を抱えていたのだ)

 

 

9月13日(金)海辺のアル中病棟は曇り空。

 

入院3日目。

飲酒欲求無し。

しかし終日、むやみと淋しい。

 

人恋しさゆえではない。

大仰にいえば、それは私自身の「存在の淋しさ」だ。

七曲り荘で独居しているときには感じなかった淋しさである。

深夜カーテンを開き、ベッドから海に浮かぶ月を眺めていると、画家ゴーギャンの有名な言葉(聖書の言葉?)が頭に浮かぶ。

「俺はどこから来て、どこへ行くのか?」

 

もちろん環境に馴れていないせいだろう。暇だからだろう。生来感傷家だからだろう。

しかし、自分の内面を見つめすぎることは危険だ。ましてや深夜に。

自意識の海へ急激に潜れば、たちまち潜水病にかかってしまうことは自明の理。

「ここは、海辺のアル中病棟のベッドだ。お前はたった今、そこに『居る』のだ」

それを自己確認してこそ、私自身へ、私の存在の淋しさを励ます言葉が吐けるのだ。

「淋しいのは俺だけだ」と。

存在の耐えられない淋しさなんてないはずだ。

と、思いたいのだが――。

 

 

「自画像」

 

夏が通り過ぎたとき、俺は首をすくめた。

まるで「大鴉」が、頭をかすめ飛んだかのように。

アル中病棟のベッドで。

ポーの幻聴を聞く。

 

 

※蛇足だが、ポーはエドガー・アラン・ポーのこと。「大鴉」はその代表的長編詩。

 

 

 

9月22日(日)海辺のアル中病棟は晴れ。

 

入院12日目。

飲酒欲求なし。

1日4度計る血糖値は180前後と安定してきたが、体重は入院初日の51キロから1キロも増えていない。

またここ数日、原稿を書く集中力も、入院前より極端に低下している。

(とはいえ、連載詩とトカナ用原稿は3本書き上げたのだが)

 

私は数年前から、このブログではなるたけ、他人や世間や、私を取り巻く状況の悪口を語らないことを肝に銘じてきた。

特に現在の精神状態で、思うことをただ書き綴れば、妬み嫉み妄言、恨み言ばかりになるのは必至だ。

例えば――、

 

●このアル中病棟は、強制労働のない三食上げ膳据え膳の「天国のムショ」だ。

(アル中病棟の隣りには警察が管理するシャブ中病棟があるのだが、どちらも同じめしを食べている)

●アル中は病気だと言われるが、他の病気と違うのは「同情」されないこと。そして他人には決して治せない病気であること。ゆえにここの医師も看護師も、仕事は我々の管理・監視・恫喝であり、いわば刑務所の看守そのものだ。

●だから平気で、個人のゴミ箱は探るわ、声もかけずいきなりベッドのカーテンを開くわ、届いた宅急便はすでに開かれて渡されるわ、なんと「ブログはアップする前にチェックしますから」だとよ。

●「5時15分って私が何度も何度も言ったでしょ! あんた頭おかしいんじゃない!」 「僕はあなたからそんなことは1度だって聞かされたことはない! 14日間であなたが僕の血糖値測定に立ち会ったのは今回が2度目だ。第一、アル中に向かって、あんた頭がおかしいとは何事だ!」

(この晩、薬をベッドまで運んできてくれたその彼女と、受け取る私は、お互い精一杯の笑顔で、激励と御礼を言い交わしたのであった。実はそのがらっぱちな看護師を私は気にいっていたのである)

●果ては「ここでは患者さん同士、相互監視してますので、曽根さんも規則違反している患者さんを見たら知らせてくださいね」と、私にちっくり屋になれと進める看護師野郎までいやがる。

●くそくらえ!

 

などと書きかねない。

 

それがアル中病棟のシステムであり、それが医師と看護師の仕事であることは理屈として分かっている。

なのに、なぜそんな逆恨み(?)の暴言が頭に吹き上げるのか?

軽い拘禁症もある。しかしそれよりも、このイライラした精神状態は、酒を断った「離脱症状(禁断症状)」なのだと、ようやく昨日になって認識できた。

 

私は都立病院への入院前から今日まで、すでに2カ月間は断酒している。

16歳から酒を呑み始めて、これほどの日数を断酒したのは初めてのことだ。

(アルコール性重症膵炎で3回も入院したが、毎回退院後はすぐに呑み始めた)

ここ数日前から、「断酒なんて簡単じゃないか」という自信までついてきたほどだ。

馬鹿か。

そんな自信こそ離脱症状の最たるもんじゃないか。

 

私は断酒しても、手が震えたり、冷や汗が止まらなかったり、理由のない不安を覚えたり、ましてや幻覚幻聴を見聞きしたりの症状はでなかった。

が、40年近くも大量飲酒してきたのだ。精神依存はもちろん、肉体依存がないわけがない。

2カ月間の断酒で、ようやく脳や毛根や骨髄から酒精が抜けかけ、そして今頃になって離脱症状が始まったのである。

 

しかし、それを自己認識できただけ、少しは頭がシャキッとしてきたわけだ。

と、自分を慰める。

そして今朝、私は歯を磨きながらこう思った。

 

私は現在、過去と未来の狭間にいるのだ。

それがここアル中病棟なのである。

そしてここで暮らす目的は、断酒はもちろんだが、それ以上にそれこそ「過去からの離脱」であるべきなのだ――と。

 

「私たちは、家具を捨て、殻を脱ぎ捨てるためでなくて、なんのために引っ越すのでしょうか? 引っ越すのは、世界を捨て、燃え尽くすにまかせ、再生する生き生きした世界に移り住むこと、ではないでしょうか?」

 

「私は『失意の歌』を歌いたくありません。ねぐらの止まり木にすっくと立ち、日の出を歌う雄鶏のように、私はただ隣人の目を覚ますために、元気いっぱい雄叫びを上げます」

ヘンリー・D・ソロー著『ウォールデン 森の生活』(今泉吉晴訳/小学館文庫)より。

 

※ソローは奴隷解放運動家であり、詩人でナチュラリスト。19世紀半ばのアメリカで、聖書や教会、慈善運動、土地に縛られた農民の労働まで批判する啓蒙書を書いた。が、根は骨がらみのピューリタン。「虚飾を捨て、自然の中で質実剛健に、そして楽しむためだけに生きよ。人は1週間に1日働けば生きていける」と説いた。

 

ソローが言う通り、私は過去の世界を捨てなければならない。

私は過去の世界を燃え尽くすにまかせなければならない。

アル中病棟で、めそめそと「失意の歌」を歌っている場合じゃない。

アル中病棟でこそ、世界中のアル中とジャンキーに向けて、そしてなにより自分に向けて、何度でも「白鳥の歌」を歌わなければならない。

私はアル中以前に詩人――道化なのだ。

底の抜けたウイスキー樽から、看護師たちをぎょっとさせるほどの大きな笑い声を上げよう。

 

 

「不合理ゆえに吾(われ)自身を信ず」

 

万国のアル中ジャンキー諸君よ。

ギロチンでライムを切り落とし、

キャタピラでミントの葉をすりつぶせ。

砂糖抜きのモロトフ・カクテルを、

三菱重工製10式戦車の主砲でステアせよ。

白鯨の腹に大蒜をなすりつけ、

かぶりつけ。呑み干せ。

たった一人の反乱をくわだてろ。

 

ここはアル中シャブ中病棟上空、

エノラ・ゲイの腹の中。

ベッドに縛り付けられている者よ。

点滴をうけている者よ。

幻聴に耳を塞いでいる者よ。

諸君の過去と前途を焼き尽くしてあげるよ。

 

それを眼にして立ち尽くせ。

膝が落ちかけるまで立ち尽くせ。

立ち尽くし背骨に筋金を入れろ。

あの日1匹の猿が直立したように。

それから歩き出せ。

空漠の荒地を歓喜に向かって。

 

俺たちは過去と未来の奴隷じゃないんだ。

あの日直立した猿には過去も未来もなかった。

眼にしたのは燃え上がる夕焼け。

なぜあの日あの猿は直立したのかって?

もちろん踊るためさ。

猿酒に酔っぱらって。

 

 

 

おやすみなさい。

次回は、同病棟のアル中仲間の話をしよう。

よい夢を。

 

 

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[病院日記その3]

 

巻頭連載[第74回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 


佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

●「花」アクリル絵の具/ 2010 

 

 

●パレット

 

 

 

 

最近、仙台も涼しくなってきたので暫くはアトリエで描いていたのだが、残暑が厳しすぎて、また店へ舞い戻ってきた。

それはそうと、先日、区から脳梗塞や心筋梗塞のリスク大! なんて案内がポストに入っていて慌てて健康診断の結果を聞きに病院へ行って来たよ。

 

結果、それ程心配する様な事はなく、ただ、肝臓の数値が高いので休肝日を設けて下さいとのこと。

最近はウォーキングから店に着いて冷えたワインを飲みながら、絵を描くというのがルーティンになっている。

で、3時間弱ちびちび飲み続けながら描き、最後は酔ってベッドへと言う生活だ。

 

飲みながら描くのは楽しいのだが、いざ絵の中のポイントと言うべき場所を描く時は、やっぱり酒飲んじゃダメだな。

判断力が狂っちゃって。

なので大切な部分は昼の休憩中に描く様にしている。


 


 

 

9月7日(土)都立病院は晴れ。夏日。

 

昨夜、久しぶりに泣いた。

眠る前にGYAO!で映画を観ていた。

業田良家の漫画『自虐の詩』の映画化作品だ。

「ちゃぶ台返し」を繰り返すヒモのイサオを阿部寛が演じ、健気につくす内妻の幸江を中谷美紀が演じている。

原作とは若干設定が違っており、幸江の過去が1万円で寝る立ちん坊で、幻覚まで見るようなシャブ中だったのには驚いた。

また、幸江の生まれ育ちが宮城県の気仙沼と設定されており、イントネーションは正確じゃないが宮城弁で台詞が語られ、宮城出身の私は感情移入しやすかった。

(311前の気仙沼漁港を見ることができる)

 

幸江の中学時代が回想されるのだが、貧乏人の幸江はクラスメイトにいじめられている。友人はやはり貧乏な熊本さんひとりきり。

いくつかのエピソードを挟み、幸江が中卒で上京する際、ホームに走りこんできた熊本さんが、電車の窓から弁当を差し出す。

新聞紙にくるまれたボコボコのアルマイトのドカベンの中身は、半分に斜め切りした竹輪が2つ、茹で卵半分、烏賊の煮物、ご飯の上にシシャモが2尾。

 

見た途端、どっと涙があふれた。

貧乏な熊本さんが、精いっぱいの御馳走を弁当に詰めたことがわかるからだ。

誰がこのおかずを考えたか知らんが、このメニューは凄い。

とくに目刺しじゃなくシシャモを選んだのが秀逸。気仙沼漁港に住む娘なのに、おそらく樺太産の安価なシシャモもどきに、なぜかリアリティがあるのだ。

(竹輪も同様)

まず烏賊を口にしながら、幸江は泣く。

消灯された6人部屋の隅のベッドで、55歳の糖尿病患者も一緒にボロボロと涙を流すのであった。

 

●ケロッピー前田責任編集『バースト・ジェネレーション』2号目。絶賛発売中。私も短編小説「我らの世代を看取る 我らの世代の墓碑銘」を書いている。

 

 

先日、Iちゃん夫妻が見舞いに来てくれた。

Iちゃんは、死んだ友人Tの妹である。

ひとつ年上のTのことは、自著短編集『バースト・デイズ』に、「帰りそびれた放蕩息子」と題して書いてある。

享年34。

妻の実家である北国の町で、断酒会の帰り猛吹雪のなかに消え、春になって家から20メートルしか離れていない畑の雪の下から見つかった。

 

そのTが、晩年にこの都立病院へ末期の肝硬変患者として入院し、その後、私が来週から3カ月の長期入院をする海辺の病院へ、やはり入院したことをIちゃんから初めて聞かされた。

「そうかTもな」

なにやらTに呼ばれているような気がして笑みがもれた。

Tに会えるような気がするからだろう。

Iちゃんはパジャマ代わりになる上下の服と、尻の肉がそげて座るのが辛い私にクッションをくれた。

 

 

そう、私は来週水曜日(11日)から海辺の病院へ移る。

糖尿病治療を継続しながら、3カ月間の断酒プログラムを受けるのだ。

正直、3カ月も見知らぬアル中たちと同居し、酒以外も縛られた生活を送ることは、拘禁症を患うのではと不安もある。

(若いころ『カッコーの巣の上で』のロボトミー手術を受けて廃人となったジャック・ニコルソンを観て、半年もノイローゼになったことがあるくらいだ。私にとってトラウマ映画ベスト1)

しかし、これも生まれ変わるチャンスだと思って「アル中病棟」へ足を踏み入れよう。

宇野千代も言っているではないか。

 

「私はついこの間、胃を五分の三、切りました。その手術をする入院のために、こまごまとした品々を、あれこれとカバンに詰めたりしていますと、ふと、子供の頃、遠足に行く準備をしていたときのような気持になったのです。腹を切ると言うのに、遠足に行くようだと言うのは、嘘に違いありません。しかし、この嘘のようなことを、ちょっとの間信じると、人生はとても気楽なところだと思えるようになるのです」

(『思いのままに生きて』 私の文学的回想記)

 

 

昨日の午後、古い友人が見舞いに来てくれた。

コトリと、ベッド・テーブルへ友人は瓶詰を置いた。

中にはオリーブ・グリーンの実が詰まってある。

「またたびの酢漬けだよ。おふくろがつくって送ってくれたんだ。おすそわけ」

「へえ、これがまたたびの実かあ」

「酒の代わりにこれで酔えよ」

「猫じゃあるまいし。ありがとう」

フタを開け、ひと粒つまんで齧った。

「うん、甘苦くて、旨いな」

「滋養強壮にいいらしい。またたびって言うくらいだからな」

「ん? どういうこと?」

「これを食えば、また旅を続けられるってことさ」

 

 

吉行淳之介は「街角の煙草屋までの旅」と、自らのエッセイ集にタイトルをつけた。

矢沢永吉は「10メートル先の煙草屋へキャデラックでハイライトを」と、10メートルのロード・ムービーを描いてみせた。

私はこれから海辺の病院へ瓶詰となる旅をする。

3カ月後、私の言葉は猛吹雪に吹き消される懸念もあるが、海へ流されあなたのもとへ瓶詰の言葉が届くやもしれん。

いや、瓶詰は辛気臭いな。

シー・サイド・ホテルに「缶詰」になる流行作家のごとく、原稿用紙を風呂敷で担ぎこみ、上げ膳据え膳で原稿を書き飛ばそうじゃないか。

雪山のホテルに缶詰めされた『シャイニング』のジャック・ニコルソンとなるやもしれんが。

 

おやすみなさい。

読んでくれてありがとう。

よい夢を。

 

 

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[入院日記その2]

 

巻頭連載[第73回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

不屈のアナ」
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

ジャケ用に描いてる絵2

 

 

 

トカナの曽根さんの連載を見ていたら、懐かしい『バースト・ハイ』の表紙が載っていた。

この時、曽根さんからの依頼が「巨乳の女が(大麻を)吸ってるやつ」。

そこで、友人で近所の英会話スクールの先生、イギリスから来日していたアナに頼んだんだった。

ピチピチのTシャツ着てもらって)。

 

 

アナはスノーボードが大好きで、ある日の休日に蔵王へスノーボードへ行き、ハーフパイプか何かのコースを滑っていた時、ジャンプした後に着地に失敗し下半身不随になり帰国してしまった。

しかし! 不屈の精神を持つ彼女は、入院中からパラリンピックに出ると目標を設定し、実際に数年後のオリンピックにイギリス代表として出場したのだ!

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Anna_Turney

テレビの中継にアナが映った姿を見た時は涙でたわ!

如何なる時も前向きにって事だよね!

 

 

 

 

 

 

8月31日(土)都立病院は晴れ。

 

午前6時半起床。

体重48キロ。

ここ10日間ほどで6キロも増えた。

1日3食、食べているとはいえ、その量は少なく、カロリーは1日1800しかない。ましてや昨日は最後の大モノ検査である大腸の内視鏡検査だったため、朝食昼食抜きだったというのに。

ここ1年、食べても栄養はそのつど排泄されてしまい、慢性の「栄養失調」だった体が、インスリン注射のおかげで、砂へ水がしみるように栄養を体に取り込んでいく。

入院前とは水ものを飲む量と便所に立つ回数があきらかに減った。

 

さて、内視鏡検査の結果だが、大きな(2センチほど)のポリープが2つ見つかり、いきなりそのまま内視鏡に内包されたレーザーメス(?)で切除された。

悪性腫瘍ではないが、この後癌化する可能性もあるためとのこと。

精神的にすっきりし、またホッとした。

これで、血糖値の高いこと、膵臓肝臓がへたっている以外は、特に問題はなかったのだから。

私が「今年中に死ぬ」と確信していた友人たちには体裁が悪いけれど。

 

それにしても、初めて受けた内視鏡検査はやはりしんどかった。特に、内視鏡を尻から突っ込まれる直前までが大変だった。

前日の昼はお粥。夕食は実のないスープ。眠る前に下剤。当日は朝食昼食抜き。

その代わり、腸管洗浄剤を2リットルも飲んで、何度も何度も排泄を繰り返す。

そして完全に出し切ったことを示すため、若い看護婦に便器の中をを確認させねばならないのだ。

で、ついでじゃないが、まったく感じぬままにベッドでちょっぴり粗相をし、検査後にベッドメイキングまでさせたのであった。

(パンツは棄てた)

まったく締まりのない55歳だ。

 

ちなみに腸管洗浄で8回も便所を往復しているあいだ、2つの作品を思い出していた。

1つは筒井康隆の短編「薬菜飯店」。

2つ目は吉行淳之介の短編「ちゅるちゅる」。

(吉行のはエッセイ形式だが)

 

「薬菜飯店」は、まさにこれぞ真のエンターテイメントの傑作で、読み終わったあとは主人公同様、体中の毒素という毒素がすべて排泄されたような気分になれた。毒素どころか主人公は最後、店の可愛い娘に溜まったお水まで抜かれるのである。こんな店があったなら、1食1千万円でも行列ができるだろう。

「ちゅるちゅる」もまた、グロテスクでありながら、生理的爽快感が味わえる傑作だ。

なにせ「ちゅるちゅる」とは、腫物(おでき)から膿を絞り出す擬音のことなのだから。

吉行は腫物ができやすい体質だったらしく、胸にできた大きな腫物をメスで十字切開したところ、脂肪の玉が現れ、それをピンセットでつまんで引きぬくと、それぞれ糸でつながった小さな脂肪玉の束が、ずるずると出てきたという。さすが我が心の師匠、グロテスク度満点である。

いわば、この2作品は「デトックス小説」といえようか。

 

 

朝食後、ドトールでアイスコーヒーと煙草をのんだあと、ベッドでトカナ用原稿を書く。

昨日に引き続き「病院の怪談」の、その2だ。

その1は「霊安室の隣りの理容室」。

その2は「赤いリボン」。

明日書くその3は「老人たちの晩餐」だ。

すでにトカナには7本の「私なりの怪談」を書いたが、これで10本となる。

この調子で、5、6枚ほどの掌編怪談を100本は書いてみたい。

川端康成の掌編「心中」や、夏目漱石「夢十夜」の第三夜のごとき怪談の金字塔に肩を並べるものは書けないとしても、1行でその情景が頭に焼き付くような「ヴィジュアル怪談」を目指してみたい。

しかしまあ、100本も書くなんて「野望」を持つなんて、まったく生きる気満々であるな。

 

●なんと91歳の大家さんが都電とバスを使って暑い中わざわざ見舞いに来てくれた。小さな花束と小さな花瓶を持って。見舞金までいただいた。パソコンの左わきに置き、ときどき眺めながらこれを書いている。

 

 

昼食は、なんと「天ぷらうどん」だった。

「そういや、こんな食いものがあったなあ」

と、しばし塗りの鉢の中を覗きこんだ。

天ぷらは、椎茸とピーマン、そしてなかなか立派な海老が1本である。

七味の小袋もついている。

私はたいがい蕎麦もうどんも冷たいものしか食べないので、熱い汁につかったうどんを前にして懐かしささえ覚えた。

 

ところで前回、退院したら「豚足」が喰いたいと書いたが、他にも喰いたいもんが頭の1部を占めた。

まず生の馬肉。

牛の生レバー(隠して出す店をしっている)。

モンゴル流に岩塩だけで煮た羊肉。

鮨が料理のなかで1番好きで、魚貝の刺身が入院中は断たれているというのに、なぜか気持ちはそそられない。

やはり病人の回復期は、からだが獣肉を欲するのだろうか。

(豚と鶏は入院食のメニューにある)

くどいが、まったくからだは生きる気満々なのであった。

 

体重は徐々に増えつつある。

800ほどあった血糖値もインスリン効果で250前後まで下がってきた。

大腸にポリープこそあったがそれも切除され、どこにも癌は見つからなかった。

「余命半年」を宣告されてひと月ほどしか経っていないが、弟や仲間や贔屓筋の心配をよそに、本人はベッドの上で、豚足や馬肉や生レバーや羊の塩煮のことばかり考えているのだった。

が、実はもうひとつ楽しみにしていることがある。

この先人並みに回復すれば、性欲が戻ってくるんじゃないかと。

 

そこまでブログに晒すことはないだろうと、これまで書いていなかったことがある。

まあ、重度の糖尿病なのだから、あなたも薄々気づいているかもしれない。

現在の私はEDだ。

去年の母の死の直後からである。

それも、インポテンツなだけじゃない。性欲そのものが空っぽなのだ。

エロ本男優として200人のエロモデルとからみ、池袋の路上で200人の立ちん坊を買い、いっときは妻以外に5人の愛人と同時につきあっていた私がである。

そんな男が空っぽ。

 

するとどうなるか。

「女から性的魅力を取ると、なんと女は人間として空っぽなんだろう」

なんて思ってしまうのである。

自分でもびっくりしたぜ。

いや、もちろん全ての女が空っぽなわけじゃないだろう。

しかし、空っぽじゃない女なんてどこにいるんだ?

 

そりゃないよな。

エロ本編集者として女に喰わせてもらい、プライベートでも長いこと女たちに喰わせてもらってきた私が、自分の空っぽさをさしおいて、女たちをそんな眼でしか見れないなんて。

 

実は先日、見舞いにきてくれた長い友人から、私の別れた妻が今年再婚したと聞かされた。

前の女が今年出産し、次いでのおめでたである。

心底ほっとした。

さて、とすれば、次は私の番かなと思うのは人情だろう。

女に棄てられて7年以上、私には「俺の女だ」と思える女は現れなかった。

が、そろそろ……もしかしたら私にも……今年中に……。

そのとき、こんな状態では女に悪いだろう。

「猫と女はいじらないと太る」という誰かの名言もあるし。

 

いまさらゲーテや谷崎や佐藤春夫や吉行の例を出すまでもなく、作家はそっちが枯れちゃダメだろう。

花鳥風月を語るような、文人をきどった「オカマ野郎」作家にだけはなりたかない。

(もちろんこれはゲイ作家のことをいっているのではない)

作家は死ぬまで女と(男と)ウジャジャケていないとな。

下世話な恥にまみれて死ぬのが作家の栄光なのだから。

 

こんなことばかり考えているのである。55歳の糖尿病ED男は。病院のベッドに寝そべって。

重度の鬱病患者である贔屓筋の男性は、入院にあたり詩を買ってくれ、見舞金まで振り込んでよこした。

彼の詩のオーダー・テーマは、私の「死生観」である。

入院中なら考えられるだろうと思ったが、この始末である。これっぽっちも考えちゃいない。

「人間なんてらららら―らーら」と、うそぶくくらいである。

ちなみに「人間だもの」のオカマ野郎は詩人じゃないよ。

ありゃ、陰間茶屋の太鼓持ちだぜ。

 

午前中に隣りのベッドの同年配の男が退院した。

つまり6人部屋に私ひとりきりである。

男とは挨拶を交わすだけの関係だったが、最後まで友好的に分かれた。

が、カーテン1枚で仕切られたベッドで男同士が寝ているのは、やはりお互い気をつかうもんだ。

今夜は、より深く眠れるかもしれない。

 

おやすみなさい。

読んでくれてありがとう。

大部屋にひとりきりだが淋しくはない。

あなたとこうして繋がっているのだから。

大げさだが、その繋がりにこそ神が宿っていると私は信ずる。

いわば神は糸電話の糸だ。

か細いゆえに敏感で、どこまでも声が届く。

今しばらく私の言葉が、あなたへ届き続けることを願う。

よい夢を。

 

 

 

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[鬼子母神日記]

 

巻頭連載[第72回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

「盆踊り
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

●依頼されているジャケ用の絵(部分)

 

 

 

お盆を過ぎてやっと涼しくなってきた。

815日にこの文章を書いているのだが、うちの母方の祖父は、海軍でガダルカナルやパプアニューギニアへ行ったそうだ。


●後列中央が祖父 。確か戦艦山城に乗っていた。

 

 

母から聞いた話だと、泳げないやつは泳げるまで海に突き落とされていたとか。

米軍機の機銃掃射にあった時は、椰子の木の陰に隠れて命拾いした話を聞いた事がある。

マラリアにかかり、船底に押し込められ、死にかけながら内地に戻ってきたそうだ。

戦艦の中で爺さんは食料班にいたらしく、食べ物に困ったことが無いと言っていたらしいから運が良い。

 

「人を殺したりはしてないの?」と、母に聞くと、

「そんな話は聞いた事ないけど、戦争だからね」と。

実家が中華屋をやっていた頃、お客さんの中にはソ連で捕虜になり抑留されていた爺さんがいて、ネズミも食べたと言ってたし、子供の頃は近所に戦争で片腕を無くしたお爺さんもいた。

 

少なくとも戦争は恐ろしいというのは子供でも知る事が出来た。

戦争というものをリアルに知らない世代が多い中で、この平和というものをいかにして繋げて行くのが大切なんじゃないかと考えながらお盆を過ごしていた。

余談だが、盆踊りのルーツでこんな話があると昔聞いた事がある。

はっきりと覚えていないので、間違いがあったらご容赦下さい。

 

ブッダには神通力のある弟子がいて、亡くなった両親を見てみると地獄にいたらしい。

ッダへ天国へ行けるようお願いした後、あの世を覗いてみると、踊りながら天国へ行ったそうだ。

その話を聞いてから盆踊りを見る目が変わったよ。

メキシコの死者の日の祭りも鮮やかで楽しいけど、盆踊りも捨てたもんじゃない。

酔ってめちゃめちゃ踊りたい!


 


 

 

8月17日(土)鬼子母神は晴れ。とびきりの猛暑。

 

午前6時起床。

冷蔵庫を空けるため、中玉のスイカを半分食べる。

(が、さすがに食べられず少し残した)

その後、バタートーストと冷たいカフェオレ。

飯も炊いてあるし、トマトやキュウリ、卵もベーコンもあるのだが、簡単な調理をする気力さえなく、それだけですます。

ま、スイカを半分も食べたのだから朝食としては十分か。

 

それから今月の連載詩をどう書こうか頭の隅で考え考え、友人から貰った本のつづきを読む。

本橋信宏『全裸監督―村西とおる伝』(太田出版)。

今回、同タイトルで映像化された原作のドキュメンタリー本だ。

村西とおるの半生記を、そのAV監督以前からずっと付き合っている本橋氏がまとめているのだから面白くないわけがない。

ましてや、私のオヤブンであるコアマガジン社長中澤慎一が全編にわたってちょくちょく出ては発言する。

オヤブンは私にも、村西とおるに出会ったことが業界暮らしで1番インパクトがあったし、AV批評雑誌『ビデオ・ザ・ワールド』を編み続けたのも、その影響からだと何回か口にしたことがあった。

 

それにしても、私のもう1人のオヤブン末井昭の青春を映画化した『素敵なダイナマイトスキャンダル』に引き続き、今回の村西とおるの自伝映像化と、これはやはり消えゆくエロ本&AVメディアへの哀悼――ノスタルジーなのだろうか?

それとも、あの「エロと金」の渦巻く、でたらめ勝手な「表現」と「表現者」への憧憬か。

まあ、私にとって1番の不思議は、2000年代からこれまで、これぞというエロ雑誌が現れなかったことだ。

金も学歴もキャリアもない表現者にとって、エロ本こそ手っ取り早いメディアであるのに。

それともあの時期に、それまで考えもしなかったエロ本編集者に私が「なれた」のは、幸運だったのだろうか。

あの頃の私は毎晩毎晩、焼酎に酔っては同僚と「エロ本表現」の話で侃侃諤諤、殴り合いまでしていたっけ。

私にとってあのころは、まさに遅れてきた「青春」であった。

 

ところで私は、村西とおるを1度だけまじかで見たことがある。

(その作品は黒木香主演『SMっぽいの好き』しか観たことはないが)

あれは1995年、私が『BURST』を出した年の暮れのことだったはずだ。

場所は忘れた。おそらく六本木とか青山とか麻布とかだったろう。

なぜ、そんな店に私が行ったのかも記憶がない。なぜその部屋を覗けたのかも。

それは末期「ダイヤモンド映像」の(おそらく身内だけの)忘年会だったはず。

 

シャンデリアが下がるカガミ張りの大部屋のソファに、大勢の専属AV女優たちがおり、その真ん中に村西監督がいた。

「うわっ、こわっ!」

これまで怖い男には何人もあってきたが(末井さんや中澤さんとか)、まじかで見る村西監督が発する怖さは、想像通り極めつけのもんがあった。

(具体的にはさすがに金をもらわんと語る気がしないし、語ったところでわかる奴にしかわからんことだ)

いったいエロ業界のパーティーはしょぼいもんだが、やはりそこは「ダイヤモンド映像」、垣間見たその部屋は、ドラッグ臭ただようデカダンスこそ無かったが、まさにキラビヤカなシャンペン・ワールドに映ったもんだ。

(『全裸監督』はNetflixオリジナルネット配信ドラマとのこと)

 

本を読み終え、あらためて今月の詩を書く。

昨日送った詩が、久しぶりにボツをくらったのだ。

担当高柳から「景気のいい詩を」と言われ、自分なりに景気のいい詩を書いたつもりが、

「まったく不景気です」と嗤われたのである。

それは今回、『バースト・ジェネレーション』(ケロッピー前田責任編集/東京キララ社)用に書き直した、短編「我らの世代を看取る 我らの世代の墓碑銘』を詩にしたものだった。

 


Death in Gin&Peach

 

シングルのシーツを敷いた

ダブルベッドに奴は死んだ

死因は泥酔しての睡眠中

嘔吐物を詰まらせての窒息死

 卓にはジンとピーチのボトル

 カーペットには数千匹の蠅

俺たちは奴のオリジナル・カクテル

「ジン&ピーチに死す」に酔う

それが我らの世代の桃源郷

それが我らの世代の墓碑銘

 

 

 

 

我ながら何を考えてるんだか。

あらためて「景気のいい詩」をひねりだすべく腹に力をいれる。

どうにか昼前に書き上げ、高柳へ送ると、さっそく高柳からOKメールがきた。

「断然、昨日よりいい詩です!」

良かった。ホッとする。

それから畳に寝ころんで、座布団を枕に、別冊文藝のムック本『幸田文』を読む。

 

――今日は絶好の張り物日和だ。早く麩糊(ふのり)を煮ようなぞと心組んでいるから、御飯もそそくさにしている。味噌汁、莢豌豆の煮浸し、卵黄、大根おろしの朝の膳であるが、何も知らない父は機嫌よく食べている。      (四月某日)

(「藝林間歩――雑記」)

 

 

父とはもちろん、晩年の幸田露伴のことである。

上記の随筆の末尾を読んで、よろよろ畳から起き上がる。

そして暑いなか、歯を食いしばってスーパーを往復した。

まず、玉ねぎと油揚げの味噌汁をつくる。

莢豌豆の代わりにパック総菜の茄子の煮浸し。

大根をおろしをたっぷり御飯へ盛り、中央に卵黄をのせて醤油をまわす。

それから文豪気分で機嫌よくかっこんだ。

 

 

※ここまで書いたところで、PCが完全に動かなくなる。

 

 

 

[入院日記その1]

 

 

8月23日(金)都立病院はぬるい小雨。

 

入院4日目。

午前6時起床。

朝食抜きで9時より、8年ぶりに胃カメラ。

けっこう長い。

昨日の造影剤を入れてのCTスキャンで、食道に少し厚みのある部分があったらしく、

「念入りに見ました」とのこと。

で、

「食道も、胃もまったく異常ありません」と太鼓判を押された。

さすがにホッとした。

 

午後3時より「糖尿病教室」最終日(3日目)の講習を終え、「修了証」をいただく。

どんな検査よりも、この3日間の講習(1回約1時間)がきつかった。そもそも私にはじっとして授業や講習を受けられるだけの精神力や態度がそなわっていない。あればこんな人生を送っちゃいない。ましてやその内容は、講師(看護師)がテキストを読み上げるだけなのだ。

よっぽどサボろうと思ったが、なんと聴講者は私ひとり!(看護師は2人) とても逃げられたもんじゃない。

 

3日間の講習で「新たに憶えた」ことは――つまり誰もが知っている基礎知識ばかりの講習のため――糖尿病3大合併症の憶え方くらいだ。

「神経障害、眼の障害、腎臓障害の頭文字を並べて『しめじ』と憶えましょう」

3日間何度も何度も、いまわの際に「しめじ」とつぶやきそうなくらい叩き込まれましたよ。

 

 

午後6時、シギーがパソコンを直して持って来てくれた。

これでようやく「入院日記」やトカナ原稿、そして新作短編を書くことができる。

シギーは仕事帰りでお握りを買ってきていた。ちょうど私も夕食だったので、病室の隣りにある「ティー・ルーム」で一緒に食べる。

 

●薄いチキンカツ&シシトウ素揚げ

●バンサンスウ(春雨の酸っぱいやつ)

●麩入りのすまし汁

●メロン

●ご飯(180グラム)

 

シギーが帰ったあと、さっそくこの「入院日記」を書く。

が、けっこう辛い。やはり入院してホッとしたため、本来の悪い体調が如実にあらわれているのだ。

9時に睡眠誘導剤を2錠呑む。

明日明後日は、1日に4度血糖値を計るだけで他の検査はない。

10時消灯。

 

 

 

824日(土)都立病院は薄曇り。

 

午前6時起床。

体重44キロ。ようやく1キロ増えた。

血糖値282(昨日から朝は300を割るようになった。が、昼からはまだ400をかるく超える)。

インスリン注射6単位。

(昨日から自分で打つようになった。注射は血糖値計測同様、朝昼夕の食事前と寝る前の計4回。私の場合あまりに血糖値が高すぎるためインスリンの量は少なめ。一気に下げると低血糖で倒れる可能性もありうるらしいので)

7時半にようやく朝食。

(食事は朝7時、昼0時、夕6時)

 

●ジャガイモと鶏のそぼろ煮

●白菜サラダ(市販マヨネーズ)

●大根味噌汁

●ご飯(180グラム)

●牛乳(180グラム)

少量づつ口に入れ、箸を置き、時間をかけて咀嚼する。

 

食事を終えてから、煙草を吸いに今日1回目の「ドトール」へ。

アイスコーヒーのM。もちろんノー・シロップ。

(コーヒーは医師より了解を得ている)

立て続けに煙草を5本吸う。わかばではなく奢ってハイライト。

持ってきた文庫本は、病院の本棚にあった東海林さだおの『スイカの丸かじり』。

「丸かじりシリーズ」の大半は読んだが、これは初読。くすくす笑いながら読む。

特に「その人の流儀」の回は腹のなかで爆笑した。

 

●オムライスのケチャップをならす人

●天ぷらを天つゆに「漬け込む」人

●カツ丼のカツを積上げる人

●ラーメンの具を元のところに置く人

みんな私のことじゃないか。

 

私のカッコは今日も、美子ちゃんからプレゼントされた白地のパジャマ姿だ。

(パジャマは3着用意してきた)

ギョッとする通行人や客もいるが私はへっちゃら。れっきとした入院患者なのだから。

まあ、鬼子母神でも買い物は昼でもパジャマ姿だけれど。

 

 

20日火曜日午前10時に、ここ都立病院へ入院した。もちろん(神藏)美子ちゃんがついてきてくれた。

窓際のベッドで、占有面積はなかなか広い。6人部屋だが、私の隣りに大柄な患者がいるだけで、カーテンを開いていると解放感がある。

(隣人との関係は今も良好である)

美子ちゃんは昼前に帰った。

記念すべき入院初の食事(昼食)メニューは以下の通り。

 

●素麺(キュウリの薄切り入り)

●鶏肉入り卵焼き(塩味)

●ホウレン草としめじのソテー

●キウイ

 

「旨い」

それほど薄味でもない。

たちまちペロリと食べてしまう。

(この第1食以降、すべて食事はペロリである)

 

昼食後、地下2階の「霊安室」の隣りの理容室で髪を切り、ひげをそろえる。

これから連日検査が続くのだから、まずは身だしなみをしっかりしなきゃな。

その後、しばらく真っ白なベッドに倒れこむ。

じわじわと安堵感が全身に染みてくる。

「どうやら俺は、我慢しすぎたな」

つくづくそう思った。

 

 

昨日までの検査で、3大合併症にはいたっておらず、食道、胃にも問題はなかった。

また、肝臓癌、膵臓癌の疑いも晴れた。

(まだ大腸癌の疑いはあるが)

腹が減って目覚め、昼食夕食がその1時間半前から待ち遠しくなるほど食欲が出てきた。

「糖尿病だけで、他はみんな健康なんじゃない?」とシギーが呆れた。

その結果を聞いた某からは「死ね!」というお言葉までいただいた。

 

が、やはり私の糖尿病はギリギリだったのだ。

美子ちゃんが病院へ叩き込んでくれず、あのまま七曲り荘に引きこもっていれば、いずれ高濃度の糖が決壊し、失明、腎不全、足先の壊死、心筋梗塞、脳出血等で、死より恐れた事態に陥ったであろう。

(美子ちゃんは、私を含めたそこらの男100人が束になっても勝てない精神的腕力の持ち主である)

 

「(丈夫な体に産んでくれて)富ちゃんと神様に感謝しなさい」

と美子ちゃんからメールあり。

(富ちゃんとは去年の夏に死んだ母の富子のこと)

「富ちゃんと神様と美子ちゃんに感謝します」と返信する。

もちろん、弟たち家族、友人たち、あなたに感謝する。

心底でたらめな私だが、さすがにこの言葉に嘘はない。

 

 

が、しかし。

心配してくれているみんなには悪いが、正直いまの気分は、55歳の男に与えられた「夏休み」である。

以前からここに何度か書いたが、私は川端康成のようにどこかの宿に長逗留して、3食上げ膳据え膳でのんべんだらりと暮らし、たまに原稿を書くという日々を送ってみたい願望があった。

それが今かなえられたのだ。

 

大きな公園の緑が見下ろせる大きな窓。

(この公園は夜になってもにぎやかだ。酔っぱらったホームレスたち。街灯でほのかに照らされたグラウンドでサッカーをする中学生たち。土方のおっさんに餌付けされた野良猫たち。点在する暗がりのベンチで私同様タバコを吸う男たち)

清潔なタオル、清潔なベッド、清潔な広い部屋、清潔なシャワー室。

手料理が3食上げ膳据え膳。

気働きのいい若いナースたちが朝昼晩、かしづくがごとく、私のからだのあちこちに触れながら優しい言葉で力づけてくれる。

(例えばパンツをずらして鼠径部の動脈から採血したり)

 

主治医は私とそう齢のかわらぬ女医で、私好みのルックス(眼鏡をかけた級長タイプ)をしており、耳には銀のピアス、左手の銀の指輪は中指にはまってある。

(おそらくシングルマザー。ただし息子はもう家を出て働いているはず)

なにより相性が抜群である。

一緒に暮らせばお互い安眠できるだろう。

 

風呂嫌いの私が、毎日昼食後にシャワーを浴びる習慣がつき、さっぱりしたあとドトールでロイヤルミルクティーなんぞを飲む日々。

ティー・ルーム備え付けの本棚にある漫画(『バカボンド』や『黄昏流星群』や『鬼平犯科帳』や『伊賀野カバ丸』や『こうのとり』や『酒の細道』等)を読み、丸かじりシリーズにくすくす笑う日々。

担当の精神科医(やはり同年配の男)が、私の話を聞きながら処方してくれた眠剤ですっと眠る日々。

 

そして、ひまになれば原稿を書けばいい日々である。

この夏休みが、この「リゾート気分」が、まだこれから2週間はつづくかと思うと、からだの隅々から歓喜の声が沸き起こる。

そう某に伝えると、

「その女医に浣腸でもされろ!」というお言葉をいただいた。

(吐き捨てる言葉が小学生並だが、某は妻子もちの50代である)

 

幸い、飲酒欲求はないし、甘未も我慢できる。

だが、退院したら食べようと決めているもんが、すでにある。

それは「豚足」だ。

それも唐辛子味噌で食べる塩煮じゃなく、醤油と砂糖と酒で煮た豚足ね。歯をあてると身が骨からずるりとはがれるやつ。

なぜ、豚足が食べたいかはわかっている。

この骨川筋太郎の、関節の痩せた「軟骨」がコラーゲンを求めているのだ。

なにせまだベッドから起き上がるたび、シーツや床へ、骨という骨がバラバラ落ちそうだからね。

 

豚足はやはり素材が1番大切だ。

まず大きさ。男のこぶし2つ分ほどはなきゃいけない。

それも前足の右足ね

退院祝いをしてくれるなら、ぜひあなたが煮た豚足を食わしていただきたい。

八角は、くれぐれもほんの香りづけ程度にね。

 

つまり――もう諦めていたなんてここに書いたが――生きる気満々なのである。

 

さて、眠剤を呑もう。

おやすみなさい。

明日の朝食はなんだろうか?

こればかりが気になる日々である。

よい夢を。

 

 

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[鬼子母神日記]

 

巻頭連載[第71回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」

 

HOLY DRAWING
佐藤ブライアン勝彦●作品&文

 

20年程前、聖書のイラストの上にクレヨンで描いたドローイング。

HOLY DRAWINGと勝手に名付けてた。このうちの数点はバーストで紹介された。

 

 

 

50歳を過ぎた頃から、どうもお腹が出てきた。

お風呂に入る時に鏡に映ったヘソを見たら、まるでムンクの叫びの様な形になってるのを見てショックをうけ(若い頃は痩せすぎで、蚊トンボと言われてたのに)、4日程前から30分程ウォーキングを初めた。

 

20歳の時の体重がベストだとネットで見たのだが、そう考えると俺は当時より14kオーバー。終わってるわ。

楽しく痩せる方法は無いものか? と思案し閃いた!

大きいキャンバスを前にすれば、近寄ったり離れたりと前後運動を繰り返すので代謝も良くなるはずと思い、途中で筆が止まっていた100号の絵を引っ張り出してきた。

 

今後はカットの絵でも最低50号以上だなと。

作品が増える=痩せる。

今年後半は、これを目標に行こうと思う。

 

 

 

 

 

8月11日(日)鬼子母神は晴れ。

 

午前1時半起床。

睡眠6時間半。

(どうせ寝つきが悪いのだから、少しでも眠気を感じたら早い時間でも眠ってしまおうと決めたのだ)

まず起きがけにエナジードリンクを飲む。

それからバナナを1本食べてから、朝食の用意をする。

 

昨日、総菜屋で買った、イワシ煮、シイタケ&人参&糸コンニャクの煮しめ、ラッキョウ。

他に梅干し、生卵、昨日の残りの茄子の味噌汁。ご飯。

イワシ煮は1本290円もした。

が失敗。立派な太いイワシだが煮詰めすぎて缶詰のそれ同様、もの凄く甘いのだ。

そのかわり、梅干しが旨い。おおつぶで、もちろんあまくない。

 

久しぶりに「ハイライト」を吸いながら、短編「我らの世代を看取る 我らの世代の墓碑銘」を推敲する。

昨日の午後、大野さんが1カートンを土産に見舞いへ来てくれたのだ。

「わかば」がなかったからとのことだが、もともと私はハイライトを吸っていたのである。ありがたい。

休み休み3時間ほど推敲して、どうにかほぼ完成した。明日もう1度、見直してフィニッシュしよう。

疲れた。

書くのも体力がいるが、推敲は文章チェックがより厳しいから、息を詰めつづけるため酸欠状態に陥るのだ。

 

疲れたが、家賃代を稼ぐためトカナ原稿を書くことにする。今週まだ1本も書いていないのだ。

しかし、その前にガソリンを入れねば。

もちろん酒じゃない。

やはり昨日、総菜屋で買ったポテトサラダをはさみ、辛子バタートーストでサンドイッチをつくる。サンドイッチもトーストするのが私の好みだ。

それとチーズ。牛乳。

それらを腹に入れながら、何を書くか考える。

 

5分書き、10分倒れ、また起き上がって5分書き、そしてまた10分倒れるを繰り返し、やはり3時間ほどで1本を書き上げる。

今回もエロ本編集者時代の思い出で、仮タイトルは「バクシーシ山下の問題作3本の女優たち」だ。

問題作3本とは、まず彼を一躍サブカルチャー・スターにした『ボディコン労働者階級』。

2本目がバロウズの作品名を拝借し、実際にカニバリズムを映像化した『裸のランチ』。

そして最後が、未だにお蔵入りの『死ぬほどセックスしてみたかった』である。

このバクシーシ山下自身のブレイクスルーとなった3作品の主演女優と、私は男優として絡んだことがあったのである。

 

書き上げたときは、もうへとへとだ。

しかし体力が無いため、かえって原稿が「跳ねなくて」落ちついたものになっているのかもしれない。

もちろん体力がないから原稿に勢いがないかもしれない。

実はここ2日間つづけて、ヤマシタと大野さんから、私の若いころの文章を読んで、勢いがあって面白かったと言われた。

それは、死んだ友人の林史浩が企画・編集したオムニバス写真集『SLANG』(リトルモア)に載せた文章だ。

 

98年発行だから、当時、林も私も34歳か。

「もう、ザ・ピスケンここにありって文章だよ」とはヤマシタの弁。

そういや、写真家の名越啓介も若いころ、それを読んで影響を受けたと言っていたのを思い出した。

そこで、どんな原稿を書いたのかと興味がわき、大野さんにそのページを撮ってメールで送ってもらい、読んでみた。

 

ふむ、なるほど。

文章もロジックも乱暴粗雑だが、確かに『BURST』編集長ピスケンの「いけいけ」さはわかる。

ピスケンのキャラを十二分に意識し、体力にまかせたアジテーション原稿だ。

そこで、以下にその文章を載せてみよう。

55歳の死にかけた作家が書くこの文章と、作家になるなんぞ考えちゃいない34歳の『BURST』編集長の文章を並べて比べるのも、一興かもしれない。

ちなみに、私の写真家へ対する考え方はほぼ変わっていない。

 

 

Slangno.1)from Tokyo

 

 

BURST』という雑誌を編み始めて3年になるが、その間、20人ぐらいのカメラマンが売り込みに編集部へやってきた。彼らは自分が撮った作品――有名ミュージシャンのポートレートやファッション・モデルのポートレートや友人や家族のポートレートやキャラメルくわえた鴉や牛や金魚や亀や花見客や眼ん玉ひんむいた自分の顔のポートレートやら――を俺に見せては、全員が全員、口うら合わせてきたかのように同じセリフを吐きやがる。

「バーストに載ってる――入れ墨ものや彫り師や右翼やシャブ中や売人や暴走族や浮浪者や同性愛者やハードコア・パンクスやサイコビリーやスキンズや人殺しや奇形児や死体や自傷男やらを指差して――こういうヤバい人たちを僕は撮りたいんですよ。もっとこうカッコよくですね。ええ」

ええじゃないっつうの。つまりお前さんはこう言ってるわけだ。だからその場をセッティングしてくれと。そいで金もくれと。

「ええ、こういう奴らをスタジオに立たせて、大きなカメラでこうね、彼らの内面をね、バシッと撮ってみたいと思ってるんですよ。ええ」

だから「ええ」じゃねえっつうの! さっさと勝手に撮ってこいよ。それを最初に俺に見せてからもの言えよな。

しかし手めえ、いったいこの「作品」はなんだ? ここはバースト編集部だぞ。金魚のモノクロピンボケ写真を俺に見せて、てめえの何を判断せっちゅうの。下の階の専門誌『楽しい熱帯魚』でも使わんぞ。こらっ!

なんつう本音はおくびにも出さず、にこやかな顔で「まあ、タトゥーが入った女の子撮って来てください。クラブとか行きゃすぐめっけられますから」と言うと、彼らはやっぱりにこやかな顔で、「ええ、わかりました」と立ち上がる。

二度と来やしねぇんだこれが。

彼らが俺に見せる「カッコいい写真作品」ってのが、そろいもそろってモノクロで粒子を荒らしたピンボケや、紙を焦がしたり着色したりした誰だかわかんねえ人物のアップばっかな。脇に2000字くらいキャプション入れた末に「だからあ?」とか言われちゃうやつよ。そいで「彼の内面を」とかこきやがる。

いいか、金輪際カメラで被写体の内面なんぞ撮れやしねえんだ。

カメラが撮れるものは、見るものに、被写体とそれを包む空間を想像させえる二次元の情報と、被写体と空間が持つ本質とはかけ離れたものを想像させえる二次元の情報しかない。そしてそれらの情報によって俺たちは、その被写体を選び撮り、操作した撮影者の人間性や世界観をようやく想像しえるんだ。

つまり「カッコいい写真」てのは、見る俺たちに、その被写体や撮影者の世界観を魅力的に思わせる情報に満ちたものを言うんだ。それは「カッコいい写真」に限らず「コマーシャル写真」や「悲惨な写真」、「恐ろしい写真」、「ズキズキするハメ撮り写真」他、あらゆる写真に言えることで、見る人間の心を動かす力は、その写真に焼きつけられた情報量と質なんだ。

眼鏡をかけた坊主頭の野郎の横顔、それもやっぱりモノクロピンボケっつう写真を俺に見せて、「タイトルは『遠い落日』です」って言われてもなあ、そりゃ禅僧の語る問答だろうが。そんなもやもやした観念という俗物写真を撮ってる暇があったら、今夜、正次(54歳)と富子(49歳)のガチンコをストロボ1発で撮ってよ「私の父母」っつうタイトルで俺に見せろよ。ああ? そんな写真がなんになるって? 笑えるだろ。アホだろ。ガッツを買うよ俺は。

写真は誰にでも撮れる。だからこそ強烈な作家性を他人に認めさせるためには、あざとくなければいけないんだ。誰でも撮れる写真なんか撮ってちゃいけないんだ。それを撮るには身に危険があるとわかってても、撮りたきゃその場に行くしかないんだ。二丁目でも、組事務所でも、深夜の更衣室や教室でも、戦場であろうが親と同居している恋人んちであろうが、撮りたきゃ行くしかないんだ。セッティングしてもらった現場でシャッター切るくらいなら、必ずしもお前じゃなくてもいいんだ。誰でもいいんだ。お前でもいいんだ。だからあざとく自分だけが撮れるもんを探すんだ。

あざとさとは、企画性であり、サービス精神であり、貧乏性であり、独善性であり、おっちょこちょいであり、ずぶとさであり、目的を得るための手段だ。手段は選ばなきゃいけない。真の作家性あるカメラマンは、写真に写っているものを語りたいのではない。

自分だ。そのために自分の人間性を最大限に想像させるべく最良の被写体を探し選び撮るんだ。見つけたら土下座してでも撮ろうとするんだ。それもこれも、他人に自分という人間を知ってもらいたいがための強烈な渇きゆえにだ。

渇いたものだけが砂漠を渡りきれる。

編集者はそんな渇いたカメラマンをこの砂漠で3年も待っている。

1発お前と当てたいがためによ!

(ピスケン)

 

 

 

8月12日(月)鬼子母神は晴れ。

 

午前1時起床。

(睡眠7時間)

朝食はエナジードリンク。エナジーゼリー。ビタミンゼリー。

それらを腹にいれてから、コーヒーを淹れて、さっそく「バースト・ジェネレーション」にのせる短編「我らの世代を看取る 我らの世代の墓碑銘」の推敲を始める。

体力のない私にとって起きがけが勝負なので、朝食は即効性のみを考えたのだ。

明日はボスYと「完パケ」のレイアウト作業をするので、推敲は今日と明日の午前中しかないからだ。

 

書き忘れていたが、推敲のBGMはマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』だ。作品の中で、それが流れるからだ。

アルバムが終わるまでに推敲終了。

ずっと悩んでいた最初の1行が決まってよかった。

私なりのハードボイルド・コメディが書けたと思うし、私自身の「生前葬」も描けたと思う。

また、文体の仕掛けも自然に出来たと思う。

仕掛けとは、5人の男が「私たち」でひとくくりの人格を持つことだ。1人称複数とでも言うのか。

ゴーゴリの短編の手口を真似したのである。

(ゴーゴリの作品は30人近い男たちを1人の人格にまとめたものだが)

 

2食目は、バナナ。ビタミンゼリー。チーズ。チョコひとかけ。牛乳。

脳だけに点滴を打っているような食事だな。

もう火をつかって調理する気力もない。

たまには肉を食べなきゃと思うのだが、「いきなりステーキ」へ行っても100グラムほどしか食べられないだろうし、まず店の往復が出来ない。

早く入院して、3食「病人食」を喰って暮らしたいもんだ。

 

さて、昨日に引き続き、トカナ原稿、今週2本目を書き始める。

(週に2本書くことを自分に課しているからだ)

2本目もエロ本編集者時代の思い出だ。

仮タイトルは「傷跡」。

モデルを撮影現場で脱がしてみて、その色々な傷跡にびっくりし頭をかかえたエピソードを書く。

休み休み、どうにか3時間ほどで書き終えた。ホッとする。

34歳の私は、先の『SLANG』の原稿や、短編集『バースト・デイズ』の半分以上の作品を、1時間で書き飛ばしたもんだが。

 

エロ本編集者時代、最初のオヤブンだった沢田さんから、エロ原稿は「1時間に10枚(4000字)」書ければ一人前と言われた。実際、沢田さんのペンは速かった。

しかしとてもそんな時間で書けるもんじゃない。私は最初、10枚書くのに3日間くらいかかったはずだ。

それでも1年後には、1時間で10枚を書くことが出来るようになっていた。

やはり腕力で書き飛ばすには体力がいる。

ただし、作品を書くには腕力だけじゃダメだ。散文をつづる際、内なる「検閲者」の眼を通すわけだが、その検閲者は老成していなければならないからだ。

めんどくさい話をしちゃったな。ここらで止めよう。

 

3食目はレトルトのカレーとラッキョウですます。

午後2時就寝。

 

 

ここでパソコンがうごかなくなった。

かんじへんかんもできない。

ひとまず、ここまでをあっぷする。

おやすみなさい。

よいゆめを。

 

 

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